Kagaku to Seibutsu 62(12): 605-608 (2024)
農芸化学@High School
琉球諸島に生育するシキミ酸の代替供給植物の探索
Published: 2024-12-01
シキミ酸の需要が高まる中,トウシキミからの供給が課題となっている.我々は新たなシキミ酸供給源の探索を行った.本研究で注目したCalophyllum inophyllum(テリハボク)は,ブラジルやインドで調査されたシキミ酸の代替供給植物を上回るシキミ酸を含有していた.特に果皮は,トウシキミ果実(八角)に匹敵あるいはそれを上回るシキミ酸を含有しており,これらの結果はシキミ酸代替供給植物の探索研究において最大の発見である.
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© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
シキミ酸(Shikimic acid)は,植物や菌類が産生する有機化合物であり,不斉炭素を3つ持つ立体化学的特徴から,有機合成の原料,例えばインフルエンザの治療薬であるオセルタミビルリン酸塩(タミフル)の合成原料として利用されてきた.近年,シキミ酸の生理活性も注目され,メラニン産生抑制効果(美白効果)が明らかになるなど化粧品原料としても期待されている(1)1) Y.-H. Chen, L. Huang, Z.-H. Wen, C. Zhang, C.-H. Liang, S.-T. Lai, L.-Z. Luo, Y.-Y. Wang & G.-H. Wang: Eur. Rev. Med. Pharmacol. Sci., 20, 1214 (2016)..現在,おもなシキミ酸の供給源はIllicium verum(トウシキミ)であり,その約80~90%がおもに中国南部からベトナムにわたる限定的な山間地域で栽培されており(2, 3)2) B. Avula, Y.-H. Wang, T. J. Smillie & I. A. Khan: Chromatographia, 69, 307 (2009).3) ETC group: Case study: Star Anise, https://www.etcgroup.org/content/case-study-star-anise, 2012.,タミフルの生産に利用されるシキミ酸は,トウシキミの果実(star anise;八角)から抽出された物が3分の2を占めている(4)4) E. Martin: Science, 312, 382 (2006)..その他,香辛料や香料,生薬などの需要も高いことに加え,気候変動にも大きな影響を受けることからシキミ酸の生産量や価格が不安定となっている.工業的には,遺伝子組換え大腸菌を用いた生産法(5)5) S. Ghosh, Y. Chisti & U. C. Banerjee: Biotechnol. Adv., 30, 1425 (2012).の他,暗所で培養したヒラタケ菌糸体に青色発光ダイオードによる刺激によってシキミ酸経路の律速酵素を制御し,シキミ酸の蓄積を誘導させる方法等が実用化されている(6)6) M. Kojima, N. Kimura & R. Miura: Sci. Rep., 5, 8630 (2015)..しかしながら工業的に生産されるシキミ酸量は,タミフル合成に使用される全シキミ酸量の3分の1程度にとどまっており,依然として植物由来のシキミ酸に依存しているのが現状である(4)4) E. Martin: Science, 312, 382 (2006)..これらの背景から,ブラジルやインドなど世界各国で代替植物の探索が進められている.Marchiosiらは中南米に生育するCalophyllum brasiliense(サンタマリア)に着目し,部位ごとにシキミ酸の含有量を調査した.サンタマリアの部位の中で葉のシキミ酸含量が最も高く,37.9 mg/g含まれていることを見出した(7)7) R. Marchiosi, A. P. Ferro, A. V. G. Ramos, D. C. Baldoqui, R. P. Constantin, R. P. Constantin, W. D. dos Santos & O. Ferrarese-Filho: Sustain. Chem. Pharm., 14, 100188 (2019)..またKshirsagarらは,インド南部に生育するMammea suriga(和名なし)の葉が,47.2 mg/gとシキミ酸を高蓄積することを見出している(8)8) P. R. Kshirsagar, S. R. Pai, G. D. Vyavahare, V. A. Bapat & N. S. Desai: Ind. Crops Prod., 149, 112354 (2020)..他にも顕著に高い濃度ではないが,アメリカに生育するLiquidambar styraciflua(モミジバフウ)の種子に2.4~3.7% w/wのシキミ酸が含有していることが報告されている(9)9) L. B. Enrich, M. L. Scheuermann, A. Mohadjer, K. R. Matthias, C. F. Eller, M. S. Newman, M. Fujinaka & T. Poon: Tetrahedron Lett., 49, 2503 (2008)..そこで本研究は,亜熱帯地域に属し多様な生物資源に富んだ琉球諸島の植物群に着目してシキミ酸の代替供給植物を探索することを目的とした.琉球諸島に生育する11種の植物について部位ごとにシキミ酸の含有量を定量した.特に,ブラジルやインドでシキミ酸高蓄積植物として見出されたサンタマリアやM. surigaと同じテリハボク科に属するCalophyllum inophyllum(テリハボク)に焦点を当て,葉や実など様々な部位や株ごとにシキミ酸の含有量を定量し,シキミ酸の代替供給植物としての可能性について検討を行った.
植物試料は,琉球諸島において2023年5月から2024年1月にかけて11種を採取し,部位ごとに取り分けた.テリハボクについては株間のシキミ酸含有量の違いを詳細に分析するべく,沖縄島(OKN),南大東島(MDT),多良間島(TRM)から計10本の株を採取した.シキミ酸含有量の季節変化の影響を考慮し,南大東島では2023年12月に全てのサンプルを採取した.また,比較対象として用いたトウシキミは,香辛料として販売されているベトナム・中国産のものを購入して使用した.各試料は凍結乾燥し,ミキサーで粉砕して乾燥粉末を得た.
シキミ酸の抽出は,Marchiosiらによる方法を一部改変して行った(7)7) R. Marchiosi, A. P. Ferro, A. V. G. Ramos, D. C. Baldoqui, R. P. Constantin, R. P. Constantin, W. D. dos Santos & O. Ferrarese-Filho: Sustain. Chem. Pharm., 14, 100188 (2019)..乾燥粉末0.2 gを含む遠心チューブに,室温の超純水5 mLを加え,5分間の超音波処理によってシキミ酸を抽出した.抽出後,4°C, 10000 rpmで10分間遠心分離し,上清液を同条件で再度遠心分離した.遠心分離後,50%アセトニトリルで10倍希釈してチューブミキサーで攪拌し,除タンパクした.撹拌後4°C, 10000 rpmで10分間遠心分離し上清液を得た.得られた上清液を0.2 µmのシリンジフィルターでろ過して分析に供した.シキミ酸の抽出効率は,抽出温度の影響をほとんど受けないことから,本研究でも室温にて抽出を行った.
シキミ酸の定量は,Waters社製ACQUITY UPLCならびに質量分析計Quattro micro APIを使用し,カラムにはODSにイオン交換分離能を付加したImtakt社製Scherzo SS-C-18(内径3×150 mm)を使用した.移動相に10 mMギ酸アンモニウム(溶媒A)と0.5%ギ酸/25%アセトニトリル(溶媒B)を用い,流速は0.4 mL/min,カラム温度は35°Cとした.グラジエントは次のように行った:0.0~0.5 min, 95% A; 0.5~5.0 min, 95~65% A; 5.0~6.0 min, 65~95% A.試料中のシキミ酸の濃度を定量するために,濃度12.5~100 µg/mLまでの標準溶液を調整し,同条件にて検量線を作成した.質量分析計は,SIRモードにてm/z 175.15のクロマトグラムより面積値を求め,先の検量線から試料中のシキミ酸含有量を求めた.検出は負イオン化モードで行い,その他の分析条件はキャピラリー電圧,2.8 kV;コーン電圧,25 V;ソース温度,120°C;脱溶媒温度,400°C;コーンガス流量,50 L/hr;脱溶媒ガス流量,800 L/hrとした.定量したシキミ酸濃度はmg/g DW(乾燥重量)で表し,サンプルの平均値±S.D.で示した.
トウシキミに変わるシキミ酸供給源を見つけるべく,琉球諸島に生育する植物を採取した.琉球諸島で採取した植物種とその部位からそれぞれ得た抽出物ならびにトウシキミ果実のシキミ酸の含有量を図1図1■採取した植物中のシキミ酸の含有量に示す.採取した植物の中で4種にシキミ酸が含まれていた.特にテリハボクの果皮には172.1 mg/g DWとシキミ酸が高蓄積しており,シキミ酸のおもな供給源として利用されているトウシキミ果実の約120 mg/g DWを上回るシキミ酸含有量であった.また,Pinus luchuensis(リュウキュウマツ)にも17.5 mg/g DWのシキミ酸が含まれており,同属のPinus thunbergia(クロマツ)の9.9 mg/g FW(葉)(10)10) M. Hasegawa & T. Tateoka: Nihon Shinrin Gakkaishi, 42, 224 (1960).と比べ,シキミ酸の含有量が約1.8倍高かった.Ipomoea pes-caprae(グンバイヒルガオ),Cyperus polystachyos(イガガヤツリ)も,それぞれ0.1 mg/g DWを超えるシキミ酸が含まれていた.一方,その他の植物種においてシキミ酸は検出限界以下であった.
これらの結果を受け,最もシキミ酸の含有量が高かったテリハボクについて,部位ごとの含有量を定量した.テリハボクの葉,枝,種子,種皮のシキミ酸の含有量を図2図2■テリハボクの異なる部位からのシキミ酸の含有量に示す.比較としてサンタマリアの葉と枝,トウシキミの果実のシキミ酸含有量をあわせて示す.その結果,テリハボクには果皮以外にも葉(80.1 mg/g DW)や枝(23.4 mg/g DW)でもシキミ酸が高蓄積していた.テリハボク葉のシキミ酸含有量は,シキミ酸の代替供給植物として有望視されている同属のサンタマリアの37.9 mg/g DW(葉)を超える含有量であったことから,テリハボク属の植物にはシキミ酸が高蓄積することが示唆された.また,同科のM. surigaの葉においても高いシキミ酸含有量(47.2 mg/g DW)が報告されており,テリハボク科全般の植物においてシキミ酸が高蓄積するものと考えられる.
花岡らにより,テリハボクは小笠原諸島から琉球諸島,台湾にかけて遺伝的多様性があることが示されていることから(11)11) S. Hanaoka, C.-T. Chien, S.-Y. Chen, A. Watanabe, S. Suzuki & K. Kato: Ann. For. Sci., 71, 575 (2014).,シキミ酸の含有量は株によって大幅に異なる可能性がある.そこで沖縄島(OKN),南大東島(MDT),多良間島(TRM)でテリハボクの葉を採取し,シキミ酸の含有量を株ごとに分析した.図3図3■異なる採集地のテリハボク葉からのシキミ酸の含有量に異なる採集地からのテリハボク葉のシキミ酸含量の分析結果を示す.それぞれの採取地のテリハボク葉のシキミ酸含量は,OKNが47.7~63.3 mg/g DW, MDTが36.2~80.1 mg/g DW, TRMが35.7 mg/g DWであった.産地によってばらつきが見られ,特に南大東島においては土壌,気候,採取時期が同一にも関わらず,株間でシキミ酸含量に約2.2倍の差がみられ,シキミ酸の含有量は株によって大きく異なることが明らかとなった.樹齢による影響も考えられるが,同じテリハボク科のM. surigaの苗と成木で成長段階でのシキミ酸含量に差異がなかったことから(8)8) P. R. Kshirsagar, S. R. Pai, G. D. Vyavahare, V. A. Bapat & N. S. Desai: Ind. Crops Prod., 149, 112354 (2020).,樹齢による影響よりも,テリハボクの遺伝的多様性による影響が大きいことが推察される.このことから,テリハボクをシキミ酸代替供給植物として栽培する場合,優良株の選別をすることでシキミ酸の収率を高めることが期待できる.以上の結果より,テリハボク葉のシキミ酸の含有量は平均48.7 mg/g DWで,サンタマリアの葉(37.9 mg/g DW)よりも高く,M. surigaの葉(47.2 mg/g DW)と同等であったことから,テリハボクはサンタマリアやM. suriga同様,トウシキミの代替植物として非常に有望であることが明らかとなった.
テリハボクのシキミ酸代替供給植物としての工業利用にあたっては,多くの利点がある.サンタマリアやM. surigaと同様に葉からシキミ酸を抽出,供給が可能であることに加え,テリハボクの果実(青果)を利用することによってさらに高いシキミ酸の収量が期待できる.また,テリハボクは多良間島や南大東島,石垣島をはじめ,琉球列島の各島で防風林として大量に植樹されている.これらテリハボクの強剪定によって廃棄される枝葉をシキミ酸の供給源として活用できる可能性もある.トウシキミの果実は年に一度の収穫のみと限定的であり,さらに香辛料や生薬との競合もある.それに対し,テリハボクは年に2, 3回の結実に加え常緑樹であり枝葉も利用できるため,一年を通して原料の入手が可能である.以上のように,シキミ酸の生産地の局在化を解消できる点と食品等と競合しない安定した供給源である点から,テリハボクはシキミ酸供給源として有望である.
シキミ酸の需要が高まる中,トウシキミからの供給が課題となっており,今日まで世界各国でトウシキミに変わるシキミ酸の代替供給植物の探索が盛んに行われてきた.現在,ブラジル,インドの研究者によって有望なシキミ酸の代替供給植物が見出されているが,日本においては有望な代替供給植物は見つかっていなかった.このような背景から,我々はトウシキミに変わる新たなシキミ酸の供給源を探索してきた.本研究では,ブラジルで注目されているサンタマリアを上回るシキミ酸を,琉球諸島に生育するテリハボクが含有していることを明らかとした.特に果皮には,トウシキミに匹敵あるいはそれを上回るシキミ酸を含有しており,シキミ酸の代替供給植物の探索研究において最大の発見である.本研究の成果は,トウシキミを原料としたシキミ酸製造の課題であった,年に1度の収穫,限定された地域のみでの栽培・生産,食品や生薬などとの競合,これらを一挙に解決できる.
今後の展望としてテリハボクを原料としたシキミ酸の工業的生産に向けた処理フローの考案,シキミ酸精製方法の検討を行うとともに,テリハボクの遺伝的多様性とシキミ酸含有量の関連について詳細に検証し,より低コストでシキミ酸を製造する技術の確立を目指す.
Acknowledgments
本研究を進めるにあたり,南大東村ピットイン新城の新城鎌佑氏には,テリハボクの採取等について多大なご支援をいただいた.多良間村教育委員会には採取の許可をいただくなど,調査にあたり多大なご支援をいただいた.この場をお借りして厚く御礼申し上げます.
Reference
1) Y.-H. Chen, L. Huang, Z.-H. Wen, C. Zhang, C.-H. Liang, S.-T. Lai, L.-Z. Luo, Y.-Y. Wang & G.-H. Wang: Eur. Rev. Med. Pharmacol. Sci., 20, 1214 (2016).
2) B. Avula, Y.-H. Wang, T. J. Smillie & I. A. Khan: Chromatographia, 69, 307 (2009).
3) ETC group: Case study: Star Anise, https://www.etcgroup.org/content/case-study-star-anise, 2012.
4) E. Martin: Science, 312, 382 (2006).
5) S. Ghosh, Y. Chisti & U. C. Banerjee: Biotechnol. Adv., 30, 1425 (2012).
6) M. Kojima, N. Kimura & R. Miura: Sci. Rep., 5, 8630 (2015).
10) M. Hasegawa & T. Tateoka: Nihon Shinrin Gakkaishi, 42, 224 (1960).