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伝統発酵食品における微生物発酵様式
種・株レベルでの存在菌の解析とその重要性

Takashi Koyanagi

小栁

石川県立大学生物資源環境学部食品科学科食品微生物学研究室

Published: 2024-12-01

伝統発酵食品は古い歴史をもち,様々な微生物が発酵プロセスに多種多様に関与するため,微生物研究の黎明期から題材として多く選ばれてきた.特に,わが国における清酒,醤油,味噌,食酢,および糸引き納豆などの研究から多くの成果が得られ,麹菌や酵母の生態や代謝研究から微生物発酵の原理が解明され,今日の農芸化学の礎の一角を形成したともいえよう.わが国の伝統発酵食品研究が少なからず農芸化学の道標として在り続けたことは疑いようの無い事実である.

しかし,いずれの研究分野においても言えることであるが,いかに研究の歴史が長くとも全ての現象を科学的に理解し尽くすことは極めて難しい.伝統発酵食品の中でも日本酒に関する研究は長らく盛んに行われており,20世紀前半(1934年)という早い時期に,生もと系酒母(製造工程において乳酸菌の増殖を導くタイプの伝統的な日本酒スターター)に存在するLactobacillus Saké(現・Latilactobacillus sakei)がKatagiriらによって分離される(1)1) H. Katagiri, K. Kitahara & K. Fukami: Bull. Agric. Chem. Soc. Jpn., 10, 156 (1934).など,微生物学的知見が古くから積み重ねられている.しかし,このような古い研究歴をもつ日本酒でさえ,未だに発酵様式の完全理解に向けた研究が現在も続行している.

例えば,近年のオミクス手法を駆使し,複雑な微生物および化学成分の発酵中の推移を示す生もと系酒母(山廃酒母)およびそれに由来する日本酒の科学的特徴を詳らかにする研究が精力的に行われている.古くから生もと系酒母において受け入れられている微生物推移として,酒母工程中における乳酸球菌(Leuconostoc属)から乳酸桿菌(L. sakei)への優勢菌種の移り変わりが挙げられるが,定式に則らないケースも多々報告されている(図1図1■生もと系酒母における主な微生物推移パターン).近年Takahashiらが生もと系酒母内における微生物と化学成分の推移について相関を詳細に解析した報告では,乳酸球菌から乳酸桿菌への優勢菌の推移がみられた酒母は5つの酒蔵中2つのみであり,その他の3つの酒蔵においては発酵中終始,乳酸桿菌(L. sakei)が優勢であった(2)2) M. Takahashi, K. Morikawa, Y. Kita, T. Shimoda, T. Akao & N. Goto-Yamamoto: Appl. Environ. Microbiol., 87, e02546-20 (2021)..筆者も籍を置く北陸・石川県の酒蔵の山廃酒母中の細菌叢解析に携わったことがあり,発酵初期にLigilactobacillus acidipiscisが顕著に検出され硝酸還元菌(Pseudomonas属)が主要菌として検出されず亜硝酸反応もみられなかった(3)3) T. Koyanagi, A. Nakagawa, M. Kiyohara, H. Matsui, A. Tsuji, F. Barla, H. Take, Y. Katsuyama, K. Tokuda, S. Nakamura et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 399 (2016)..一方,別の年に得た山廃酒母では発酵初期にPseudomonas属細菌が存在し発酵開始後数日経過時に顕著な亜硝酸反応がみられた(4)4) A. Tsuji, M. Kozawa, K. Tokuda, T. Enomoto & T. Koyanagi: Curr. Microbiol., 75, 1498 (2018)..その後,乳酸桿菌L. sakeiに入れ替わるという細菌叢変遷は両方の酒母ともに類似していたが,同一酒蔵環境でもこのような不定形な発酵様式を示した研究結果に接し,当時酒蔵の方と一緒に首を傾げたことが記憶に強く残っている.一方で,乳酸球菌が優勢化したまま乳酸桿菌との入れ替わりが見られない生もと系酒母が多々存在することも古くから知られており(5)5) 百瀬洋夫,鎌尾敦子:醸協,88, 76 (1993).,よく研究が進んだ酒母の発酵でさえまだまだ断片的知見の統合に至っていないのである.日本酒各々を特徴づける代謝物についても近年の解析により新知見が次々と得られており,一例としてTatsukamiらは,山廃吟醸仕込みの清酒において特徴的に存在する6つの中程度分子量成分(分子量200~1,000)を質量分析を用いて明らかにし,うち4つがロイシンもしくはイソロイシンを含む短鎖ペプチドであることを報告している(6)6) Y. Tatsukami, H. Morisaka, S. Aburaya, W. Aoki, C. Kohsaka, M. Tani, K. Hirooka, Y. Yamamoto, A. Kitaoka, H. Fujiwara et al.: PLoS One, 13, e0190040 (2018)..このように代謝成分と微生物叢を結び付けて理解が一層進めば,酒質のコントロール技術も将来的に飛躍的に進歩すると考えられる.

図1■生もと系酒母における主な微生物推移パターン

ただし,各図は微生物推移を視覚化しやすくしたパターン図であり,実際の菌数の関係性などと必ずしも一致しない.

一方で,同じ伝統発酵食品のカテゴリーでも珍味的な水産発酵食品などに目を向けると,研究的にほとんど手つかずの品目が世界中に散在しており,微生物学的解析例を探すことさえおぼつかない詳細不明な食品もまだまだ存在する.次世代シークエンサーの汎用化によって過去に解析不能であった難培養性の微生物をはじめ菌叢の主要部分を占める微生物種以外のマイナーな存在菌の解析も可能となり,現在世界中の研究者がこぞって伝統発酵食品の微生物群集解析データを蓄積している最中である.今後の発酵食品全般の菌叢・代謝物データの統合的理解が待たれる.

発酵食品中の存在微生物について今一つ注目すべき点として,菌種レベルでの群集構造だけでなく,菌株レベルでの個性が挙げられる.生もと系酒母,いずし系なれずし,発酵野菜漬物,および発酵肉といった様々な発酵食品からの分離報告があるL. sakeiについて,由来する食品の栄養源別(動物性原料および植物性原料)にゲノムの特徴が分かれることを一塩基多型結合配列(SNP結合配列)の解析から近年明らかにした(石川県立大学・高木宏樹准教授の協力による:図2図2■世界各国の様々な分離源(発酵食品等)から分離されたLatilactobacillus sakei菌株群の全ゲノムSNP(一塩基多型)結合塩基配列に基づく系統分類(7)7) C. Nishiyama, S. Sekiguchi, Y. Sugihara, M. Nishikawa, N. Makita, T. Segawa, M. Terasaki, H. Takagi & T. Koyanagi: Biosci. Microbiota Food Health, 42, 138 (2023)..その結果,解析した32株の中で動物性原料を含む食品(発酵肉およびいずし系なれずし)から分離されたL. sakei 11株は全て同一のクラスター(クラスターIII)に属しており,一方,生もと系酒母由来の5株はその他の2つのクラスターに分かれた.特にクラスターIは系統樹上明らかに他のクラスターと離れた位置に存在しており,類似の酒蔵環境に棲息する菌株群でも何故一部の菌株が進化的に遠ざかるように見える系統群に属するのか不明で,興味は尽きない.こうした菌株レベルの性質の相違によって発酵食品の最終的な風味が影響を受けている可能性があり,掘り下げる価値のあるテーマである.

図2■世界各国の様々な分離源(発酵食品等)から分離されたLatilactobacillus sakei菌株群の全ゲノムSNP(一塩基多型)結合塩基配列に基づく系統分類

様々な分離源由来L. sakei 32株(研究室分離株および機関分譲株)の全ゲノムSNP結合配列(約113 kbp)に基づき種内系統を分類した.本文中にて言及した菌株群を凡例に示した.無記号の菌株群は生もと系酒母以外の植物性原料(発酵野菜漬物,サイレージ含む)由来の分離菌株群を示す(文献7より抜粋改変).

伝統発酵食品の微生物発酵様式は大まかな細菌叢に着目すれば,(i)山廃酒母,なれずし,および発酵野菜漬物等のようにLactobacillaceae科乳酸菌を主とする発酵推移を示すもの,(ii)味噌,醤油,魚醤油,および塩辛系食品などの塩蔵発酵食品にみられるTetragenococcus属乳酸菌主導型の発酵推移を示すもの,(iii)ケフィアやランビックなどの伝統飲料のように,乳酸菌に加えて酢酸菌が顕著に出現する発酵推移を示すもの等にカテゴライズが可能である(8)8) 小栁 喬:日本食品微生物学会雑誌,38, 1 (2021)..しかし,くさや汁,シュールストレミング(スウェーデンのニシンの塩蔵発酵食品),およびハカール(アイスランドのサメの発酵食品)のようにHalanaerobium属およびTissierella属細菌のような非乳酸菌種が主要菌の一つとして存在する食品群もあるなど(9~12)9) T. Fujii, D. Kyoui, H. Takahashi, T. Kuda, B. Kimura, Y. Washizu, E. Emoto & T. Hiramoto: Int. J. Food Microbiol., 238, 320 (2016).10) A. Osimani, I. Ferrocino, M. Agnolucci, L. Cocolin, M. Giovannetti, C. Cristani, M. Palla, V. Milanović, A. Roncolini, R. Sabbatini et al.: Food Microbiol., 82, 560 (2019).11) T. Kobayashi, B. Kimura & T. Fujii: Int. J. Food Microbiol., 54, 81 (2000).12) L. Belleggia, L. Aquilanti, I. Ferrocino, V. Milanović, C. Garofalo, F. Clementi, L. Cocolin, M. Mozzon, R. Foligni, M. N. Haouet et al.: Food Microbiol., 91, 103503 (2020).,これまで食品の発酵菌として捉えられてきた微生物以外のいわば「名もない細菌」が発酵の主役であることが判明するケースも近年ますます多くなっている.スターター(種菌)を接種せず自然な発酵経過に頼る品目の場合は,発酵初期には多様なバクテリア(Staphylococcus属,Bacillus属,Corynebacterium属などのグラム陽性細菌,およびEnterobacteriaceae科などのグラム陰性細菌)が存在し,それらが発酵の進行とともに乳酸菌や酵母等の主発酵菌に置き換わり菌叢が収斂していく.その様相からは,伝統発酵食品の製造プロセスが確立された歴史的過程において最適な微生物制御工程を編み出してきた人類の英知とダイナミズムが感じられる.一口に発酵菌叢というものを統合して語ることが現在まだ能わずとも,各品目の発酵条件と照らし合わせながら菌叢と代謝成分のバランスを見極めていけば,発酵食品というものが腐敗現象と袂を分かち食品として確立されてきた微生物学的背景を高い解像度で把握することができよう.今日の洗練された農芸化学的な微生物利用が,日本酒をはじめとする伝統発酵食品の微生物研究の歴史に深く根差していることを考えると,未だベールに包まれた伝統発酵食品の秘密を紐解き続けることも農芸化学の発展に敬意を表する一環になるのかもしれない.

Reference

1) H. Katagiri, K. Kitahara & K. Fukami: Bull. Agric. Chem. Soc. Jpn., 10, 156 (1934).

2) M. Takahashi, K. Morikawa, Y. Kita, T. Shimoda, T. Akao & N. Goto-Yamamoto: Appl. Environ. Microbiol., 87, e02546-20 (2021).

3) T. Koyanagi, A. Nakagawa, M. Kiyohara, H. Matsui, A. Tsuji, F. Barla, H. Take, Y. Katsuyama, K. Tokuda, S. Nakamura et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 399 (2016).

4) A. Tsuji, M. Kozawa, K. Tokuda, T. Enomoto & T. Koyanagi: Curr. Microbiol., 75, 1498 (2018).

5) 百瀬洋夫,鎌尾敦子:醸協,88, 76 (1993).

6) Y. Tatsukami, H. Morisaka, S. Aburaya, W. Aoki, C. Kohsaka, M. Tani, K. Hirooka, Y. Yamamoto, A. Kitaoka, H. Fujiwara et al.: PLoS One, 13, e0190040 (2018).

7) C. Nishiyama, S. Sekiguchi, Y. Sugihara, M. Nishikawa, N. Makita, T. Segawa, M. Terasaki, H. Takagi & T. Koyanagi: Biosci. Microbiota Food Health, 42, 138 (2023).

8) 小栁 喬:日本食品微生物学会雑誌,38, 1 (2021).

9) T. Fujii, D. Kyoui, H. Takahashi, T. Kuda, B. Kimura, Y. Washizu, E. Emoto & T. Hiramoto: Int. J. Food Microbiol., 238, 320 (2016).

10) A. Osimani, I. Ferrocino, M. Agnolucci, L. Cocolin, M. Giovannetti, C. Cristani, M. Palla, V. Milanović, A. Roncolini, R. Sabbatini et al.: Food Microbiol., 82, 560 (2019).

11) T. Kobayashi, B. Kimura & T. Fujii: Int. J. Food Microbiol., 54, 81 (2000).

12) L. Belleggia, L. Aquilanti, I. Ferrocino, V. Milanović, C. Garofalo, F. Clementi, L. Cocolin, M. Mozzon, R. Foligni, M. N. Haouet et al.: Food Microbiol., 91, 103503 (2020).

13) N. A. Bokulich, M. Ohta, M. Lee & D. A. Mills: Appl. Environ. Microbiol., 80, 5522 (2014).