解説

マイクロニードルアレイを用いた植物のゲノム編集
植物細胞内における効率的なCas9の放出

Genome Editing of Plants Using Microneedle Arrays: Efficient Release of Cas9 in Plant Cells

Ayana Yamagishi

山岸 彩奈

産業技術総合研究所細胞分子工学研究部門

東京農工大学大学院工学府生命工学専攻

Chiaki Yoshikawa

吉川 千晶

物質・材料研究機構高分子・バイオ材料研究センター

北海道大学大学院生命科学院生命科学専攻

Tomohiko Yamazaki

山崎 智彦

物質・材料研究機構高分子・バイオ材料研究センター

北海道大学大学院生命科学院生命科学専攻

Chikashi Nakamura

中村

産業技術総合研究所細胞分子工学研究部門

東京農工大学大学院工学府生命工学専攻

Published: 2024-12-01

ゲノム編集が植物育種において非常に強力なツールであることは,既に広く認識されている.本稿ではシリコン製の針状材料,マイクロニードルアレイを用いて,タンパク質ベースのゲノム編集技術を植物に適用する方法について紹介する.具体的には,実用植物であるダイズの茎頂分裂組織を標的としたin plantaゲノム編集の試みと,植物組織内で効率よくCas9タンパク質が放出される新しい表面修飾ポリマーについて解説する.

Key words: マイクロニードルアレイ; ゲノム編集; Cas9; 茎頂分裂組織; 三元共重合体ポリマー

ゲノム編集について

ゲノム編集技術は,染色体上の特定の遺伝子配列を精密に改変する技術であるが,CRISPR/Casシステムの発明により,標的配列認識における設計が極めて容易になったことで,急速に進展を遂げた.技術の詳細に関しては他の記事に譲ることにするが,その主なメカニズムは標的遺伝子の切断と切断後の非相同末端結合による自己修復過程で生じる挿入・欠失変異(indel変異)である.このindel変異は,紫外線照射等で自然発生する遺伝子変異と区別が困難であるため,ゲノム編集によって生成された生物を遺伝子組換え生物(GMO)として扱わないという考え方があり,日本をはじめ,アルゼンチン,オーストラリア,ブラジル,カナダ,チリ,米国等の国では,外来遺伝子が導入されない場合は,ゲノム編集生物をGMOと見なさない(1)1) S. Biswas, D. Zhang & J. Shi: Plant Cell Rep., 40, 979 (2021)..我が国では,カルタヘナ法に基づくGMOの野外放出に関する規制もあるため,特に植物の分野ではゲノム編集による非GMO育種技術の重要性が増している.一方,従来のアグロバクテリウム法をはじめとするベクターDNAの導入に依存するゲノム編集では,戻し交配による外来DNAの除去が必須であるため,育種に時間を要する.そのため,Cas9タンパク質の直接導入によるゲノム編集に期待が集まる.イネやタバコ,コムギのゲノム編集において,プロトプラストへのCas9タンパク質/gRNA複合体(Cas9 ribonucleoprotein, RNP)の直接導入が試みられており,有効であることが示されている(2~4)2) J. W. Woo, J. Kim, S. I. Kwon, C. Corvalan, S. W. Cho, H. Kim, S. G. Kim, S. T. Kim, S. Choe & J. S. Kim: Nat. Biotechnol., 33, 1162 (2015).3) Z. Liang, K. Chen, T. Li, Y. Zhang, Y. Wang, Q. Zhao, J. Liu, H. Zhang, C. Liu, Y. Ran et al.: Nat. Commun., 8, 14261 (2017).4) Q. Lin, Y. Zong, C. Xue, S. Wang, S. Jin, Z. Zhu, Y. Wang, A. V. Anzalone, A. Raguram, J. L. Doman et al.: Nat. Biotechnol., 38, 582 (2020)..しかしながら,プロトプラストからの植物全体の再生は,多くの作物種では現時点では実現不可能である(5)5) T. Eeckhaut, P. S. Lakshmanan, D. Deryckere, E. Van Bockstaele & J. Van Huylenbroeck: Planta, 238, 991 (2013)..そこで注目されるのが,茎頂分裂組織等の生殖系列細胞を含む組織を標的としたin plantaゲノム編集である(6~9)6) H. Hamada, Y. Liu, Y. Nagira, R. Miki, N. Taoka & R. Imai: Sci. Rep., 8, 14422 (2018).7) Z. Liang, K. Chen, Y. Zhang, J. Liu, K. Yin, J. L. Qiu & C. Gao: Nat. Protoc., 13, 413 (2018).8) Y. Liu, W. Luo, Q. Linghu, F. Abe, H. Hisano, K. Sato, Y. Kamiya, K. Kawaura, K. Onishi, M. Endo et al.: Front. Plant Sci., 12, 648841 (2021).9) A. Viswan, A. Yamagishi, M. Hoshi, Y. Furuhata, Y. Kato, N. Makimoto, T. Takeshita, T. Kobayashi, F. Iwata, M. Kimura et al.: Front. Plant Sci., 13, 878059 (2022).図1図1■茎頂分裂組織を標的としたマイクロニードルアレイによるCas9 RNP導入の概念図に示すように花粉や卵細胞などの生殖系列に分化すると期待される細胞は茎頂分裂組織の表層から2番目のL2層に存在すると考えられている.L2層にCas9 RNPを送達することにより,当代(T0)で生殖細胞の標的遺伝子に変異を導入する.変異導入効率が高ければT0で変異体種子を獲得できる可能性もある.タンパク質ベースのゲノム編集であるため,外来DNAの残存を調査する必要が無い.高効率にCas9 RNPを植物組織に送達する方法として,我々はヒト細胞,動物細胞で実績のある針状材料,ナノニードルアレイを応用することとした.

図1■茎頂分裂組織を標的としたマイクロニードルアレイによるCas9 RNP導入の概念図

植物組織へ挿入可能なマイクロニードル材料

中村らは,直径200 nm,長さ10 µm以上の高アスペクト比の針状材料,ナノニードルを,ヒト細胞をはじめとする培養細胞に挿入し,生きた細胞の内部を解析する技術,あるいは物質を導入する操作技術を開発してきた(10)10) S. Mieda, Y. Amemiya, T. Kihara, T. Okada, T. Sato, K. Fukazawa, K. Ishihara, N. Nakamura, J. Miyake & C. Nakamura: Biosens. Bioelectron., 31, 323 (2012)..ナノニードルは高効率に細胞へ挿入できる上に,挿入による細胞へのダメージは極めて小さい.また,ナノニードルが5 mm角のチップ上に,30 µm間隔で格子状に1万本配列したナノニードルアレイをシリコンの微細加工技術で作製する技術を開発しており,このナノニードルアレイを用いることで,ヒトiPS細胞由来の神経幹細胞の分離に成功している(11)11) R. Kawamura, M. Miyazaki, K. Shimizu, Y. Matsumoto, Y. R. Silberberg, R. R. Sathuluri, M. Iijima, S. Kuroda, F. Iwata, T. Kobayashi et al.: Nano Lett., 17, 7117 (2017)..また,ナノニードルアレイを用いたマウス乳がん細胞株へのCas9 RNPの導入を行い,16%の高い効率でダブルノックアウト変異体の作出に成功している(12)12) A. Yamagishi, D. Matsumoto, Y. Kato, Y. Honda, M. Morikawa, F. Iwata, T. Kobayashi & C. Nakamura: Appl. Sci., 9, 965 (2019)..このナノニードル技術を植物組織へのCas9 RNP導入に応用した.まず原子間力顕微鏡を用いてシロイヌナズナ葉組織およびダイズ茎頂分裂組織の弾性率を測定したところ,2~5 MPaであり動物細胞と比較しておよそ1000倍固いことが明らかとなった(9)9) A. Viswan, A. Yamagishi, M. Hoshi, Y. Furuhata, Y. Kato, N. Makimoto, T. Takeshita, T. Kobayashi, F. Iwata, M. Kimura et al.: Front. Plant Sci., 13, 878059 (2022)..また,茎頂分裂組織のL2層への到達のため,ニードル形状の大幅な見直しを行った.ダイズ茎頂分裂組織は直径1 mm程度であり,2次元に配置されたニードルアレイでは位置合わせが困難であるため,1次元に30 µm間隔で配置されたくし形のマイクロニードルアレイを設計した(図2a図2■(a)マイクロニードルアレイのSEM像,(b)シロイヌナズナ葉組織に対するマイクロニードルアレイの挿入試験(9)9) A. Viswan, A. Yamagishi, M. Hoshi, Y. Furuhata, Y. Kato, N. Makimoto, T. Takeshita, T. Kobayashi, F. Iwata, M. Kimura et al.: Front. Plant Sci., 13, 878059 (2022)..植物組織試料への挿入動作は,実体顕微鏡を組み合わせたピエゾモーター駆動の自作の動作装置を用いた(図3図3■マイクロニードルアレイ動作装置の構成(9)9) A. Viswan, A. Yamagishi, M. Hoshi, Y. Furuhata, Y. Kato, N. Makimoto, T. Takeshita, T. Kobayashi, F. Iwata, M. Kimura et al.: Front. Plant Sci., 13, 878059 (2022)..厚さ2 µm,幅1 µmで長さ40,50, 75, 100 µmのマイクロニードルアレイを作製し,シロイヌナズナ葉組織を用いて挿入試験を行ったところ,図2b図2■(a)マイクロニードルアレイのSEM像,(b)シロイヌナズナ葉組織に対するマイクロニードルアレイの挿入試験に示すように長さ40 µmのみが挿入可能であった.それ以外のマイクロニードルは全て座屈し,長さ75, 100 µmは1回の挿入で破損することが分かった.茎頂分裂組織L2層への到達のために長さはできるだけ確保したい.座屈荷重は,針長さの2乗に反比例し,針幅の3乗に比例するため,厚さ2 µmに固定し,幅2 µmのマイクロニードルの試験を行った.その結果,長さ60 µmのマイクロニードルはシロイヌナズナ葉組織,ダイズ茎頂分裂組織の双方に確実に挿入可能であることが分かった.以降の試験では厚さ2 µm,幅2 µm,長さ60 µmのマイクロニードルアレイを試験に用いた(9)9) A. Viswan, A. Yamagishi, M. Hoshi, Y. Furuhata, Y. Kato, N. Makimoto, T. Takeshita, T. Kobayashi, F. Iwata, M. Kimura et al.: Front. Plant Sci., 13, 878059 (2022)..また,挿入効率を考慮しニードルの先端形状は先端角30°のくさび形にしており,構造強化のためニードルの根本には半径10 µmのR構造を付与している(図2a図2■(a)マイクロニードルアレイのSEM像,(b)シロイヌナズナ葉組織に対するマイクロニードルアレイの挿入試験).Cas9タンパク質の植物組織への送達深度を確認するために,Cas9-GFPをシロイヌナズナ葉組織に導入し,共焦点顕微鏡観察を行った.マイクロニードルの挿入箇所に針状形状のGFP蛍光が確認され,励起レーザー光の到達限界の葉組織表層から約12 µmの深さまで確認された(9)9) A. Viswan, A. Yamagishi, M. Hoshi, Y. Furuhata, Y. Kato, N. Makimoto, T. Takeshita, T. Kobayashi, F. Iwata, M. Kimura et al.: Front. Plant Sci., 13, 878059 (2022).

図2■(a)マイクロニードルアレイのSEM像,(b)シロイヌナズナ葉組織に対するマイクロニードルアレイの挿入試験

図3■マイクロニードルアレイ動作装置の構成

ダイズ茎頂分裂組織に対するCas9 RNPの導入

上述のマイクロニードルアレイを用いて,ダイズ茎頂分裂組織に対するCas9 RNPの導入を行った(9)9) A. Viswan, A. Yamagishi, M. Hoshi, Y. Furuhata, Y. Kato, N. Makimoto, T. Takeshita, T. Kobayashi, F. Iwata, M. Kimura et al.: Front. Plant Sci., 13, 878059 (2022)..ダイズは鶴の子大豆を用いた.ダイズ種子は滅菌後一晩吸水処理し,実体顕微鏡観察下で子葉を除去,胚軸を取り出した上で,幼葉を取り除き茎頂分裂組織を露出させた.ダイズの内在性遺伝子の標的として色素合成関連酵素である15-cis-phytoene desaturase(PDS11)を選択し,gRNAを設計した.洗浄したマイクロニードルアレイを動作装置に取り付け,試料台上にダイズ茎頂分裂組織試料を固定し,チルトステージを用いて水平調整を行った.実体顕微鏡観察下でマイクロニードルアレイをダイズ茎頂分裂組織試料に接近させ,濃度10 µMのCas9 RNP溶液を滴下し,マイクロニードルアレイを10 µm/sで挿入した後,1分間停留することで,RNPの放出を促進した.

マイクロニードルを抜去した後に,ダイズを寒天培地上で培養し,挿入箇所を分離し,ゲノムDNAの抽出とPCRを行った.得られたPCR産物のディープシークエンス解析を行うことで,ゲノム編集による遺伝子変異を検出した.

シークエンス解析で得られたリード数約3×104のうち,PDS11遺伝子のCas9切断部位近傍で確認された変異は,11 bp欠失が7リード,1 bpの欠失が3リードであった.1 bpの欠失は,Cas9 RNPを使用しないコントロールでも検出されるため,PCRやシークエンス解析におけるエラーの可能性が考えられるが,11 bp欠失はCas9 RNP導入試料でのみ検出されたため,PDS11遺伝子の切断とその後の非相同末端接合によるものと推察される.総リード数に対して,欠失を含むリード数が少ないのは,茎頂分裂組織から分離した組織にマイクロニードルが挿入されていない細胞が多く含まれるためであると考えられる.リード数から変異導入率を算出すると0.03%となるが,マイクロニードルが挿入された細胞数に対して,切り出した組織に含まれるダイズ細胞の全数を見積もるとおよそ200倍であった(13)13) P. Laufs, O. Grandjean, C. Jonak, K. Kieu & J. Traas: Plant Cell, 10, 1375 (1998)..よって,マイクロニードルが挿入された細胞のみの変異導入率を換算すると約6%となる.パーティクルボンバードメント法によりコムギの茎頂分裂組織に対してCas9 RNPを導入した例では,6.9%の変異導入率が示されているが(8)8) Y. Liu, W. Luo, Q. Linghu, F. Abe, H. Hisano, K. Sato, Y. Kamiya, K. Kawaura, K. Onishi, M. Endo et al.: Front. Plant Sci., 12, 648841 (2021).,本手法でも同等の効率で実用植物であるダイズの遺伝子への変異導入が可能であると考えている.

三元共重合体ポリマーを介したCas9 RNPの固定化

Cas9のpIは10.0であり,負電荷を帯びた酸化シリコン表面への物理吸着が顕著である(12)12) A. Yamagishi, D. Matsumoto, Y. Kato, Y. Honda, M. Morikawa, F. Iwata, T. Kobayashi & C. Nakamura: Appl. Sci., 9, 965 (2019)..そのため上述のダイズ茎頂分裂組織への変異導入試験では,マイクロニードルへのCas9 RNPの固定化は特に行わず,シリコン表面への物理吸着による固定化を行った.そこで,シリコン材料に対する汎用的な表面修飾材料を新たに開発し,マイクロニードル表面にCas9 RNPを特異的に固定化することで,植物組織内に送達する手法を検討した(14)14) A. Viswan, C. Yoshikawa, A. Yamagishi, Y. Furuhata, Y. Kato, T. Yamazaki & C. Nakamura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 686, 149179 (2023)..従来,酸化シリコン表面の修飾はシランカップリング剤等を使用した化学修飾により官能基を導入する方法を用いてきたが,反応性が低く表面の均一性に乏しいことが問題であった.3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)はイガイの粘着タンパク質Mefpの構成アミノ酸であり,海洋環境において硬い岩石表面に強力に付着することを可能にしている(15)15) V. V. Papov, T. V. Diamond, K. Biemann & J. H. Waite: J. Biol. Chem., 270, 20183 (1995)..このイガイタンパク質のカテコールと岩石の接着を模倣し,ドーパミンの自己重合を利用した表面被覆材料の開発が行われている(16)16) H. Lee, S. M. Dellatore, W. M. Miller & P. B. Messersmith: Science, 318, 426 (2007)..ドーパミンが酸化シリコン表面に付着する主なメカニズムは,カテコール水酸基の二座水素結合であると考えられる.以上よりシリコン表面への結合にドーパミン誘導体を採用し,ドーパミンメタクリルアミド/2-ヒドロキシプロピルアクリルアミド/N-スクシンイミジルメタクリレート(DMA/HPA/NHS)の三元共重合体ポリマーを新たに設計し,ラジカル重合により合成した.図4図4■シリコン表面におけるDMA/HPA/NHS三元共重合体ポリマーを介したHisタグタンパク質の修飾工程にその構造式を示す.DMAはシリコン表面に共重合体を固定するための官能基として,NHSはアミンカップリングを介してHisタグタンパク質を固定化する官能基として,タンパク質の非特異吸着を抑制するHPAは,Hisタグタンパク質の放出効率を向上させる官能基として導入した(17)17) C. Yoshikawa, T. Nakaji-Hirabayashi, N. Nishijima, P. Nonsuwan, R. J. Toh, W. Kowalczyk & H. Thissen: Mater. Sci. Eng. C, 120, 111630 (2021)..ここでは,モル比10/85/5のDMA/HPA/NHSポリマーとモル比10/90のDMA/HPAポリマーを調製した.これらのポリマーは10%エタノールを含む10 mMホウ酸緩衝液(pH 9.0)に0.5 wt%で溶解し,このポリマー溶液にマイクロニードルアレイを浸漬し10~20°Cで一晩インキュベートすることで表面修飾を行った.上記の反応で脱離が懸念されるためNHSの再導入を行った上で,アミノブチルNTAと反応させ,Ni-NTA化した後にHisタグタンパク質を固定化した.ポリマー修飾とタンパク質固定化についてHis-GFPを用いて検討した.マイクロニードルアレイに対するポリマー修飾の温度は14~18°Cの範囲で最適であり,26°Cと比較して18°Cでは5倍以上のHis-GFP固定化量を示した.イガイの接着強度は,高温海水で処理した場合減少することが示されており(15)15) V. V. Papov, T. V. Diamond, K. Biemann & J. H. Waite: J. Biol. Chem., 270, 20183 (1995).,マイクロニードルアレイのポリマー修飾は18°Cで行うこととした.また,DMA/HPA/NHSポリマーとDMA/HPAポリマーでHis-GFP固定化量を比較した結果,10倍以上の差があり,HPAで非特定的な吸着が抑えられ,Ni-NTAを介した特異的な固定化が可能であることが示された.さらに,固定化タンパク質の放出について,シラン化ポリエチレングリコール(シラン-PEG),アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)を介してNi-NTA修飾した場合と比較検討した結果,APTES修飾,次いでシラン-PEG修飾の場合が,DMA/HPA/NHSポリマーよりも高いHis-GFP固定化量を示した(図5図5■植物細胞質模擬緩衝液を用いた洗浄によるHis-GFPの放出).一方で植物細胞質模擬緩衝液(100 mM KCl, 30 mM NaCl, 500 mMマンニトール,1.2 Mスクロース,25 mM MES, 25 mM HEPES, 0.4 mM MgCl2,pH 8.0)を用いた90秒間の洗浄処理によるHis-GFPの放出量はDMA/HPA/NHSポリマーの76%が最も高く,非特異的な吸着が抑制されていることがこの結果からも示された.

図4■シリコン表面におけるDMA/HPA/NHS三元共重合体ポリマーを介したHisタグタンパク質の修飾工程

図5■植物細胞質模擬緩衝液を用いた洗浄によるHis-GFPの放出

シロイヌナズナ葉組織へのCas9 RNPの導入

本試験ではGUSレポーター遺伝子を導入したシロイヌナズナ葉組織に対してCas9 RNPの導入を行った(14)14) A. Viswan, C. Yoshikawa, A. Yamagishi, Y. Furuhata, Y. Kato, T. Yamazaki & C. Nakamura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 686, 149179 (2023)..このシロイヌナズナは図6a図6■シロイヌナズナ葉組織を用いたCas9 RNP導入試験に示すDNA配列を有するプラスミドが導入された安定発現株である.レポーターであるGUS遺伝子がPDS3遺伝子の部分配列によって分断されており,PDS3配列内の2ヶ所にgRNAが設計されている.Cas9 RNPによる切断が起こると,分断されたGUS遺伝子内の重複配列が相同組換えを起こすことにより配列が復元し,GUS遺伝子が発現する設計である.gRNAを2種使用する以外はダイズ茎頂分裂組織の場合と同じ操作によりCas9 RNP溶液をマイクロニードルアレイに接触させ,シロイヌナズナ葉組織に挿入動作を行った.葉組織試料は,B5培地プレート上で48時間インキュベートした後に,GUS発現を確認するため,X-Gluc染色を行い,明視野顕微鏡観察により染色の確認を行った.その結果,図6b, c図6■シロイヌナズナ葉組織を用いたCas9 RNP導入試験に示すようにPDS3遺伝子の切断と相同組換えによるGUS遺伝子の復元を示す青い斑点が確認された.ダイズ茎頂分裂組織での試験と同様にCas9 RNPを物理吸着した場合は17個の葉組織試料のうち,4個が青色斑点を示し,ゲノム編集効率は24%であったのに対し,DMA/HPA/NHSポリマー修飾マイクロニードルアレイでは53%であり,2倍以上の効率が示された.上述のように植物細胞質模擬緩衝液を用いた放出試験でも,固定化タンパク質の効率的な放出が確認されている.植物細胞質中のMg2+が,Ni2+イオンと競合することで,固定化されたタンパク質の遊離につながると推察される.以上のことから,DMA/HPA/NHSポリマーを用いることでCas9 RNPを,植物組織内で高効率に放出できることが示された.

図6■シロイヌナズナ葉組織を用いたCas9 RNP導入試験

(a)レポーター遺伝子の構造,(b)ポリマー修飾マイクロニードルアレイを用いてCas9 RNPを導入したシロイヌナズナ葉組織のX-Gluc染色像.矢印は染色斑点の位置,点線はニードル挿入箇所を示す.(c) GUS発現を示すX-Gluc染色斑点の拡大図.モノクロ画像では染色が不鮮明なため画像補正している.

おわりに

本稿では,マイクロニードルアレイを用いてゲノム編集タンパク質を植物組織内に直接送達することにより変異導入が可能であることを示し,実用植物であるダイズのin plantaゲノム編集が可能であることを明らかにした.ダイズ茎頂分裂組織を用いた試験では,Cas9 RNP導入後,植物体の生育が可能であることは確認しているものの,変異導入細胞が少ないためかPDS11遺伝子の欠損によるアルビノ様表現型の確認には至っていない.開発したDMA/HPA/NHSポリマーを用いることでより効率的な変異体取得が可能になると期待される.本稿で紹介したニードル技術の最も大きな特長は,挿入箇所を顕微鏡観察下で精密に位置制御できる点にある.イネ等の茎頂分裂組織が極めて小さい植物種においては,特に本技術が威力を発揮するものと考えている.

Reference

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