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植物発生を支えるBZR/BES転写因子の分子進化
非典型BZR/BES転写因子サブグループはコケ植物で生殖器官発生を制御する

Tomoyuki Furuya

古谷 朋之

大阪大学大学院理学研究科

Published: 2024-11-01

約30万種にも及ぶと考えられている現存する陸上植物は,多様な形態,生態をもっている.このような多様性は,約5億年前に陸上化した共通祖先からの進化の過程で繰り返されてきた形質の新規獲得や変遷,喪失の積み重ねによって生み出されてきた.このような形質の獲得には遺伝子の機能分化や新規機能獲得が大きな原動力となる.特に転写因子の機能変化は,多くの下流制御遺伝子の発現様式が変更されるため,細胞内の分子制御ネットワークに大きな撹乱をもたらす.

植物の適切な発生,成長に必須な植物ホルモンであるブラシノステロイド(BR)のシグナル伝達経路のマスター転写因子として,BRASSINAZOLE-RESISTANT 1(BZR1)とBRI1-EMS-SUPPRESSOR 1(BES1)が,モデル被子植物シロイヌナズナから見出された.これらは,bHLH転写因子ファミリーのDNA結合領域に比較的類似したDNA結合領域を有する植物に特異的なBZR/BES転写因子ファミリーに属している(1)1) S. Nosaki, T. Miyakawa, Y. Xu, A. Nakamura, K. Hirabayashi, T. Asami, T. Nakano & M. Tanokura: Nat. Plants, 4, 771 (2018)..シロイヌナズナは6つのBZR/BES転写因子をもっており,大部分において重複した機能をもっているものの(2, 3)2) W. Chen, M. Lv, Y. Wang, P. A. Wang, Y. Cui, M. Li, R. Wang, X. Gou & J. Li: Nat. Commun., 10, 4164 (2019).3) L. G. Chen, Z. Gao, Z. Zhao, X. Liu, Y. Li, Y. Zhang, X. Liu, Y. Sun & W. Tang: Mol. Plant, 12, 1408 (2019).,それぞれのホモログが独自の役割をもつ例も近年報告されてきている(4)4) T. Furuya, M. Saito, H. Uchimura, A. Satake, S. Nosaki, T. Miyakawa, S. Shimadzu, W. Yamori, M. Tanokura, H. Fukuda et al.: Plant Cell, 33, 2618 (2021)..被子植物において,BZR/BES転写因子ファミリーはBR応答だけでなく,維管束細胞分化や雄性配偶子(花粉)の発生など多様な発生現象や環境応答でも重要な役割をもつ.しかしながら,BZR/BES転写因子の分子進化に関しては知見が不足していた.

私たちは幅広い植物種を使った系統解析から,BZR/BES転写因子ファミリーが大きく3つのサブグループ(type A, type B, type C)に分類できることを見出した(図1A図1■BZR/BES転写因子は大きく3つのサブグループに分類される(5)5) T. Furuya, N. Saegusa, S. Yamaoka, Y. Tomoita, N. Minamino, M. Niwa, K. Inoue, C. Yamamoto, K. Motomura, S. Shimadzu et al.: Nat. Plants, 10, 785 (2024)..シロイヌナズナの6つのBZR/BES転写因子は全てtype-Aサブグループに分類された.つまり,シロイヌナズナを中心に研究が進められてきた背景から,これまでの研究対象が基本的にtype-AサブグループのBZR/BES転写因子に限られていたことが明らかとなった.進化的に俯瞰してみると,type-Bおよびtype-Cサブグループも多くの植物種で存在しており,type-Aサブグループをいわゆる“典型”BZR/BES転写因子として捉えるなら,これらのサブグループは“非典型”のBZR/BES転写因子であると考えられる.実は,シロイヌナズナにおいてtype-Aサブグループに属する6つのBZR/BES転写因子以外に,BZR/BES転写因子のDNA結合領域とβ-amylase様のドメインの両方を有するBZR1-β-amylase(BZR1-BAM)に属するBAM7とBAM8の存在が知られていた.私たちの系統解析に基づくと,これらはtype-Aサブグループから派生したものではなく,シダ植物が分岐する前にtype-CサブグループのBZR/BES転写因子にβ-amylase様のドメインが融合する形で生まれたものであることが示された.

図1■BZR/BES転写因子は大きく3つのサブグループに分類される

(A) BZR/BES転写因子の分子系統樹.3つのサブグループに大きく分かれる.これまでの研究は主にtype-Aサブグループを対象に行われてきた.MpBZR3はこれまでほとんど解析されていないtype-Bサブグループに属する. 
(B) BZR/BES転写因子の分子進化のモデル図.コケ植物ではすでに3つのサブグループは機能分化しており,type-Aサブグループのメンバーはその後,ブラシノステロイド(BR)応答や維管束発生のシグナル伝達経路を構成していったと考えられる.MpBZR3を含むtype-Bサブグループのメンバーは造卵器と造精器の形成に関わる機能を獲得し,独自の進化をしていったと思われる.

近年,植物が陸上化して最初に出現したコケ植物に属するゼニゴケのゲノム解析が完了し,ゼニゴケは3つのBZR/BES転写因子MpBZR1-3をもつことが明らかとなった.これらゼニゴケの3つのBZR/BES転写因子はそれぞれのサブグループに1つずつ分類される(5)5) T. Furuya, N. Saegusa, S. Yamaoka, Y. Tomoita, N. Minamino, M. Niwa, K. Inoue, C. Yamamoto, K. Motomura, S. Shimadzu et al.: Nat. Plants, 10, 785 (2024)..シロイヌナズナのBZR/BES転写因子と同様にtype-Aサブグループに属するMpBZR2/MpBES1は,細胞分裂と細胞分化のバランス制御を介してその発生を制御しており,加えてシロイヌナズナに導入するとシロイヌナズナのBES1の機能獲得変異体と類似した表現型を示すことから,type-Aサブグループ内での分子機能がある程度保存されていることが示された(6)6) M. A. Mecchia, M. García-Hourquet, F. Lozano-Elena, A. Planas-Riverola, D. Blasco-Escamez, M. Marquès-Bueno, S. Mora-García & A. I. Caño-Delgado: Curr. Biol., 31, 4860.e8 (2021).

これまでほとんど研究報告のなかったtype-Bサブグループに属するゼニゴケのMpBZR3は,有性生殖器官に特異的に発現することから,その発生制御因子の候補として筆者らは注目した.被子植物が有性生殖器官として「花」を作り出すのに対し,ゼニゴケを含むコケ植物や小葉植物,シダ植物などは,有性生殖器官として卵を含む造卵器と運動性の精子を生み出す造精器をつくる.MpBZR3を過剰発現するゼニゴケ形質転換体を作出したところ,興味深いことに,造卵器や造精器に類似した構造が異所的に発生した.一方で,type-AサブグループのMpBZR2/MpBES1やtype-CサブグループのMpBZR1の過剰発現体は,それぞれ異なった形態異常を示したものの,生殖器官の異所的発生は見られなかった.これらのことから,それぞれのサブグループのBZR/BES転写因子は,少なくともゼニゴケにおいて異なった分子機能をもつことが示唆される.type-CサブグループのMpBZR1は,シロイヌナズナのBAM7とBAM8と異なりβ-amylase様ドメインをもっておらず,その過剰発現体では細胞分化が抑制される表現型が見られた.このサブグループが最も古くに獲得された系統であると推測されており,BZR/BES転写因子の祖先的な機能を理解する上でも今後の詳細な解析が待たれる.有性生殖器官発生への関与が示唆されたMpBZR3の機能欠損変異体を作出したところ,造卵器において卵細胞が崩壊し,造精器の発生が初期過程で停止することが観察された.これらの結果は,MpBZR3が造卵器や造精器発生の発生過程において重要な役割をもつことを示している(5)5) T. Furuya, N. Saegusa, S. Yamaoka, Y. Tomoita, N. Minamino, M. Niwa, K. Inoue, C. Yamamoto, K. Motomura, S. Shimadzu et al.: Nat. Plants, 10, 785 (2024)..したがって,コケ植物の分岐以前に獲得されたそれぞれのサブグループのうち,MpBZR3を含むtype-Bサブグループの系統は,進化の過程で有性生殖器官の発生制御に関わる新たな機能を獲得したことが推測される(図1B図1■BZR/BES転写因子は大きく3つのサブグループに分類される).さらに,type-Bサブグループの系統は,多細胞性の造卵器,造精器をつくるコケ植物,小葉植物,シダ植物では高度に保存されおり,これらの分類群での有性生殖器官の発生に重要であることが考えられる.一方で,多細胞性の造卵器,造精器をもたない被子植物や裸子植物では保存性が低下しており,有性生殖器官の変遷に伴いtype-BサブグループのBZR/BES転写因子の役割は失われる方向にあるのかもしれない.今後,幅広い植物種におけるtype-BサブグループのBZR/BES転写因子の機能が明らかになっていくことで,植物の有性生殖器官の進化におけるtype-Bサブグループの寄与についてさらなる知見が得られることが期待される.

Reference

1) S. Nosaki, T. Miyakawa, Y. Xu, A. Nakamura, K. Hirabayashi, T. Asami, T. Nakano & M. Tanokura: Nat. Plants, 4, 771 (2018).

2) W. Chen, M. Lv, Y. Wang, P. A. Wang, Y. Cui, M. Li, R. Wang, X. Gou & J. Li: Nat. Commun., 10, 4164 (2019).

3) L. G. Chen, Z. Gao, Z. Zhao, X. Liu, Y. Li, Y. Zhang, X. Liu, Y. Sun & W. Tang: Mol. Plant, 12, 1408 (2019).

4) T. Furuya, M. Saito, H. Uchimura, A. Satake, S. Nosaki, T. Miyakawa, S. Shimadzu, W. Yamori, M. Tanokura, H. Fukuda et al.: Plant Cell, 33, 2618 (2021).

5) T. Furuya, N. Saegusa, S. Yamaoka, Y. Tomoita, N. Minamino, M. Niwa, K. Inoue, C. Yamamoto, K. Motomura, S. Shimadzu et al.: Nat. Plants, 10, 785 (2024).

6) M. A. Mecchia, M. García-Hourquet, F. Lozano-Elena, A. Planas-Riverola, D. Blasco-Escamez, M. Marquès-Bueno, S. Mora-García & A. I. Caño-Delgado: Curr. Biol., 31, 4860.e8 (2021).