Kagaku to Seibutsu 63(1): 19-24 (2025)
解説
細菌胞子の休眠と覚醒の制御に関する新たな知見
希少放線菌の胞子嚢開裂に関する研究から見出された新規シグマ・アンチシグマ系
Novel Insights into the Control of Bacterial Spore Dormancy and Awakening: A Unique Sigma/Anti-sigma System Discovered by Studies on Sporangium Dehiscence in a Rare Actinomycete
Published: 2025-01-01
一般に,微生物が作る胞子はさまざまなストレスに耐性をもつ休眠細胞であると考えられている.希少放線菌の中には休眠細胞として胞子嚢胞子を形成するものが知られているが,最近,胞子嚢胞子の休眠と覚醒の制御メカニズムの一端が明らかにされた(1).胞子嚢開裂が起こらない変異株の解析から,胞子嚢胞子の酸化ストレス耐性獲得に関わる新しいタイプのシグマ・アンチシグマ系が発見された(1).さらに,胞子嚢開裂の開始を抑制する分子機構の存在が明らかにされ,希少放線菌の胞子嚢胞子では休眠状態を維持するために一部の遺伝子が発現し続けていることが示唆された(1).本稿では,これらの制御システムについて解説する.
Key words: 希少放線菌; 胞子嚢胞子; 休眠と覚醒; シグマ因子; アンチシグマ因子
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
一部の細菌は,飢餓条件などの生育に適さない環境で胞子を形成することが知られている.胞子は休眠耐久状態の細胞であり,活発に増殖する栄養細胞と比較して代謝活性が大幅に低下するとともに,高いストレス耐性を示す.例えば,細菌における胞子研究のモデル生物である枯草菌Bacillus subtilisの場合,胞子は高温,乾燥,紫外線,抗菌物質などから受けるさまざまなストレスに対して非常に高い耐性を有し,数十年間の長期にわたり生存が可能である(2)2) D. Higgins & J. Dworkin: FEMS Microbiol. Rev., 36, 131 (2012)..また,細菌の中には飢餓条件を含むさまざまなストレス環境において,persisterと呼ばれる代謝活性を大幅に低下させた休眠状態の細胞を形成する現象が知られている(3)3)益田時光:化学と生物,60, 232 (2022)..胞子やpersisterの形成は自然界における細菌の重要な生存戦略と考えられ,基礎生物学的に非常に興味深い研究対象である.一方,これらの細胞が高いストレス耐性を示すため,病原性細菌による感染の予防や食品等の微生物汚染の防除といった公衆衛生の面からも,休眠細胞の形成とその覚醒に関する分子メカニズムの解明は重要な研究領域である.
B. subtilisの胞子は休眠状態を維持したまま長期間にわたる生存が可能である一方,適切な栄養を与えた場合には数時間以内に発芽し,栄養増殖を開始する(4)4) B. Zhou, S. Alon, L. Rao, L. Sinai & S. Ben-Yehuda: MicroLife, 3, uqac004 (2022)..したがって,細菌の胞子は休眠状態にあっても環境の変化を感知し,迅速に応答する能力を維持し続けている.このような胞子覚醒の分子メカニズムに関する研究は胞子形成に関する研究と比較して遅れていたが,B. subtilisの胞子が有するgerminant receptor複合体の機能が明らかにされるなど,近年になって新たな知見が相次いで報告されている(5, 6)5) K. Kikuchi, L. Galera-Laporta, C. Weatherwax, J. Y. Lam, E. C. Moon, E. A. Theodorakis, J. Garcia-Ojalvo & G. M. Süel: Science, 378, 43 (2022).6) Y. Gao, J. D. Amon, L. Artzi, F. H. Ramírez-Guadiana, K. P. Brock, J. C. Cofsky, D. S. Marks, A. C. Kruse & D. Z. Rudner: Science, 380, 387 (2023)..
放線菌は主に土壌に生息するグラム陽性細菌であり,多様な生物活性物質を生産するとともに,真核微生物であるカビに類似した複雑な形態分化を行うことで知られている.放線菌における形態分化の分子メカニズムについては,Streptomyces coelicolor A3(2)やStreptomyces griseus, Streptomyces venezuelaeといったStreptomyces属細菌をモデル生物として研究が進められてきた(7~9)7) G. Chandra & K. F. Chater: FEMS Microbiol. Rev., 38, 345 (2014).8) S. Horinouchi & T. Beppu: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 83, 277 (2007).9) K. Flärdh & M. J. Buttner: Nat. Rev. Microbiol., 7, 36 (2009)..固体培地を用いて培養した場合,これらのStreptomyces属放線菌は基底菌糸の分岐を伴う伸長による栄養増殖を行う一方,栄養源が枯渇した飢餓条件では基底菌糸から分岐した気中菌糸が空中に向かって伸長し,これが胞子鎖へと分化することで休眠細胞である胞子が形成される.
自然環境中から非選択的な手法で微生物単離を行った場合,取得される放線菌の大部分はStreptomyces属に分類され,他の属に分類される放線菌の分離頻度は非常に低いことが知られている.このため,Streptomyces属以外の放線菌のうち,特に菌糸状の細胞形態で増殖するものは希少放線菌と総称される.希少放線菌の中には非常に高度な形態分化能を有し,Streptomyces属放線菌とは大きく異なる生活環を持つものが数多く存在する(10)10)日本放線菌学会:デジタル放線菌図鑑Ver. 2, https://atlas.actino.jp, 2014..筆者らは,胞子嚢を形成する希少放線菌Actinoplanes missouriensisに注目し,その形態分化の詳細な観察と分子メカニズムの解明を進めてきた.胞子嚢形成条件の固体培地で培養した際のA. missouriensisの生活環を図1図1■希少放線菌Actinoplanes missouriensisの生活環に示す.
本菌はStreptomyces属放線菌と同様に基底菌糸の分岐と伸長により栄養増殖を行う一方,栄養飢餓かつ乾燥条件において基底菌糸上に多数の胞子嚢を形成して休眠する.胞子嚢内部の胞子と胞子の間は未知の物質で満たされており,これを胞子嚢マトリクスと呼んでいる.胞子嚢が形成される詳細なプロセスについては未知な部分も多く残されているものの,電子顕微鏡による観察等の解析から概要が明らかになりつつある.胞子嚢形成の第一段階では基底菌糸から栄養菌糸とは異なる特殊な菌糸が分岐し,これが空中に向かってわずかに伸長し,プレ胞子嚢を形成する.プレ胞子嚢では,菌糸の外側に特殊な3層の膜構造(胞子嚢膜)が形成され,この特殊な膜に包まれた構造体が膨らんでいくとともに,その内部では,菌糸が若干の分岐を伴って伸長する.胞子嚢内部に伸長した菌糸は胞子嚢マトリクス成分を分泌するとともに,菌糸に隔壁が生じて,染色体が1本ずつ含まれたコンパートメントが作られ,その1つ1つが胞子に成熟する.このようにして,100~200個程度の胞子を内包する胞子嚢が形成される.胞子嚢内部に存在する胞子嚢胞子がA. missouriensisの休眠細胞である.
胞子嚢は休眠細胞の集合体であり,胞子嚢胞子は高温や乾燥等のストレス条件に対してある程度の耐性を有しているが,胞子嚢に外部から水がかかると胞子嚢膜が破れて内部の胞子が放出される.この過程は胞子嚢開裂と呼ばれる.胞子嚢開裂では,まず胞子嚢膜の構成成分が分解されていると推測される構造変化,すなわち胞子嚢膜の透明化が起こる(図2図2■開裂誘導条件においた胞子嚢の位相差顕微鏡観察).この胞子嚢の透明化に伴い,胞子嚢内部への水の流入が起こっていると推測され,これによって,胞子嚢は若干,膨張する.その結果,胞子嚢膜の一部が破れ,胞子嚢膜が部分的に剥がれたような状態になると考えられる(図2図2■開裂誘導条件においた胞子嚢の位相差顕微鏡観察).
図2■開裂誘導条件においた胞子嚢の位相差顕微鏡観察
左から順に,25 mMヒスチジン水溶液に懸濁した直後,15分後,30分後の観察像.各観察時間での代表的な像を示しており,同じ胞子嚢を連続して観察した像ではない.
しかしながら,この段階では,個々の胞子は胞子嚢からは遊離しない.これは,胞子嚢膜が部分的に分解され,また,一部が破れていても,胞子嚢マトリクスによって胞子がキャプチャーされた状態が維持されているためである.この後,胞子嚢マトリクスの分解が進行し,胞子が胞子嚢から放出されていく(図2図2■開裂誘導条件においた胞子嚢の位相差顕微鏡観察).このようにして胞子嚢から放出された胞子は,べん毛により水中を高速で運動する遊走子となる(図3図3■ネガティブ染色した遊走子の透過型電子顕微鏡観察像).
なお,1つ1つの胞子は胞子嚢膜とは別の膜状の表層物に包まれており,これをspore sheathと呼んでいる.Spore sheathがどのような物質で構成されているかはよくわからないが,遊走子はべん毛による運動を開始する前にspore sheathを脱ぎ捨てているようである.走化性を有する遊走子は,増殖に適した環境に到達すると運動を停止し,発芽して菌糸伸長を開始する(図1図1■希少放線菌Actinoplanes missouriensisの生活環).運動停止の際には,べん毛回転の停止が起こるが,この際には本菌特有の「ブレーキタンパク質」が関与していることがごく最近明らかになった(11)11) H. Kato, H. Tanemura, T. Kimura, Y. Katsuyama, T. Tezuka & Y. Ohnishi: Commun. Biol., 7, 1405 (2024)..このように,A. missouriensisは細菌の中でも特に高度な形態分化能を有する微生物であるといえる.なお,寒天培地上に胞子嚢を形成させて30°Cで培養した場合,少なくとも3ヶ月程度は胞子嚢の開裂能が維持される.胞子嚢では,胞子嚢膜や胞子嚢マトリクスといった構造物が乾燥等の環境ストレスから胞子を保護し,その生存に寄与していると考えられる.
筆者らは,胞子嚢開裂は休眠細胞である胞子が覚醒するプロセスの最初のステップとみなせると考えた.胞子嚢開裂は胞子の発芽に比べると,ほんの少しではあるがより巨視的な現象であるとともに,胞子嚢内部の胞子と胞子嚢から放出された胞子では細胞周囲の環境は大きく変化する.この変化に起因する胞子の性質(耐熱性)の違い,および胞子嚢と胞子の大きさの違いを利用することで放出された胞子と開裂しなかった胞子嚢を選別する2つの方法(後述)を開発することができた.このため,胞子嚢開裂という「見えやすい」現象に着目することで,胞子の休眠や覚醒の分子機構に迫る,これまでにない研究ができると考えた.胞子と胞子嚢を選別する方法として,第一に,胞子嚢の耐熱性を利用して,開裂しない胞子嚢を作る変異株をスクリーニングする方法を確立した.プレートから掻き取った胞子嚢を25 mMのヒスチジン水溶液に懸濁し,室温で1時間程度インキュベートすると胞子嚢開裂が起こる.この方法を用いて,プレートから掻き取った胞子嚢の開裂を誘導したあと,50°C 30分の熱処理を行って遊走子を死滅させることで開裂が起こる株を除外し,開裂できない胞子嚢を作る株を濃縮するというのがその原理である.第二に,胞子嚢と遊走子のサイズの違いを利用して,通常開裂しない条件で開裂が起こる株をスクリーニングする方法も確立した.胞子嚢懸濁液を開裂条件でインキュベートしたあと,ポアサイズ5マイクロメートルのメンブレンフィルターで濾過することで菌糸や胞子嚢を取り除き,開裂によって放出された胞子(遊走子)だけを濃縮するというのがその原理である.
まず,野生株遊走子をUV処理して得られた変異株ライブラリーから,胞子嚢が正常に開裂しない変異株を取得した.この変異株の解析により,胞子嚢開裂に必須な遺伝子(その遺伝子を破壊すると,正常な胞子嚢は形成されるのに胞子嚢開裂が起こらなくなってしまう遺伝子)として,sipA(後述)を見出した.次に,開裂できなくなってしまった変異株から,再び胞子嚢の開裂が起こるサプレッサー変異株を取得した.このサプレッサー変異株の解析から,sipA破壊株においてもその遺伝子の破壊によって胞子嚢開裂が回復する遺伝子として,ssdAとrsdK(後述)を見出した.
上述の順遺伝学的研究によって,これまでに知られていない制御様式を持つシグマ・アンチシグマ系を見出した(1)1) T. Tezuka, K. Mitsuyama, R. Date & Y. Ohnishi: Nat. Commun., 14, 8483 (2023)..この転写制御システムはシグマ因子SsdA(σSsdA)とアンチシグマ因子SipAからなり,両者ともこれまでに報告例のないドメイン構成を有していた.すなわち,σSsdAはシグマ因子ドメインに加えてアンチ・アンチシグマ因子ドメインを持ち,SipAもアンチシグマ因子ドメインに加えてアンチ・アンチシグマ因子ドメインを持っていた(図4図4■ SsdA/SipAシステムの作用メカニズム).そこでσSsdAとSipAの結合様式をドメインレベルで詳細に調べたところ,σSsdAのアンチ・アンチシグマ因子ドメインとSipAのアンチシグマ因子ドメイン間の結合を介して両者は相互作用していることが判明した(図4図4■ SsdA/SipAシステムの作用メカニズム).
野生株の遊走子と比較すると,ssdA破壊株の遊走子は過酸化水素に対する耐性が顕著に低下していた.このことから,σSsdAとSipAからなるシグマ・アンチシグマ系は胞子の酸化ストレス耐性に関わる遺伝子を制御していることが強く示唆された.実際,RNAシーケンス解析を用いてsipA破壊株とsipA/ssdA二重破壊株のトランスクリプトームを比較したところ,σSsdAは酸化ストレス応答に関わるカタラーゼやグルタチオン合成酵素をコードする遺伝子の転写を活性化していることが明らかになった.酸化ストレスは自然環境において最も普遍的な細胞ストレスの1つであり,σSsdAはこれらの遺伝子の転写誘導を介して胞子嚢胞子(および遊走子)の耐久性の獲得に寄与していると考えられる.なお,σSsdAの認識プロモーター配列も明らかになり,一部の遺伝子に関しては試験管内転写アッセイによって,実際にσSsdAによって転写が起こることが示された.これら一連の研究によって,σSsdAの直接の標的遺伝子17個および間接的に転写が活性化されていると思われる多数の遺伝子が同定された.
一方,このシグマ・アンチシグマ系の解析を進める過程で,ヒスチジンキナーゼRsdKと応答制御因子RsdRからなる二成分制御系が胞子嚢開裂を制御していることを見出した.適切な開裂誘導条件においた場合,A. missouriensisの胞子嚢は30分~1時間程度で開裂し,胞子を放出する.ところが,rsdR-rsdKオペロンをゲノム中に2コピー有する変異株の胞子嚢は,同様の開裂誘導条件においても開裂がほとんど進行しなかった.逆に,rsdR-rsdKオペロンを1コピーも持たない遺伝子破壊株の胞子嚢では,野生株の胞子嚢よりも開裂が迅速に,また一斉に起こり,ほぼすべての胞子嚢において20分程度で開裂が完了した.これらのことから,RsdK/RsdR二成分制御系は胞子嚢開裂の開始を抑制する機能を有しており,胞子嚢に水がかかっても一斉に開裂を開始しないようコントロールしていると考えられた.前述したsipA破壊株とsipA/ssdA二重破壊株のトランスクリプトーム解析によると,rsdR-rsdKオペロンの転写はσSsdAとSipAからなるシグマ・アンチシグマ系によって制御されていた.(ただし,rsdR-rsdKオペロンのプロモーターはσSsdAによって直接認識されるものではなかったため,その制御は間接的なものであると考えられる.)したがって,SsdA/SipAシステムは胞子嚢胞子の酸化ストレス耐性だけではなく,胞子嚢開裂に関わる遺伝子も包括的に制御している可能性があると考えられる(図4図4■ SsdA/SipAシステムの作用メカニズム).一方,σSsdAの単独遺伝子破壊株(ssdA破壊株)では,酸化ストレス耐性の低下以外の表現型(特に胞子嚢開裂に関する表現型)の変化が観察できなかったことから,σSsdAと胞子嚢開裂との関係は明確ではない.「アンチシグマ因子SipAの不在による,σSsdAの異常な高活性化」によるアーティファクトとして,rsdR-rsdKオペロンの転写活性化とそれによる胞子嚢開裂の抑制がsipA遺伝子破壊株で起こっているという解釈もできる.しかしながら,σSsdAとSipAに配列相同性を有するタンパク質は,Actinoplanes属だけでなくCatenuloplanes属,Couchioplanes属,Dactylosporangium属,Cryptosporangium属,Kineosporia属などの胞子嚢もしくは胞子嚢に類似した細胞の集合体を形成する希少放線菌に保存されていることから,このシグマ・アンチシグマ系は希少放線菌が胞子嚢形成能を獲得したごく初期に進化したものと推測され,胞子嚢機能との関連が想像される.
アンチシグマ因子SipAが欠損しσSsdAが高活性化している株では胞子嚢開裂が起こらないが,上述したように,野生株においてσSsdAが胞子嚢開裂の抑制に関与しているかどうかはわからない.しかしながら,σSsdAが胞子嚢胞子内で機能し,SipAがその際のσSsdAの活性をモジュレートしていることは,σSsdAの標的遺伝子の転写プロファイルから見ても間違いなさそうに思える.一方,RsdK/RsdR二成分制御系が胞子嚢開裂を抑制する機能を有していることは,遺伝子破壊株や1コピーを追加した株の表現型から見てほぼ確実に思える.応答制御因子であるRsdRはDNA結合ドメインを持たないため,他のタンパク質との相互作用によって,胞子嚢開裂の抑制という機能を発揮すると考えられるが,rsdKおよびrsdR遺伝子が胞子嚢内で発現し,何らかのシグナルに応答して,胞子嚢開裂を抑制しているということは,胞子嚢胞子の覚醒を抑制して休眠状態を維持するためのシステムが存在していることを強く示唆するものであり,このシステムを常に動かすために胞子嚢胞子内では,ある一定の遺伝子が発現し続けていると考えられる(図4図4■ SsdA/SipAシステムの作用メカニズム).
このように,A. missouriensisの休眠細胞である胞子嚢胞子は,一部の遺伝子の発現を維持することで休眠状態からの覚醒(胞子嚢開裂の開始)を抑制し,休眠細胞のストレス耐性を向上させていると考えられる.
これまで,胞子は遺伝子発現を含む代謝活性が停止した休眠状態の細胞であると考えられてきたが,A. missouriensisの胞子嚢胞子のこのような性質は,細菌が形成する胞子の性質が種によって大きく異なる可能性を示している.B. subtilisの胞子のようにさまざまなストレス条件に対して非常に高い耐性を持ち,何十年もの長期にわたり生存が可能な休眠細胞は,強固な表層構造を形成し,代謝活性の面でも深い休眠状態にあると推測される.一方,A. missouriensisはこれとは異なる生存戦略をとっており,細胞の代謝レベルを完全な休眠状態ではなく相対的に低い状態に抑制することで,数十年もの長期ではなく,長くても1年程度の比較的短い期間,胞子の生存を維持しているものと考えられる.
このような生存戦略の違いは,胞子の覚醒を誘導する因子の差異が大きく影響しているものと推測される.B. subtilisのように栄養源の存在を感知して胞子が覚醒する細菌の場合,胞子がおかれた環境でそのような変化がいつ起こるのかはまったくわからず,それに備えて胞子は長期間にわたり生存を維持する必要がある.一方,A. missouriensisの胞子嚢胞子のように水がかかることで覚醒する場合,1年を超えるような期間にわたって生存を維持する必要性は低いものとなる.このように栄養源の存在を直接感知せずに休眠状態から覚醒するA. missouriensisの生活環では,遊走子が増殖に適した環境に到達できる可能性は必ずしも高くないと推測される.そのような胞子嚢の性質を補強するため,水がかかってもすべての胞子嚢が一斉に開裂しないよう,胞子嚢開裂を抑制する制御システムが進化してきたのかもしれない.
高度な形態分化能を有する希少放線菌の1種に注目した筆者らの研究を紹介したが,他の希少放線菌や放線菌以外の細菌でも多様な形態分化能を有するものは数多く知られている.一方,細菌における形態分化の代表例である胞子の形成と覚醒に限っても,その詳細な分子メカニズムはごく一部のモデル微生物を除いてほとんど明らかにされていないのが現状である.これまでに見つかっていないユニークな生命現象や制御システムがまだ数多く存在していることは間違いなく,今後の研究の進展によって細菌胞子の新たな性質が明らかになることが期待される.
Reference
1) T. Tezuka, K. Mitsuyama, R. Date & Y. Ohnishi: Nat. Commun., 14, 8483 (2023).
2) D. Higgins & J. Dworkin: FEMS Microbiol. Rev., 36, 131 (2012).
4) B. Zhou, S. Alon, L. Rao, L. Sinai & S. Ben-Yehuda: MicroLife, 3, uqac004 (2022).
7) G. Chandra & K. F. Chater: FEMS Microbiol. Rev., 38, 345 (2014).
8) S. Horinouchi & T. Beppu: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 83, 277 (2007).
9) K. Flärdh & M. J. Buttner: Nat. Rev. Microbiol., 7, 36 (2009).
10)日本放線菌学会:デジタル放線菌図鑑Ver. 2, https://atlas.actino.jp, 2014.