農芸化学@High School

廃棄される雑草(シロツメクサTrifolium repens)からの銅アンモニアレーヨンの合成

野路

鹿児島県立曽於高等学校科学部

野﨑 涼太朗

鹿児島県立曽於高等学校科学部

新田 拓海

鹿児島県立曽於高等学校科学部

Published: 2024-11-01

本研究ではレーヨンを安価で大量に作製し,レーヨン袋をレジ袋の代替品としプラスチックごみを減らす目的で,廃棄される雑草からのレーヨン合成を試みた結果,シロツメクサから銅アンモニアレーヨンの作製に成功した.乾燥シロツメクサからアルカリ処理により作製した粗セルロース1 gをシュバイツァー試薬に溶解させ,2 mol/L硫酸中に押し出して繊維を作製した.原料をシュバイツァー試薬と混合する時間が重要であり,最適値は10分で,2時間を超えると繊維の生成が確認されなかった.グルコースを加えることで2時間でも繊維ができたため,混合時間が長いとセルロース錯体が空気中の酸素により酸化分解されたと考えられる.本研究では雑草からの銅アンモニアレーヨンの合成に成功し,雑草を原料とすることで安価で大量にレーヨンが作製できることが示唆された.

本研究の目的・方法および結果と考察

【背景と目的】

現在,全世界で生じるプラスチックのごみは,年間3億トンを超えると言われており,それによる海洋汚染も問題となっている.プラスチックごみは北極や南極でも発見されており,さらにプラスチックごみがマイクロ化し,回収を困難にさせている.プラスチックごみの影響で海洋生物が死に至ったり,海洋生物を通じて取り込まれたプラスチックの人体への影響も懸念されている(1)1) 西村祐二郎:“高等学校 科学と人間生活”,第一学習社,2022, p. 37.

日本でもプラスチックごみ削減のため,容器包装リサイクル法の改訂により,2020年7月1日からバイオマス原料の使用が25%以下のレジ袋が有料になった.

そこで我々は100%バイオマス原料であり,セルロース繊維であるため生分解性高分子である再生繊維のレーヨンに着目し,またその原料に雑草を選んだ.日本は資源が少ない国と言われるが,雑草は農業で大量に産出される.そこで,レーヨンを雑草から安価で大量に作る方法を考案し,レジ袋に代わってレーヨン袋を使用することを提起・推奨することでこの問題を解決することができるのではないかと考え,実験を開始した.

銅アンモニアレーヨンとは,銅(II)イオンにNaOHとアンモニアを混合した試薬(シュバイツアー試薬という)にセルロースを混合しセルロース銅(II)アンモニア錯塩を作ることでセルロースを溶解させ,それを希硫酸中に押し出すことで弱酸の遊離によりセルロースを再生させたものである.

なお,本研究において特に表記のない場合,雑草は全てシロツメクサ(Trifolium repens)を用いた.

【実験方法】

本研究では,雑草の一種として知られるシロツメクサを材料に用いた.自宅の庭に生えていた約5 kgのシロツメクサを天日で3日間乾燥させ,1日水道水に浸して洗浄した後,粗セルロースを調製するためアルカリ処理を行った.雑草に1.25 mol/L NaOHを加え2時間煮沸した後,水道水でよく洗い水を切り70°Cで24時間乾燥器により乾燥させた.硫酸銅(II)五水和物1 gに2 mol/L NaOH 4 mLを加え攪拌し水酸化銅(II)を生成させた後,28%濃アンモニア水10 mLを加え,シュバイツァー溶液を作製した(2)2) 辰巳 敬,伊藤眞人,尾池秀章,窪田好浩,小林憲正,新名主輝男,本間善夫,渡辺 巌,小笹哲夫,庄司憲仁ほか:“改訂版 化学”,数研出版,2021, p. 438..これに雑草から調製した粗セルロースを加え,1分~24時間スターラーで攪拌し,セルロースを溶解させた後,ろ過した.ろ液10 mLを内径0.37 mm注射器に詰め,注射針を付け,2 mol/L H2SO4溶液中に押し出し,繊維を形成した.

作製された繊維から銅イオンの青色が抜けるまで30分程度静置した.その後,繊維をピンセットを用いて端を掴み,ガラス棒に巻き付けることで取り出し,流水でよく洗い,室温で乾燥させた.

また,同条件で作製したシュバイツアー試薬にろ紙を0.1 g~1.0 g用いてレーヨンを作製し,違いを観察した.

【結果と考察】

1. レーヨンの強度基準の作成

シロツメクサを用いてレーヨンを作製する前に,予備実験としてろ紙を用いてレーヨンを作製した.この際,得られた繊維の強度を評価するための基準を我々で定めた.これ以降,糸ができなかったものを基準0,糸はできたがガラス棒に巻き付けることができなかった(製糸できなかった)ものを基準1,糸と製糸ができたが切れたり水洗いに耐えられなかったりしたものを基準2,水洗い,乾燥を経て糸が完成したものを基準3とした.

2. 雑草を用いたレーヨン作製

植物のセルロースはヘミセルロースやリグニン等が結合し,簡単には溶出しないが,アルカリで加熱すると溶解する(3)3) D. Tatsumi, M. Okazaki, M. Funayama, K. Nakata, I. Mihara & T. Matsumoto: J. Soc. Material Sci., 58, 297 (2009)..そこで乾燥させたシロツメクサを1.25 mol/L NaOH中で2時間煮沸した後,色が落ちるまで洗浄することで雑草から粗セルロースを調製した.その収率は28.6%であった.

シロツメクサから得た粗セルロースを用いてレーヨン作製を行った.シュバイツァー溶液に少しずつ粗セルロースを加え,2時間攪拌して溶解させた.粗セルロースの量を増加させることにより糸状の物はできたが,その強度は基準0~1で,ろ紙を原料として作ったような丈夫な繊維はどの条件でも作製することができなかった.

ある日実験が長引き,遅くなってしまったため,庭から採取し,乾燥器で70°Cで一晩乾燥させたシロツメクサから得た粗セルロースとシュバイツァー溶液を攪拌したまま一晩放置し,翌日糸を作ることにした.するとこれまで糸状の物ができていた条件であったが全く繊維ができなかった.それまでは長く混ぜればセルロースがしっかりと溶解し糸ができるのではと考えて2時間攪拌していたが,この結果から,撹拌時間が長いと逆に糸ができなくなるのではないかという仮説を立てた.

そこで,ろ紙0.4 gを原料に用いて攪拌時間を1~120分に変えて,シュバイツァー試薬と混合した.その結果,1~60分ではレーヨンを作製できたが,120分では全くできず(図1図1■攪拌時間とできたレーヨンの強度),上記の仮説が立証された.また,攪拌時間を検討したところ,10~30分で最もよい結果が出た.同じ強度ならば攪拌時間は短ければ短いほど良いと考え,攪拌時間は10分が最適であると判断し,以降の実験は全て10分とした.

図1■攪拌時間とできたレーヨンの強度

ろ紙0.4 gをシュバイツァー溶液に加え攪拌時間を1~120分とし,レーヨンを作製した.

上記の結果にもとづき,シロツメクサ由来粗セルロースを入れてからのシュバイツァー溶液との攪拌時間を10分と短くして,溶解したセルロースをH2SO4内に押し出したところ,基準3の糸を作製できた.原料の量を変えて実験した結果,原料が多いほど糸の強度が増すことが分かり,シロツメクサ由来の粗セルロースの乾燥重量1.0~1.2 gを用いると最も丈夫な糸ができることが分かった(図2図2■雑草から作製したレーヨンの強度).

図2■雑草から作製したレーヨンの強度

0.4~1.2 gのシロツメクサ由来乾燥粗セルロースを用いて,レーヨンを作製した.1.3 g以上ではろ液が粗セルロースに染み込んで回収できず,10 mL確保できなかった.

雑草からの銅アンモニアレーヨン作製は,世界で唯一コットンリンターから銅アンモニアレーヨンを作製している旭化成株式会社も行ったことはないとのことである.したがって本研究で作製に成功した雑草レーヨンは世界初の研究例であると考えられる(図3図3■シロツメクサから作製した銅アンモニアレーヨン).

図3■シロツメクサから作製した銅アンモニアレーヨン

シロツメクサから作製したレーヨンはろ紙から作製したものと比較し,やや黒ずんでおり,セルロースに何らかの不純物が含まれているのではないかと考えられる.不純物を取り除く方法として,WISE法という粗セルロースに亜塩素酸ナトリウムと酢酸を加え加熱する方法(4)4) 日本木材学会:“木質化学実験マニュアル”,文永堂出版,2000, p. 94.で純粋なセルロースが得られるということなので,次回の実験の参考にしたい.

また糸の引っ張り強度は,ろ紙レーヨンが0.69 N/mm2に対し,雑草レーヨンは0.54 N/mm2n=10)と,ろ紙レーヨンの78.6%の強度であった.このことからも,不純物が少量含まれていることが考察される.

3. シュバイツァー試薬と時間について

シュバイツァー試薬が時間で劣化すると仮説をたて,120分シュバイツァー試薬のみ攪拌し,その後0.4 gのろ紙を加えてみたところ,基準3の糸ができた.このことによりシュバイツァー試薬の劣化であることは否定された.次に空気中の酸素によりセルロース銅(II)アンモニア錯体が酸化分解していると仮説をたて,錯体を作製後,還元剤であるグルコースを0.4 g加え,120分攪拌した後製糸すると基準3の丈夫なレーヨンができた.このことによりセルロース銅(II)アンモニア錯体が空気中の酸素により酸化分解している可能性が示唆され,これを還元剤であるグルコースを加えることにより防ぐことができる可能性があると我々は考察した.

本研究の意義,展望

本研究でシロツメクサからレーヨンの作製に成功した.このことにより,様々な雑草からレーヨンが作製できる可能性を示すことに成功した.これは,単に雑草だけでなく,特定外来種の駆除後の利用や,成長の早いツル植物なども利用できる可能性を秘めている.また,日本は周りを海に囲まれた地理的要因を利用した海藻からのレーヨンの作製も可能かもしれない.レーヨンの今後の展望は明るく,レーヨン袋がレジ袋に代わる可能性を大いに秘めていると感じた.

Reference

1) 西村祐二郎:“高等学校 科学と人間生活”,第一学習社,2022, p. 37.

2) 辰巳 敬,伊藤眞人,尾池秀章,窪田好浩,小林憲正,新名主輝男,本間善夫,渡辺 巌,小笹哲夫,庄司憲仁ほか:“改訂版 化学”,数研出版,2021, p. 438.

3) D. Tatsumi, M. Okazaki, M. Funayama, K. Nakata, I. Mihara & T. Matsumoto: J. Soc. Material Sci., 58, 297 (2009).

4) 日本木材学会:“木質化学実験マニュアル”,文永堂出版,2000, p. 94.