Kagaku to Seibutsu 62(12): 570-578 (2024)
解説
ストロミュール:色素体から伸長する管状構造
再発見から機能と形成機構の解明へ
Stromules: Tubular Structures Extending from Plastids: From Rediscovery to Elucidating Functions and Formation Mechanisms
Published: 2024-12-01
ストロミュールは,植物細胞内で色素体から伸びる管状構造であり,その存在は19世紀から認識されていたが,長い間その機能や形成機構についての理解は進んでいなかった.近年の研究により,ストロミュールが非生物的ストレス応答や植物免疫に関与する可能性が示され,さらに細胞骨格や小胞体との相互作用がその形成に関与することが明らかにされてきた.本稿では,1997年のストロミュール再発見を契機に進展した研究の成果を基に,その細胞内での動態,機能,形成機構について概説し,色素体のダイナミックな姿を紹介したい.
Key words: ストロミュール; 色素体; レトログレードシグナル; 植物免疫
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
葉緑体は植物細胞の細胞質に浮かぶ緑色のカプセルとして図に描かれることが多い.そのような静的なイメージとは異なり,実際の葉緑体は細胞内を動き回り,形を変え,分裂による増殖を行うダイナミックな存在である.高等植物においては,葉緑体は分裂組織中の原色素体が分化する形で生じる.原色素体は細胞の分化に応じてクロモプラスト,エチオプラスト,アミロプラストなど様々な分化型に変化する.これらの原色素体由来のオルガネラは状況に応じて相互変換が可能であることから「色素体(プラスチド)」と総称される.色素体は,機能の特殊化に対応して外形,内部の膜系,含有色素,プロテオームを変化させる(1)1) M. M. Altamura, D. Piacentini, F. D. Rovere, L. Fattorini, A. Valletta & G. Falasca: Plant Biosyst., 158, 894 (2024)..
色素体の形態の多様性は,古くは19世紀後期の文献にも記載が見られる(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015)..葉緑体がシアノバクテリア(藍藻)起源であること,また,葉緑体が既存の葉緑体の分裂によってのみ生じること(“葉緑体の連続性”)を提唱した,葉緑体細胞内共生説の始祖とも言うべきAndreas Schimperは,1883年の論文において,球状,棒状,針状,紡錘状など,様々な形態の色素体をスケッチとして記録している(3)3) A. F. W. Schimper: Bot. Zeit., 41, 105 (1883)..Schimperの論文も含め,1900年前後のいくつかの論文において,色素体と色素体とが細い管のようなものでつながっている様子が描かれている.この細管状構造が脚光を浴びるのは,Wildmanらによる1962年のScience掲載論文まで待たなければならなかった(4)4) S. G. Wildman, T. Hongladarom & S. I. Honda: Science, 138, 434 (1962)..Wildmanらは,当時としては画期的であった顕微鏡動画撮影法により生きた植物細胞を観察し,葉緑体が細胞質に向かって細管状構造を伸ばす様子を捉えた.彼らは葉緑体由来の細管状構造とミトコンドリアとの形態類似性を指摘し,ミトコンドリアが葉緑体から生じる構造物であることをほのめかした.今日的に見ればこの見解は誤りであり,それも一因としてあったのか,その後,色素体から伸びる細管状構造についての研究進展は見られなかった.
1997年,色素体の細管状構造はHansonらによるScience掲載論文で35年ぶりに注目を集めた(5)5) R. H. Köhler, J. Cao, W. R. Zipfel, W. W. Webb & M. R. Hanson: Science, 276, 2039 (1997)..この研究においては,色素体移行シグナルと緑色蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質を植物細胞内で発現させることにより,色素体のストロマ部分にGFPを送り込み,緑色蛍光によって色素体形態を可視化した.こうして,色素体の本体部分から1~数本伸びる細管状構造が再発見された.GFPはストロマ内に存在するはずであるから,この構造はストロマを含み,かつ,色素体本体と連続的に2枚の膜(内包膜と外包膜)で包まれた管でなければならない(図1図1■ストロミュール).Hansonらは2000年の続報において,この構造物にstroma filled tubule(ストロマで満たされた管)を意味する「ストロミュール(stromule)」という名を与えた(6)6) R. H. Köhler & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 81 (2000)..
多くの場合,ストロミュールは直径0.3–0.8 µm程度,長さとしてはくちばし状の突起程度のもの(~2–3 µm)から200 µm程度に達するものまで観察されるが,サイズについての厳密な定義は無い.また,色素体本体どうしをつなぐ細管(狭窄部)をストロミュールに含める見解と,色素体本体から伸びた,自由末端をもつ細管のみをストロミュールとする見解とがある(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015)..色素体の種類やストロミュールの形状(後述)によっては色素体「本体」の判別がしばしば困難であるため,本稿では前者の見解に従い,色素体が形成する細管を特に区別せずストロミュールと呼ぶこととする.
ストロミュールはその定義上ストロマを含む管であるが,より具体的には,少なくとも550 kDaのタンパク質(RuBisCO)までは含みうることが示されている(7)7) E. Y. Kwok & M. R. Hanson: J. Exp. Bot., 55, 595 (2004)..リボソームはストロミュールには進入しないことが示唆されているが(8)8) C. A. Newell, S. K. A. Natesan, J. A. Sullivan, J. Jouhet, T. A. Kavanagh & J. C. Gray: Plant J., 69, 399 (2012).,排斥の仕組みは不明である.また,葉緑体から伸びるストロミュールであってもチラコイドは含まれておらず,葉緑体本体のようにクロロフィルの自家蛍光によって観察することはできない.ストロミュール内のタンパク質輸送については,蛍光相関分光法(FCS)を用いた解析がなされており,遅い拡散(~10−8 cm2/s)とATP依存性の速い能動輸送(0.12 µm/s)の2つのモードが存在することが示されている(9)9) R. H. Köhler, P. Schwille, W. W. Webb & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 3921 (2000)..
ストロミュールの基本的な動態は,Gunningによる微分干渉顕微鏡を用いた徹底的なタイムラプス観察(10)10) B. E. S. Gunning: Protoplasma, 225, 33 (2005).により,大きくは以下のようにまとめられている(図2図2■ストロミュールの運動・形態変化): ①伸長と退縮,②(他の構造物との接着による)折れ曲がりと引き伸ばし,③枝分かれ,④先端からの小胞放出,⑤他の色素体との接続.また,ストロミュール中に1ないし複数個の膨らみ(同論文では“beads”と呼ばれている)が形成され,それらがストロミュールに沿って移動する様子も観察される(10, 11)10) B. E. S. Gunning: Protoplasma, 225, 33 (2005).11) M. T. Fujiwara, H. Hashimoto, Y. Kazama, T. Hirano, Y. Yoshioka, S. Aoki, N. Sato, R. D. Itoh & T. Abe: Protoplasma, 242, 19 (2010)..この“beads”の移動が先述のATP依存性能動輸送に対応する挙動であるかもしれない.ところで,⑤「他の色素体との接続」については注釈が必要である.そもそもHansonらによるストロミュールの再発見論文(5)5) R. H. Köhler, J. Cao, W. R. Zipfel, W. W. Webb & M. R. Hanson: Science, 276, 2039 (1997).の表題(和訳)は「高等植物の葉緑体間の接続を通じたタンパク質分子の交換」であり,光退色後蛍光回復(FRAP)におけるGFP蛍光の強度変化のみを「接続」の根拠としている.これに対しSchattatらは,色素体を光変換性蛍光タンパク質(mEosFP)で標識することにより,ストロミュールで接続しているように見える2個の色素体のストロマを別色で「塗り分ける」ことにより,片方の色素体から伸びたストロミュールが他の色素体の表面に接着しているだけで,中身(ストロマ)の混ざり合いをもたらすような膜融合は起きていないと主張した(12)12) M. H. Schattat, S. Griffiths, N. Mathur, K. A. Barton, M. R. Wozny, N. Dunn, J. S. Greenwood & J. Mathur: Plant Cell, 24, 1465 (2012)..彼らは後続の論文において「ストロミュールによる色素体の接続」という概念を“The myth of interconnected plastids”(接続した色素体の神話)という言葉をその表題に用いてまで痛烈に批判している(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015)..批判を受けたHansonらも,mEosFPを用いたSchattatらの結果は不適当な観察条件設定によるアーティファクトに過ぎない,とする反論を発表している(13, 14)13) M. R. Hanson & A. Sattarzadeh: Plant Cell, 25, 2774 (2013).14) M. R. Hanson & K. M. Hines: Plant Physiol., 176, 128 (2018)..Schattatら(2)2) M. H. Schattat, K. A. Barton & J. Mathur: Protoplasma, 252, 359 (2015).も指摘していることだが,実際には1個である色素体が変形して,2個の色素体がストロミュールでつながっているように見える場合(分裂時の色素体や,ストロミュールの“beads”が肥大化した場合など)も多いことから,「ストロミュールによる色素体の接続」の真偽を検証することは決して容易でなく,上記の論争に決着はついていない.
ストロミュールの再発見以降,その機能を解明しようとする流れの中でまず研究が進められたのは,ストロミュール形成が促進される条件についてである.主に2010年代初頭までの研究により,以下の条件がストロミュール形成に影響することが明らかにされていった.
ストロミュールの発生頻度および長さは,細胞内の色素体密度に対して負に相関することがタバコ胚軸表皮の観察から示された(15)15) M. T. Waters, R. G. Fray & K. A. Pyke: Plant J., 39, 655 (2004)..つまり,細胞内で近隣に他の色素体がいなければ積極的にストロミュールを伸ばす傾向がある,ということである.このことから,色素体は他の色素体と何らかのコミュニケーションを取るためにストロミュールを伸ばすのではないか,という仮説も提示されたが,現在までに証明も反証もなされていない.これと関連して,色素体はストロミュールを伸ばすことにより表面積を増大させ,ミトコンドリア,小胞体(ER),核などの他のオルガネラとのコミュニケーション(シグナル伝達や物質交換)を促進するのではないか,という仮説も提案された(16)16) J. L. Erickson, J. Prautsch, F. Reynvoet, F. Niemeyer, G. Hause, I. G. Johnston & M. H. Schattat: Plant Cell Physiol., 65, 618 (2024)..
葉肉細胞の葉緑体は,非緑色(非光合成)色素体と比較して,ストロミュールの発生頻度が低い(図3図3■さまざまな色素体で観察されるストロミュール)(6)6) R. H. Köhler & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 81 (2000)..また,脱分化した培養細胞においてはストロミュールの高度な発達が見られる(6)6) R. H. Köhler & M. R. Hanson: J. Cell Sci., 113, 81 (2000)..