Kagaku to Seibutsu 63(1): 1 (2025)
巻頭言
ペプチドに魅せられて
Published: 2025-01-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
今から35年程前,動物性食品(乳成分など)の生理機能に関する生化学的研究の助手公募に惹かれて大学に採用される前後,これからどんな研究をしようかと考えたことがあった.大学院では栄養化学を専攻し,タンパク質,アミノ酸や環境化学物質のコレステロール代謝への影響を研究した.栄養化学では十分には学ばなかった新鮮な乳の生理機能,生理的意味に思いがけず感動した.当時,食品の生理機能研究,いわゆる食品機能学が誕生しており注目されてきていた.食品タンパク質に内在する生理機能性ペプチド,例えば,乳カゼインのアミノ酸配列に内在するオピオイドペプチドや血圧低下ペプチドIPPの発見は,タンパク質の作用は構成アミノ酸の作用で説明できるという栄養学の概念を覆しており,衝撃を受けた.光岡知足先生の腸内細菌の話(岩波新書1978年)を読んで,乳成分や乳酸菌が長寿や病気と関連することにも驚愕した.
このように乳の生理機能の中で乳タンパク質・ペプチド研究に強い興味を抱くこととなり,当時,大豆タンパク質研究と比較すると未熟の感があった乳清タンパク質のコレステロール低下作用を知った.大学院の頃から興味を持って取り組んできたコレステロール研究とペプチド研究が合体した.全く迷うことなく,未知のコレステロール低下ペプチド研究に邁進した.その結果,1908年のAlexander I. Ignatowskiの動物性タンパク質のコレステロール代謝への影響に関する研究から凡そ100年を経て,2001年乳清タンパク質からコレステロール低下ペプチド(IIAEK)を発見した (Biochem. Biophys. Res. Commun., 281, 11–17(2001)).その後,ペプチド起源を拡大し普遍性を意識した.乳,大豆,肉,卵,小麦,ローヤルゼリー,魚などと向き合った.それぞれの食材の歴史や世界観にも触れる貴重な機会になった.コレステロール低下ペプチドのアミノ酸配列の普遍性は見つかっていない.
そもそもタンパク質に内在する機能性ペプチドは生理活性を有するが,元来,必然性のある生理的意味を持っているのか? と聞かれることがある.IIAEK配列の必然性のある生理的意味である.偶然,IIAEKがコレステロールを低下させる生理活性を持っていた? カゼインホスホペプチドは乳児の成長に必然性のある生理的意味を持っている(Food Chem., 447, 139007(2024)).血圧低下ペプチドIPPはヘビ毒ペプチドのアミノ酸配列に存在する.なぜ乳タンパク質にヘビ毒のアミノ配列が存在するのか? 偶然か必然か? タンパク質に内在する生理機能性ペプチドの存在意義を考えることがある.食品科学ではない領域ではクリプタイドの概念(タンパク質に隠された生理機能性ペプチド)が存在する(日薬理誌,144, 234–238(2014)).食品タンパク質に内在する生理機能性ペプチドとクリプタイドを区別する本質的理由が見つからない.私たちはIIAEKの生体内受容体は腸アルカリ性ホスファターゼ(IAP)であることを発見した (Nutrients, 12, 2859(2020)).IAPはGPIアンカー型タンパク質であり,腸で情報を受容できるし,腸の分化にも関与する.乳タンパク質もIAPや腸の分化と関連する(Nutr. Rev., 72, 82–94(2014)).IIAEKはIAPと必然的関係かもしれない.ペプチドの深淵な世界への興味は尽きない.