解説

医療における近赤外蛍光生体イメージング診断の化学的展開
生体部位を光らせ手術をナビゲート

Chemical Development of Near-Infrared Fluorescence Bioimaging Diagnostics in Medicine: Intraoperative Ureteral Near-Infrared Fluorescence Imaging

Katsunori Teranishi

寺西 克倫

三重大学大学院生物資源学研究科

Published: 2024-11-01

医療の場では,医師の視診や触診ができない病態を診断薬や診断機器を用いて判断する.体への負担が低い・医療費用が低い・精度が高い,などの診断を目指し,診断薬や診断機器は日々進歩している.診断薬の開発は化学と医学の融合によって,診断機器の開発は工学と医学の融合によって行われる.本解説では,前者に関連する「医療,特に手術における近赤外蛍光生体イメージング診断の現状と将来」を化学の面から述べる.「化学と生物」を読まれる皆さんの多くは農芸化学分野の方と思われ,医療には直接関与されないかもしれないが,すでに化学を専門とされている方やこれから化学を志す方に興味を与え,本稿が有意義なものとなれば幸いである.

Key words: 近赤外蛍光; 術中蛍光イメージング; 癌蛍光イメージング; 尿管蛍光イメージング; 蛍光ナビゲーション手術

医療におけるイメージング診断

からだ内部の病態の診断には,コンピュータ断層撮影法(CT),磁気共鳴画像法(MRI),X線撮影法,超音波画像法などのイメージング診断が数十年前から一般的に用いられている.それぞれの診断技術には特性がある.CTやMRIはミリ単位の精密な3次元イメージ画像を得ることができるが,機器は大きく手術中に簡便に使用できるものでない.X線撮影や超音波画像診断は手術中に使用できるが,前者は放射線被ばく,後者は低い精密さと術者に依存する点に問題がある.

手術中に簡便に使用できる診断ツールとして,CTやMRIなどの術前イメージング診断を補うことができる近赤外蛍光イメージング診断技術が20年前ほどから活発に開発研究され,臨床の場で使用されてきている.近赤外蛍光イメージング診断では,“生体の窓”とよばれる波長域約700~900 nmの近赤外蛍光を発する蛍光剤を全身あるいは局所に投与し,所定の時間後に近赤外光を患部に照射し,投与した蛍光化合物が発する近赤外蛍光をCCDカメラで検出する(1)1) R. Weissleder: Nat. Biotechnol., 19, 316 (2001)..近赤外光は目には見えないため装置システムで色付け処理されリアルタイムで画像として映し出され,外科医はこの画像をみながら手術を行う.この診断技術は,開腹手術,腹腔鏡手術,内視鏡手術,ロボット支援下手術などで使用できる(図1図1■術中における肝細胞癌の近赤外蛍光イメージングナビゲーションのイメージ図).

図1■術中における肝細胞癌の近赤外蛍光イメージングナビゲーションのイメージ図

近赤外光を肝臓に照射し,取得した蛍光イメージング画像をみながら肝細胞癌組織と正常組織の境界を判別する.

蛍光イメージング

米国食品医薬品局は,20年以上前に癌治療の速い開発を促進させるため,癌部位を簡便にイメージングできる光学イメージング技術の開発を国家プロジェクトとして進めた.光学的イメージングの一つに,分子標的を基礎とする分子イメージングとよばれる技術がある.例えば,同一動物個体を用いて長期にわたり癌に対する非侵襲的な薬剤効果の評価を目的とする場合,固形癌細胞に特異的に結合あるいは相互作用する蛍光プローブあるいは発光プローブを投与し,癌組織を選択的に光らせることにより癌組織を光学的に観察することができる.

生体組織は光を吸収するため,光の組織透過性は光学イメージングにとって重要な問題となる.この問題に対して近赤外光が優位性を示す(1)1) R. Weissleder: Nat. Biotechnol., 19, 316 (2001)..可視光は生体組織表面付近でしか透過できないが,近赤外光はさらに深部で透過することができる.可視光は,生体組織に内在するヘモグロビン,メラニン,脂質などによる吸収や光散乱が生じるが,近赤外光ではそれらが低減できる.生体組織は可視光域の自己蛍光を発するが,近赤外蛍光の自己蛍光は低減されるため対象組織のシグナル対バックグラウンド比が高く良好なコントラストを得ることができる.分子イメージング研究では,プローブ標的化,薬理速度論,生体適合性,光学物性,などの多様な課題が解決され,生物発光物質,蛍光タンパク質,低分子蛍光ラベル化剤などを使用した光学イメージング技術は,動物実験において素晴らしい成果を示した.近赤外蛍光プローブを用いる蛍光イメージングでは,蛍光ラベル化抗体,蛍光ラベル化ペプチドなどの蛍光ラベル化を基盤とし,抗体やペプチドを変えることにより多様な癌種に適用できた.しかし,誰もが予想できたが,ヒト臨床への適用は困難であった.

ヒトへの蛍光イメージングの適用では,生体組織の厚さ,代謝速度,蛍光剤の物性,生体適合性,医薬品の製造コスト,市場性,など多くの課題を解決しなければならない.動物試験の初期ではマウスやラットの小動物が用いられることが多く,これらの患部およびその周囲の組織の厚さは数ミリである.ヒトではそれらの厚さはセンチ単位であるため組織光透過性に優れる近赤外光は必須であった.術中イメージングで重要視されたのは,診たい領域と正常領域の医師の判断を支援するイメージングナビゲーションであり,そのための近赤外蛍光イメージングプローブが多く開発され,臨床試験が行われた(2~9)2) P. Cheng & K. Pu: Nat. Rev. Mater., 6, 1095 (2021).3) R. Liu, Y. Xu, K. Xu & Z. Dai: Aggregate, 2, e23 (2021). https://doi.org/10.1002/agt2.234) J. Huang & K. Pu: Chem. Sci., 12, 3379 (2021).5) H. Li, Y. Kim, H. Jung, J. Y. Hyun & I. Shin: Chem. Soc. Rev., 51, 8957 (2022).6) X. Yin, Y. Cheng, Y. Feng, W. R. Stiles, S. H. Park, H. Kang & H. S. Choi: Adv. Drug Deliv. Rev., 189, 114483 (2022). https://doi.org/10.1016/j.addr.2022.1144837) J. S. D. Mieog, F. B. Achterberg, A. Zlitni, M. Hutteman, J. Burggraaf, R.-J. Swijnenburg, S. Gioux & A. L. Vahrmeijer: Nat. Rev. Clin. Oncol., 19, 9 (2022).8) K. Wang, Y. Du, Z. Zhang, K. He, Z. Cheng, L. Yin, D. Dong, C. Li, W. Li, Z. Hu et al.: Nat. Rev. Bioeng., 1, 161 (2023).9) J. Wang, Z. Sheng, J. Guo, H.-Y. Wang, X. Sun & Y. Liu: Coord. Chem. Rev., 486, 215137 (2023). https://doi.org/10.1016/j.ccr.2023.215137.しかし,医薬品として承認され手術で使用できる近赤外蛍光イメージングプローブは後の項で述べる数例にとどまっているのが現状である.

小動物試験では,動物を暗箱内に入れ小動物用の近赤外蛍光イメージング装置でイメージングする.ヒトの手術での近赤外蛍光イメージングでは外科医がカメラを自由に移動させる開放系が必要である.近年は近赤外蛍光に適応した臨床用蛍光イメージング装置が開発され,多くの機種のイメージング装置が入手できる(10)10) S. Sajedi, H. Sabet & H. S. Choi: Nanophotonics, 8, 99 (2019)..筆者が行っている動物試験では,持ち運びが可能で0.1 mmほどの細部まで観察が可能な臨床用の近赤外蛍光イメージング装置を使用している.この機器では,近赤外照射光源のLEDライト,蛍光を受光するCCDカメラおよび照射光と蛍光を分離する光学フィルターはハンディータイプの懐中電灯の形状のカメラユニットに組み込まれ,観察したい部位にカメラユニットを向け,接続するノートパソコンでイメージング動画をリアルタイムで確認しデータを保存する.特に難しい操作はなく,誰にでも操作できる.

術中近赤外蛍光イメージングナビゲーションにおける薬剤インドシアニングリーン

インドシアニングリーン(ICG)(図2図2■ICGと5-ALAの化学構造式,ICGによる肝細胞癌と腎細胞癌,および5-ALAによる膀胱癌のヒト術中蛍光イメージンナビゲーション)は,米国食品医薬品局の承認をうけた医薬品であり,現在,術中近赤外蛍光イメージングナビゲーションで最も頻繁に使用されている.ICGは,低分子量(775 D)の水溶性の緑色のヘプタメチンインドシアニン系の近赤外蛍光化合物である.静脈から全身投与すると血漿タンパク質に急速に結合し,肝臓で捕捉され胆汁中に送られ排泄される.ICGはおおむね安全だが,アナフィラキシーの症例も報告されている.ICGは50年以上前から近赤外蛍光物質としてではなく緑色の色素として肝機能検査薬として使用されている.すなわち,ICGは静脈投与され肝排泄されるため,投与後の血液中のICG量を緑色の色素量として測定し,その減衰を指標に肝機能を診断する.

図2■ICGと5-ALAの化学構造式,ICGによる肝細胞癌と腎細胞癌,および5-ALAによる膀胱癌のヒト術中蛍光イメージンナビゲーション

(A)臨床用近赤外蛍光イメージング装置.(B)イメージング装置のカメラユニット.(C)原発性肝細胞癌結節の写真(矢印).(D)術中ICG近赤外蛍光イメージング.原発性肝細胞癌(矢印)から発せられる近赤外蛍光(白色で表す).(E)腎細胞癌の写真.(F)(E)の腎臓のICGの近赤外蛍光(白色で表す)画像と白色光モード画像の重ね合わせ画像.(G)膀胱癌の白色光モード画像.(H)(G)の膀胱癌組織のPp-IXの赤色蛍光の画像.画像A–DはK. Gotoh et al.: J. Surg. Oncol., 100, 75 (2009). Copyright 2009 Wiley-Liss, Inc. の承諾を得て掲載.画像EとFは,N. Soga et al.: Curr. Urol., 13, 74 (2019). Copyright 2019 Wolters Kluwer Health, Inc.より使用の承諾を得て掲載.画像GとHは,H. Fukuhara et al.: PLoSONE, 10, e0136416 (2015). Copyright 2015 PLOSより使用の承諾を得て掲載.

ICGの近赤外蛍光性は古くから知られていたが,20年ほど前から眼科血管造影や心臓血管手術などでの血管蛍光イメージング,癌手術中でのセンチネルリンパ節蛍光イメージングなどに広く利用されている(11, 12)11) M. B. Reinhart, C. R. Huntington, L. J. Blair, B. T. Heniford & V. A. Augenstein: Surg. Innov., 23, 166 (2016).12) G. M. Son, H. Ahn, I. Y. Lee, S. M. Lee, S. Park & K. Baek: J. Minim. Invasive Surg., 24, 113 (2021)..当初,本法は安全・簡便な手法として注目されつつ,幅広い外科領域で威力を発揮するものと期待され,術中近赤外蛍光イメージングナビゲーションのマニュアル的なテキスト「ICG蛍光Navigation Surgeryのすべて—光るリンパ節,脈管,臓器を追う(監修・編集:草野滿夫,株式会社インターメディカ)」が2008年に発行された.ICGによる血管やセンチネルリンパ節の術中近赤外蛍光イメージングナビゲーションに関しては,この書籍や総説(11, 12)11) M. B. Reinhart, C. R. Huntington, L. J. Blair, B. T. Heniford & V. A. Augenstein: Surg. Innov., 23, 166 (2016).12) G. M. Son, H. Ahn, I. Y. Lee, S. M. Lee, S. Park & K. Baek: J. Minim. Invasive Surg., 24, 113 (2021).を読んでいただきたい.

固形癌摘出手術における近赤外蛍光イメージングナビゲーション

癌部位の摘出手術は,ほとんどの種類の固形癌に対して行われる.癌組織を完全に切除し,正常組織の切除を最小限に抑えることは,患者の生存率と生活の質を向上させるために不可欠である.このためには癌組織と正常組織の境界を正確に術中判断することが必要となる.術中で簡易にこの判断を支援するのが近赤外蛍光イメージングナビゲーションである.現在,近赤外蛍光イメージングナビゲーションで使用できる代表的な近赤外蛍光イメージング剤に関して以下に記載する.

2009年に初めてICGにより肝細胞癌を近赤外蛍光イメージングできることが報告された(図2図2■ICGと5-ALAの化学構造式,ICGによる肝細胞癌と腎細胞癌,および5-ALAによる膀胱癌のヒト術中蛍光イメージンナビゲーション(13)13) K. Gotoh, T. Yamada, O. Ishikawa, H. Takahashi, H. Eguchi, M. Yano, H. Ohigashi, Y. Tomita, Y. Miyamoto & S. Imaoka: J. Surg. Oncol., 100, 75 (2009)..それ以降,臨床において肝細胞癌切除術における癌組織の目印として使われている(14)14) M. Kaibori, H. Kosaka, K. Matsui, M. Ishizaki, H. Matsushita, T. Tsuda, H. Hishikawa, T. Okumura & M. Sekimoto: Front. Oncol., 11, 638327 (2021). https://doi.org/10.3389/fonc.2021.638327.ICGは,静脈投与直後,肝臓に蓄積され数日かかり体内から排泄される.これに対し肝細胞癌組織は数日後もICGを蓄積するため,ICGは癌部位から近赤外蛍光を発し,癌部位を提示する.

腎細胞癌は,罹患率と死亡率が高い疾患である.2020年には,世界中で431,288件の腎癌の症例が診断され,同年,179,368件の腎癌関連死亡が報告された(15)15) GLOBOCAN: 2020. https://www.uicc.org/news/globocan-2020-new-global-cancer-data.ICGは特異的な肝排泄であるが,高用量では僅かながら腎臓にも移行する.ICGの蛍光強度は,悪性腎組織では正常腎組織よりも低く,部分腎切除術における腎癌のイメージングに役立つことが報告された(16)16) S. Tobis, J. K. Knopf, C. R. Silvers, J. Marshall, A. Cardin, R. W. Wood, J. E. Reeder, E. Erturk, R. Madeb, J. Yao et al.: Urology, 79, 958 (2012)..しかし,静脈内ICG投与後,ロボットによる部分腎切除術中にアナフィラキシーショックが発生した例が報告され,さらに術中ICGイメージングナビゲーションによる部分腎切除術の有効性は研究によって異なる(図2図2■ICGと5-ALAの化学構造式,ICGによる肝細胞癌と腎細胞癌,および5-ALAによる膀胱癌のヒト術中蛍光イメージンナビゲーション(17)17) N. Soga, A. Inokob, J. Furusawa & Y. Ogura: Curr. Urol., 13, 74 (2019)..したがって,ICGは腎細胞癌の蛍光イメージングには適さないと判断できる.

アミノ酸である5-アミノレブリン酸(5-ALA)(図2図2■ICGと5-ALAの化学構造式,ICGによる肝細胞癌と腎細胞癌,および5-ALAによる膀胱癌のヒト術中蛍光イメージンナビゲーション)は,それ自体近赤外蛍光性を持たないが,プロトポルフィリン合成の主な基質であり,正常細胞ではフェロケラターゼ酵素によってヘムに変換される.癌細胞ではこの酵素の発現が低いため赤色蛍光を示す中間体のPp-IXが蓄積し,術中での癌の診断ができる.現在,膀胱癌や脳腫瘍の術中蛍光イメージングに使用されている(図2図2■ICGと5-ALAの化学構造式,ICGによる肝細胞癌と腎細胞癌,および5-ALAによる膀胱癌のヒト術中蛍光イメージンナビゲーション(18)18) T. Namikawa, J. Iwabu, M. Munekage, S. Uemura, H. Maeda, H. Kitagawa, T. Nakayama, K. Inoue, T. Sato, M. Kobayashi et al.: Surg. Today, 50, 821 (2020).

尿管の術中近赤外蛍光イメージングナビゲーション

尿管は,腎臓と膀胱をつなぎ尿を運ぶ直径数mm・長さ約30 cmの管であり,臓器や脂肪組織に覆われ目視することが難しい器官である.泌尿器科,結腸直腸科および婦人科の術中に誤って尿管を切断や吻合してしまう医原性尿管損傷(Iatrogenic Ureteral Injuries, IUI)は医療過誤であり,患者のみでなく医療機関にとっても深刻な事象である(19, 20)19) H. Abboudi, K. Ahmed, J. Royle, M. S. Khan, P. Dasgupta & L. N’Dow: Nat. Rev. Urol., 10, 108 (2013).20) M. D. Slooter, A. Janssen, W. A. Bemelman, P. J. Tanis & R. Hompes: Tech. Coloproctol., 23, 305 (2019)..IUIは尿管の狭窄や閉塞,尿管と膣との瘻孔,腎不全などの長期にわたる合併症を引き起こし,IUIの際には尿管吻合術や尿管膀胱新吻合術が行われ,手術時間が延長される.開腹手術では視診と触診により尿管の存在が特定されるが,触診できない腹腔鏡下腹部手術中のIUIのリスクは,開腹手術中のリスクよりも大幅に高くなる.また,IUIが術後に診断されることも多く,早期に発見された場合よりも治療が困難である.したがって,IUIの発生率を減らすことは重要であり,そのためには効果的な術中の尿管の同定と尿管診断が必要である.

術中の尿管の同定には,触診用尿管ステント留置術,尿管カテーテル留置術や蛍光で観察する蛍光尿管カテーテル留置術がある.これらの技術では手術時間が長くなり,尿路合併症のリスクがあり,また医療費が高くなる.米国食品医薬品局によって承認されていた診断薬メチレンブルー(Methylene Blue, MB)の静脈内投与後の尿中のMBの蛍光を使用することにより,術中に尿管を同定することも報告されている(21)21) T. G. Barnes, R. Hompes, J. Birks, N. J. Mortensen, O. Jones, I. Lindsey, R. Guy, B. George, C. Cunningham & T. M. Yeung: Surg. Endosc., 32, 4036 (2018)..しかし,MBの蛍光は最大約690 nmの蛍光を発するため,組織に光学的に干渉され,またMBは肝臓から選択的に排泄されるため効率的な術中尿管の同定と診断には適さない(20)20) M. D. Slooter, A. Janssen, W. A. Bemelman, P. J. Tanis & R. Hompes: Tech. Coloproctol., 23, 305 (2019)..近赤外蛍光剤を静脈投与し,投与された近赤外蛍光化合物が特異的に腎排泄され,術中に尿管内の尿から近赤外蛍光が発せられ,その蛍光を目印に尿管を同定する近赤外蛍光尿管イメージング技術はこれまで数例が報告されているが,医薬品として承認されたものはない(2, 4, 9, 20)2) P. Cheng & K. Pu: Nat. Rev. Mater., 6, 1095 (2021).4) J. Huang & K. Pu: Chem. Sci., 12, 3379 (2021).9) J. Wang, Z. Sheng, J. Guo, H.-Y. Wang, X. Sun & Y. Liu: Coord. Chem. Rev., 486, 215137 (2023). https://doi.org/10.1016/j.ccr.2023.21513720) M. D. Slooter, A. Janssen, W. A. Bemelman, P. J. Tanis & R. Hompes: Tech. Coloproctol., 23, 305 (2019).

筆者らは,これらを背景に術中での尿管同定用の近赤外蛍光を放つ化合物CD-NIR-1(図3図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルート)およびその類縁化合物TK-1(世界保健機関に登録された一般名Pudexacianinium,製薬企業コードASP5354)(図3図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルート)を2010年に開発した(日本国特許出願番号:2010-132923).その後,国際特許出願(PCT/JP2011/000489)を行い,日本国,米国,欧州国,中国で特許取得した.開発戦略の都合上,学術論文での発表は2020年以降となった(22, 23)22) K. Teranishi: Mol. Pharm., 17, 672 (2020).23) K. Teranishi: Diagnostics, 13, 1823 (2023). https://doi.org/10.3390/diagnostics13101823.TK-1は,水溶解性,高蛍光量子収率,生化学的および光学的安定性,組織による非特異的取り込みが微小,非毒性,望ましいクリアランス経路を通じて適切な速度での腎排泄,等の医薬品としての条件を満たし,大学から製薬会社に技術移転された.その後,同社による前臨床試験および米国臨床試験第1・2相を経て(24)24) 寺西克倫: Precision Medicine, 7, 381 (2024).,2024年8月現在,第3相試験に至っている.以下に筆者らの研究に関して説明する.

図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルート

合成ルートでは安価で大量に購入できる化合物を出発化合物として記載する.反応条件の詳細は以下の論文を参照していただきたい.化合物1: K. Teranishi & S. Tanabe: ITE Lett. New Technol. Med., 1, 53(2000).化合物2: K. Hamasaki, H. Ikeda, A. Nakamura, A. Ueno, F. Toda, I. Suzuki, & T. Osa: J. Am. Chem. Soc., 115, 5035(1993).化合物3: Y. Ye, S. Bloch, J. Kao, & S. Achilefu: Bioconjugate Chem., 16, 51(2005).化合物4およびTK-1: T. Kurahashi, K. Iwatsuki, T. Onishi, T. Arai, K. Teranishi, & H. Hirata: J. Biomed. Opt., 21, 86009 (2016). https://doi.org/10.1117/1.JBO.21.8.086009. CD-NIR-1およびCD-NIR-2: K. Teranishi: Mol. Pharm., 17, 672 (2020).

ICGは医薬品として承認されているが,特異的な肝排泄であるため尿管の近赤外蛍光イメージングには不向きである.ICG分子において近赤外蛍光を発する部位は疎水性のヘプタメチンインドシアニンナフチル骨格(図2図2■ICGと5-ALAの化学構造式,ICGによる肝細胞癌と腎細胞癌,および5-ALAによる膀胱癌のヒト術中蛍光イメージンナビゲーション内の赤色で記した分子骨格)であり,この部位は体内では組織に対する非特異的吸着性が高く,また分解されにくい性質を有する.この部位を持つ尿管同定用の化合物であれば,現在使用されているICG用のイメージング機器をそのまま利用することができ,医療現場への導入が容易と考えた.この点が筆者らの研究における開発戦略の一つである.

次に,ICGのヘプタメチンインドシアニンナフチル骨格に腎排泄性を高める分子を共有結合させ,尿を近赤外蛍光で光らせ尿管イメージングを行うことを考えた.さらに,ヘプタメチンインドシアニンナフチル骨格の生体組織への非特異的吸着を抑制するため,ナフチル部位を水溶性分子で覆う戦略を考えた.なお,近赤外蛍光化合物を尿管組織に特異的に結合あるいは蓄積させることも考えたが,尿管組織に特異的に有する受容体が見いだせなかったため,この方法は困難と判断した.グルコースのα-1,4-結合環状構造を持つシクロデキストリン分子(CD)は,底の抜けたバケツ様の分子構造をしており,内側に疎水性の分子を包接する空洞を有し,外側は親水性の性質を有する(図3図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルート).CDは医薬品製剤や食品に使用され,体内では難消化性であり腎排泄性である.ナフチル基は疎水性であり,その大きさは7個のグルコースからなるβ-CDの空洞に適合することから,β-CDをヘプタメチンインドシアニン骨格に共有結合することとした.ヘプタメチンインドシアニン骨格とβ-CDを繋ぐスペーサーの長さは,ナフチル基をβ-CDの空洞に強固に分子内包接するための重要な因子である.分子シミュレーションにより,このスペーサー長を図3図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルートに示すCD-NIR-1分子のスペーサー長とし,CD-NIR-1の化学合成を行った(図3図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルート).化学合成されたCD-NIR-1の3次元化学構造は,核磁気共鳴法(NMR)解析を用いて行い,水溶液であるD2O溶液中ではナフチル基がβ-CDの空洞に分子内包接されており,DMSO-d6溶液中では包接されないことが判明した(22)22) K. Teranishi: Mol. Pharm., 17, 672 (2020)..この結果は,水溶液である血液や尿においてβ-CDによるナフチル基の包接現象が起きる可能性を期待させた.また,スペーサーがさらに長い化合物を化学合成し核磁気共鳴法(NMR)解析を行ったところ,D2O溶液中での包接は弱いことが判明した(未発表).次に,CD-NIR-1はラットを用いた試験において,尾静脈注射後,特異的に腎臓および尿管を通って膀胱内に急速に移行し,その際尿管内で強力な近赤外蛍光を放った(図4図4■ラットおよびヒトの尿管の近赤外蛍光イメージング).CD-NIR-1は,投与後の最初の放尿で投与量の約95%が化学構造の変化なく排泄された.また,分子内包接の効果を検証するため,β-CDが結合していてもスペーサーが短く,さらに狭い空洞口である1級水酸基面がナフチル基の侵入口としかならなく,確実に分子内包接しない状態のCD-NIR-2も化学合成し(図3図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルート),動物試験を行った(22)22) K. Teranishi: Mol. Pharm., 17, 672 (2020)..ラット試験においてCD-NIR-2を尾静脈投与し,その後2日間にわたる腎排泄能が調べられた.その結果,CD-NIR-2はゆっくりと尿として排泄され,2日間での尿内へのCD-NIR-2の排泄率は約70%であり,尿管イメージングには効果的ではなく,また尿管以外の組織への残留も確認された.これらの結果は,CD-NIR-1の水溶液中でのβ-CDのナフチル部位の分子内包接の能力は尿管イメージングに効果的な急速な尿管への移行を生み出し,体内での残留を抑制することが明確となった.なお,生体内においてもCD-NIR-1のβ-CDのナフチル部位の分子内包接が生じているかは直接的な分析による検証はできていないが,上記のCD-NIR-2との動物試験の比較からCD-NIR-1内の分子内包接が生じていると期待できる.さらにCD-NIR-1は,血漿タンパク質やその他の代表的なタンパク質には結合しないことが判明した(25)25) H. Fushiki, T. Yoshikawa, T. Matsuda, T. Sato & A. Suwa: Mol. Imaging Biol., 25, 74 (2021). https://doi.org/10.1007/s11307-021-01613-0.さらにCD-NIR-1の静脈投与による近赤外蛍光尿管イメージングは,カニクイザルでも成功した(22)22) K. Teranishi: Mol. Pharm., 17, 672 (2020)..以上の結果をもとに,CD-NIR-1が近赤外蛍光尿管イメージングのための医薬品候補となった.

図4■ラットおよびヒトの尿管の近赤外蛍光イメージング

(A)開腹したラットにCD-NIR-1(2.5 nmol/kg体重)を尾静脈投与した3分後の暗下での左尿管の近赤外蛍光イメージング画像.CD-NIR-1の近赤外蛍光を白色で表す.(B)照明下での(A)の腹腔の近赤外蛍光イメージング画像.(C)(B)の尿管を切断した後の近赤外蛍光イメージング画像.(D)ヒトの腹腔鏡下結腸直腸手術におけるASP5354投与量に対するASP5354投与後30分および手術終了時の尿管のイメージング画像.ASP5354の近赤外蛍光を緑色で表す.画像A, B, Cは,K. Teranishi: Mol. Pharm., 17, 2672 (2020). Copyright 2020 American Chemical Societyの承諾を得て掲載.画像Dは,M. Albert, et al.: Surg. Endosc., 37, 7336 (2023). Copyright 2023 Springer Natureの承諾を得て掲載.

化合物を医薬品とするためには,化合物の化学的安定性や製造法が重要となる.CD-NIR-1の化学的安定性を高め,製造法を改良したTK-1(以降ASP5354と記載)を見出し(図3図3■CD-NIR-1, CD-NIR-2およびTK-1の化学構造式と化学合成ルート),次にその前臨床試験が製薬会社によって行われた(25)25) H. Fushiki, T. Yoshikawa, T. Matsuda, T. Sato & A. Suwa: Mol. Imaging Biol., 25, 74 (2021). https://doi.org/10.1007/s11307-021-01613-0.健康なミニブタを用い尿管イメージングのための最適投与量が0.01 mg/kg体重であり,カニクイザルにおける毒性試験では,ASP5354は有意な影響を示さず,未変化のASP5354は投与後24時間以内にほぼ完全に尿中排泄された.米国臨床第2相試験では,腹腔鏡下結腸直腸手術を受ける成人にASP5354が単回静脈内投与され,ASP5354投与後30分と手術終了時の尿管の近赤外蛍光の評価および安全性と薬物動態が評価された(図4図4■ラットおよびヒトの尿管の近赤外蛍光イメージング).この試験では,1.0 mgおよび3.0 mgのASP5354投与により,腹腔鏡下結腸直腸手術中に尿管の可視化ができ,安全で忍容性も良好であった.

2024年8月現在,ASP5354は米国臨床試験第3相にあるが,他社のヘプタメチンインドシアニン骨格を有するZW800-1とIS-0001も米国臨床試験第3相にあり,尿管同定のための術中近赤外蛍光イメージング技術の開発は競合状態にある.

今後の展望

筆者らが生み出したTK-1(ASP5354)は,尿管イメージングに使用する投与量の10倍以上の投与も許容であり,化学構造の変化なく迅速に腎排泄される.これらの特性を活かし,筆者はTK-1の癌組織の術中近赤外蛍光イメージングへの適応を目指し多種の固形癌マウスモデルを用いて試験した.それらの中で,膀胱癌同所移植マウスモデル,腎臓癌同所移植マウスモデル,胃癌皮下移植マウスモデルおよび食道癌皮下移植マウスモデルでは,TK-1の静脈投与によってそれぞれの癌組織は選択的に近赤外蛍光を発し正常組織と差別化できることを見出し術中癌イメージングの可能性を示した(26~29)26) K. Teranishi: Int. J. Mol. Sci., 23, 7228 (2022). https://doi.org/10.3390/ijms2313722827) K. Teranishi: Int. J. Mol. Sci., 24, 2349 (2023). https://doi.org/10.3390/ijms2403234928) K. Teranishi: Photochem. Photobiol. Sci., 22, 1721 (2023).29) K. Teranishi: Sci. Rep., 13, 9832 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-37025-z

術中の近赤外蛍光イメージングナビゲーションは,外科医から期待されている臨床技術である.蛍光イメージングナビゲーションは現在のロボット支援下手術に適した技術であり,またAIとの融合によりその有用性は加速すると思われる.現時点では,それぞれの目的を達成するために多くの蛍光プローブが報告されているが,臨床で使用できるプローブは極めて限られており,更なる実用化に向けた開発研究が期待される.最近の研究では,イメージングと光治療を兼ね備えたプローブの開発に移行し,次の研究ステージにある.本解説を読まれた方には,臨床のために更なる機能を持った有用なプローブの開発に携わっていただくことを期待する.

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