Kagaku to Seibutsu 62(11): 534-542 (2024)
解説
動物の子育て方法によってミルクの濃さが変わる—動物種によるミルク成分組成の違いの生理的要因を考察する
動物の子育て方法によるミルク成分組成の違い
The Density of Milks is Varied Depending on the Differences of Parenting Methods by Mothers: The Consideration for the Factor to Cause the Variation of Milk Compositions among Mammalian Species: The Variation of Milk Compositions among Mammalian Species Depending on the Differences of Parenting Methods by Mothers
Published: 2024-11-01
哺乳類のミルク成分組成(脂質,タンパク質,糖質,灰分の濃度割合)には種による著しい違いがあるが,その生理的な要因として,出生時の発達段階(母の体重に対する新生子の体重の割合),出生後の成長速度,一回の分娩で出生する子の数,動物の生息環境(陸棲か海棲か,乾燥地か湿潤地かなど)が挙げられる.一方,ミルク成分組成値と母による授乳行動の観察から,近縁の亜目内に分類される種間でも子育て方法の違いによるそれらの特徴的な違いの事例が報告された.本稿で,京都市動物園でのアメリカバクなどいくつかの動物の授乳行動の観察例を紹介しながら,ミルク成分組成に影響する動物の繁殖生理や子育て戦略への理解を深める.
Key words: ミルク成分組成; 哺乳類種間差; 泌乳戦略; 子育て方法; 繁殖戦略
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
哺乳類は母の体の成分をミルク成分に変え,子の生存と成長を図る繁殖戦略をとる.哺乳類の祖先である単弓類は,爬虫類祖先の竜弓類との分化後に,獣弓類,キノドン類,哺乳形類,そして哺乳類へと進化・放散した.そのような過程で乳腺は先祖腺であるアポクリン腺から進化し,ミルク成分の分泌能を獲得するとともに,哺乳類のミルク固有のタンパク質カゼインやα-ラクトアルブミンは,歯のエネメル質タンパク質や溶菌酵素リゾチームなど他のタンパク質からの遺伝子の変異によって獲得された.α-ラクトアルブミンの獲得に伴い,ラクトースやミルクオリゴ糖のようなミルクに固有の遊離糖質も出現した.
ミルクに含まれる成分は,主に乳子の成長を促す栄養機能と子を病原体による感染から守る感染防御の2つの機能をもっている.カゼイン,α-ラクトアルブミン,β-ラクトグロブリン,血清アルブミンなどのタンパク質や脂質,またラクトースは主に子への栄養機能を担うが,免疫グロブリン,ラクトフェリン,リゾチームなどは感染防御機能を担っている.ミルクに含まれる脂質,タンパク質,糖質(ラクトース)の栄養機能としての役割は一律ではない.1グラムあたりのエネルギーは脂質,タンパク質,糖質で各々9.11, 5.86, 3.95キロカロリーであり,子へのエネルギー源としての意義は脂質がもっとも大きい.タンパク質は,子の骨格や筋肉の発達に大切なアミノ酸の供給源になる.一方,糖質(ラクトース)は脳神経細胞など細胞のエネルギー源となる血糖の原料になる.血糖値が一定であることは,脳神経活動などの維持にとって大切である.
様々な哺乳動物のミルクに含まれる脂質,タンパク質,糖質,灰分の濃度の割合は均一ではなくて,種によって大きく異なる(1, 2)1) 戸羽隆宏:New Food Industry, 33, 45 (1991).2) 戸羽隆宏:New Food Industry, 33, 61 (1991)..例えばウシミルクは脂質,タンパク質,糖質,灰分の濃度がそれぞれ3.8%,3.3%,4.8%,0.7%であるのに対し,ヒトミルクではそれぞれ,3.5%, 1.1%, 7.2%, 0.2%である.つまりウシミルクの方がタンパク質の割合が高く,ヒトミルクでは糖質の割合が高い.このような成分組成は,子の出生時での体重の母体重への割合(出生時での子の発達段階の違いを示す),出生後の子の成長速度,一回の分娩で出生する子の数,動物の生息環境(陸棲か海棲か,乾燥地か湿潤地かなど)などによって大きく異なってくる.それは,動物の繁殖戦略や生息環境適応戦略と密接に関係している.多くの動物種のミルク成分組成を観察すると,脂質濃度のとくに高い場合は糖質濃度が低く,反対に糖質濃度の高い場合には脂質濃度の低くなる逆相関がある.脂質濃度の高いミルクでは,タンパク質濃度も相対的に高くなる傾向がある.脂質濃度の高いミルクは高エネルギー量の濃いミルクであるが,糖質濃度の高いミルクは薄いミルクとみなすことができる.
1970年代までにえられた多くの哺乳類のミルク成分組成へのデータに基づき,その決定要因に関する仮説が提案されていた(3)3) R. Jenness: “Lactation,” ed. by B. L. Larson & Y. B. Smith, vol. 3. Academic Press, 1974, p. 3..それは,子の要求によっていつでも授乳させられる自由摂取型と,子を巣において母がときどき授乳のために戻ってくる時間摂取型によるミルク成分組成パターンの違い,極地,水棲,砂漠のような環境に生息する動物の特徴的な成分組成などである.すなわち,自由摂取型の動物のミルクは脂質濃度が低い一方糖質濃度は高いが(糖質が全カロリーの25%以上を占める),時間摂取型の動物では反対のパターンであること,極地,水棲,砂漠に生息する動物では特に脂質の濃度が高い(カロリーの75%以上を占める)ことを指している.1980年代以降にえられた多くの動物のミルク成分組成データや授乳行動の観察から,それらの違いの要因に対するより詳細な理論づけが可能になった.本解説において,そのいくつかを紹介する.
一部の哺乳動物は非常に濃いミルクを分泌する.代表的なものとして,ズキンアザラシ(4)4) O. T. Oftedal & D. J. Boness: Can. J. Zool., 66, 318 (1988).,メキシコオヒキコウモリ(5)5) T. H. Kunz, O. T. Oftedal, S. K. Robson, M. B. Kretzmann & C. Kirk: J. Comp. Physiol. B, 164, 543 (1995).,アナウサギ(1)1) 戸羽隆宏:New Food Industry, 33, 45 (1991).があげられる.それらのミルク成分組成は図1図1■濃いミルクを出す動物(上段)と薄いミルクを出す動物(下段)のミルク成分組成(上段)の円グラフの中に示した.これらの動物には,それぞれに濃いミルクを分泌する生理的な理由がある.
ズキンアザラシは海棲の哺乳類であり,授乳期間は4日間と極端に短い.アザラシ,オットセイ,イルカなどの海棲哺乳類は,海洋環境の中でも体温を失わないように,子の授乳期間内に急速に皮下脂肪を蓄積する必要がある.ズキンアザラシの母は泌乳期間に絶食するので,ミルク成分の合成はもっぱら体のリザーブ成分を材料として行われる.短い泌乳期間の中で,母獣は1日に体重を10キログラム失い,子は10キログラムを獲得する.このような生理的な要因によって,高濃度の脂質を含むミルクが分泌される.
メキシコオヒキコウモリは,洞窟の中のねぐらで1日に2回,夜間に授乳を行う.母獣は,1日に40キロメートルもの飛行から戻ってきてから子に授乳する.子は授乳期間に飛行を開始する.飛行には高いエネルギーを必要とするので,高エネルギーのミルクを必要としている.なお脂質濃度は,子が飛行を開始する泌乳中期以降に上昇する(図1図1■濃いミルクを出す動物(上段)と薄いミルクを出す動物(下段)のミルク成分組成参照).アナウサギは,一回の分娩で1~8頭の子を出産する.乳首の数は6~8個である.新生子は目が開いておらず未熟な状態であるが,出生後の成長は早い.ウサギに限らず,イヌ,イエネコ,マウスなど未熟な子を多頭出産する動物は,出生後の子の早い成長のために,脂質濃度とともにタンパク質濃度の高いミルクを分泌する.
薄いミルクを分泌する動物は,シロサイ(6)6) G. Osthoff, B. Beukes, A. C. Steyn, A. Hugo, F. Deacon, H. J. B. Butler, F. H. O’Neill & J. P. Grobler: Zoo Biol., 40, 417 (2021).,グレビーシマウマ(7)7) 福泉洋樹,松永雅之,河村あゆみ,廻神果那,浦島 匡,福田健二:ミルクサイエンス,71, 42 (2022).,チンパンジー(8)8) G. E. Blomquist, K. Hinde, L. A. Milligan Newmark: bioRxiv. (2017) . doi: 10.1101/197004,ヒトなどである.図1図1■濃いミルクを出す動物(上段)と薄いミルクを出す動物(下段)のミルク成分組成(下段)にそれらのミルク成分組成の円グラフを示した.シロサイ,グレビーシマウマとも出生時の子の発達は大きく,授乳期間での成長は緩やかである.子は母とともに行動し,頻繁に授乳することができる.熱く,乾燥した地帯に生息しているので,母乳を通じて子に水分を補給する役割があることも予想される.チンパンジーは授乳期間が5年間と長く,子を緩やかに成長させるが,そのような戦略とタンパク質の低濃度との関係が予想される.母は子を常に抱き抱えて運搬し,子の要求に応じて頻繁に授乳させることができるので,低エネルギーの薄いミルクを分泌する生理的な理由になっている.ヒトとチンパンジーを比較した場合,ヒトの方が少し脂質の濃度が高いようだ.ヒトは体毛を失ったために,子が母にしがみつくことができず,ベッドに寝かしつけられるようになった.そのことで,授乳回数が減り,チンパンジーよりも濃いミルクを必要とするようになったかもしれない.
濃い,あるいは薄いミルクを分泌することは,子の1日あたりの授乳回数とも関係ありそうだ.1日あたりの授乳回数の多さは,母と乳子の接触時間の長さと深い関係がある.ニホンザルのようなマカクや類人猿は,母が乳子をいつも抱いているので母子の接触時間は長いが,リスのように子を巣に置き,母が授乳のために時々戻ってくる動物では接触時間は短くなる.
同じ亜目に分類され,比較的近縁の種どうしでも,母子の接触時間の長さにおいて異なる戦略をとる動物がいる.霊長目の中で原始的な特徴を残す曲鼻亜目(曲鼻猿)では,母が乳子をいつも抱えて運ぶ子育てをする種と,子を巣において母がときどき戻ってくるような子育てをする種がいる.前者のような子育て方法をキャリーイング(連れ去り型),後者の場合をパーキング(置き去り型)という.曲鼻猿の中でキャリーイングを行う種はワオキツネザル,クロキツネザル,アカハラキツネザル,チャイロキツネザル,マングースキツネザルなどであり,パーキングを行う種はオオガラゴ,ショウガラゴ,アカスレンダーロリス,スンダスローロリス,エリマキキツネザルなどである.キツネザルの中でも,パーキングを行う種とキャリーイングを行う種がいることに注目が集まる.
キャリーイングを行う種は,パーキングを行う種よりも1日の授乳回数が多いが,それぞれのミルクの濃さに違いがあるか興味が持たれた.図2図2■曲鼻猿において,子育て方法の違いがミルク成分組成の違いに影響する例にキャリーイングまたパーキングを行う種のミルク成分組成の円グラフを示した(9)9) C. D. Tilden & O. T. Oftedal: Am. J. Primatol., 41, 195 (1997)..子育て方法の違いによって,脂質とタンパク質の濃度に大きな違いのあることがわかる.キツネザルの仲間でも,キャリーイングを行うアカハラキツネザルとパーキングを行うエリマキキツネザルでは,脂質とタンパク質の濃度の違いが発見された.
近縁の動物種でも母子の接触時間の長さの異なる2つのパターンがある例として,アフリカに生息するウシ科動物があげられる.それは,出生後新生子がすぐに立ち上がり,親について行動するパターンと,子を草むらに隠し,母が時々戻ってきて授乳させるパターンである.前者はフォロワー(連れ去り型),後者をハイダー(置き去り型)という.ハイダーを行う動物の子は草むらの中でじっとして動かないことで,肉食動物に発見されないようだ.フォロワーを行う種はオジロヌー,ブレスボック,スプリングボック,オグロヌー,アフリカスイギュウなどであり,ハイダーを行う種はエランド,ボンゴ,グレータークーズー,ケープオリックス,クロテンカモシカなどである.図3図3■アフリカ・ウシ科動物において,子育て方法の違いがミルク成分組成の違いに影響する例にフォロワーとハイダーを行う代表的な動物種のミルク成分組成を示した(10)10) C. Petzinger, O. T. Oftedal, K. Jacobsen, K. L. Murtough, N. A. Irlbeck & M. L. Power: Zoo Biol., 33, 305 (2014)..ミルクの成長エネルギー(GE)に対しタンパク質(CP)の占める割合は,フォロワーで30%以下,ハイダーで概ね30%以上のように,両者で違いが発見された.出生直後の新生子の発達状態は,子がすぐに立ち上がることのできるフォロワーの方が早いので,その後の骨格の成長にはミルクのタンパク質濃度は少なくて済むということかもしれない.
これらは,動物の子育て方法の違いがミルクの成分組成に影響する実例である.子育て方法は,生息地の環境,餌の豊富さ,天敵となるような肉食動物の存在などの要因への適合戦略である.それによって動物のミルク成分組成に違いが発生することも,哺乳類が広範囲な生息環境に適合できた成功の要因であろう.
このように,各動物種のミルクの濃さの違いは,生理的な理由とも関係して動物の1日あたりの授乳回数の多さと関連づけられるようだ.それを理解するためには,実際に動物の授乳行動を観察することが求められる.いくつかの動物の授乳行動を観察した例を紹介する.
アメリカバクは南米を中心に生息する奇蹄目バク科の1種で,バク科の中では200 kg前後の中型サイズである.アメリカバクのミルクの成分組成は,脂質3.9%,タンパク質4.4%,糖質5.3%で,同じ奇蹄目の中ではやや高い割合で脂質と蛋白質を有しているが(表1表1■アメリカバクと主な動物種とのミルク成分組成の比較),泌乳期のミルク成分組成の特徴としては脂肪が低く,糖質が高い傾向を示しているとされ(11)11) O. T. Oftedal & S. J. Iverson: Comparative analysis of nonhuman milk. In: Handbook of Milk Compositions, (ed. by R.G. Jensen), Academic Press, San Diego, 764 (1995).,前述されたミルクの濃さからみれば薄い部類になる.またアメリカバクを含めたバク科の多くは母子が常に行動を共にし,母親の栄養となる植物が常に繁茂する地域を生息場所としていることから授乳間隔をこまめに取ることが可能だと考えられ,前述された曲鼻猿のキャリーイングやアフリカ・ウシ科動物のフォロワーの特性に近いと考えられる.こうした育子期の行動に関しては,荒蒔らが2014年から2017年にかけて,京都市動物園の個体において,ミルク成分分析と併せて母子の行動を観察している(12)12) 荒蒔祐輔,魚津諒大,金澤朋子,渡邉 駿,福田健二,浦島 匡,田中正之:ミルクサイエンス,71, 35 (2022)..
| 動物種 | 全固形分 | 脂肪 | 蛋白質 | 糖質 | 灰分 | 
|---|---|---|---|---|---|
| % | % | % | % | % | |
| アメリカバク(11)11) O. T. Oftedal & S. J. Iverson: Comparative analysis of nonhuman milk. In: Handbook of Milk Compositions, (ed. by R.G. Jensen), Academic Press, San Diego, 764 (1995). | N/A | 3.9 | 4.4 | 5.3 | 0.7 | 
| ウマ(22)22) O. T. Oftedal, H. F. Hintz & H. F. Schryver: J. Nutr., 113, 2096 (1983). | 10.5 | 1.3 | 1.9 | 6.9 | N/A | 
| シロサイ(23)23) R. Jenness & R. E. Sloan: Dairy Sci. Abstr, 32, 599 (1970). | 9.4 | 9.4 | 0.9 | 7.9 | 0.4 | 
| キリン(24)24) A. J. Hall-Martin, J. D. Skinner & A. Smith: S. Afr. J. Wildl. Res, 7, 67 (1977). | N/A | 4.8 | 4.0 | N/A | 0.8 | 
| ウシ(23)23) R. Jenness & R. E. Sloan: Dairy Sci. Abstr, 32, 599 (1970). | 12.7 | 3.7 | 3.4 | 4.8 | 0.7 | 
| ブタ(23)23) R. Jenness & R. E. Sloan: Dairy Sci. Abstr, 32, 599 (1970). | 18.8 | 6.8 | 4.8 | 5.5 | N/A | 
| ハイイロアザラシ(23)23) R. Jenness & R. E. Sloan: Dairy Sci. Abstr, 32, 599 (1970). | 67.7 | 53.2 | 11.2 | 2.6 | 0.7 | 
| ヒト(23)23) R. Jenness & R. E. Sloan: Dairy Sci. Abstr, 32, 599 (1970). | 12.4 | 3.8 | 1.0 | 7.0 | 0.2 | 
| 11)Oftedal and Iversen (1995)  22)Oftedal et al. (1983) 23)Jenness and Sloan (1970) 24)Hall-Martin et al. (1977)  | |||||
荒蒔らは,新生子の出生時から約5ヶ月間にわたり,各週の水曜日に子の吸乳頻度(授乳頻度)および吸乳行動(授乳行動)を維持した時間を記録した.なお観察は獣舎内に設置した監視カメラ映像を用い,授乳行動の定義としては子が母親の乳房付近に顔を寄せ1分以上その状態を維持し,子が乳房から顔を離すまでを1回としている.結果,生後2週間で授乳行動は期間最多の18回(7:00~18:00で6回,18:00~翌7:00で12回)を記録し,以降は子の成長に伴い減少している(図4図4■子の吸乳頻度および吸乳時間帯の経時変化{7:00~18:00(丸)および18:00~7:00(三角)}).また18時から翌7時までの時間帯に授乳行動が観察されるなど,アメリカバクが有する薄明薄暮の活動性と関連する結果となっていた.さらに母子は長い時で1日に6時間程度,授乳の姿勢を維持していた.バクの乳子の吸乳時間は約10~15分とされており,吸乳後は母子が揃って休息・睡眠を取るとされている(13)13) AZA Tapir TAG: “Tapir (Tapiridae) Care Manual,” Association of Zoos and Aquariums, 2013, p. 65..野生下においてこうした行動は母子にとっては危険な時間となるが,バク科の仲間は生息地域で最大級の陸生哺乳類であり,塩場や水源周辺を除いて,個体の生息密度も低いとされている(14)14) IUCN: IUCN Red List of Threatened Species: Tapirus terrestris (Lowland Tapir), https://www.iucnredlist.org/ja/species/21474/45174127#population, 2018..このことから他個体や多種への警戒心が強くないのかもしれない.また子は生後半年程度まで縞模様を有し,隠伏の効果を高めることができる.荒蒔らの結果は飼育下という安全な環境下であることを前提としているが,前述した環境要因や身体的特性によって母子が密接に関わりあう授乳行動が可能となっているのかもしれない.
スリランカに生息する比較的小型のマカク(霊長目狭鼻小目)であるトクマカクに対し,長期間に渡って授乳行動を観察した研究例がある.トクマカクのミルク成分組成は,脂質4.2%,タンパク質1.9%,糖質7.4%であり,ニホンザル(脂質4.2%,タンパク質1.6%,糖質6.2%)やアヌビスヒヒ(脂質4.5%,タンパク質1.5%,糖質7.8%)など他の狭鼻小目(旧世界ザル種)のものとほぼ同様である(8)8) G. E. Blomquist, K. Hinde, L. A. Milligan Newmark: bioRxiv. (2017) . doi: 10.1101/197004.DittusらはスリランカのPolonnaruwa自然林において,1968年~2023年50年以上に渡り,39集団からなる1100頭もの個体に対して,繁殖と授乳に関する観察を行った(15)15) W. Dittus & A. Baker: Am. J. Primatol., 86, e23584 (2024). doi: 10.1002/ajp.23584.
Dittusらは,新生子の出生時から17ヶ月に渡り,1日100分の観察時間の中で,子が実際に授乳した時間数,母が子を抱えて運んだ時間数,母が子の授乳を拒否した回数,子がみずから採餌した時間の長さを観察した.乳子の授乳時間は,出生後4ヶ月までに半分に低下し,16ヶ月での停止までに段階的に低下していた.母による子への授乳拒否は,離乳を促すサインである.それは子の出生後1ヶ月間はなく,2~16ヶ月間に観察された.授乳拒否の回数は,子の出生後7ヶ月と11~13ヶ月の2回のピークがあった.子による採餌は出生後2ヶ月で開始し,5ヶ月までは採餌時間は短いが,7ヶ月以降は一定時間の採餌行動が観察された.
子の離乳時期は2つのタイプに集約された.少数(10%)は7~8ヶ月で離乳するが,大半(86%)は15ヶ月まで離乳せず,15~21ヶ月で離乳した.2タイプの離乳時期は,母による授乳拒否回数のピーク時期と重なっている.つまり母による最初の授乳拒否で離乳しなかった個体は,その後も授乳を継続するが,2回目の授乳拒否時期に離乳するようである.乳子による授乳時間や自ら採餌する時間の観察結果をあわせて考察すると,出生後0~7ヶ月が主な授乳期間であり,それ以降は補足的な授乳期間とみなすことができる.2つの時期でミルク成分組成に変化があるかどうか,データがほしいところである.7ヶ月また16ヶ月で離乳した個体の母の栄養状態を観察すると,前者は人の住む公園の近くに生息する集団であり,後者よりも栄養状態のよいことが示唆された.これは子の成長のための栄養をもっぱら母乳に依存する時期から固形食との組み合わせによる時期への授乳行動の変化,そして離乳に至るまで,母による離乳促進行動の観察も含めて詳細な情報を与えた研究の例である.
新世界ザルの一種であるコモンマーモセット(霊長目広鼻小目)のミルク成分組成の特徴は,特徴的な授乳行動との関係から考察されている.
コモンマーモセットの体重は成獣で約350グラム,妊娠期間は128~180日,1回に通常2頭の乳子を出産し,3頭を出産することもある.出産後のメスは分娩後14日で排卵を開始し,泌乳している期間に妊娠する.ミルクを分泌する期間は2~3ヶ月であり,1年に複数の出産を行うように,出産から次の出産までの期間が短い.このように体のサイズが小さく,2頭以上の子を産み,泌乳期間の短い動物では,マウスのように通常濃いミルクを分泌することが予想される.
コモンマーモセットのミルク成分組成は,Powerらによって飼育下の個体とブラジル・リオデジャネイロ州の牧場における野生の個体について分析された(16, 17)16) M. L. Power, O. T. Oftedal & S. D. Tardif: Am. J. Primatol., 56, 117 (2002).17) M. L. Power, C. E. Verona, C. Ruiz-Miranda & O. T. Oftedal: Am. J. Primatol., 70, 78 (2008)..野生個体のものは脂質2.3%,タンパク質2.2%,糖質8.0%であり,飼育下個体のものは脂質3.6%,タンパク質2.7%,糖質7.4%であった.飼育個体と野生個体の平均したミルク成分組成を比べると,餌の違いの影響を受けるのであろうか,タンパク質,脂質とも飼育個体の方が少し濃度は高いが,大きな差はない.
ミルク成分組成を他の広鼻小目種と比較すると,フサオマキザル(脂質5.2%,タンパク質2.4%,糖質6.9%)やリスザル(脂質5.1%,タンパク質3.5%,糖質6.3%)よりは脂質濃度が低く,マントホエザル(脂質1.6%,タンパク質2.2%,糖質6.7%),アカホエザル(脂質1.1%,タンパク質1.9%,糖質6.6%)よりも若干脂質濃度が高かった(8)8) G. E. Blomquist, K. Hinde, L. A. Milligan Newmark: bioRxiv. (2017) . doi: 10.1101/197004.広鼻小目内でのコモンマーモセットとホエザルとのミルクの濃さの違いは,母獣の摂取する餌の違いのためかもしれない(マーモセットの主食は昆虫,ホエザルの主食は植物の葉である).狭鼻小目(旧世界ザル)種のニホンザルやアヌビスヒヒよりも脂質濃度は少し低かった(8)8) G. E. Blomquist, K. Hinde, L. A. Milligan Newmark: bioRxiv. (2017) . doi: 10.1101/197004.ミルク成分組成の特徴としては,その生理的な特徴から予想されるものと違って,低脂質,低タンパク質の薄いミルクのパターンである.
1回に2頭の子を出産し,泌乳期間が短く,出産から次の出産までの期間が短いにも関わらず,薄いミルクを出す要因は何であろうか? それはマーモセットの子育て戦略にあるようだ.マーモセットは離乳前後の時期に群をつくり,母親以外の個体が餌を運んで乳子に与える.このような食品シェアリング行動が,子の成長エネルギー獲得においてミルクへの依存度すなわち母へのエネルギー要求を減らしている.これは,比較的短い泌乳期間と短い出産間隔のための社会的戦略のようだ.
イエネコ,サーバル,チーター,アフリカライオン,ブチハイエナなど食肉目ネコ亜目動物はいずれも未熟な複数の新生子を出産し,濃いミルクを分泌する(18~21)18) H. O. de Waal, G. Osthoff, A. Hugo, J. Myburgh & P. Botes: Mamm. Biol., 69, 375 (2004).19) G. Osthoff, A. Hugo & M. de Wit: Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol., 145, 265 (2006).20) G. Osthoff, A. Hugo & M. de Wit: Comp. Biochem. Physiol. B Biochem. Mol. Biol., 147, 237 (2007).21) H. Hofer, S. Benhaiem, W. Golla & M. L. East: Biol. Ecol, 27, 1567 (2016)..図5図5■アフリカ・ネコ亜目動物(イエネコ以外)のミルク成分組成にそれらのミルク成分組成の円グラフを示した.サーバル,チーター,アフリカライオンの3種のアフリカネコ科動物のミルク成分組成を比較した場合,小型動物のサーバルのミルクは大型動物のアフリカライオンやチーターよりも濃い.小型のイエネコのミルクがサーバルよりも薄いのは,人に飼育されている影響かもしれない.
ブチハイエナのミルクは14.1%の脂質と14.9%のタンパク質を含み,脂質6.3%とタンパク質9.9%のチーターのミルクや,脂質12.6%とタンパク質7.3%のアフリカライオンのミルクよりも濃いようだ.ブチハイエナのミルクが,チーターやアフリカライオンよりも濃いことは興味深く,生理的な要因とも関係した授乳行動によって説明づけられるかもしれない.Hoferらは,タンザニアのセレンゲティー国立公園において,1987年5月~2005年12月と,1989年11月~2005年12月に2群のブチハイエナ集団の授乳行動の観察を行った(21)21) H. Hofer, S. Benhaiem, W. Golla & M. L. East: Biol. Ecol, 27, 1567 (2016)..ブチハイエナには固有の社会構造がある.集団のメスには社会的地位があり,下位のメスは上位のメスよりも採餌への高いエフォートを必要とする.母獣は一族のテリトリー内で摂食するが,共同の巣穴に戻って授乳させる.餌食が不足している場合は,摂食エリアと共同の巣穴間を約80~140 kmもラウンドトリップするが,その時期子は9日まで絶食することもある.子は約6ヶ月間,栄養をもっぱらミルクに依存し,12~20ヶ月で離乳する.1回の分娩で1また2頭の子が生まれるが,2頭で生まれた子どうしは出生直後に争い,上位と下位の関係が確立する.餌食が不足している時,母が授乳のために巣穴に戻ってくる回数は少なくなり,兄弟間の争いが激しくなって兄弟殺しが発生する.Hoferらは,母から子へのミルクの輸送量(kg)と授乳に要する時間(分),ミルクの成分組成,30日間で母が巣穴に戻って授乳させる回数を測定し,母の社会的地位の観察や,上位と下位の2頭の子間で授乳する量や回数,授乳速度(授乳量を授乳時間で割った値,g/分)の比較を行った.授乳したミルクの量は,授乳の前後で測定された子の体重の差から算出された.
ブチハイエナのミルクの高脂質,高タンパク質濃度は,生息環境や社会構造と関係するかもしれない.授乳期において母は長い距離の採餌の旅に出て,この期間は,子は絶食する.餌食になる動物の数が少ないと,採餌時間と距離は長くなって授乳の頻度は低下し,子の絶食時間は長くなる.授乳の頻度が限られる動物の場合は,退縮した乳腺でのミルク分泌能の回復に時間がかかるから授乳時間は長く,母の体のリザーブ成分に由来する濃いミルクを摂取する.授乳時間は平均して,1つの集団で50分,他の集団では56分であった.
クラン内でのメスの社会的な順位も,授乳行動に影響する.1集団の中で複数の母獣と子がともに行動するアフリカライオンのような集団をプライドと呼び,共同の巣穴の中で複数の母獣と子が生息していても,異なる母獣個体どうしは独立して行動するブチハイエナのような集団をクランと呼んでいる.地位の低いメスは採餌のためにより長距離を移動し,そのぶん子の絶食期間が長くなる.それを補うように,栄養密度は地位の低いメスのミルクで上昇するようだ.
哺乳動物間のミルク成分組成の違いは,生息環境への適合や繁殖戦略によってもたらされる.近年得られた成分組成データと授乳行動の観察によって,多くの動物のミルク成分組成の生理的理由のより詳細な理解が可能となった.動物園・水族館で飼育される動物では,母のストレスから授乳を放棄するケースがしばしば起こる.このような場合,牛乳などを原料として人工代用乳の調合が求められる.これらのデータは,代用乳の調製に有益な情報をもたらすに違いない.
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