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油脂酵母におけるカロテノイド生産制御
偶然からの発展

Yosuke Shida

志田 洋介

長岡技術科学大学技学研究院物質生物系

Published: 2024-11-01

ある学生が冷蔵庫を開けた時,「赤い! 白い!」と叫び出した.そして私のもとに駆け寄ってきた.それが,以下に記す一連の研究の発端である.

バイオエコノミーとは,発酵という現象をバイオテクノロジーとして体系化し,さらにその知見をデータサイエンスと融合させて効果的に経済活動へと利用する概念であり,持続可能な経済成長と社会的な課題解決の両方を達成することができる構想である.発酵によって生産される物質は微生物種によって様々であるが,中でもこの数年で特に需要を増大させているのが油脂やカロテノイドといった脂溶性化合物である.

我々の研究室では,植物バイオマスの有効利用を目指し,植物細胞壁多糖を糖化する酵素を大量に生産する糸状菌の研究を長年続けてきた.そして,植物バイオマスから得られた糖をどのように利用していくかという点について,油脂生産微生物の研究に着手した頃であった.油脂生産微生物とは「自身の細胞の乾燥菌体重量に対して20%以上の油脂を蓄積する能力を有する微生物」と定義されており,細菌,糸状菌,微細藻類,酵母など様々な種の油脂生産微生物が報告されている.中でも酵母は細胞サイズが他の微生物よりも比較的大きいことから油脂蓄積能力が高い種が多いため,油脂生産酵母を研究ターゲットに定めた.油脂生産酵母のうち,Rhodosporidium toruloidesは赤色酵母とも呼ばれその名の通り細胞が赤色を呈する.これはカロテノイドの蓄積によるものである(1)1) Z. T. Xie, B. Q. Mi, Y. J. Lu, M. T. Chen & Z. W. Ye: Appl. Microbiol. Biotechnol., 108, 7 (2024)..学生が騒いでいたのは,冷蔵庫に保存していたR.toruloidesのコロニーが寒天プレート上で光の当たっていた場所のコロニーは赤く,当たっていなかったものは白い,というのを偶然見つけたからであった(冷蔵庫の前面扉はガラスで外部の光が差し込んでいた).試しに暗黒下および白色光の元でフラスコ培養を行ったところ,暗黒下では白く,白色光下では真っ赤な培養液が得られた.ちなみに,振盪培養機にライトがなかったので,学生が複数の卓上蛍光灯を研究室からかき集め,培養機に縛り付けてくれた.

多くのカロテノイド生産微生物は光に応答してカロテノイド生産動態を変化させることが知られており,特に青色光が照射された場合カロテノイド生産量が大きく増大する.そのメカニズムに関してもいくつかの種においては推定光応答モデルが提唱されている(2)2) M. Castrillo & J. Avalos: PLoS One, 10, e0119785 (2015)..脂肪酸の生合成とカロテノイド生合成がアセチルCoAから分岐するため(図1図1■光照射の有無によるカロテノイド生合成関連遺伝子の発現パターン),カロテノイド生合成を遮断することで油脂生産性を向上させられる可能性があったこと,何よりこの現象を見出した学生の強い希望によって,R.toruloidesのカロテノイド生産の光応答の研究に着手することにした.

図1■光照射の有無によるカロテノイド生合成関連遺伝子の発現パターン

光照射に応答するGGPSICAR2CAR1およびこれらの発現調節に関与している可能性があるCRY1の発現量(アクチン遺伝子(act1)に対する相対発現量).これらの遺伝子は光照射下の培養初期で発現応答が観察されたのち,培養後期で発現量が高くなる.

カロテノイドの生合成は,アセチルCoAからメバロン酸経路を経て初発カロテノイドであるフィトエンが合成される(図1図1■光照射の有無によるカロテノイド生合成関連遺伝子の発現パターン).その後,フィトエンの不飽和化と環状化により様々なカロテノイドが合成される.この経路に関わる酵素遺伝子の発現が光照射によってどのように応答しているのかを調査した.その結果,ゲラニルゲラニル二リン酸を生合成する酵素以降の遺伝子の発現量が光照射によって極めて高くなることを見出した.またその発現パターンは培養初期に高発現し,いったん発現量が下がってから培養後期に高発現するという興味深いパターンであった(図1図1■光照射の有無によるカロテノイド生合成関連遺伝子の発現パターン).

R.toruloidesのゲノム配列を解析したところ,カロテノイド生産糸状菌で報告されている光応答調節因子であるWHITE COLLARタンパク質,植物および微生物で報告されている青色光受容体であるCryptochrome DASHに相同性を示すタンパク質の遺伝子が見出されたため,その発現量を解析した.その結果,WHITE COLLARタンパク質遺伝子(WC1/WC2)は光の有無にかかわらず同程度の発現量であったが,Cryptochrome DASH遺伝子(CRY1)はカロテノイド生合成遺伝子の発現パターンと同様に培養初期に高発現し,発現量が下がったのち培養後期に高発現するという発現挙動を示した(図1図1■光照射の有無によるカロテノイド生合成関連遺伝子の発現パターン(3)3) K. D. Pham, Y. Shida, A. Miyata, T. Takamizawa, Y. Suzuki, S. Ara, H. Yamazaki, K. Masaki, K. Mori, S. Aburatani et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 1501 (2020)..そこで,これら調節因子の遺伝子破壊を行うべくR.toruloidesの形質転換系の構築に取り掛かった.

当時,油脂蓄積酵母であるLipomyces starkeyiの高効率な形質転換系が報告されていたので(4)4) H. Takaku, A. Miyajima, H. Kazama, R. Sato, S. Ara, T. Matsuzawa, K. Yaoi, H. Araki, Y. Shida, W. Ogasawara et al.: J. Microbiol. Methods, 169, 105816 (2020).,その手法を応用することにしたが,ここで大きな壁が立ちはだかった.R.toruloidesは,相同組換えによる遺伝子ターゲティングが困難なことである.これはDNA断片のゲノム修復機構において非相同末端結合が優勢に働くためであろう.相同組換え効率を向上させるためには,非相同末端結合に関与するタンパク質KU70/80およびLig4のノックアウトという手法が取られる.そこで,KU70遺伝子(KU70)の破壊を試みたが,破壊株を全く取得できなかった.

遺伝子組換え実験と並行して,油脂生産性やカロテノイド生産性に変化をきたした変異株を取得し,そのゲノム解析を進めていた.その結果,解析したどの変異株においてもゲノム上の変異点は変異を支持するリードと親株の配列を支持するリードが1 : 1の割合で現れた.つまり,用いていた株(NBRC10032)が極めて均質なホモ2倍体だったのである(研究開始当初は1倍体だと思い込んでいた).そのため,遺伝子破壊を行うためにはホモ接合体を作出する必要があった.そこで,ウラシル生合成に関与する遺伝子(URA3)の破壊株を作出し,URA3を選択マーカーとしたマーカーリサイクル系の構築を行った.結局のところ,URA3破壊のホモ接合体を取得する必要があり,これを取得するためにはかなりの運を必要とする.遺伝子組換え系の確立に携わった学生の多大な努力により,1000株近い形質転換体から一株,URA3破壊ホモ接合体を取得することに成功した.そのあとは相同組換えが起きないとマーカー脱落が起こらないような組換えを行うことでKU70の破壊株,CRY1破壊株の取得に成功し,Cryptochrome DASHがカロテノイド生合成遺伝子の発現に正の効果を示すという転写調節メカニズムの一端を示すことができた(5)5) K. D. Pham, Y. Hakozaki, T. Takamizawa, A. Yamazaki, H. Yamazaki, K. Mori, S. Aburatani, K. Tashiro, S. Kuhara, H. Takaku et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 1899 (2021).

この一連の研究は,学生が偶然見出した現象に興味を持って取り組み,大きな努力を払ってくれたおかげで進められたものである.研究の主題と異なる現象に出くわした時,「何か変なことが起きているけどなんだろうね?」「いつもこうなるんですよね~」という会話で終わってしまうことも多いが,このようなところに研究の芽があるということを心に留めておかなければならないと感じた次第である.

Reference

1) Z. T. Xie, B. Q. Mi, Y. J. Lu, M. T. Chen & Z. W. Ye: Appl. Microbiol. Biotechnol., 108, 7 (2024).

2) M. Castrillo & J. Avalos: PLoS One, 10, e0119785 (2015).

3) K. D. Pham, Y. Shida, A. Miyata, T. Takamizawa, Y. Suzuki, S. Ara, H. Yamazaki, K. Masaki, K. Mori, S. Aburatani et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 1501 (2020).

4) H. Takaku, A. Miyajima, H. Kazama, R. Sato, S. Ara, T. Matsuzawa, K. Yaoi, H. Araki, Y. Shida, W. Ogasawara et al.: J. Microbiol. Methods, 169, 105816 (2020).

5) K. D. Pham, Y. Hakozaki, T. Takamizawa, A. Yamazaki, H. Yamazaki, K. Mori, S. Aburatani, K. Tashiro, S. Kuhara, H. Takaku et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 1899 (2021).