Kagaku to Seibutsu 62(11): 515-516 (2024)
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植物14-3-3タンパク質を標的としたケミカルバイオロジー
分子ツールで複雑なシグナル伝達ハブを操る
Published: 2024-11-01
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
すべての真核生物は,生命活動に必須な「14-3-3」と呼ばれるタンパク質を持つ.14-3-3は,主にリン酸化されたセリン/スレオニン(pSer/pThr)を含む配列モチーフを認識することができ,数百種類を超えるタンパク質と相互作用すると言われている.この多種多様なタンパク質と相互作用する性質から,あらゆるシグナル伝達系において「ハブ」として働き,相互作用タンパク質の酵素活性や細胞内局在などを調節している.さらに,14-3-3は遺伝的に重複しており,例えば,ヒトでは7種類,モデル植物であるシロイヌナズナでは13種類のアイソフォームが存在する.これら相互作用タンパク質の多さと遺伝的冗長性から,14-3-3の働きは非常に複雑であり,未だ不明な点は多い.また,がんや神経疾患の原因遺伝子であり,14-3-3を標的とした数多くの生物活性分子が開発されている.14-3-3の特徴や生物活性分子については,樋口,加藤の解析記事も参照されたい(1)1) 樋口雄介,加藤修雄:化学と生物,54, 732 (2016)..一方で植物内においても,14-3-3を介した様々な生理応答が報告されている(2)2) Y. Huang, W. Wang, H. Yu, J. Peng, Z. Hu & L. Chen: Plant Cell Rep., 41, 833 (2022)..そのため,植物内の14-3-3を標的とした生物活性分子は,植物成長調整剤としての利用や,シグナル伝達メカニズムを解析するための分子プローブになると期待できる.そこで本記事では,植物14-3-3を標的としたケミカルバイオロジー研究について解説する.
真菌Fusicoccum amygdaliが生産するフシコクシン(FC)は,14-3-3とH+-ATPaseとの相互作用を安定化し,気孔を強制的に開かせる植物毒である(1, 3)1) 樋口雄介,加藤修雄:化学と生物,54, 732 (2016).3) 木下俊則:化学と生物,53, 608 (2015)..FCを用いた表現型解析や構造解析の結果から,H+-ATPaseと14-3-3がどのように気孔を開かせるのか,その分子メカニズムが確かめられた(3)3) 木下俊則:化学と生物,53, 608 (2015)..FCがもたらした研究成果は,生物活性分子が複雑な14-3-3シグナルを解明するための強力なツールとなることを物語っている.またFCは,時に細胞を破裂させるほどの毒性を示す一方で,水と光が十分な栽培環境においては,むしろ植物成長を促進する(4)4) 大神田淳子,桐山寛生,春日重光,入枝泰樹,木下俊則:特開2022–132203 (2022)..このポジティブな効果は,蒸散に伴う水や養分の吸い上げや,光合成に必要な二酸化炭素の取り込みを促進するためであると考えられる.FCを取り巻く一連の研究成果が示す通り,生物活性分子は基礎研究ツールとしての側面に加え,それ自体が薬剤候補となり得る.応用を意識して個体レベルの研究を展開しやすい点も,植物ケミカルバイオロジーの魅力である.天然物であるFCの研究を発端として,同様の作用機序を示す人工分子をケミカルスクリーニングによって取得した例もある(5)5) R. Rose, S. Erdmann, S. Bovens, A. Wolf, M. Rose, S. Hennig, H. Waldmann & C. Ottmann: Angew. Chem. Int. Ed., 49, 4129 (2010)..活性はFCに劣るものの,菌体の培養・抽出が必要なFCとは異なり,化学合成による供給が可能である.
また,14-3-3とクライアントタンパク質との相互作用を安定化する薬剤に加え,植物個体内で有効な阻害剤も探索されている.田岡らは,イネ14-3-3と,花芽形成に関わるOsFD1由来のリン酸化ペプチドとの相互作用を時間分解蛍光共鳴エネルギー移動(TR-FRET)によってハイスループットに検出可能にし,2種類の14-3-3阻害剤を発見した(6)6) K. Taoka, I. Kawahara, S. Shinya, K. Harada, E. Yamashita, Z. Shimatani, K. Furuita, T. Muranaka, T. Oyama, R. Terada et al.: Plant J., 112, 1337 (2022)..これら阻害剤を投与することで,イネの分げつ(枝分かれ),ジャガイモの塊茎形成,ウキクサの花芽形成を制御できることを実証している.14-3-3を標的とすることで多様な薬効を引き出せる点が興味深く,投与する植物種や部位,生育ステージなどを変えることで,適用範囲を拡張できると考えられる.
また筆者らは,シロイヌナズナの14-3-3を標的とした阻害剤を探索し,重複するアイソフォームの選択的阻害や,気孔開閉の制御を達成しているので紹介したい(7)7) K. Nishiyama, Y. Aihara, T. Suzuki, K. Takahashi, T. Kinoshita, N. Dohmae, A. Sato & S. Hagihara: Angew. Chem. Int. Ed., 63, e202400218 (2024)..まず,シロイヌナズナ由来の14-3-3と,フルオレセイン修飾したFD断片ペプチドの相互作用を蛍光偏光法によって検出可能にし,阻害剤をハイスループットに探索した.最終的に,約5,000種類の化合物の中から,化合物1を選抜した(図1A図1■(A)選抜した化合物1と、実際に活性を示した阻害剤2の構造式.(B)保存度で色分けしたシロイヌナズナ14-3-3の構造と阻害剤2の結合様式.).不思議なことに,化合物1を自ら再合成して評価したところ,14-3-3とFDペプチドとの相互作用を阻害しなかった.種々の検討から,保存溶媒として用いていたDMSOと化合物1が反応することで化合物2が生成し,阻害活性を示すことを突き止めた.
阻害剤2の作用機序を詳細に調べたところ,14-3-3がpSer/pThrを認識する「オルソステリック部位」からは離れた「アロステリック部位」のシステイン残基と共有結合を形成し,阻害効果を示すことを明らかにした(図1B図1■(A)選抜した化合物1と、実際に活性を示した阻害剤2の構造式.(B)保存度で色分けしたシロイヌナズナ14-3-3の構造と阻害剤2の結合様式.).アロステリック部位は,アイソフォーム間での保存度が低いことから,阻害剤2のアイソフォーム選択性を蛍光偏光法によって調べた.その結果,最大9倍の活性の違いが見られ,阻害剤2がアイソフォーム選択性を示すことを明らかにした.従来の阻害剤の多くは,種間・アイソフォーム間で保存度が高いオルソステリック部位を狙っていたため,アイソフォーム選択的な阻害は難しかった.各アイソフォームは固有の機能が備わっているとされており,アロステリック阻害剤を用いた化学遺伝学的な解析によって,新たなシグナル伝達メカニズムの解明につながると期待できる.
また,阻害剤2の植物に対する活性も評価した.当初,花芽形成の制御を想定していたが,表現型の変化は見られなかった.一方で,先述の通り,14-3-3は気孔の開閉を正に制御していることに着目し,阻害剤2を投与した際のシロイヌナズナの気孔開閉度への影響を解析した.青色光下やFC投与といった気孔を開口させる条件下で阻害剤2を投与した結果,阻害剤による顕著な閉口を確認できた.FCは非常に強力な植物毒として知られるが,これに打ち勝つほどの阻害効果を示したことから,少なくとも短時間で応答が見られる生命現象に対しては有効であることを確かめられた.気孔閉口剤は,農作物や切り花の乾燥耐性を高めることができ,農業や園芸での活躍が期待されている.我々の研究から,14-3-3阻害剤の利用は,気孔開閉を時空間的に操作する新たなアプローチとなることが実証できた.
以上のように、14-3-3はシグナル伝達におけるハブとして様々な機能を担うため,安定化剤や阻害剤が様々な植物生理応答を操作するためのマルチ分子ツールとして活躍できることを紹介した.14-3-3標的分子の多機能性は植物ホルモンに通ずるものがあり,農薬現場で活躍できる日が来るかもしれない.また,タンパク質間相互作用を含む「アンドラッガブル」な標的を狙う創薬研究が盛んになった昨今であるが,植物科学や農薬への応用は遅れを取っている.本稿でも紹介した共有結合阻害剤やアロステリック阻害剤は,扱いや作用機序の解析が難しいものの,アンドラッガブル標的を狙うための有効なアプローチであると言える.
Reference
1) 樋口雄介,加藤修雄:化学と生物,54, 732 (2016).
2) Y. Huang, W. Wang, H. Yu, J. Peng, Z. Hu & L. Chen: Plant Cell Rep., 41, 833 (2022).
4) 大神田淳子,桐山寛生,春日重光,入枝泰樹,木下俊則:特開2022–132203 (2022).