Kagaku to Seibutsu 63(1): 13-15 (2025)
今日の話題
清酒のオリゴ糖から見つかった澱粉の新しい分岐構造
隣接型分岐澱粉の構造モデルに影響するのか?
Published: 2025-01-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
澱粉はヒトの主要なカロリー源であり,植物が光合成により合成する貯蔵多糖である.マクロな視点からは,ヒトは澱粉を媒介して太陽のエネルギーを利用しているとも言える.澱粉は摂食によるカロリーとしての利用だけでなく,機能性糖質製造や,バイオエタノール製造の原料などとしても重要であり,入手のしやすさから,利用の裾野は今後も広がると考えられる.澱粉はα-1,4結合の主鎖にα-1,6結合の分岐鎖を持つアミロペクチンと,α-1,4結合の直鎖であるアミロースの2成分から構成される.しかし,ヒトにとっての重要性とは裏腹に,詳細な分子構造は未だに完全には解明されていない,構造が未知の分子なのである.
澱粉の分子構造を理解する試みは100年以上前に始まり,現在もなお議論が続いているが,その中で広く受け入れられている構造モデルは「クラスターモデル」である.このモデルに至る膨大な研究の歴史と詳細は優れた成書や総説に譲り(1~3)1) 二國二郎編:“デンプンハンドブック”,朝倉書店,1961.2) 不破英次,小巻利章,檜作 進,貝沼圭二:“澱粉科学の事典”,朝倉書店,2003.3) Y. Nakamura & K. Kainuma: Plant Mol. Biol., 108, 291 (2022).,構造モデルにのみ注目すると,Haworthによる層状モデルとStaudingerによる櫛型モデル,さらにMeyerによる樹状モデル(図1A図1■A: Meyerの提唱した樹状モデル.B: 檜作の提唱したクラスターモデル.C: Bertoftの提唱したBuilding block backboneモデル.D: モチトウモロコシ由来の澱粉から得られたdoubly branch, triply branchのα-リミットデキストリン.E: 清酒から発見された隣接型分岐を持つオリゴ糖)を経て,二國により分岐を持つ房(クラスター)を構成単位とするモデルが提案された.これが現在のクラスターモデルの原型となる.二國のモデルは,Frenchと貝沼による詳細な研究を経て,檜作による,多数の鎖長を持つ「クラスターモデル(図1B図1■A: Meyerの提唱した樹状モデル.B: 檜作の提唱したクラスターモデル.C: Bertoftの提唱したBuilding block backboneモデル.D: モチトウモロコシ由来の澱粉から得られたdoubly branch, triply branchのα-リミットデキストリン.E: 清酒から発見された隣接型分岐を持つオリゴ糖)」として大成した.Meyerによる樹状モデルとクラスターモデルの違いの1つは分岐の偏りである.Meyerの樹状モデルは分岐が構造全体に偏りなく存在するのに対して,クラスターモデルでは偏りがある.鍵となったのは,二次元ペーパークロマトグラフィーと基質特異性が明確な酵素を駆使した精密な澱粉の分解実験の結果であった.モチトウモロコシ由来の澱粉をα-アミラーゼで十分に分解して得られるα-リミットデキストリンからは,分岐が1つのsingly branchのオリゴ糖だけでなく,doubly branch, triply branchの多分岐オリゴ糖が検出された(図1D図1■A: Meyerの提唱した樹状モデル.B: 檜作の提唱したクラスターモデル.C: Bertoftの提唱したBuilding block backboneモデル.D: モチトウモロコシ由来の澱粉から得られたdoubly branch, triply branchのα-リミットデキストリン.E: 清酒から発見された隣接型分岐を持つオリゴ糖).これらオリゴ糖の定量値からアミロペクチン中の分岐は偏りがある(均一ではない)という結論に至った.アミロペクチンに含まれる分岐構造の解明と,多分岐オリゴ糖の定量が,構造全体の解明において重要な意味を持ったのである.
図1■A: Meyerの提唱した樹状モデル.B: 檜作の提唱したクラスターモデル.C: Bertoftの提唱したBuilding block backboneモデル.D: モチトウモロコシ由来の澱粉から得られたdoubly branch, triply branchのα-リミットデキストリン.E: 清酒から発見された隣接型分岐を持つオリゴ糖
さて話は少し飛ぶが,筆者らは澱粉の研究とは別に,お酒(清酒)に含まれるオリゴ糖に興味を持ち,その全容解明に取り組んだ.清酒はお米を原料として,20日以上の長期間に及ぶ発酵を経て造られるが,最終的に酒粕が残ることからもわかるとおり,原料のお米は完全に分解されるわけではない.そこで清酒には多様な構造のオリゴ糖が残存していると考え,質量分析計を用いた詳細な分析法を構築することで,複数のオリゴ糖を新規オリゴ糖として同定することに成功した(4)4) 本田千尋,徳岡昌文:日本醸造協会誌,116, 819 (2021)..図1E図1■A: Meyerの提唱した樹状モデル.B: 檜作の提唱したクラスターモデル.C: Bertoftの提唱したBuilding block backboneモデル.D: モチトウモロコシ由来の澱粉から得られたdoubly branch, triply branchのα-リミットデキストリン.E: 清酒から発見された隣接型分岐を持つオリゴ糖に示した重合度6, 7のオリゴ糖(DP6-1およびDP7-1)は,清酒に限らず初めて見出されたオリゴ糖であり,α-1,6結合が隣接した分岐構造(隣接型分岐)を有する新奇オリゴ糖であった.この分岐構造は過去に報告のないものであったため,当初,清酒製造中に糖転移で生成したと考えた.清酒に含まれるオリゴ糖には,麹菌酵素の糖転移作用により生成すると考えられているイソマルトース,コージビオース,サケビオース(ニゲロース)が含まれ,新たな分岐が糖転移で生じることは不思議ではない.しかし,遺伝子破壊株などを用いた検証からは,隣接型分岐が糖転移で生成するという明瞭な結果は得られなかった.一方,クラスターモデルの根拠となった前述のFrenchらの実験およびその後の別の実験においても,澱粉の酵素分解により調製したα-リミットデキストリンには,隣接型分岐を含むオリゴ糖は得られておらず,澱粉の分岐構造に隣接型分岐は存在しないとされていた.しかし筆者らは,糖転移で生成しないのであれば澱粉に由来する以外にないと考え,米を豚膵臓α-アミラーゼと糸状菌グルコアミラーゼで酵素分解し,生成したオリゴ糖を質量分析計により精密に分析した.その結果,米澱粉分解物中のα-リミットデキストリンとして,DP6-1, DP7-1と同一のオリゴ糖を検出した(5)5) C. Honda, A. Kaneko, R. Katsuta & M. Tokuoka: Carbohydr. Res., 519, 108628 (2021)..この結果より米澱粉中に隣接型分岐が存在することが示された.さらに,澱粉分解物中のDP6-1, DP7-1の定量値から,米澱粉の分岐構造中の隣接型分岐が占める割合を1%程度と推定した.全分岐の1/100という数は構造モデルを考える上で,無視できない割合ではなかろうか.なお,馬鈴薯およびとうもろこし,小麦に由来する澱粉からそれぞれ調製したα-リミットデキストリンからも,同様にDP6-1と同一のオリゴ糖を見出しており,隣接型分岐は澱粉に普遍的に含まれる分岐構造であると考えられる.
近年,アミロペクチンの構造モデルとしてBuilding block backbone(BB)モデル(図1C図1■A: Meyerの提唱した樹状モデル.B: 檜作の提唱したクラスターモデル.C: Bertoftの提唱したBuilding block backboneモデル.D: モチトウモロコシ由来の澱粉から得られたdoubly branch, triply branchのα-リミットデキストリン.E: 清酒から発見された隣接型分岐を持つオリゴ糖)が提唱された.クラスターモデルと同様に短鎖により形成された二重らせんを構成要素とするものの,クラスターではなく, Building blockを構成単位とする構造モデルである.特徴的なのは二重らせんの方向とBackboneの鎖の方向が直角である点で,クラスターモデルではクラスター内の二重らせんとクラスター間を繋ぐ鎖は並行である.BBモデルは新しいモデルであり議論の余地はまだ多いと思われるが,いずれのモデルにおいても隣接型分岐の存在は前提とされていない.つまり,これらのモデルの中に隣接型分岐が入り込む余地は準備されていない.
隣接型分岐の存在は,アミロペクチンの構造に影響するだろうか? 筆者らは,メチル化による構造解析においてDP6-1のメチル化が完全には進まないために解析を断念したことがある.構造が解明された後から考えると,隣接型分岐は空間的に密であるためにメチル化修飾が妨げられたと考えることができ,この考えに基づけば,アミロペクチンの構造の中で隣接型分岐は他の分岐よりは構造的に自由度が低いと予想される.また,我々は,隣接型分岐を非還元末端側に持つオリゴ糖はグルコアミラーゼにより分解されにくい特徴を見出しており,最近,澱粉の酵素分解物から,グルコアミラーゼで分解されない重合度8以上のオリゴ糖を新たに複数発見した.これらの構造が解明できれば,アミロペクチンにおける隣接型分岐の周辺構造の情報も含む,重要な情報となる可能性がある.
澱粉構造の解明は長い歴史を経てなお途上であるが,その要所においてブレイクスルーとなったのは新しい分析手法である.巨大生体分子という特徴から,生化学に限らない様々な研究分野の技術進歩が,直接的に研究の進展に繋がってきた経緯がある.本稿で紹介した隣接型分岐の発見は,従来は検出できなかった微量な成分の検出が可能な質量分析計に拠るところが大きい.今後の研究により,この発見が新たなブレイクスルーになることを期待したい.
Reference
1) 二國二郎編:“デンプンハンドブック”,朝倉書店,1961.
2) 不破英次,小巻利章,檜作 進,貝沼圭二:“澱粉科学の事典”,朝倉書店,2003.
3) Y. Nakamura & K. Kainuma: Plant Mol. Biol., 108, 291 (2022).
4) 本田千尋,徳岡昌文:日本醸造協会誌,116, 819 (2021).
5) C. Honda, A. Kaneko, R. Katsuta & M. Tokuoka: Carbohydr. Res., 519, 108628 (2021).