巻頭言

微生物と研究者の多様性と共生

Kan Tanaka

田中

東京科学大学総合研究院化学生命科学研究所

Published: 2024-12-01

微生物の環境応答を研究している.微生物は極めて広範な環境から見つかるが,同じ微生物がどんな環境でも生育できる訳ではなく,好熱菌であれば低温は苦手であるし,低栄養細菌は栄養培地では生えにくい.それぞれの微生物に至適な生育条件はゲノムDNAの配列により決まっていて,大きく異なる環境に適応するのは突然変異,進化の役割である.ある特定の環境に長く棲むと微生物はその環境に最適化したゲノムを作りあげる一方で,その代償に別環境への適応度は下がってしまう.一種のトレードオフと言えるだろう.微生物の持ちうる遺伝子(機能)の数には限りがあって,バクテリアや古細菌であれば数千まで,真核生物であればもう少し多くの遺伝子を維持できるが,それでも限界があり,遺伝子を増やすとその維持コストも増してしまう.つまり,できるだけ少ない数の遺伝子で変動環境を生き抜かないとならない.また,微生物細胞のサイズが小さいため,一度に動かせる機能の数も限られる.このような,細胞が独りでできることが限られている状況で,微生物間での共生はさらなる適応を可能とする生存戦略であり,機能を分担することで単独では無理なタスクを可能とすることができている.

翻って私たち研究者.誰でも限られたリソースの中で仕事をしている.自分のデスクを眺めてみても,狭いスペースに幾つも仕事を広げているから効率が悪くて仕方がない.個別に完了すれば良いのだが,次々と入るタスクに逐次対応していると永遠に片付かない.超人的な処理能力をもつ御仁もおられるだろうが,普通の私たちの処理能力は限られているので,腹筋しながらスクワットするような真似は所詮無理である.それにも拘らず,運営上の会議や提出書類の数は毎年増えるばかり.個人的な能力やエフォートがそんなに増える訳はないから,義務が増えればどこかが凹む.一番影響を受けやすいのが本務のはずの研究であり,研究のことを落ち着いて考えられるのは勤務時間の終わった夜か週末,というのが多くの大学研究者の実感ではないか.研究力の低下が日々議論されているが,このまま微調整を繰り返しても状況は改善しない気がする.

微生物の棲む自然環境は多様であり,それぞれの環境ニッチで微生物は生きている.均一な環境などどこにもなく,微生物はニッチを積極的に作り出してまで世界を多様化させてきた.一方で,私たちの環境は強烈な均質化圧力に晒されているように思う.科学研究という行為の性質上,それぞれの研究はオリジナルであり,個人の限られたリソースの中で特化して一種のニッチを作る仕事とも言えるだろう.ところが,どこかで問題が発生した場合,二度と起こさないためのルール作りは大切だが,一律のルールで縛ることで研究者の義務を過度に増やしていないか.リスク管理という意味でも,多様性を是とする管理の方向性はないものだろうか.もう一つは共生の重要性である.以前の大学では教授と数人のスタッフからなる小講座制が普通であり,共通の管理業務などは分担して負担を減らすことができた.よくできた共生系だったと思うが,理由はあるにせよ大学の研究室は次第に解体方向,全員が同じような義務にエフォートを取られる傾向が顕著になった.微生物と研究者を一緒にして乱暴だが,活力のある生きたシステムという点では同じであろう.多様化からの均質化,共生系の解体のような方向性はまるで微生物の進化に逆行していて,今後の方向性を考える際には微生物学の知見をもう少し踏まえたら良いのではないかと考えた.