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植物の気孔開口を抑えてしおれを防ぐケミカルツール
その作用・分子改良・応用展開まで

Yusuke Aihara

相原 悠介

神戸大学大学院理学研究科

JSTさきがけ

Published: 2024-11-01

切花や鉢植えなど,身近な植物の世話を怠り,一日~数日でしおれてさせてしまった経験はないだろうか? ズボラな筆者には数えきれないほどあり,その都度心の中で植物たちに謝罪している.そんな身近なレベルを離れて,商品としての切花や苗などの保存・輸送・展示といった場面でも,しおれに端を発する品質低下と廃棄は大きな問題となっている.そこで,植物にシュッとスプレーするだけで長持させられる薬があれば,きっと社会レベルで役に立つことだろう.本稿ではそんなケミカルツールについて最近の成果を中心に紹介する.

そもそも植物の「しおれ」とは,植物体内の水分の蒸散量が吸水量を上回り,膨圧を失う現象と定義できる.そして植物の蒸散の大部分は,植物表面に存在する無数の微小な孔,「気孔」を介する.植物は,乾燥ストレスを感知すると植物ホルモン・アブシシン酸(ABA)の生成とそれに続くシグナル伝達を介して気孔を閉鎖し,水分損失を抑える仕組みを備えている(1)1) P.-K. Hsu, G. Dubeaux, Y. Takahashi & J. I. Schroeder: Plant J., 105, 307 (2021)..一方で光の下では気孔は開口し,二酸化炭素吸収を促進して光合成を効率化させている(2)2) S. Inoue & T. Kinoshita: Plant Physiol., 174, 531 (2017)..この開・閉シグナルが気孔孔辺細胞において拮抗的にはたらくことで植物は外環境とのガス交換を最適化させている.ならば,乾燥ストレス応答や気孔運動に介入することで,植物を乾燥に強くさせることができるはずである.実際,選抜育種や遺伝子組み換えにより乾燥耐性を強化した植物品種がこれまで作出されてきた.他方で以下に述べるように,植物に「薬」を投与することで,品種作出に頼らず幅広い植物種に乾燥耐性を付与することも可能である.

・乾燥耐性を付与するケミカルツール

植物生理学の基礎研究から,これまでいくつかのタイプの「乾燥耐性付与剤」が開発されてきた.第一には,ABAシグナルへの介入である.最もシンプルには,ABAを植物に投与することで気孔閉鎖を誘導できるが,代謝・分解されるなどして効果が持続しないことが問題となっている.そこで,安定かつ活性が大幅に増大したABAアゴニストが開発されてきた.最初期のABAアゴニストとして有名なのはピラバクチンであり(その優れた標的選択性によりABA受容体PYR/PYLが同定された(3)3) S.-Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009).),その発見を契機にこれまで様々なABAアゴニストが報告されてきた.最も新しいものの一つにオパバクチンが挙げられるが,これはABA受容体への結合活性がABAの約10倍であり,幅広い植物種に長期間の乾燥耐性を付与できることが示されている(4)4) A. S. Vaidya, J. D. M. Helander, F. C. Peterson, D. Elzinga, W. Dejonghe, A. Kaundal, S.-Y. Park, Z. Xing, R. Mega, J. Takeuchi et al.: Science, 366, eaaw8848 (2019)..また別の戦略として,ABAの代謝への介入も挙げられる.ABA不活性化酵素の特異的な阻害剤として発表されたAbz-E3Mは,ABA内生量を増加させて乾燥耐性を増大させることが示された(5)5) J. Takeuchi, M. Okamoto, R. Mega, Y. Kanno, T. Ohnishi, M. Seo & Y. Todoroki: Sci. Rep., 6, 37060 (2016)..一方でこれらABA介入タイプの課題としては,気孔閉鎖以外のABA作用(成長や種子発芽の阻害など)を副次的に引き起こす可能性が考えられる.

第二のタイプは,一次代謝経路への介入である.関らの研究グループは,乾燥ストレス時に酢酸の生合成が特異的に増大するという発見から,土壌への酢酸添加により様々な植物に乾燥耐性を付与できることを示した(6)6) J.-M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nat. Plants, 3, 1 (2017)..その作用機序は,酢酸がヒストンアセチル化の直接の基質となってエピゲノム制御に介入すると同時に,ジャスモン酸生合成の増大を引き起こすことによる.同研究グループはまた,エタノールを土壌に投与することでも,複合的な作用機序により同様の乾燥耐性効果を達成している(7)7) K. Bashir, D. Todaka, S. Rasheed, A. Matsui, Z. Ahmad, K. Sako, Y. Utsumi, A. T. Vu, M. Tanaka, S. Takahashi et al.: Plant Cell Physiol., 63, 1181 (2022)..これらは安価で汎用性が高く,また植物や人体,土壌環境などへの安全性も担保されている点が大きな強みと言える.一方で効果発揮まで数日かかる.

そして第三のタイプが,気孔開口シグナル経路への介入である.2018年からの一連の研究により,気孔観察が容易なマルバツユクサを用いた大規模ケミカルスクリーニング手法によって,気孔開口シグナル経路に作用点を持つと考えられる新規の気孔開口阻害剤が報告された(8)8) S. Toh, S. Inoue, Y. Toda, T. Yuki, K. Suzuki, S. Hamamoto, K. Fukatsu, S. Aoki, M. Uchida, E. Asai et al.: Plant Cell Physiol., 59, 1568 (2018)..この中でも最大の活性を有するSCL1ではバラなどのしおれを抑えられることが実証された.しかしながら,SCL1の分子構造の改変が試みられたものの,活性を向上させることには成功していなかった.

・最新の気孔開口抑制剤BITCの紹介

そこで最近,上述の課題を克服した新たな気孔開口抑制剤としてベンジル-イソチオシアネート(BITC)が報告された(9)9) Y. Aihara, B. Maeda, K. Goto, K. Takahashi, M. Nomoto, S. Toh, W. Ye, Y. Toda, M. Uchida, E. Asai et al.: Nat. Commun., 14, 2665 (2023).ので,以下に詳細を解説する.この化合物はアブラナ目植物の特化代謝産物の一つであり,天然物を含むケミカルライブラリーの中から選抜された.生化学的な解析から,BITCの作用点は,気孔開口の駆動力を形成する細胞膜プロトンポンプのリン酸化・活性化の阻害にあることがわかった.加えて,典型的なABA経路には干渉しないこと,幅広い陸上植物種に作用できることなども確かめられた.このBITCをキクの切花の葉に塗布するだけで短期的なしおれ(1.5時間)を抑える効果を発揮することがわかった.一方で課題としては,葉への塗布で効果を発揮させるために高濃度(2.5 mM)が必要で,そのような条件では長期的(2日)には部分的な枯死を引き起こしてしまった.

ついで,BITCをベースにした誘導体の合成探索により,最大で66倍にまで活性が増大した「スーパーITC」が開発された.これは基本骨格であるベンゼンにイソチオシアナト基(-N=C=S)を複数個付与したもので,シンプルでありながら予想以上の活性増強を達成した.スーパーITCの気孔開口抑制活性はABAのそれを上回り,この高い活性により使用容量を大幅に節約でき,枯死のような副作用も見られなかった.また,スーパーITCはBITCやABAを上回る効果持続性(2~5日)を発揮することもわかり,この特性により,土植えの植物(ハクサイ)に対しても長期的(1日)な乾燥耐性を付与させることにも成功した.

・研究展望

以上のように,BITCおよびスーパーITCは,ABA経路とは独立に孔辺細胞の開口シグナルに直接介入することで「しおれ」を抑える有望なケミカルツールである.BITCは西洋ワサビやマスタードなどの辛味成分として古くから我々に親しまれてきており,収穫後の葉野菜への安全な鮮度保持剤などの新たな用途の開発に繋がることが期待される.一方スーパーITCは,切花の鮮度保持剤や乾燥地での乾燥耐性付与剤など幅広い活用が期待される.これらの利点としては開口シグナルに直接介入することによる即効性が挙げられるが,反面課題としては,化合物を孔辺細胞に十分量到達させなければならないため,葉への直接処理(スプレーやディップ)に用途が限定されるのが現状である.根や切花の切り口からの吸い上げでも十分な効果を発揮できるよう,処理方法の条件検討や,BITC類縁体の構造デザインの最適化を進めていく必要がある.

最後にBITCによる生理的な機能についての研究展望を述べたい.BITCをはじめとするイソチオシアネート類の植物における役割としては,植物が傷害やストレスを受けたときに産生され,食植性昆虫やバクテリアなどから身を守る物質として知られていたが,今回の研究により気孔開口のブレーキとしてはたらく可能性が示された.シンプルな化学構造で反応性の高い分子であることから,「無差別にタンパク質と反応してしまう(ただの毒)のではないか?」との先入観と批判があったように筆者は感じる.これは高い濃度(mMオーダー)ではおそらくそうだが,気孔開口を抑制するのに十分な低い濃度(µMオーダー)で標的タンパク質への特異性を示唆する傍証が得られている.実際にそのような作用標的を見出すべく基礎研究が進められており,今後,植物が特化代謝物を利用して植物自身の生理機能(気孔開口やそれ以外にも)を調節するメカニズムを明らかにできると期待される.

図1■しおれを抑えるケミカルツールの開発の流れ

図の一部はY. Aihara, B. Maeda, K. Goto, K. Takahashi, M. Nomoto, S. Toh, W. Ye, Y. Toda, M. Uchida, E. Asai, et al.: Nat Commun., 14, 2665 (2023).9)9) Y. Aihara, B. Maeda, K. Goto, K. Takahashi, M. Nomoto, S. Toh, W. Ye, Y. Toda, M. Uchida, E. Asai et al.: Nat. Commun., 14, 2665 (2023).より改変.

Reference

1) P.-K. Hsu, G. Dubeaux, Y. Takahashi & J. I. Schroeder: Plant J., 105, 307 (2021).

2) S. Inoue & T. Kinoshita: Plant Physiol., 174, 531 (2017).

3) S.-Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009).

4) A. S. Vaidya, J. D. M. Helander, F. C. Peterson, D. Elzinga, W. Dejonghe, A. Kaundal, S.-Y. Park, Z. Xing, R. Mega, J. Takeuchi et al.: Science, 366, eaaw8848 (2019).

5) J. Takeuchi, M. Okamoto, R. Mega, Y. Kanno, T. Ohnishi, M. Seo & Y. Todoroki: Sci. Rep., 6, 37060 (2016).

6) J.-M. Kim, T. K. To, A. Matsui, K. Tanoi, N. I. Kobayashi, F. Matsuda, Y. Habu, D. Ogawa, T. Sakamoto, S. Matsunaga et al.: Nat. Plants, 3, 1 (2017).

7) K. Bashir, D. Todaka, S. Rasheed, A. Matsui, Z. Ahmad, K. Sako, Y. Utsumi, A. T. Vu, M. Tanaka, S. Takahashi et al.: Plant Cell Physiol., 63, 1181 (2022).

8) S. Toh, S. Inoue, Y. Toda, T. Yuki, K. Suzuki, S. Hamamoto, K. Fukatsu, S. Aoki, M. Uchida, E. Asai et al.: Plant Cell Physiol., 59, 1568 (2018).

9) Y. Aihara, B. Maeda, K. Goto, K. Takahashi, M. Nomoto, S. Toh, W. Ye, Y. Toda, M. Uchida, E. Asai et al.: Nat. Commun., 14, 2665 (2023).