Kagaku to Seibutsu 62(12): 570-578 (2024)
解説
ストロミュール:色素体から伸長する管状構造
再発見から機能と形成機構の解明へ
Stromules: Tubular Structures Extending from Plastids: From Rediscovery to Elucidating Functions and Formation Mechanisms
Published: 2024-12-01
ストロミュールは,植物細胞内で色素体から伸びる管状構造であり,その存在は19世紀から認識されていたが,長い間その機能や形成機構についての理解は進んでいなかった.近年の研究により,ストロミュールが非生物的ストレス応答や植物免疫に関与する可能性が示され,さらに細胞骨格や小胞体との相互作用がその形成に関与することが明らかにされてきた.本稿では,1997年のストロミュール再発見を契機に進展した研究の成果を基に,その細胞内での動態,機能,形成機構について概説し,色素体のダイナミックな姿を紹介したい.
Key words: ストロミュール; 色素体; レトログレードシグナル; 植物免疫
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
葉緑体は植物細胞の細胞質に浮かぶ緑色のカプセルとして図に描かれることが多い.そのような静的なイメージとは異なり,実際の葉緑体は細胞内を動き回り,形を変え,分裂による増殖を行うダイナミックな存在である.高等植物においては,葉緑体は分裂組織中の原色素体が分化する形で生じる.原色素体は細胞の分化に応じてクロモプラスト,エチオプラスト,アミロプラストなど様々な分化型に変化する.これらの原色素体由来のオルガネラは状況に応じて相互変換が可能であることから「色素体(プラスチド)」と総称される.色素体は,機能の特殊化に対応して外形,内部の膜系,含有色素,プロテオームを変化させる(1)1) M. M. Altamura, D. Piacentini, F. D. Rovere, L. Fattorini, A. Valletta & G. Falasca: Plant Biosyst., 158, 894 (2024)..
色素体の形態の多様性は,古くは19世紀後期の文献にも記載が見られる(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015)..葉緑体がシアノバクテリア(藍藻)起源であること,また,葉緑体が既存の葉緑体の分裂によってのみ生じること(“葉緑体の連続性”)を提唱した,葉緑体細胞内共生説の始祖とも言うべきAndreas Schimperは,1883年の論文において,球状,棒状,針状,紡錘状など,様々な形態の色素体をスケッチとして記録している(3)3) A. F. W. Schimper: Bot. Zeit., 41, 105 (1883)..Schimperの論文も含め,1900年前後のいくつかの論文において,色素体と色素体とが細い管のようなものでつながっている様子が描かれている.この細管状構造が脚光を浴びるのは,Wildmanらによる1962年のScience掲載論文まで待たなければならなかった(4)4) S. G. Wildman, T. Hongladarom & S. I. Honda: Science, 138, 434 (1962)..Wildmanらは,当時としては画期的であった顕微鏡動画撮影法により生きた植物細胞を観察し,葉緑体が細胞質に向かって細管状構造を伸ばす様子を捉えた.彼らは葉緑体由来の細管状構造とミトコンドリアとの形態類似性を指摘し,ミトコンドリアが葉緑体から生じる構造物であることをほのめかした.今日的に見ればこの見解は誤りであり,それも一因としてあったのか,その後,色素体から伸びる細管状構造についての研究進展は見られなかった.
1997年,色素体の細管状構造はHansonらによるScience掲載論文で35年ぶりに注目を集めた(5)5) R. H. Köhler, J. Cao, W. R. Zipfel, W. W. Webb & M. R. Hanson: Science, 276, 2039 (1997)..この研究においては,色素体移行シグナルと緑色蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質を植物細胞内で発現させることにより,色素体のストロマ部分にGFPを送り込み,緑色蛍光によって色素体形態を可視化した.こうして,色素体の本体部分から1~数本伸びる細管状構造が再発見された.GFPはストロマ内に存在するはずであるから,この構造はストロマを含み,かつ,色素体本体と連続的に2枚の膜(内包膜と外包膜)で包まれた管でなければならない(図1図1■ストロミュール).Hansonらは2000年の続報において,この構造物にstroma filled tubule(ストロマで満たされた管)を意味する「ストロミュール(stromule)」という名を与えた(6)6) R. H. Köhler & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 81 (2000)..
多くの場合,ストロミュールは直径0.3–0.8 µm程度,長さとしてはくちばし状の突起程度のもの(~2–3 µm)から200 µm程度に達するものまで観察されるが,サイズについての厳密な定義は無い.また,色素体本体どうしをつなぐ細管(狭窄部)をストロミュールに含める見解と,色素体本体から伸びた,自由末端をもつ細管のみをストロミュールとする見解とがある(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015)..色素体の種類やストロミュールの形状(後述)によっては色素体「本体」の判別がしばしば困難であるため,本稿では前者の見解に従い,色素体が形成する細管を特に区別せずストロミュールと呼ぶこととする.
ストロミュールはその定義上ストロマを含む管であるが,より具体的には,少なくとも550 kDaのタンパク質(RuBisCO)までは含みうることが示されている(7)7) E. Y. Kwok & M. R. Hanson: J. Exp. Bot., 55, 595 (2004)..リボソームはストロミュールには進入しないことが示唆されているが(8)8) C. A. Newell, S. K. A. Natesan, J. A. Sullivan, J. Jouhet, T. A. Kavanagh & J. C. Gray: Plant J., 69, 399 (2012).,排斥の仕組みは不明である.また,葉緑体から伸びるストロミュールであってもチラコイドは含まれておらず,葉緑体本体のようにクロロフィルの自家蛍光によって観察することはできない.ストロミュール内のタンパク質輸送については,蛍光相関分光法(FCS)を用いた解析がなされており,遅い拡散(~10−8 cm2/s)とATP依存性の速い能動輸送(0.12 µm/s)の2つのモードが存在することが示されている(9)9) R. H. Köhler, P. Schwille, W. W. Webb & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 3921 (2000)..
ストロミュールの基本的な動態は,Gunningによる微分干渉顕微鏡を用いた徹底的なタイムラプス観察(10)10) B. E. S. Gunning: Protoplasma, 225, 33 (2005).により,大きくは以下のようにまとめられている(図2図2■ストロミュールの運動・形態変化): ①伸長と退縮,②(他の構造物との接着による)折れ曲がりと引き伸ばし,③枝分かれ,④先端からの小胞放出,⑤他の色素体との接続.また,ストロミュール中に1ないし複数個の膨らみ(同論文では“beads”と呼ばれている)が形成され,それらがストロミュールに沿って移動する様子も観察される(10, 11)10) B. E. S. Gunning: Protoplasma, 225, 33 (2005).11) M. T. Fujiwara, H. Hashimoto, Y. Kazama, T. Hirano, Y. Yoshioka, S. Aoki, N. Sato, R. D. Itoh & T. Abe: Protoplasma, 242, 19 (2010)..この“beads”の移動が先述のATP依存性能動輸送に対応する挙動であるかもしれない.ところで,⑤「他の色素体との接続」については注釈が必要である.そもそもHansonらによるストロミュールの再発見論文(5)5) R. H. Köhler, J. Cao, W. R. Zipfel, W. W. Webb & M. R. Hanson: Science, 276, 2039 (1997).の表題(和訳)は「高等植物の葉緑体間の接続を通じたタンパク質分子の交換」であり,光退色後蛍光回復(FRAP)におけるGFP蛍光の強度変化のみを「接続」の根拠としている.これに対しSchattatらは,色素体を光変換性蛍光タンパク質(mEosFP)で標識することにより,ストロミュールで接続しているように見える2個の色素体のストロマを別色で「塗り分ける」ことにより,片方の色素体から伸びたストロミュールが他の色素体の表面に接着しているだけで,中身(ストロマ)の混ざり合いをもたらすような膜融合は起きていないと主張した(12)12) M. H. Schattat, S. Griffiths, N. Mathur, K. A. Barton, M. R. Wozny, N. Dunn, J. S. Greenwood & J. Mathur: Plant Cell, 24, 1465 (2012)..彼らは後続の論文において「ストロミュールによる色素体の接続」という概念を“The myth of interconnected plastids”(接続した色素体の神話)という言葉をその表題に用いてまで痛烈に批判している(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015)..批判を受けたHansonらも,mEosFPを用いたSchattatらの結果は不適当な観察条件設定によるアーティファクトに過ぎない,とする反論を発表している(13, 14)13) M. R. Hanson & A. Sattarzadeh: Plant Cell, 25, 2774 (2013).14) M. R. Hanson & K. M. Hines: Plant Physiol., 176, 128 (2018)..Schattatら(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015).も指摘していることだが,実際には1個である色素体が変形して,2個の色素体がストロミュールでつながっているように見える場合(分裂時の色素体や,ストロミュールの“beads”が肥大化した場合など)も多いことから,「ストロミュールによる色素体の接続」の真偽を検証することは決して容易でなく,上記の論争に決着はついていない.
ストロミュールの再発見以降,その機能を解明しようとする流れの中でまず研究が進められたのは,ストロミュール形成が促進される条件についてである.主に2010年代初頭までの研究により,以下の条件がストロミュール形成に影響することが明らかにされていった.
ストロミュールの発生頻度および長さは,細胞内の色素体密度に対して負に相関することがタバコ胚軸表皮の観察から示された(15)15) M. T. Waters, R. G. Fray & K. A. Pyke: Plant J., 39, 655 (2004)..つまり,細胞内で近隣に他の色素体がいなければ積極的にストロミュールを伸ばす傾向がある,ということである.このことから,色素体は他の色素体と何らかのコミュニケーションを取るためにストロミュールを伸ばすのではないか,という仮説も提示されたが,現在までに証明も反証もなされていない.これと関連して,色素体はストロミュールを伸ばすことにより表面積を増大させ,ミトコンドリア,小胞体(ER),核などの他のオルガネラとのコミュニケーション(シグナル伝達や物質交換)を促進するのではないか,という仮説も提案された(16)16) J. L. Erickson, J. Prautsch, F. Reynvoet, F. Niemeyer, G. Hause, I. G. Johnston & M. H. Schattat: Plant Cell Physiol., 65, 618 (2024)..
葉肉細胞の葉緑体は,非緑色(非光合成)色素体と比較して,ストロミュールの発生頻度が低い(図3図3■さまざまな色素体で観察されるストロミュール)(6)6) R. H. Köhler & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 81 (2000)..また,脱分化した培養細胞においてはストロミュールの高度な発達が見られる(6)6) R. H. Köhler & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 81 (2000)..
外部からの活性酸素,糖,塩類などの投与や,強光,高温,乾燥,リン酸欠乏処理といった様々な非生物的ストレスによってストロミュール形成が促進されることが示されてきた(14)14) M. R. Hanson & K. M. Hines: Plant Physiol., 176, 128 (2018)..これらの知見と,ストロミュールがしばしば核と密着している様子が観察されることから,ストロミュールが色素体から核へのレトログレード(逆行性)シグナルの伝達経路の一部を成している可能性が推測された(後述).
ストレス応答ホルモンとして知られるアブシジン酸(ABA)のほか,エチレン前駆体,ジャスモン酸メチル,サリチル酸,ストリゴラクトンなどの添加によるストロミュール形成誘導が報告されている(17, 18)17) J. C. Gray, M. R. Hansen, D. J. Shaw, K. Graham, R. Dale, P. Smallman, S. K. A. Natesan & C. A. Newell: Plant J., 69, 387 (2012).18) G. Vismans, T. van der Meer, O. Langevoort, M. Schreuder, H. Bouwmeester, H. Peisker, P. Dörman, T. Ketelaar & A. van der Krol: Plant Physiol., 172, 2235 (2016)..ストリゴラクトン生合成変異体ではABA添加によるストロミュール形成が誘導されないことから,ABAのストロミュール形成促進作用はストリゴラクトン経由の間接的なものと考えられる(18)18) G. Vismans, T. van der Meer, O. Langevoort, M. Schreuder, H. Bouwmeester, H. Peisker, P. Dörman, T. Ketelaar & A. van der Krol: Plant Physiol., 172, 2235 (2016)..
シロイヌナズナでは,葉肉葉緑体の分裂に異常を来した一連の変異体(arc変異体など)が取得されてきた(19)19) K. A. Pyke & R. M. Leech: Plant Physiol., 99, 1005 (1992)..これらの葉緑体分裂変異体では,葉肉以外の細胞の色素体において,しばしばストロミュール形成の昂進が見られる(20)20) A. Holzinger, E. Y. Kwok & M. R. Hanson: Photochem. Photobiol., 84, 1324 (2008)..変異体ごとにストロミュール形成への影響の程度は異なり,必ずしも葉肉葉緑体の分裂異常の度合いとストロミュール形成の程度とが比例するわけではない.ストロミュール形成の昂進がほとんど見られない葉緑体分裂変異体も存在する(21)21) M. T. Fujiwara, M. Yasuzawa, S. Sasaki, T. Nakano, Y. Niwa, S. Yoshida, T. Abe & R. D. Itoh: Plant Signal. Behav., 12, e1343776 (2017)..これらの結果は,葉肉葉緑体の分裂因子の多くは非葉肉色素体の正常形態維持(またはストロミュール形成に対する負の制御)の役割も担っていること,また,非葉肉色素体への関与度は分裂因子ごとに大きく異なることを示している.
上記5項目のストロミュール形成条件はストロミュールの機能についてある程度の手がかりを与えるものではあるが,そこから機械論的な説明を導出することは不可能であった.2015年に発表された,植物免疫へのストロミュールの関与を示したCaplanらの論文(22)22) J. L. Caplan, A. S. Kumar, E. Park, M. S. Padmanabhan, K. Hoban, S. Modla, K. Czymmek & S. P. Dinesh-Kumar: Dev. Cell, 34, 45 (2015).は,ストロミュール機能研究における最大の突破口となった.以下に項を改めて概説する.
ストレスとストロミュールの関係についての研究の中で,近年特に注目を集めているのが植物免疫におけるストロミュールの役割である.これは,Caplanらによる画期的な論文(22)22) J. L. Caplan, A. S. Kumar, E. Park, M. S. Padmanabhan, K. Hoban, S. Modla, K. Czymmek & S. P. Dinesh-Kumar: Dev. Cell, 34, 45 (2015).の発表を契機としている.タバコモザイクウイルスのエフェクターp50および植物病原性細菌Xanthomonas campestrisのエフェクターAvrBS2とその受容体BS2が植物における過敏感反応プログラム細胞死(HR-PCD)を活性化することが知られていたが,これらがストロミュールの過剰形成を誘導することがこの論文で初めて示された.この時,形成されたストロミュールは核膜と高頻度で接着していることも明らかにされた.また,この論文では,色素体外包膜タンパク質CHUP1の発現を抑制するとストロミュールが過剰形成し,同時にHR-PCDを過剰促進することも示された.以上の結果は,ウイルスおよび細菌の感染時に起こるストロミュール形成が植物免疫応答の二次的効果として起こっているのではなく,応答経路の一部として組み込まれていることを示唆している.さらに,X. campestrisのエフェクターXopLはストロミュール形成を抑制することが後年報告され(23)23) J. L. Erickson, N. Adlung, C. Lampe, U. Bonas & M. H. Schattat: Plant J., 91, 430 (2018).,エフェクターはストロミュール形成を正負の両方向に制御しうることが示された.
Caplanらはさらに,p50で誘起される防御反応において,色素体から核へのH2O2およびNRIP1(色素体局在性防御タンパク質)(24)24) J. L. Caplan, P. Mamillapalli, T. M. Burch-Smith, K. Czymmek & S. P. Dinesh-Kumar: Cell, 132, 449 (2008).の移動が起こることを精巧な実験戦略を用いて実証した.ストレス誘導性の色素体–核間タンパク質移動は,防御応答遺伝子の発現制御因子NPR1においても観察された(25)25) S. Seo, Y. Kim & K. Park: Antioxidants, 12, 1118 (2023)..これらの結果を総合すると,植物のストレス応答中に,色素体から核へのレトログレードシグナル分子の輸送経路としてストロミュールが機能している可能性が示唆される.2枚の膜で囲まれた色素体/ストロミュール内のシグナル分子が同じく2枚の膜で囲まれた核の内部へと移行する仕組みについては,未解明の問題として残されている.
ストロミュールを介した植物免疫応答については,上述のエフェクター誘導免疫(ETI)に加えてパターン誘導免疫(PTI)に関しても次々と新たな知見が出てきており(26)26) Z. Savage, C. Duggan, A. Toufexi, P. Pandey, Y. Liang, M. E. Segretin, L. H. Yuen, D. C. A. Gaboriau, A. Y. Leary, Y. Tumtas et al.: Plant J., 107, 1771 (2021).,関連因子の相互作用の全体図式は入り組んだものとなってきている(27)27) J. Liu, P. Gong, R. Lu, R. Lozano-Durán, X. Zhou & F. Li: Mol. Plant, 17, 686 (2024)..紙幅の都合上,詳細は最近の総説に譲る(28)28) S. Jung, J. Woo & E. Park: Curr. Opin. Plant Biol., 79, 102529 (2024)..
植物免疫へのストロミュールの関与が実証されたことにより,ストロミュールの形成機構への関心が高まり,同時に,エフェクター分子の一過的発現を用いてストロミュール形成を人為的に制御し,その形成・伸長のダイナミクスを詳細に観察する実験系が確立されていった.
ストロミュール再発見後の研究初期から,主に阻害剤を用いた実験により細胞骨格(微小管とアクチンフィラメント[以下AF])のストロミュール形成への関与が示唆されてきた.しかし,ストロミュールが実際にどのような形で細胞骨格を利用しているかについては直接的な証拠が欠如していた.2018年,Kumarら(29)29) A. S. Kumar, E. Park, A. Nedo, A. Alqarni, L. Ren, K. Hoban, S. Modla, J. H. McDonald, C. Kambhamettu, S. P. Dinesh-Kumar et al.: eLife, 7, e23625 (2018).とSchattatら(23)23) J. L. Erickson, N. Adlung, C. Lampe, U. Bonas & M. H. Schattat: Plant J., 91, 430 (2018).は,ベンサミアナタバコの葉表皮細胞において微小管,AF,色素体/ストロミュールをそれぞれ可視化し,高時間分解能でタイムラプス観察を行うことにより,ストロミュール形成における微小管,AFそれぞれの役割を明らかにした.まず,ストロミュールは微小管に沿って伸長することが判明した.微小管の軌道に沿うようにくちばし状の突起を形成しはじめ,伸長する.ストロミュールの基本動態として記した折れ曲がり,枝分かれも,微小管の交差部位に沿って起こっていることが判明した.微小管破壊剤で処理すると,ストロミュールは15分以内に退縮した.逆に,微小管安定化剤で処理した場合には,1つの色素体から複数のストロミュールが30分以内に形成された.以上の結果は,微小管の存在がストロミュール形成に必要かつ十分であることを示すものである.一方,AFはストロミュール伸長の軌道にはなっていないが,ストロミュールが一時的にAFにアンカリング(繋ぎ止め)されていることが明らかとなった.ストロミュールが退縮する際,その先端がAF上で一時停止し,数分後に退縮を再開する様子が高頻度で観察された.そのため,ストロミュールの退縮はしばしば断続的なものとなる.また,ストロミュールの折れ曲がりは,ストロミュール中途でのAFへのアンカリングによっても生じることも示された.AFは,いちど形成されたストロミュールが縮んで色素体本体に戻るのを抑制する役割があると考えられる.
以上の結果から,微小管およびAFと相互作用してストロミュール形成を制御する因子の存在が推定された.Meierら(30)30) N. D. Meier, K. Seward, J. L. Caplan & S. P. Dinesh-Kumar: Sci. Adv., 9, eadi7407 (2023).は微小管モータータンパク質キネシンのサブグループKCHに着目した.KCHは植物特有のグループであり,アクチン結合ドメインの一種であるカルポニン相同(CH)ドメインを有する点が特徴である.KCHであれば微小管,AFの双方とストロミュールとの相互作用を媒介しうる,という仮説から,Meierらは,シロイヌナズナの6つのKCHのうち5つについてベンサミアナタバコでの一過的発現を行い,うち1つがストロミュール過剰形成を引き起こすことを突き止めた.逆に,このタンパク質の発現抑制および欠失変異によりストロミュール形成率が有意に低下することも示し,このキネシンをKIS1(kinesin required for inducing stromule 1)と命名した.KIS1は主に微小管上に局在し,特にストロミュールの先端および折れ曲がりに対応する箇所においてパッチ状の濃縮が見られた.KIS1の各ドメインを欠失させた変異タンパク質の機能解析により,ストロミュール形成にキネシンモータードメインが必要であるのに対し,CHドメインは不要であることも示された.
色素体から核へのレトログレードシグナルの伝達においてストロミュールが導管の役割を果たす可能性が示されたが,ストロミュールと核との接触は偶発的なものだろうか,あるいは何らかのガイダンス機構が存在するのだろうか.Ericksonら(31)31) J. L. Erickson, M. Kantek & M. Schattat: Front. Plant Sci., 8, 1135 (2017).は,シロイヌナズナの葉表皮細胞においてストロミュールおよび核のタイムラプス観察を行い,ストロミュールは核から8 µm以内の領域で著しく多く見られ,そのほとんどが核に向かって伸びていることを確認した.タイムラプス映像では,核と色素体の移動に伴ってストロミュールが伸縮する様子が見られ,両者間の距離が広がるとあたかも核に引きずられるようにストロミュールが引き伸ばされていた.また,核近傍でのストロミュール形成は,細胞周縁部に比べて約10倍の頻度で発生していた.これにより,核に向かって伸びるように見えるストロミュールの形成はガイダンスによるものではなく,核と色素体の相対的な移動によって引き起こされることが示唆された.ストロミュールと核との接着は,核周囲に存在するAFのネットワークによるストロミュールのアンカリングによって起こるようである(29)29) A. S. Kumar, E. Park, A. Nedo, A. Alqarni, L. Ren, K. Hoban, S. Modla, J. H. McDonald, C. Kambhamettu, S. P. Dinesh-Kumar et al.: eLife, 7, e23625 (2018)..
ストレス条件下や免疫応答時において,しばしばストロミュール形成と共に見られる事象が色素体の核周囲クラスタリング(PNC)である.先端が核と接着したストロミュールが色素体本体を核の方向に引っ張ることによりPNCが起こる様子が観察されている一方(29)29) A. S. Kumar, E. Park, A. Nedo, A. Alqarni, L. Ren, K. Hoban, S. Modla, J. H. McDonald, C. Kambhamettu, S. P. Dinesh-Kumar et al.: eLife, 7, e23625 (2018).,前出のストロミュール形成を抑制するエフェクターXopLは逆にPNCを誘起することが示されていることから(23)23) J. L. Erickson, N. Adlung, C. Lampe, U. Bonas & M. H. Schattat: Plant J., 91, 430 (2018).,ストロミュール形成とPNCとは常に連動するわけではなく,ストロミュール依存および非依存のPNCが存在すると考えられる(32)32) P. M. Mullineaux, M. Exposito-Rodriguez, P. P. Laissue, N. Smirnoff & E. Park: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 375, 20190405 (2020)..ストロミュール誘導キネシンKIS1の過剰発現はPNCも引き起こすが,この際のPNC誘導にはAF結合性のCHドメインが必須であることから(30)30) N. D. Meier, K. Seward, J. L. Caplan & S. P. Dinesh-Kumar: Sci. Adv., 9, eadi7407 (2023).,核周囲AFへのストロミュールのアンカリングがPNCを促進することが示唆された.さらに最近,非ストレス条件下において,ERが核と色素体を囲むメッシュ状の構造を形成し,色素体を核近くに維持することでPNCを促進することが報告されている(33)33) T. K. Kunjumon, P. P. Ghosh, L. M. J. Currie, J. Mathur & K.-J. Dietz: J. Exp. Bot., erae313 (2024)..
ストロミュールの形状,とりわけ分枝と折れ曲がりは,ERの形状と相関しているように観察された(34)34) M. Schattat, K. Barton, B. Baudisch, R. B. Klösgen & J. Mathur: Plant Physiol., 155, 1667 (2011)..特に,ERネットワークが形成するチャンネル(導路)の間を埋めるようなストロミュールの配置が見られることから,ストロミュール形成がER依存的に起こることが示唆された.色素体とERは膜接触部位(MCS)を介して物理的に強く接着することが知られており,そこで各種の脂質,代謝物質,イオンなどの交換を行っていると考えられる.以上を根拠として,ERに沿ったストロミュール伸長により両者の接触面積が拡大し,物質交換が促進されるという仮説が提案された.さらにMathurら(35)35) J. Mathur, T. K. Kunjumon, A. Mammone & N. Mathur: Front. Plant Sci., 14, 1293906 (2023).は,色素体–ER間のMCSのマーカータンパク質BnCLIP1をGFPで標識することにより,MCSがストロミュールの伸長や退縮に関与していることを示した.ストロミュールがERと接触している間,ERの再配置がストロミュールの形状や方向性に直接的な影響を与える一方,ERとの接触が途切れると,ストロミュールが迅速に色素体本体へと引き戻される様子が観察された.これにより,ERがストロミュールの安定性や挙動を制御していることが示唆される.一方,先述の細胞骨格のタイムラプス研究において,ER,微小管,色素体/ストロミュールの三者を同時に視覚化したところ,ストロミュールはあくまでも微小管に沿って伸びており,ERがストロミュールの周囲を囲う部位ではストロミュールとERの界面に微小管が位置していた(29)29) A. S. Kumar, E. Park, A. Nedo, A. Alqarni, L. Ren, K. Hoban, S. Modla, J. H. McDonald, C. Kambhamettu, S. P. Dinesh-Kumar et al.: eLife, 7, e23625 (2018)..これらの知見を統合すると,ストロミュールの形成と動態は微小管とERの両方によって複合的に制御されていると考えられる.
葉緑体分裂の分子機構の解明においては,90年代初期にPykeらによって取得されたシロイヌナズナ葉緑体分裂変異体(arc変異体)が多大な貢献を果たした(19)19) K. A. Pyke & R. M. Leech: Plant Physiol., 99, 1005 (1992)..もともと葉緑体分裂の研究に従事してきた筆者らがストロミュール研究を開始した2008年頃までにはストロミュール変異体の取得報告がなかったことから,Pykeらに倣って顕微鏡観察によるシロイヌナズナ変異体の選抜を開始した.シロイヌナズナの色素体ストロマCFP標識株の種子に対して変異誘発処理を行い,自殖第2世代の約6,700個体の葉表皮色素体を蛍光顕微鏡で観察した.その結果,ストロミュールが高頻度に生じ,かつ,過剰伸長した変異体を2ライン取得した.得られた2つの変異体をsuba(stromule biogenesis altered)変異体と名付けて遺伝子同定など解析を進めた.
suba2変異体の葉肉細胞では,葉緑体の巨大化と数の減少,分裂面の多重形成など,葉緑体分裂異常を示していた(36)36) R. D. Itoh, H. Ishikawa, K. P. Nakajima, S. Moriyama & M. T. Fujiwara: Physiol. Plant., 162, 479 (2018)..実際,suba2の原因変異は既知の葉緑体分裂位置決定因子PARC6の遺伝子中に存在していた.この結果は,葉肉葉緑体の分裂因子が非葉肉色素体の形態維持の役割も担っているという従来の考えを支持するものであった.
これに対してsuba1変異体では,葉肉細胞葉緑体の綿密なサイズ・数の計測を行っても野生型との有意な差は見られず,葉肉葉緑体の分裂変異体では無いことが確証された(37)37) R. D. Itoh, K. P. Nakajima, S. Sasaki, H. Ishikawa, Y. Kazama, T. Abe & M. T. Fujiwara: Plant J., 107, 237 (2021)..一方,葉表皮,胚軸表皮,花の各組織,花粉など,観察した様々な組織・細胞においてストロミュール過剰形成を主とした色素体形態異常が見られた(図4図4■シロイヌナズナsuba1変異体におけるストロミュール形成の活性化).このような表現型それ自体が,葉肉葉緑体と非葉肉色素体とで形態制御の分子機構が明確に異なることを示している.suba1の原因変異は,色素体の2枚の包膜に跨る形で局在するTGD複合体のサブユニットの1つ,TGD5の遺伝子中に存在していた.TGD複合体は,ERから色素体への脂質輸送を担っていると考えられており,TGD1–5の5種のサブユニットから構成される.本変異体の発見により,ERからの脂質輸送という新たな観点をストロミュール形成機構の研究に付け加えることができたと考えている.
細胞生物学は,細胞内に形成される構造物の機能を解き明かし,また,その形成機構を明らかにしてきた.ストロミュールは,140年以上も前からその存在が認識された,様々な陸上植物細胞で見られる普遍的な構造であるにもかかわらず,機能も形成機構も長らく不明であり,細胞生物学における稀有な未開拓領域であった.Brunkardらは2015年の論文(38)38) J. O. Brunkard, A. M. Runkel & P. C. Zambryski: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10044 (2015).において,ストロミュールを“a fundamental mystery of plant cell biology”と形容している.奇しくも2015年以降,植物免疫への関与やストロミュール誘導キネシンなどの重要な発見が相次いでおり,“mystery”は今まさに解かれつつある.
Reference
2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015).
3) A. F. W. Schimper: Bot. Zeit., 41, 105 (1883).
4) S. G. Wildman, T. Hongladarom & S. I. Honda: Science, 138, 434 (1962).
5) R. H. Köhler, J. Cao, W. R. Zipfel, W. W. Webb & M. R. Hanson: Science, 276, 2039 (1997).
6) R. H. Köhler & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 81 (2000).
7) E. Y. Kwok & M. R. Hanson: J. Exp. Bot., 55, 595 (2004).
9) R. H. Köhler, P. Schwille, W. W. Webb & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 3921 (2000).
10) B. E. S. Gunning: Protoplasma, 225, 33 (2005).
13) M. R. Hanson & A. Sattarzadeh: Plant Cell, 25, 2774 (2013).
14) M. R. Hanson & K. M. Hines: Plant Physiol., 176, 128 (2018).
15) M. T. Waters, R. G. Fray & K. A. Pyke: Plant J., 39, 655 (2004).
19) K. A. Pyke & R. M. Leech: Plant Physiol., 99, 1005 (1992).
20) A. Holzinger, E. Y. Kwok & M. R. Hanson: Photochem. Photobiol., 84, 1324 (2008).
23) J. L. Erickson, N. Adlung, C. Lampe, U. Bonas & M. H. Schattat: Plant J., 91, 430 (2018).
25) S. Seo, Y. Kim & K. Park: Antioxidants, 12, 1118 (2023).
27) J. Liu, P. Gong, R. Lu, R. Lozano-Durán, X. Zhou & F. Li: Mol. Plant, 17, 686 (2024).
28) S. Jung, J. Woo & E. Park: Curr. Opin. Plant Biol., 79, 102529 (2024).
30) N. D. Meier, K. Seward, J. L. Caplan & S. P. Dinesh-Kumar: Sci. Adv., 9, eadi7407 (2023).
31) J. L. Erickson, M. Kantek & M. Schattat: Front. Plant Sci., 8, 1135 (2017).
35) J. Mathur, T. K. Kunjumon, A. Mammone & N. Mathur: Front. Plant Sci., 14, 1293906 (2023).
38) J. O. Brunkard, A. M. Runkel & P. C. Zambryski: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 10044 (2015).