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2種間を超えた微生物間相互作用
複雑な生態系のシンプルかつリアルな理解に向けて

Hidehiro Ishizawa

石澤 秀紘

兵庫県立大学大学院工学研究科応用化学専攻

Published: 2024-11-01

身の回りのほとんどの環境には多様な微生物が存在し,微生物群集と呼ばれる複雑な生態系をつくっている.これらの微生物群集は独自の代謝機能や動物・植物との共生関係を通じ,人間の健康や作物の生産性に多大な影響を及ぼしている.また,発酵食品の製造や排水処理などの産業プロセスでも中核的な役割を果たす.こうした微生物群集の形成には,微生物どうしの資源競争や代謝物のやりとりといった種間相互作用が深く関わるため,これまで多くの研究が種間相互作用の解析を切り口として,複雑な微生物群集への理解を試みてきた.しかし,核酸や代謝物と違い,直接観測できる実態を持たない種間相互作用の解析は一筋縄ではいかず,長年研究者の頭を悩ませている.

従来,種間相互作用という現象は暗黙的に2種の間で起こるものと想定されてきた.例えば,微生物群集における種間相互作用や共起関係を表わすネットワーク図は2種ずつを線で繋いだものであるし,種間相互作用のメカニズムを探る研究の多くは,2種の微生物の共培養実験に基づいて行われている.また,生物群集の動態を表す数理モデルとして有名な一般化Lotka-Volterra方程式は,2種ごとの関係性を相互作用係数としてパラメーター化するものである.しかし,このように種間相互作用を2種ごとの関係に還元して理解しようとするアプローチで,微生物群集の本質を理解できるのだろうか? 実は,この点については既に多くの理論生態学の研究が否定的な見解を示している(1)1) B. Momeni, L. Xie & W. Shou: eLife, 6, e25051 (2017)..また,少数の微生物株を滅菌培地中で共存させることにより作成した,シンプルな人工微生物群集を用いた研究では,存在する全ての2種間の関係性を把握したとしても,微生物群集の動態は予測・理解できない,ということが示されている(2~4)2) D. Sundarraman, E. A. Hay, D. M. Martins, D. S. Shields, N. L. Pettinari & R. Parthasarathy: mBio, 11, e01667 (2020).3) J. Friedman, L. M. Higgins & J. Gore: Nat. Ecol. Evol., 1, 109 (2017).4) H. Ishizawa, Y. Tashiro, D. Inoue, M. Ike & H. Futamata: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2312396121 (2024).

以上のことから,近年では3種以上の微生物が関与する高次相互作用(Higher-order interaction)が,微生物群集の動態に及ぼす影響が盛んに議論されるようになった.高次相互作用という用語の定義は分野によって幅があるが,群集生態学の分野では図1図1■群集生態学における高次相互作用の定義で示すように,(A)2種間の相互作用が別の種の存在により量的・質的に変化すること,(B)2つ以上の相互作用が非加算的に作用すること,という現象を指す(5)5) A. Sanchez: Cell Syst., 9, 519 (2019)..(A)の好例として知られているのはMickalideとKuehnの実験で,ある大腸菌は捕食者である繊毛虫(Tetrahymena)の存在下でも増殖可能であったのに,ここに微細藻類(Chlamydomonas)を加えると捕食圧に耐えられず,共存が不可能になるというものである(6)6) H. Mickalide & S. Kuehn: Cell Syst., 9, 521 (2019)..このとき,微細藻類は大腸菌の増殖を直接的には阻害しないものの,大腸菌の捕食回避機構である細胞凝集を抑制することで,間接的に繊毛中から大腸菌への捕食作用を強める働きをしていた.(B)はより頻繁に観察され,例えば共に宿主であるウキクサの成長をそれぞれ10%,40%促進する作用を持つ2種の共生細菌を同時にウキクサに接種しても,成長促進効果は加算的に作用しない(つまり,10%+40%=50%にはならない),といった現象が挙げられる(7)7) Y. Yamakawa, R. Jog & M. Morikawa: Plant Growth Regul., 86, 287 (2018)..また,こうした高次相互作用を定量的に評価するための便宜的な定義として,(C)実際の観察結果と,2種間の相互作用が加算的に働くことを想定した帰無モデルによる予測との差異を高次相互作用と呼ぶことも多い.例えば,上記ウキクサの例で,2つの共生細菌を接種した際の成長促進効果が20%だった場合,加算的な作用を仮定した際の影響(50%)との差異である30%が高次相互作用の強度と解釈される.

図1■群集生態学における高次相互作用の定義

3種以上が関わる種間相互作用を高次相互作用(Higher-order interaction)と呼ぶ.(A)2種ごとの関係性が共存する別の種によって改変される.(B)2つ以上の相互作用による影響が,個別の相互作用の足し合わせにならない.(C)加算性を想定した場合の影響と実際に観察された影響との差異が,便宜的に高次相互作用の強度と解釈される.図は(B)の例において,種1,種2を加えることによる種3の存在量の変化を表す.

上記のような高次相互作用は自然界にごく普遍的に存在することが予想されるが,現状ではまだまだ研究例が少なく,これが微生物群集の形成や機能発現に及ぼす影響は十分に理解されていない.その大きな原因として,高次相互作用を検出するためには3種以上の共培養系を含む多量の実験が必要であり,これを多様性の高い微生物群集で網羅的に実施することはとても不可能なことが挙げられる.そこで,現在では主に少数の微生物株のみからなる人工微生物群集を用いることで,高次相互作用の研究が進められている.特にSanchezらの研究グループは,人工微生物群集が示すアミロース分解やシデロフォア産生といった機能に着目し,個々の構成種が全体の機能に及ぼす影響の非加算性について数多くの報告を行っている.また,こうしたデータのメタ解析から,高次相互作用の発生に関するいくつかの一般的な法則性を見出している(8)8) J. Diaz-Colunga, A. Skwara, J. C. C. Vila, D. Bajic & A. Sanchez: Cell, 187, 3108 (2024).

さらに最新の研究では,高次相互作用の情報を用いることで,人工微生物群集の動態をボトムアップ式に予測できることも示唆されてきた.Friedmanらは,7~8種の混合培養系で各菌株が生残できるか? ということを予測する際,2種ごとの競争実験の結果のみでは十分な精度が得られないものの,高次相互作用の情報を含む3種の競争実験の結果を用いることで高精度な予測が可能になることを示した(3)3) J. Friedman, L. M. Higgins & J. Gore: Nat. Ecol. Evol., 1, 109 (2017)..また筆者らの研究では,3種の群集の観察から相互作用係数を算出し,改変したLotka-Volterra方程式に当てはめることで,植物表面で安定共存する4~7種の人工微生物群集の構造が定量的に予測できることを示した(4)4) H. Ishizawa, Y. Tashiro, D. Inoue, M. Ike & H. Futamata: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2312396121 (2024)..この研究では更に,相互作用係数の算出に用いる観察単位を4種,5種,6種の群集へと増やしても,予測精度は3種のものから大きく上昇しないことも示された.高次相互作用という現象は考慮する種数を増やすと無限に複雑になるが,これらの研究結果は,高次相互作用が起こる最小単位である3種ごとの関係性を考慮するのみでも,微生物群集の動態の多くが説明可能になることを示唆している.

以上のように,高次相互作用への理解は微生物群集の複雑性を解き明かす鍵になり得ることが示されており,今後は人工微生物群集のみならず,実際の微生物群集についても研究が進展することが期待される.先に挙げた筆者らの研究では,モデルに入力する3種の群集のデータ数を約1/4に減らしても,全データを用いた場合とほぼ変わらない予測精度が得られることが示されている.従って,実際の微生物群集から,仮に不完全でも≥3種の組み合わせのデータを収集し,その情報から適切に高次相互作用の傾向を学習できれば,実際の微生物群集でもボトムアップ式の動態予測が実現し得るかもしれない.今後,複雑な生態系へのシンプルかつリアルな理解を達成するために,様々な解析手法やモデルに高次相互作用の概念を取り入れていきたい.

Reference

1) B. Momeni, L. Xie & W. Shou: eLife, 6, e25051 (2017).

2) D. Sundarraman, E. A. Hay, D. M. Martins, D. S. Shields, N. L. Pettinari & R. Parthasarathy: mBio, 11, e01667 (2020).

3) J. Friedman, L. M. Higgins & J. Gore: Nat. Ecol. Evol., 1, 109 (2017).

4) H. Ishizawa, Y. Tashiro, D. Inoue, M. Ike & H. Futamata: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2312396121 (2024).

5) A. Sanchez: Cell Syst., 9, 519 (2019).

6) H. Mickalide & S. Kuehn: Cell Syst., 9, 521 (2019).

7) Y. Yamakawa, R. Jog & M. Morikawa: Plant Growth Regul., 86, 287 (2018).

8) J. Diaz-Colunga, A. Skwara, J. C. C. Vila, D. Bajic & A. Sanchez: Cell, 187, 3108 (2024).