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雑種強勢を示すシロイヌナズナF1雑種における代謝変動
メタボローム解析による雑種強勢を示すF1雑種における代謝物変動の解明

Masaaki Yamaguchi

山口 真明

筑波大学大学院理工情報生命学術院

Hiroshi Shiba

博史

筑波大学大学院理工情報生命学術院

筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター

Published: 2024-12-01

雑種強勢は,様々な生物の異なる遺伝的背景を持つ個体同士を交配した際の雑種第一代(F1雑種)において,両親系統を上回る成長速度,収量性,耐病性等の優れた形質を示す現象である.これらの形質は農業上重要な形質であることから,日本国内においてもナス科,ウリ科,アブラナ科などの幅広い野菜で利用されている.雑種強勢は農業や畜産業における品種改良において重要な役割を果たしており,持続可能な食料生産の向上への貢献が期待されるが,雑種強勢の発現メカニズムやその効果を調節する遺伝子の詳細は,未だ不明のままである.

近年,大規模ゲノム・エピゲノム解析により光合成関連遺伝子,エピジェネティックな遺伝子発現制御を示す時計遺伝子などが雑種強勢の調節に関わる鍵因子候補として見出されている(1, 2)1) L. Yang, P. Liu, X. Wang, A. Jia, D. Ren, Y. Tang, Y. Tang, X. W. Deng & G. He: Nat. Commun., 12, 2317 (2021).2) W. Liu, G. He & X. W. Deng: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2023278118 (2021)..しかしmRNAとタンパク質の存在量レベルに関して低い相関にとどまるなど,これらの因子が主導的な役割を果たしているか不明な点が多く,雑種強勢の自由な制御に繋がる知見も得られていない.

このような状況に鑑み,筆者らは従来の転写産物の変化を指標とした標的遺伝子の探索だけでは解決できない転写以降の様々な調節機構が関わっている可能性を考え,シロイヌナズナを用いて雑種強勢で見られる諸現象に直接結びつく中心代謝物のメタボローム解析を用いた雑種強勢研究を進めている.これまでにもシロイヌナズナとトウモロコシで,F1雑種とその親系統由来の代謝物を分析し代謝物の蓄積の差異がハイブリッドと親の間で観察されているが,代謝物の変動性は低く雑種強勢におけるそれらの役割は不明な点が多い(3, 4)3) M. Korn, T. Gärtner, A. Erban, J. Kopka, J. Selbig & D. K. Hincha: Mol. Plant, 3, 224 (2010).4) Z. Li, A. Zhu, Q. Song, H. Y. Chen, F. G. Harmon & Z. J. Chen: Plant Cell, 32, 3706 (2020)..そこで筆者らはメタボローム解析で問題となっていた個体間のゲノム差異や外的環境要因による代謝変動を極力排除した栽培系(精密栽培)を確立し,上記精密栽培で育てた個体を使ってGC-TOFMSを用いたメタボローム比較解析を行った(5)5) Q. T. N. Le, N. Sugi, M. Yamaguchi, T. Hirayama, M. Kobayashi, Y. Suzuki, M. Kusano & H. Shiba: Sci. Rep., 13, 9529 (2023)..世界各地で採取された28種類のシロイヌナズナ種内系統を相互交配して得られたF1雑種を用いてメタボローム比較解析に供したところ,強い雑種強勢を示すF1雑種組合せ(両親系統のうち高い方の親よりも生重量が10%以上大きくなった組合せ)では,TCA回路の中間代謝物であり,光合成と窒素代謝のクロストークの鍵物質である2-オキソグルタル酸(2-OG)が両親系統の平均値と比較して低い傾向にあったが,雑種強勢がほとんど見られない雑種組合せ(Low-Heterosis)ではこのような特徴は観察されなかった(図1図1■TCA回路の中間代謝物(a)および(b)フマル酸/リンゴ酸比).シロイヌナズナの組換え自殖系統を用いた過去の研究において,TCA回路上の中間代謝物とバイオマスの間に負の相関があることが示唆されていることから(6)6) R. C. Meyer, M. Steinfath, J. Lisec, M. Becher, H. Witucka-Wall, O. Törjék, O. Fiehn, A. Eckardt, L. Willmitzer, J. Selbig et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 4759 (2007).,F1雑種における2-OGの低下は,バイオマス増大に影響する可能性がある.またHigh-HeterosisのF1雑種では,両親系統の平均値と比較してリンゴ酸に対するフマル酸の比(フマル酸/リンゴ酸比)がより上昇したが,Low-HeterosisのF1雑種ではこのような特徴は観察されなかった(図1図1■TCA回路の中間代謝物(a)および(b)フマル酸/リンゴ酸比).フマル酸/リンゴ酸比はバイオマスと正の相関を示すことが知られていることから(7)7) I. Pracharoenwattana, W. Zhou, O. Keech, P. B. Francisco, T. Udomchalothorn, H. Tschoep, M. Stitt, Y. Gibon & S. M. Smith: Plant J., 62, 785 (2010).,High-HeterosisのF1雑種での代謝物変動とバイオマス増大との関連が示唆された.しかし同様の条件下で栽培されたHigh-Heterosisに分類されるCol系統とC24系統の組合せをトランスクリプトーム解析に供したところ,F1雑種と両親系統間でTCA回路に関わる転写産物に特異的な変化は見られなかった.このことから,High-Heterosisにおけるフマル酸/リンゴ酸比の上昇は,転写調節の変化によるものではなく,転写後調節あるいは翻訳後調節が関わる可能性がある.また,フマル酸/リンゴ酸比の上昇は,F1雑種における代謝活性の向上によって引き起こされる可能性も考えられる.

図1■TCA回路の中間代謝物(a)および(b)フマル酸/リンゴ酸比

(a)メタボローム解析の結果,High-Heterosisに分類されるCol系統/C24系統とCol系統/Rld-1系統のF1雑種は,両親系統と比較して,TCA回路の中間代謝物である2-OGとリンゴ酸が低い傾向であることが明らかになった(青矢印は両親系統の平均値と比較してF1雑種での減少傾向を示す). 
(b)High-Heterosisに分類されるCol系統/C24系統とCol系統/Rld-1系統のF1雑種は,フマル酸/リンゴ酸比において,両親系統よりも高い傾向であることが明らかになった(アルファベットの違いはテューキー検定で有意差があることを示す,P<0.05).

本報告により,両親系統ではTCA回路を過小に制御し,生育のためのエネルギーフラックスを制限している可能性が示唆された.また,強い雑種強勢が見られるF1雑種組合せの場合,雑種はTCAフラックスを加速させ,より多くのエネルギーをバイオマスとして生産することで光合成,および/または窒素代謝向上が見られたと考えられる.今後,このような一次代謝物の変動に関わる制御因子・機構を明らかにすることで,雑種強勢の自由な制御に繋がることが期待される.

Reference

1) L. Yang, P. Liu, X. Wang, A. Jia, D. Ren, Y. Tang, Y. Tang, X. W. Deng & G. He: Nat. Commun., 12, 2317 (2021).

2) W. Liu, G. He & X. W. Deng: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2023278118 (2021).

3) M. Korn, T. Gärtner, A. Erban, J. Kopka, J. Selbig & D. K. Hincha: Mol. Plant, 3, 224 (2010).

4) Z. Li, A. Zhu, Q. Song, H. Y. Chen, F. G. Harmon & Z. J. Chen: Plant Cell, 32, 3706 (2020).

5) Q. T. N. Le, N. Sugi, M. Yamaguchi, T. Hirayama, M. Kobayashi, Y. Suzuki, M. Kusano & H. Shiba: Sci. Rep., 13, 9529 (2023).

6) R. C. Meyer, M. Steinfath, J. Lisec, M. Becher, H. Witucka-Wall, O. Törjék, O. Fiehn, A. Eckardt, L. Willmitzer, J. Selbig et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 4759 (2007).

7) I. Pracharoenwattana, W. Zhou, O. Keech, P. B. Francisco, T. Udomchalothorn, H. Tschoep, M. Stitt, Y. Gibon & S. M. Smith: Plant J., 62, 785 (2010).