Kagaku to Seibutsu 62(11): 550-558 (2024)
解説
微生物による硫化カルボニルの生成と分解
大気の硫黄化合物の中で最も豊富に存在する含硫ガス
Production and Degradation of Carbonyl Sulfide by Microorganisms: The Most Abundant Gaseous Sulfur Compound in the Atmosphere
Published: 2024-11-01
大気の微量成分である硫化カルボニル(COS)の対流圏の濃度は500 pptv前後である.この濃度は大気の硫黄化合物の中で最大であり,COSの酸化物も含め硫黄循環及び大気環境に影響を及ぼす.硫黄酸化細菌や真菌で発見されたCOS加水分解酵素(COSase)はCOSをH2SとCO2に加水分解し,そのアミノ酸配列の比較から植物・真菌・原核生物に分布するβクラスのカーボニックアンヒドラーゼ(CA)のクレードDに属するが,CAの特徴であるCO2親和性は極めて低い.我々は,COSaseはCAの中でも特異な一群を構成する酵素と考えている.本稿では,低濃度ではあるが常に空気中に存在するCOSを焦点に,微生物による反応を中心に紹介する.
Key words: 硫化カルボニル(COS); 硫黄代謝; 土壌微生物; カーボニックアンヒドラーゼ
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
大気の微量成分の一つである硫化カルボニル(carbonyl sulfide, O=C=S, COS)は,地表から10~16 kmの高度の対流圏では緯度・経度・高度に関係なく,500 parts per trillion by volume(pptv)前後の濃度で存在する気体状硫黄化合物である(1, 2)1) M. Chin & D. D. Davis: J. Geophys. Res., 100(D5), 8993 (1995).2) S. A. Montzka, P. Calvert, B. D. Hall, J. W. Elkins, T. J. Conway, P. P. Tans & C. Sweeney: J. Geophys. Res., 112, D09302 (2007)..地上から大気へ供給される気体状硫黄化合物には,COSの他にも二酸化硫黄(SO2),硫化ジメチル(DSM),硫化水素(H2S),二硫化炭素(CS2)などがあるが,これらの硫黄化合物に比べてCOSは化学的に安定であり,対流圏におけるCOSの滞留時間は圧倒的に長い(表1表1■地上から大気へ放出される硫黄化合物(1, 3)1) M. Chin & D. D. Davis: J. Geophys. Res., 100(D5), 8993 (1995).3) M. Pham, J.-F. Müller, G. P. Brasseur, C. Granier & G. Mégie: J. Geophys. Res., 100(D12), 26061 (1995).).例えば,人間活動によって大気へ放出されたSO2は,空気中の水滴に溶解し,酸化により硫酸となり,雨水などとなって地表に降下するため,大気中の滞留時間は僅かに0.6日と短命である(3)3) M. Pham, J.-F. Müller, G. P. Brasseur, C. Granier & G. Mégie: J. Geophys. Res., 100(D12), 26061 (1995)..これに対してCOSの滞留時間は4.3年と見積もられており(1)1) M. Chin & D. D. Davis: J. Geophys. Res., 100(D5), 8993 (1995).,対流圏に長くとどまることができる.そのため,地表から大気への供給速度は,硫黄に換算してSO2が年間123 Tg Sであるのに対して,COSは年間1.2 Tg Sと極めて僅かであるにもかかわらず,対流圏での現存量では最大の値を示す.半導体製造などの精密機器の分野では金属の腐食にCOSが関わるため,空気に含まれる不純ガスとしても注目されている.
| 大気中の主要な硫黄化合物 | 滞留時間 | 放出速度 (Tg S/年) | 現存量 (Tg S) | 主な発生源 | 
|---|---|---|---|---|
| COS | 4.3年 | 1.2 | 5.2 | 海洋,化石燃料の燃焼,沼沢地,化学工業など | 
| CS2 | 4日 | 0.5 | 0.005 | 火山・底質など | 
| H2S | 2.2日 | 0.5 | 0.003 | 火山・底質など | 
| DMS | 0.9日 | 20 | 0.05 | 海洋 | 
| SO2 | 0.6日 | 123 | 0.2 | 化石燃料の燃焼 | 
他の揮発性硫黄化合物に比べて対流圏に長くとどまるCOSは,その一部が拡散により成層圏に移行し(3, 4)3) M. Pham, J.-F. Müller, G. P. Brasseur, C. Granier & G. Mégie: J. Geophys. Res., 100(D12), 26061 (1995).4) C. Brühl, J. Lelieveld, P. J. Crutzen & H. Tost: Atmos. Chem. Phys., 12, 1239 (2012).,紫外線やラジカルとの反応を経て最終的に硫酸と二酸化炭素(CO2)になる(5, 6)5) P. J. Crutzen: Geophys. Res. Lett., 3, 73 (1976).6) M. Chin & D. D. Davis: Global Biogeochem. Cycles, 7, 321 (1993)..雲を形成し降雨などの気象現象に関わる対流圏エアロゾルとは異なり,成層圏には成層圏エアロゾル層と呼ばれる硫酸粒子を含む層が存在しており,気温の冷却化やオゾン層破壊への影響が予想されている(5, 6)5) P. J. Crutzen: Geophys. Res. Lett., 3, 73 (1976).6) M. Chin & D. D. Davis: Global Biogeochem. Cycles, 7, 321 (1993)..COSに由来する硫酸はこの成層圏エアロゾル層の硫酸の主要な供給源の一つと考えられていることから(5)5) P. J. Crutzen: Geophys. Res. Lett., 3, 73 (1976).,COSは気候にも影響を与える物質であるといえる(図1図1■COSの発生源と消失源).氷床コアや万年雪にトラップされている過去のCOS濃度の測定値は,産業革命以降から1980年代中頃までは上昇し続け,その後は緩やかに減少している(7, 8)7) S. A. Montzka, M. Aydin, M. Battle, J. H. Butler, E. S. Saltzman, B. D. Hall, A. D. Clarke, D. Mondeel & J. W. Elkins: J. Geophys. Res., 109(D22), D22302 (2004).8) M. E. Whelan, S. T. Lennartz, T. E. Gimeno, R. Wehr, G. Wohlfahrt, Y. Wang, L. M. J. Kooijmans, T. W. Hilton, S. Belviso, P. Peylin et al.: Biogeosciences, 15, 3625 (2018)..繊維産業などから大量にCOSが排出される工程を見直した結果などが功を奏していると考えられ,大気のCOS濃度は人間活動による影響を大きく受けている可能性が示されている(7, 8)7) S. A. Montzka, M. Aydin, M. Battle, J. H. Butler, E. S. Saltzman, B. D. Hall, A. D. Clarke, D. Mondeel & J. W. Elkins: J. Geophys. Res., 109(D22), D22302 (2004).8) M. E. Whelan, S. T. Lennartz, T. E. Gimeno, R. Wehr, G. Wohlfahrt, Y. Wang, L. M. J. Kooijmans, T. W. Hilton, S. Belviso, P. Peylin et al.: Biogeosciences, 15, 3625 (2018)..一方,COSはCO2の724倍の正の直接放射強制力を持つ温室効果ガスでもあり,成層圏エアロゾルを介した冷却化とCOSによるこの温暖化への影響は互いに相殺され,気候への影響はあまりないのではないかとの指摘もある(4)4) C. Brühl, J. Lelieveld, P. J. Crutzen & H. Tost: Atmos. Chem. Phys., 12, 1239 (2012)..
図1■COSの発生源と消失源
地表から大気へのCOSの放出は赤い矢印で,大気から地表へのCOSの吸収は青い矢印で示し,それぞれの矢印の数値は1年間のCOSの移行量(Gg S/year)を示す(12)12) T. Launois, P. Peylin, S. Belviso & B. Poulter: Atmos. Chem. Phys., 15, 9285 (2015)..大規模な火山活動に伴う発生は突発的な要素が大きいため,この見積りからは除かれている.
近年は,気候変動の将来予測のための,より精確なCO2収支の把握を目指した取り組みが行われている.陸上植物による光合成はCO2の取り込みの中でも最大量を占めるが,呼吸に伴うCO2排出もあるために,正味のCO2吸収量である純一次生産量(net primary production)を測定することはできるが,総一次生産量(gross primary production; GPP)は明らかではなかった.このGPPを見積る上で,CO2と構造的に類似するCOSが植物によって一定の比率で吸収され,しかもCOSは再排出されないことを利用し,GPPを求めるトレーサーになり得るとして注目されている(9~13)9) J. E. Campbell, G. R. Carmichael, T. Chai, M. Mena-Carrasco, Y. Tang, D. R. Blake, N. J. Blake, S. A. Vay, G. J. Collatz, I. Baker et al.: Science, 322, 1085 (2008).10) U. Seibt, J. Kesselmeier, L. Sandoval-Soto, U. Kuhn & J. A. Berry: Biogeosciences, 7, 333 (2010).11) K. Stimler, S. A. Montzka, J. A. Berry, Y. Rudich & D. Yakir: New Phytol., 186, 869 (2010).12) T. Launois, P. Peylin, S. Belviso & B. Poulter: Atmos. Chem. Phys., 15, 9285 (2015).13) M. Remaud, F. Chevallier, F. Maignan, S. Belviso, A. Berchet, A. Parouffe, C. Abadie, C. Bacour, S. Lennartz & P. Peylin: Atmos. Chem. Phys., 22, 2525 (2022)..
地上から大気へのCOSの主な放出源には,海洋,人為起源,バイオマスの燃焼などが,主な消失源には植生,土壌,ラジカルによる酸化などが知られているが,両者の収支にはなお不明な点が多い(図1図1■COSの発生源と消失源)(8)8) M. E. Whelan, S. T. Lennartz, T. E. Gimeno, R. Wehr, G. Wohlfahrt, Y. Wang, L. M. J. Kooijmans, T. W. Hilton, S. Belviso, P. Peylin et al.: Biogeosciences, 15, 3625 (2018)..自然起源のCOSの大気への放出源の中で,湿地・嫌気土壌からの放出量は比較的高い比率を占め,これらの過程には生物の寄与が重要な役割を担っていることが予想される(14)14) S. Lehmann & R. Conrad: J. Atmos. Chem., 23, 193 (1996)..湛水状態の土壌へシスチンを添加することでCOSの発生(15)15) K. Minami & S. Fukushi: Soil Sci. Plant Nutr., 27, 105 (1981).,羊毛に含まれるランチオニン,ジェンコール豆に含まれるジェンコール酸の添加で微量のCOSの発生が確認される(16, 17)16) W. L. Banwart & J. M. Bremner: J. Environ. Qual., 4, 363 (1975).17) K. Minami & S. Fukushi: Soil Sci. Plant Nutr., 27, 339 (1981).など,含硫アミノ酸の土壌への添加に伴うCOSの発生が確認されている.チオシアネート(チオシアン酸塩,thiocyanate; SCN)やイソチオシアネートを添加すると土壌からCOSが発生することは1970年代にすでに報告がある(18)18) J. M. Bremner & C. G. Steele: “Advances in Microbial Ecology” Vol. 2, ed. by In M. Alexander, Plenum, 1978, pp. 155–201..
土壌はCOSの主要な吸収源でもある(19)19) H. Van Diest & J. Kesselmeier: Biogeosciences, 5, 475 (2008)..新鮮な土壌を入れた容器の気相にCOSを添加すると,馴化の期間を要せずに速やかなCOSの分解が始まる.大気濃度のおよそ10万倍に相当する50 ppmvのCOSの濃度や,大型動物の致死濃度を遥かに上回る10000 ppmvの濃度であってもその傾向は変わらず,オートクレーブ滅菌を行った土壌ではこのような分解は消失する(20)20) M. Saito, T. Honna, T. Kanagawa & Y. Katayama: Microbes Environ., 17, 32 (2002)..土壌微生物によるCOS分解がいかに強力であるかは容易に推測される.また,光合成の影響を排除するために表面の植物を全て取り除き,2週間ほど土壌を安定化させた後に,土壌に接する位置の空気とその2~3 m直上の空気を同時に採取しCOSの濃度を測定してみると,土壌表面では常に20~30 pptvほどCOSの濃度は低く,大気から土壌へ向かうCOSの吸収が観測されている(21)21) H. Kato, Y. Igarashi, Y. Dokiya & Y. Katayama: Water Air Soil Pollut., 223, 159 (2012)..このようにCOSを生成する反応,分解する反応が共に存在し,土壌ではそれらの差によってそれぞれの環境におけるCOSの濃度となって現れていると考えられる.以下では,COSの生成および分解に関わる反応についてみてみる.
植物組織にはグルコシノレート(カラシ油配糖体)と呼ばれる二次代謝産物が含まれる.この配糖体はアブラナ科の植物が属するフウチョウソウ目の15の科にその分布が確認されており,特にワサビ,ダイコン,キャベツなどのアブラナ科植物には多くの種類のグルコシノレートが高濃度に含まれている(22)22) 木苗直秀,小嶋 操,古郡三千代:“ワサビのすべて:日本古来の香辛料を科学する”,学会出版センター,2006, p. 68..植物の細胞が破壊されると,細胞に含まれるミロシナーゼによってグルコシノレートは加水分解され,糖と硫酸イオン,そして条件によってニトリル,イソチオシアネート,SCNに分解される(図2図2■グルコシノレートの主な分解経路).イソチオシアネートはワサビやダイコンなどのアブラナ科植物の辛味成分として有名で,また抗菌作用・昆虫に対する忌避作用・発がん予防効果などが知られていることから,これまで数多くの研究が行われている(23)23) M. Ishida, M. Hara, N. Fukino, T. Kakizaki & Y. Morimitsu: Breed. Sci., 64, 48 (2014)..哺乳動物では食物として摂取されたこれらの物質から遊離したSCNが唾液,血液,乳などから検出され,特に牛乳では餌の中のグルコシノレートの濃度が増加する春先から夏にかけて,SCNの増加も見られている(24)24) J. L. Wood: “Chemistry and Biochemistry of Thiocyanic Acid and Its Derivatives”, Academic Press, 1975, p. 156..
さらに,青梅やビワの種子などに含まれるアミグダリンやキャッサバのリナマリンなど,多くの植物にはシアン配糖体が含まれ,昆虫や菌類などに対する忌避作用との関与が調べられている(25)25) R. M. Gleadow & B. L. Møller: Annu. Rev. Plant Biol., 65, 155 (2014)..このシアン配糖体のCN−をSCN−に変換するロダネーゼ(rhodanese, thiosulfate sulfurtransferase, EC 2.8.1.1)は,細菌,植物,真菌,動物に見つかっており,シアン化物(cyanide; CN)の解毒との関連が調べられている(26~28)26) G. A. Strobel: J. Biol. Chem., 242, 3265 (1967).27) M. Aminlari & M. Shahbazi: Poult. Sci., 73, 1465 (1994).28) 浅野泰久:化学と生物,52, 651 (2014)..また,SCN分解についてはThiobacillus, Pseudomonas, Arthrobacter, Methylobacterium, Afipiaなどの属の細菌に見つかっている(29~33)29) M. Yamasaki, Y. Matsushita, M. Namura, H. Nyunoya & Y. Katayama: Appl. Environ. Microbiol., 68, 942 (2002).30) Y. Katayama, Y. Narahara, Y. Inoue, F. Amano, T. Kanagawa & H. Kuraishi: J. Biol. Chem., 267, 9170 (1992).31) D. A. Stafford & A. G. Callely: J. Gen. Microbiol., 55, 285 (1969).32) P. M. Betts, D. F. Rinder & J. R. Fleeker: Can. J. Microbiol., 25, 1277 (1979).33) A. P. Wood, D. P. Kelly, I. R. McDonald, S. L. Jordan, T. D. Morgan, S. Khan, J. C. Murrell & E. Borodina: Arch. Microbiol., 169, 148 (1998)..このように,植物を介して細胞に取り込まれるチャンスの多いSCNやCNは多くの生物にとって馴染み深いものであり,それらに関わる代謝系も広く備わる仕組みと言えるであろう.
製鉄業に欠かすことのできないコークスは石炭を乾留することでつくられる.その過程で出る排水には高濃度のCNが含まれており,乾留の際に同時に発生する石炭ガスの脱硫で回収された硫黄とCNを反応させ,弱毒化したSCNとした後に微生物による生物学的処理が行われている.Thiobacillus thioparusは土壌や淡水環境に広く生息する,化学合成無機独立栄養性の細菌である.T. thioparus THI115株はコークス製造時の排水に含まれるSCNを生物学的処理を行っている活性汚泥から分離された分解菌であり,SCNを唯一のエネルギー源として利用する.THI115株はSCNの他に,チオ硫酸塩(S2O32−),テトラチオン酸塩(S4O62−)などの還元型無機硫黄化合物をエネルギー源とし,CO2を固定して炭素源とする独立栄養性細菌である.
このTHI115株からは,SCNをCOSとアンモニアに加水分解するチオシアネート加水分解酵素(thiocyanate hydrolase, SCNase, EC 3.5.5.8)が新規酵素として精製された(30)30) Y. Katayama, Y. Narahara, Y. Inoue, F. Amano, T. Kanagawa & H. Kuraishi: J. Biol. Chem., 267, 9170 (1992)..
本酵素はα, β, γの3つのサブユニットからなる4量体(αβγ)4構造をとる.これらのアミノ酸配列の比較から,ニトリルをアミドに変換するニトリルヒドラターゼ(NHase)に相同であることがわかり,αとβの融合部位がNHaseのβサブユニットと,γがNHaseのαサブユニットに対応している(34)34) Y. Katayama, Y. Matsushita, M. Kaneko, M. Kondo, T. Mizuno & H. Nyunoya: J. Bacteriol., 180, 2583 (1998)..SCNaseはコバルトが活性中心に配位し,2箇所で翻訳語修飾され,酵素活性の発現には活性化に関わるP15Kタンパク質の共発現が必要である(35~37)35) Y. Katayama, K. Hashimoto, H. Nakayama, H. Mino, M. Nojiri, T.-A. Ono, H. Nyunoya, M. Yohda, K. Takio & M. Odaka: J. Am. Chem. Soc., 128, 728 (2006).36) S. Kataoka, T. Arakawa, S. Hori, Y. Katayama, Y. Hara, Y. Matsushita, H. Nakayama, M. Yohda, H. Nyunoya, N. Dohmae et al.: FEBS Lett., 580, 4667 (2006).37) T. Arakawa, Y. Kawano, S. Kataoka, Y. Katayama, N. Kamiya, M. Yohda & M. Odaka: J. Mol. Biol., 366, 1497 (2007)..類似の酵素は好塩性細菌のThiohalophilus thiocyanoxidansからも得られている(38)38) E. Y. Bezsudnova, D. Y. Sorokin, T. V. Tikhonova & V. O. Popov: Biochim. Biophys. Acta. Proteins Proteom., 1774, 1563 (2007)..
湖水から分離されたチオシアネート分解細菌のAfipia sp. THI201株からは,THI115株から精製されたのとは異なる別のSCN分解酵素が得られている.本酵素の遺伝子から推定されるアミノ酸配列はTHI115株のSCNaseとの相同性はないが,THI115株のSCNaseと同様にSCNを加水分解しCOSとNH3を生成する.また,THI201株の細胞破砕後は氷上で失活するという性質を持っており,本酵素遺伝子の大腸菌の組換え酵素は30~70°Cの広い温度範囲で酵素活性を示すというユニークな特徴を有する(39)39) A. Hussain, T. Ogawa, M. Saito, T. Sekine, M. Nameki, Y. Matsushita, T. Hayashi & Y. Katayama: Microbiology, 159, 2294 (2013)..
THI115株のSCNaseによって生成されたCOSはCOS加水分解酵素(carbonyl sulfide hydrolase, COSase, EC 3.13.1.7)によってCO2とH2Sに加水分解される.この内H2Sはさらに硫酸まで酸化され,この過程でTHI115株はエネルギーを獲得する(40)40) S.-J. Kim & Y. Katayama: Water Res., 34, 2887 (2000)..このCOSase遺伝子の塩基配列から推定されたアミノ酸配列は,カーボニックアンヒドラーゼ(CA)(α, β, γ, δ, ζ, η, θそしてιからなる8つのクラスが存在する)(41~43)41) R. J. DiMario, M. C. Machingura, G. L. Waldrop & J. V. Moroney: Plant Sci., 268, 11 (2018).42) E. L. Jensen, R. Clement, A. Kosta, S. C. Maberly & B. Gontero: ISME J., 13, 2094 (2019).43) Y. Hirakawa, M. Senda, K. Fukuda, H. Y. Yu, M. Ishida, M. Taira, K. Kinbara & T. Senda: BMC Biol., 19, 105 (2021).のβ-CAに相同性があり,サブユニット当たり1つの亜鉛が配位し,全体としてはテトラマー構造であることが明らかとなっている(44)44) T. Ogawa, K. Noguchi, M. Saito, Y. Nagahata, H. Kato, A. Ohtaki, H. Nakayama, N. Dohmae, Y. Matsushita, M. Odaka et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 3818 (2013)..
COSの分解が確認されている生物には,植物(45)45) G. E. Taylor Jr., S. B. McLaughlin Jr., D. S. Shriner & W. J. Selvidge: Atmos. Environ., 17, 789 (1983).,緑藻類(46, 47)46) G. Protoschill-Krebs, C. Wilhelm & J. Kesselmeier: Bot. Acta, 108, 445 (1995).47) S. Blezinger, C. Wilhelm & J. Kesselmeier: Biogeochemistry, 48, 185 (2000).,地衣類(48)48) C. Gries, T. H. Nash III & J. Kesselmeier: Biogeochemistry, 26, 25 (1994).の他に,シアノバクテリア(49)49) A. G. Miller, G. S. Espie & D. T. Canvin: Plant Physiol., 90, 1221 (1989).,硫黄酸化能を持つThiobacillus属(40, 50)50) N. A. Smith & D. P. Kelly: J. Gen. Microbiol., 134, 3041 (1988).40) S.-J. Kim & Y. Katayama: Water Res., 34, 2887 (2000).とParacoccus属(51)51) S. L. Jordan, I. R. McDonald, A. J. Kraczkiewicz-Dowjat, D. P. Kelly, F. A. Rainey, J. C. Murrell & A. P. Wood: Arch. Microbiol., 168, 225 (1997).,CO資化性を持つPeptostreptococcus productus(52)52) K. D. Smith, K. T. Klasson, Ackerson & J. L. Gaddy: Appl. Biochem. Biotechnol., 28–29, 787 (1991).,CS2をエネルギー源として利用するThiobacillus属(50, 53)50) N. A. Smith & D. P. Kelly: J. Gen. Microbiol., 134, 3041 (1988).53) T. Hartikainen, J. Ruuskanen, K. Räty, A. Von Wright & P. J. Martikainen: J. Appl. Microbiol., 89, 580 (2000).,土壌や砂岩表面から分離されたMycobacterium, Williamsia, Cupriavidus属(54, 55)54) H. Kato, M. Saito, Y. Nagahata & Y. Katayama: Microbiology, 154, 249 (2008).55) A. Kusumi, X. S. Li & Y. Katayama: Front. Microbiol., 2, 104 (2011).などの細菌,そして,土壌環境に広く分布するFusarium, Trichoderma属などに属する真菌が含まれる(56~58)56) X. S. Li, T. Sato, Y. Ooiwa, A. Kusumi, J.-D. Gu & Y. Katayama: Microb. Ecol., 60, 96 (2010).57) Y. Masaki, R. Iizuka, H. Kato, Y. Kojima, T. Ogawa, M. Yoshida, Y. Matsushita & Y. Katayama: Microbes Environ., 36, ME20058 (2021).58) Y. Masaki, R. Ozawa, K. Kageyama & Y. Katayama: FEMS Microbiol. Lett., 363, fnw197 (2016)..
特にT. thioparus THI115株とTrichoderma harzianum THIF08株からβ-CAに高い相同性を有するCOSaseが見出されている(44, 57)44) T. Ogawa, K. Noguchi, M. Saito, Y. Nagahata, H. Kato, A. Ohtaki, H. Nakayama, N. Dohmae, Y. Matsushita, M. Odaka et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 3818 (2013).57) Y. Masaki, R. Iizuka, H. Kato, Y. Kojima, T. Ogawa, M. Yoshida, Y. Matsushita & Y. Katayama: Microbes Environ., 36, ME20058 (2021)..COSを分解する酵素には,COSaseの他に,酵素反応の基質の化学的立体構造がCOSに似ているために基質となる酵素がいくつかある.たとえば,ribulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase(RuBisCO)(59)59) G. H. Lorimer & J. Pierce: J. Biol. Chem., 264, 2764 (1989).や,主に哺乳類が有するα-CA(60, 61)60) C. P. Chengelis & R. A. Neal: Biochem. Biophys. Res. Commun., 90, 993 (1979).61) V. S. Haritos & G. Dojchinov: Comp. Biochem. Physiol. C Toxicol. Pharmacol., 140, 139 (2005).,細菌や真菌,植物のCAが属するβ-CA(62, 63)62) G. Protoschill-Krebs, C. Wilhelm & J. Kesselmeier: Atmos. Environ., 30, 3151 (1996).63) J. Ogée, J. Sauze, J. Kesselmeier, B. Genty, H. Van Diest, T. Launois & L. Wingate: Biogeosciences, 13, 2221 (2016).,nitrogenase(64)64) L. C. Seefeldt, M. E. Rasche & S. A. Ensign: Biochemistry, 34, 5382 (1995).,CO dehydrogenase(65)65) S. A. Ensign: Biochemistry, 34, 5372 (1995).,CS2 hydrolase(66)66) M. J. Smeulders, T. R. M. Barends, A. Pol, A. Scherer, M. H. Zandvoort, A. Udvarhelyi, A. F. Khadem, A. Menzel, J. Hermans, R. L. Shoeman et al.: Nature, 478, 412 (2011).などがある.ただし,一部のβ-CAとCS2 hydrolaseを除き,これらの酵素は,本来の基質と比べてCOSに対する反応性は乏しい(表2表2■COSaseとCOS分解活性を持つ酵素のCOS分解のカイネティクスの比較(Ogawa et al., 2013(44)44) T. Ogawa, K. Noguchi, M. Saito, Y. Nagahata, H. Kato, A. Ohtaki, H. Nakayama, N. Dohmae, Y. Matsushita, M. Odaka et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 3818 (2013).を一部編集))(44)44) T. Ogawa, K. Noguchi, M. Saito, Y. Nagahata, H. Kato, A. Ohtaki, H. Nakayama, N. Dohmae, Y. Matsushita, M. Odaka et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 3818 (2013)..
| 酵素名 | 生物名 | kcat (s−1) | Km (µM) | kcat/Km (s−1 M−1) | 参考文献 | 
| COSase | T. thioparus strain THI115 | 58a | 60 | 9.6×105 a | 44 | 
| CS2 hydrolase | Acidianus sp. strain A1−3 | 1800 | 22 | 8.2×107 b | 66 | 
| CA | Bos taurus | 41 | 1.9×103 | 2.2×104 | 61 | 
| nitrogenase | Azotobacter vinelandii | 0.16 | 3.1×103 | 52b | 64 | 
| CO dehydrogenase | Rhodospirillum rubrum ATCC11170T | 0.52 | 2.2 | 2.4×105 b | 65 | 
| RuBisCO | Rhodospirillum rubrum | 6.3 | 5.6×103 | 1.1×103 | 59 | 
| RuBisCO | Spinacia oleracea | 3.8 | 1.8×103 | 2.2×103 | 59 | 
| a二量体として算出,b引用を元に算出 Ogawa et al., (2013)(44)44) T. Ogawa, K. Noguchi, M. Saito, Y. Nagahata, H. Kato, A. Ohtaki, H. Nakayama, N. Dohmae, Y. Matsushita, M. Odaka et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 3818 (2013).より許可を得て引用.著作権(2013)アメリカ化学会. | |||||
陸上で最大のCOSの吸収源である陸域植物では,すでに上述した通り,光合成の際にCOSが分解され,この反応はCO2を本来の基質とするRuBisCOやCAなどの酵素による副反応であると考えられている(59~68)59) G. H. Lorimer & J. Pierce: J. Biol. Chem., 264, 2764 (1989).60) C. P. Chengelis & R. A. Neal: Biochem. Biophys. Res. Commun., 90, 993 (1979).61) V. S. Haritos & G. Dojchinov: Comp. Biochem. Physiol. C Toxicol. Pharmacol., 140, 139 (2005).62) G. Protoschill-Krebs, C. Wilhelm & J. Kesselmeier: Atmos. Environ., 30, 3151 (1996).63) J. Ogée, J. Sauze, J. Kesselmeier, B. Genty, H. Van Diest, T. Launois & L. Wingate: Biogeosciences, 13, 2221 (2016).64) L. C. Seefeldt, M. E. Rasche & S. A. Ensign: Biochemistry, 34, 5382 (1995).65) S. A. Ensign: Biochemistry, 34, 5372 (1995).66) M. J. Smeulders, T. R. M. Barends, A. Pol, A. Scherer, M. H. Zandvoort, A. Udvarhelyi, A. F. Khadem, A. Menzel, J. Hermans, R. L. Shoeman et al.: Nature, 478, 412 (2011).67) G. Protoschill-Krebs & J. Kesselmeier: Bot. Acta, 105, 206 (1992).68) J. Notni, S. Schenk, G. Protoschill-Krebs, J. Kesselmeier & E. Anders: ChemBioChem, 8, 530 (2007)..CAはすべての生物において必須タンパク質であり(69)69) C. T. Supuran: Biochem. J., 473, 2023 (2016).,主にCO2と重炭酸塩(HCO3−)の可逆的な変換を触媒する.COSとCO2は互いに分子構造が似ているため,CAはCOSの加水分解にも関与していると言える.
CAに対する特異的阻害剤の添加によって,土壌におけるCOSの吸収が抑制されるが,これは土壌微生物の有するCAがCOSの吸収に寄与しているためであると考えられる(70)70) J. Kesselmeier, N. Teusch & U. Kuhn: J. Geophys. Res., 104(D9), 11577 (1999)..土壌微生物である細菌や真菌類が有するCAは,主にβクラスのCAであるが,そのアミノ酸配列の系統的な類似性によりさらにAからDの4つのクレードに分類される.T. thioparus THI115株,並びにT. harzianum THIF08株が有するCOSaseはβ-CAのクレードDに属し,その基質特異性はCOSに特異的な性質を示した(44, 57)44) T. Ogawa, K. Noguchi, M. Saito, Y. Nagahata, H. Kato, A. Ohtaki, H. Nakayama, N. Dohmae, Y. Matsushita, M. Odaka et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 3818 (2013).57) Y. Masaki, R. Iizuka, H. Kato, Y. Kojima, T. Ogawa, M. Yoshida, Y. Matsushita & Y. Katayama: Microbes Environ., 36, ME20058 (2021)..様々な土壌におけるCO2とCOSの吸収を評価した研究では,それぞれの分解パターンは微生物群集組成とCA遺伝子の発現パターンに関連しており,CO2に対する活性は,藻類・細菌類およびα-CAの発現量に関連し,COSに対する活性は,真菌類およびβ-CAの中でもクレードDの発現量に相関が見られた(71)71) L. K. Meredith, J. Ogée, K. Boye, E. Singer, L. Wingate, C. von Sperber, A. Sengupta, M. Whelan, E. Pang, M. Keiluweit et al.: ISME J., 13, 290 (2019)..即ち,β-CAのクレードDには様々な生物由来のCOSaseが含まれる可能性がある.β-CAのクレードDに属する酵素の機能解析を行った研究は多くないため,今後さらに解析を進めるとともに,クレードD以外のクレードも対象としたCOSase並びにCAの特徴についての更に詳細な解析が必要である.
最後に,糸状菌における新しい硫黄代謝経路に関する最近の我々の研究を紹介する.この研究では,糸状菌が気体であるCOSを硫黄源として利用していることを見出した(72)72) R. Iizuka, S. Hattori, Y. Kosaka, Y. Masaki, Y. Kawano, I. Ohtsu, D. Hibbett, Y. Katayama & M. Yoshida: Appl. Environ. Microbiol., 90, e0201523 (2024)..
すでに述べた通り,様々な生物はCOSを分解することが知られているが,その生理学的役割が明らかなのは,化学合成独立栄養性細菌であるT. thioparus THl115株だけである.本菌は,硫黄化合物をエネルギー源とする代謝系においてCOSaseによるCOSの加水分解とその後の硫黄酸化経路を介して,エネルギー産生を行う.一方,土壌から分離された従属栄養性の様々な細菌や真菌も高いCOS分解活性を持ち,その中でも糸状菌のT. harzianum THIF08株からは,真菌類からはじめてとなるCOSaseが発見されている.これらの多くの従属栄養微生物に見られるCOS分解には,T. thioparus THl115株におけるエネルギー産生とは異なる別の生理学的役割の存在が予想される.
我々は,糸状菌の無機および有機の多様な硫黄化合物を同化する能力に着目し,COSの分解も硫黄源を獲得するために行われているのではないかと仮説を立てた.これは,植物による二酸化炭素の炭素固定や,窒素固定細菌による窒素固定と同様に,大気中に存在する気体であるCOSを基質とした硫黄同化プロセスの存在を意味する.この仮説を検証するために,THIF08株を用いて種々の解析を行った.
まず,THIF08株が気体状COSを硫黄源として利用できるかを検証した.硫黄源を添加しなかった条件と比較して,COSを単一の硫黄源とした培養条件では,生育量が著しく増加することを確認した(図3図3■THIF08株の寒天培地上での培養開始2週間後の生育の様子).これにより,THIF08株はCOSを硫黄源として利用できることが示唆された.COSが確かに細胞内に取り込まれていることを検証するために,34S-COSを硫黄源として培養した菌体をLC-MS/MSによる硫黄代謝物解析に供した.その結果,細胞内代謝物であるグルタチオンやエルゴチオネインなどから34Sが検出され,COS由来の硫黄原子が細胞内に取り込まれていることが明らかになった.さらに,詳細は割愛するが,COSが細胞内に直接取り込まれていること,そして,これらの同化プロセスにCOSaseが関与していることを示唆する結果も得て,気体状COSをスタート物質とする硫黄の同化プロセスの存在を示した.
図3■THIF08株の寒天培地上での培養開始2週間後の生育の様子
気体状COSを硫黄源とした条件では,菌糸が培地表面を覆い黄色い色素生成が確認された(左).硫黄源を添加しなかった条件では,菌糸の伸長がまばらであった(右).(Iizuka et al., 2024(72)72) R. Iizuka, S. Hattori, Y. Kosaka, Y. Masaki, Y. Kawano, I. Ohtsu, D. Hibbett, Y. Katayama & M. Yoshida: Appl. Environ. Microbiol., 90, e0201523 (2024).を一部編集).
上述の実験では,測定機器の感度などの実験系の都合により,大気濃度よりもはるかに高いppmvオーダーのCOS濃度の条件下で実験を行っている.自然環境下においてCOSは微生物による分解を受けていること,THIF08株以外にも細菌類も含めた分離菌株においてもpptvオーダーの濃度のCOSの分解を確認していることから,自然界においても同様の同化が行われている可能性は高いと考えられるが,実際の大気濃度に相当するおよそ500 pptvのオーダーにおいても同様にCOSの同化のプロセスが可能であるかについて,さらなる解析が必要である.
THIF08株のようにCOSを分解する糸状菌が存在する一方で,同じく土壌から分離されたUmbelopsis/Mortierella属の糸状菌がCOSを放出することが確認された(58)58) Y. Masaki, R. Ozawa, K. Kageyama & Y. Katayama: FEMS Microbiol. Lett., 363, fnw197 (2016)..土壌中に多様なCOS放出微生物とCOS分解微生物が共存していることは,土壌における大気中のCOSの吸収は見かけの吸収量よりも大きい事が予想されると共に,COSを介した微生物間の硫黄の輸送が存在することを示唆している.
COSaseがCOS同化のキー酵素であることが示唆されたため,真菌のCOSaseのアミノ酸配列を解析し,COSaseを介した硫黄同化プロセスの分布と進化の解明を試みた.まず,T. harzianum THIF08株が有するCOSase遺伝子を基に,真菌類のゲノムデータベースであるJGI MycoCosm(73)73) I. V. Grigoriev, H. Nordberg, I. Shabalov, A. Aerts, M. Cantor, D. Goodstein, A. Kuo, S. Minovitsky, R. Nikitin, R. A. Ohm et al.: Nucleic Acids Res., 40(D1), D26 (2012).を用いて,真菌類におけるCOSase様遺伝子の分布を調査した.
その結果,COSase様遺伝子は糸状菌の3つの門である担子菌門(Basidiomycota),子のう菌門(Ascomycota),ケカビ門(Mucoromycota)とネオカリマスチクス綱[Neocallimastigomycete,ツボカビ門(Chytridiomycota)に分類される]に属する真菌類に広く分布していることが明らかになった(表3表3■真菌ゲノム中のCOSase様遺伝子の数(72)72) R. Iizuka, S. Hattori, Y. Kosaka, Y. Masaki, Y. Kawano, I. Ohtsu, D. Hibbett, Y. Katayama & M. Yoshida: Appl. Environ. Microbiol., 90, e0201523 (2024).).真菌類は,進化の過程で水中から陸上へ進出した生物であり,ほとんどのディカリア(担子菌門+子のう菌門)とケカビ門の真菌は菌糸体で成長するが,より原始的な系統に位置する菌類であるトリモチカビ門(Zoopagomycota),ツボカビ門,そしてコウマクノウキン門(Blastocladiomycota)では,多様な形態が存在することが特徴である.主要な糸状菌に加えて,牛などの反芻動物の第一胃(ルーメン)から多く見つかる絶対嫌気性の特徴を持つ鞭毛真菌であるネオカリマスチクス綱の真菌にもCOSase様遺伝子の存在が示されたことは注目に値する.
| Phylum/Division(門) | Class/Subdivision(綱/亜綱) | Number of genomes searched(検索したゲノム数) | Total number of genes retrieved(取得した遺伝子の総数) | Average number of genes per genome (%)(ゲノムあたりの平均遺伝子) | 
|---|---|---|---|---|
| Basidiomycota(担子菌門) | Pucciniomycotina | 63 | 15 | 23.8 | 
| Ustilaginomycotina | 39 | 15 | 38.5 | |
| Agaricomycetes | 481 | 438 | 91.1 | |
| Dacrymycetes | 9 | 9 | 100.0 | |
| Tremellomycetes | 33 | 7 | 21.2 | |
| Wallemiomycetes | 2 | 0 | 0.0 | |
| Ascomycota(子のう菌門) | Pezizomycetes | 72 | 44 | 61.1 | 
| Orbiliomycetes | 3 | 2 | 66.7 | |
| Eurotiomycetes | 406 | 232 | 57.1 | |
| Dothideomycetes | 220 | 135 | 61.4 | |
| Lecanoromycetes | 12 | 8 | 66.7 | |
| Leotiomycetes | 79 | 54 | 68.4 | |
| Sordariomycetes | 503 | 450 | 89.5 | |
| Xylonomycetes | 2 | 0 | 0.0 | |
| Saccharomycotina | 155 | 27 | 17.4 | |
| Taphrinomycotina | 13 | 0 | 0.0 | |
| Mucoromycota(ケカビ門) | Glomeromycotina | 13 | 0 | 0.0 | 
| Mortierellomycotina | 20 | 8 | 40.0 | |
| Mucoromycotina | 78 | 3 | 3.8 | |
| Zoopagomycota(トリモチカビ門) | Zoopagomycotina | 6 | 0 | 0.0 | 
| Entomophthoromycotina | 5 | 0 | 0.0 | |
| Kickxellomycotina | 13 | 0 | 0.0 | |
| Blastocladiomycota(コウマクノウキン門) | 4 | 0 | 0.0 | |
| Chytridiomycota(ツボカビ門) | Chytridiomycetes | 24 | 0 | 0.0 | 
| Monoblepharidomycetes | 2 | 0 | 0.0 | |
| Neocallimastigomycetes | 11 | 8 | 72.7 | |
| Microsporidia(微胞子虫門) | 23 | 0 | 0.0 | |
| Cryptomycota(クリプト菌門) | 3 | 0 | 0.0 | |
| T. harzianum THIF08株のCOSaseをクエリーとして,JGI MycoCosmデータベースの各Class/Subdivisionのアミノ酸配列に対して,Expect値を10−25に設定してBlastpで相同性検索を行った(Iizuka et al., 2024(72)72) R. Iizuka, S. Hattori, Y. Kosaka, Y. Masaki, Y. Kawano, I. Ohtsu, D. Hibbett, Y. Katayama & M. Yoshida: Appl. Environ. Microbiol., 90, e0201523 (2024).を一部編集). | ||||
得られた配列を基に分子系統解析を行った結果,ネオカリマスチクス綱の真菌が有するCOSase様遺伝子は原核生物からの水平伝播によって獲得されたことが示唆された.一方,担子菌門,子のう菌門,ケカビ門のCOSase様酵素遺伝子は,原核生物に見られる配列とは近縁の配列ではなかった.担子菌門,子のう菌門,ケカビ門には,多くのCOSase様酵素遺伝子が広く存在することから,COSaseを獲得した糸状菌(トリモチカビ門を除く)の共通祖先の存在が予想された.
真菌類のゲノム情報を用いた最近の分子時計解析によると,ディカリア(子のう菌門+担子菌門)とケカビ門の真菌の分岐時期はおおよそ790~670 Maと推定され,これは,初期の真菌類が陸上環境に移行した時期と一致する(74)74) F. Lutzoni, M. D. Nowak, M. E. Alfaro, V. Reeb, J. Miadlikowska, M. Krug, A. E. Arnold, L. A. Lewis, D. L. Swofford, D. Hibbett et al.: Nat. Commun., 9, 5451 (2018)..また,この時期には大気中の酸素濃度が現在とほぼ同様の濃度にまで上昇していたと考えられている(75)75) T. W. Lyons, C. T. Reinhard & N. J. Planavsky: Nature, 506, 307 (2014)..当時の正確なCOS濃度は不明であるが,対流圏におけるCOSは酸素が豊富な大気中でも安定に存在でき,長寿命であることが知られている.したがって,790~670 Ma頃の大気中のCOSも,現在と同様に地球規模で比較的均一に分布していたと推定できる.真菌類は,地上環境に適応するために鞭毛を失うなどの進化的適応を遂げたという仮説があることから(74, 76)74) F. Lutzoni, M. D. Nowak, M. E. Alfaro, V. Reeb, J. Miadlikowska, M. Krug, A. E. Arnold, L. A. Lewis, D. L. Swofford, D. Hibbett et al.: Nat. Commun., 9, 5451 (2018).76) Y. Chang, D. Rochon, S. Sekimoto, Y. Wang, M. Chovatia, L. Sandor, A. Salamov, I. V. Grigoriev, J. E. Stajich & J. W. Spatafora: Sci. Rep., 11, 3217 (2021).,陸上環境へのさらなる適応として,真菌類が大気中に一様に存在するCOSを同化する能力を獲得したのではないかと予測することができる.
本稿では,COSの大気中での動態,気候変動との関わり,COSに関わる微生物反応,そして真菌類で発見されたCOSを基質とした新規硫黄同化経路に関わる研究を紹介した.今後,COSaseを介した硫黄同化プロセスの詳細なメカニズムの解明や,一部の真菌類が有するCOS放出メカニズムの解明を進め,COS生産,微生物の生理に対するCOS代謝の役割,そして自然界におけるCOSの動態に対する微生物の役割をさらに深く理解することを目指している.これらの研究を通して,微生物生理学および生物地球科学の発展に貢献したい.
Acknowledgments
本研究は,主として東京農工大学で行われたものであり,さらに筑波大学,東京工業大学,鳥取大学,理化学研究所,産業技術総合研究所,国立感染症研究所,認定NPO法人富士山測候所を活用する会,クラーク大学などの関係者の方々の御協力によって得られた成果を含みます.引用文献に記載された方々並びにご協力くださった方々の多大なご貢献に感謝いたします.また,日本学術振興会科学研究費補助金(基盤(B)18310020, 23310051, 基盤(C)20K12202, 挑戦的研究(萌芽)15K14590, 19K22327, 特別研究員奨励費22J22163)などの援助を受けたことを記して感謝いたします.
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