セミナー室

研究者のための特許入門2
特許の出願から権利化まで

Kazuhiro Nomura

野村 和弘

ノア国際特許事務所

Published: 2024-12-01

はじめに

連載の第1回では,特許制度の存在理由や研究者が特許を活用するメリットについて,具体的な事例と共に紹介した.前回の記事を読み,実際に特許を出願しようと思った方もいるかもしれない.そこで,第2回の本稿では,特許出願から特許権を取得するまでの実際の流れを説明し,研究者(もしくはその代理人である弁理士)がどのような手続きを行うのかに重きを置いて紹介していこう.まず,日本における特許出願の流れを説明する.なお,本稿では,法的な正しさよりも分かりやすさを優先している点についてご留意いただきたい.

特許取得するにはまず,特許の内容を記した書類(明細書等)を特許庁に提出し,審査を通過すると特許権を取得できる.ところが,実際は特許庁との間で何度か書類のやりとりを行う必要がある.本稿の読者である研究者の皆さんは,特許出願から特許権を取得するまでの流れを完璧に理解されている方は多くないかもしれない.もしかすると,特許を出願したら自動的に特許権が得られると考えている研究者の方もいるかもしれない.しかし,もしあなたが特許出願した後に何もせずにいると,残念ながら特許権は「絶対に」取得することはできない.なぜか.その理由も含めて,特許出願から審査までの流れを図1図1■特許出願から実体審査までのフローチャートのフローチャートに沿って解説していこう.

図1■特許出願から実体審査までのフローチャート

特許出願

特許取得の道は,特許庁へ「特許出願」を行うことから始まる.「特許出願」はこの業界の専門用語で,平たく言うと,特許の申請を意味する.具体的には,発明の内容を記した明細書等の書類を特許庁に送付する作業である.特許申請時の書類には,発明した内容を事細かく記すが,この内容については以降の連載で詳しく説明するため,ここでは割愛する.

現在,特許出願はインターネットで手続きできる.特許出願を完了すると,直ちに出願番号が付与される.そして,この出願番号は,研究費等の申請書類に「特願XXXX-XXXXXX」という形式で記載することができる.研究費の申請書や,プレゼンテーション等でこの番号を見かける方も多いのではないだろうか.ここで注意が必要なのだが,先に説明した通り,どれだけ素晴らしい発明をしたとしても,特許出願を行わない限り,特許権を取得することはできない.また,特許出願を完了した日付が早いほうに権利が生じ,後に同じ特許を出願しても特許権を取得することはできない.最先の者しか権利を取得できないので,誰よりも早く特許出願を行う必要がある.

方式審査

特許出願が完了すると,次に,特許庁の審査官が,申請書類に誤りがないか,つまり,手続的,形式的に不備がないかを確認する.不備がない場合には,特許庁から特に通知は来ない.一方で,不備がある場合は,その旨が通知され,補正の機会が与えられる.例えば,特許庁に支払われるべき出願手数料が納付されていない場合,出願手数料の納付が求められる.他方,この通知に対して期限内に適切な対応を取らない場合,特許出願は却下される.

優先権主張出願

次に特許出願を行ってから1年以内に「優先権主張出願」を任意で行うことができる.「優先権主張出願」とは,特許出願を行ってから1年以内に可能な新たな出願であり,(i)データや改良発明を追加する出願や,(ii)外国へ出願を行うことができる制度である.優先権主張出願では,先の出願に記載されている発明について,先の出願日を基準に審査される.優先権主張出願は,審査請求を行う前に検討すべき最も大切な事項であるため,それぞれについて具体例を挙げて説明していこう.

(i)について,細胞培養時に金属を添加すると細胞の増殖が良くなる,という現象に対し特許出願を行なったと仮定しよう.先の出願では,金属としてアルミニウムを用いた実験結果を記載しており,優先権主張出願時にさらに金属として鉄を用いた実験結果を追加する場合がデータを追加する出願の例として挙げられる.

次に(ii)についてだが,ある特許権を国内でのみ取得していた場合,その特許権に係る発明は海外では誰でも実施できる技術(公知の技術)となってしまう.これによって,発明によって開拓できる海外での大きな市場を失ってしまう可能性もある.このため,海外で発明を実施するうえで,外国への出願はとても重要となる.

一般に,海外の権利化には,国内で権利化を進めるよりも多くの費用がかかる.しかしながら,科学技術振興機構(JST)等の機関によって,大学等による海外出願費用の一部を補助する制度が提供されている.例えば,JSTの知財活用支援事業の2024年度の公募では,書類およびプレゼンテーション審査を経て,対象となる経費の8割が支援される.これまで多くの大学の研究者が,外国への出願の際にこの事業を活用し出願費用の補助を受けている.この制度の申請受付期間は国内での特許出願から6か月以内(2024年度現在)と短期間のため,注意が必要である.研究者の方々が,特許出願を行ったことで安心し,優先権主張出願の検討を怠ってしまった結果,断念したケースが散見される.「時すでに遅し」とならないよう,時間的な余裕を持って対応してほしい.

出願公開

特許出願から原則1年6か月を経過すると,特許庁により特許出願の内容が公開される.具体的には,特許庁が発行する「公開特許公報」に,発明の内容,出願日,特許の出願人,特許の発明者等,特許出願書類に記載された事項が公開される.そして,この特許公報は,特許情報プラットフォーム(HP: https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)等で誰でも検索し,閲覧することが可能となる.

ここで注意すべきは,出願公開によって「誰でも」閲覧可能となることである.日本国内に限らず,外国からでも簡単にアクセスできるため,基本的に世界中の誰でも閲覧可能となる.このため,ライセンスを受けてでも実施をしたいと考える企業の目にとまることもある一方,素晴らしい技術であればあるほど,改良発明を行う研究者も現れる場合がある.なお,一旦出願した特許について,出願時と状況が変わるなどの理由から出願公開を避けたい場合,公開予定時期より前に特許の取り下げ申請をすれば,特許権の取得はできないが,出願公開されずに済む.

出願審査請求

特許出願を行なった後に,その発明の具体的な内容を特許庁に審査してもらうことを,「実体審査」と言う.実体審査へと駒を進めるには,「出願審査請求」という手続きを,特許出願日から原則3年以内に行わなければならない.特許出願をしたとしても,出願審査請求をしなければ審査は開始されず,出願を取り下げたものとみなされる.このことが本稿の冒頭で説明した「日本において,出願した後に何もせずにいると,特許権が絶対に取得できない」理由である.また,出願の取り下げ申請をしなければ,前に説明した通り出願日から1年6か月後に出願の内容が公開されるため,公知の技術となってしまう点にも注意が必要である.

ここで,実際にあった話を一つ紹介する.皆さんは,3Dプリンターをご存じだろうか.近年,急速に注目され,3次元の物体を作製することができる,あの3Dプリンターである.3Dプリンターの基本発明は,1980年に名古屋市工業研究所(当時)の小玉秀男氏によって特許出願がなされた.しかし,出願審査請求がなされず,特許権は成立しなかった.もし出願審査請求を行っていれば,我が国の国益に大きく貢献する特許が生まれていたかもしれない.出願審査請求は,特許出願から原則3年以内に行なわなければならない.絶対にこの期間を徒過しないよう注意が必要である.

補足だが,一般に,出願審査請求を行ってから9か月から12か月程度で最初の審査結果が通知される.他方,より短期間で審査を進めてもらうための制度(早期審査制度)も存在する.例えば,その発明を早期に実施する予定の場合(例えば,既に商品の販売予定がある場合)や,出願人が大学等である場合等に,早期審査を請求できる.早期に特許取得をすれば,企業とのライセンス交渉や,投資家からの資金調達がしやすくなったり,先行者として市場で優位な立場を築ける可能性がある.他方,出願公開のタイミングが早まったり,早期に拒絶されて,特許出願中という表示で他者を牽制できなくなるというデメリットも存在する.出願審査請求を行うタイミングについては,置かれた状況によって最適解が異なるので十分な検討が必要である.

ここまで特許出願から審査請求までの流れを説明した.ここからは,審査請求がなされたことによって特許庁で行われる実体審査の流れを図2図2■実体審査から特許権の発生までのフローチャートのフローチャートに沿って解説していこう.ここにも研究者の方が誤解しやすい内容が含まれるため,注意して読んでいただけると幸いである.

図2■実体審査から特許権の発生までのフローチャート

図2図2■実体審査から特許権の発生までのフローチャートに実体審査から特許権の発生までのフローチャートを示す.

実体審査

審査請求をした後,特許庁の審査官によって発明の具体的な内容について審査が行われる.発明の技術分野に基づいて,その分野の専門的な知識をもった審査官が指定される.審査官は,公に知られている(公知)文献に基づいて,その発明が「今までに公開されていた技術と同じでないかどうか(新規性があるか)」,「従来ある技術から簡単に思い付かないかどうか(進歩性があるか)」,出願書類に発明の内容が十分記載されているか等を審査する.実体審査の結果,審査官がその特許出願を拒絶すべき理由(拒絶理由)を見つけた場合には拒絶理由通知が発行され,拒絶理由を見つけなかった場合には特許を認める旨の査定(特許査定)がなされる.

ここで注意すべき点は,一度も拒絶理由通知が発行されないケースは少ないということである.拒絶理由通知を見ただけで絶望的な気持ちになったり,怒りを感じる研究者の方もいるかもしれない.しかしながら,現状では出願された特許のうち8割以上の確率で拒絶理由通知が発行されているにもかかわらず,半数以上が最終的に特許査定となる.拒絶理由通知が届いたら,「拒絶理由を見つけたかもしれない通知」くらい冷静に受け止めることをお奨めする.実際に拒絶理由通知の根拠となる論文を読んでみると,全く内容の異なる論文で,拒絶の理由が誤っているケースにも遭遇する.審査官としては,大量の出願を審査する必要がある中で,「この従来文献が本願発明と近いと思うのですが,出願人はどう考えますか」,という感覚で拒絶理由通知を発行する場合もあるようである.

意見書・補正書の提出

拒絶理由通知が届いた際,そのまま放っておくと,拒絶理由が解消しないため拒絶査定がなされる.拒絶理由を解消するためには,拒絶理由通知が届いた後所定期間内に「意見書」や「補正書」を特許庁に提出する必要がある.ここで,「補正書」とは,出願書類の内容を補正するための書面,「意見書」とは,拒絶理由に対する反論や補正の根拠の説明等を行う書面である.なお,補正書は,正式には「手続補正書」という名称であるが,簡易的にこれ以降も「補正書」と記載する.

補正書作成で注意する点として,原則,補正の根拠が出願時の書類に記載されている必要がある.出願時の書類に記載されていない事項,つまり,新たな事項の追加は認められない.しばしば,出願以降の研究結果に基づいた補正を研究者の方から求められることがあるが,そうした補正は新たな事項の追加にあたり認められないこともある.

補正書や意見書が特許庁へ提出されると,その内容を加味して再度の審査が行われる.この結果,拒絶理由が解消された場合には特許査定がなされ,新たな拒絶理由が発見された場合には再度の拒絶理由通知がなされる.

拒絶査定

拒絶理由が依然として解消されていないと審査官が判断した場合には,「拒絶査定」がなされる.拒絶査定に不服がある場合には,「拒絶査定不服審判」を請求することが可能である.拒絶査定不服審判は,それまでの審査に比べて,特許庁への費用も弁理士への費用も高額になる傾向がある.このため安易に行うことはお奨めしないが,審査官による審査が誤っている場合や新たな補正を行うことにより,拒絶査定不服審判で判断が覆ることも少なくない.

特許査定

特許査定がなされた場合でも,そのまま放置していると,やはり特許権は発生しない.さらなる手続きが必要である.特許査定が発送されてから所定期間内に少なくとも1~3年分の特許料を特許庁に納付する手続きである.特許料を納付すると,特許原簿に設定の登録がなされ,特許権を取得したことになる.その後,特許証が送付され,特許掲載公報に発明の内容が掲載される.

なお,特許掲載公報の発行後6か月間は,第三者から「特許異議申立」をされる可能性がある.ここで「特許異議申立制度」とは,第三者からの申し立てに基づき特許庁が特許の適正さを再審査し,問題があればそれを修正することで,特許を早期に安定させる制度である.特許異議申立は,無効審判と比較して,特許庁や弁理士への費用が比較的安く,無効審判よりも気軽に行われる.特許異議申立がなされたからといって必ずしも特許が取り消されるわけではないが,取消理由通知書が発行されることも多い.

おわりに

上述したとおり,特許出願から特許権取得までの流れは複雑であるとともに,研究者の方が留意する点も複数存在する.また,その流れは,研究者と審査官と弁理士とが共同して特許権を作り上げる過程とも言える.

大切なのは,拒絶理由通知への対応で権利範囲の広さが決定する点である.この対応で肝となる補正は出願書類に根拠が必要であるため,出願書類作成段階において発明内容の記載を充実させる必要がある.

次回は,特許出願に必要な書類にはどのようなものがあり,どの記載が重要であるかについて説明する.