Kagaku to Seibutsu 63(1): 25-32 (2025)
解説
生分解性プラスチックの微生物による合成と分解研究
微生物スクリーニングから拡がる新たな可能性
Microbial Production and Degradation of Biodegradable Plastics: Screening of Microorganisms Opens Up New Possibilities
Published: 2025-01-01
2024年3月に筆者は,農芸化学女性研究者賞を光栄にも頂戴し,本稿を執筆させていただく運びとなった.今回の受賞の背景には,筆者が2017年3月に「第1回農芸化学若手女性研究者賞」を頂戴した際,当時日本農芸化学会会長でいらっしゃった植田和光先生より,「今度は農芸化学女性研究者賞を受賞できるよう,これからも研究に励んでください」とのお言葉を頂いたことがある.このお言葉のお陰で気合が入り,若手女性研究者賞の受賞後に筆者は,新たな研究テーマを立案して注力してきた.本稿では,新たに立案した研究テーマである「海藻を原料としたバイオプラスチックの微生物合成」と「生分解性プラスチックの微生物酵素による新たな生分解メカニズムの解明」について,周辺事情をご紹介しつつ話題を提供する.
Key words: バイオプラスチック; ポリヒドロキシアルカン酸; ポリアミド; ナイロン分解酵素
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
筆者が所属している大学がある岩手県は,美しい三陸リアスの海を有し,全国有数のワカメやコンブの生産量を誇るほどに海藻の養殖が盛んな地域である.一方で,筆者らが独自に現地の海藻加工工場を回った聞き取り調査によると,海藻の加工の段階で少なからず廃棄部位が生じるということがわかった.廃棄部位は,工場が各々で産業廃棄物として有償で廃棄する必要があることから,廃棄海藻を何らかの形で有効活用できる技術があれば地元の役に立てるのではないかと考えたことが,筆者にとって一つ目の新研究テーマ立案の発端であった.
このように,当初は地元に貢献できる研究になれば良いのではと着想を得たが,海藻はここ数年で食用以外の視点からも注目され始めている.世界的に喫緊の課題である温室効果ガス削減対策のひとつとして,海の生態系を利用した炭素貯留が国内で注目されている.海藻に二酸化炭素を沢山吸収してもらうことで,国内での温室効果ガスを削減しようというアイディアである.海藻は日射量が低くても生育でき,成長速度が速いことから,海に囲まれてている我が国では持続的な生育システムを構築しやすいと期待されている.このような利点が注目され,国内では藻場・干潟等を増設することで二酸化炭素吸収量を向上させる取り組みが始まっている.しかし,同時に近年は,気候変動の影響によって国内の藻場に生えていた海藻が枯れてしまい,天然の藻場が失われている報告も多数あることから,藻場再生の試みも並行して進められている.これらの努力が実れば,国内においてはこれまで以上に海藻類が豊富に存在すると期待できる.さらに,海外では近年,非食海藻の異常繁殖が相次いでおり,その処理が問題となっている.カリブ海の美しい浜辺に異常繁殖した大量の海藻が流れ着き,景観を損ねて異臭を放っているというなかなかショッキングなニュースが,浜辺の様子の写真と共に2020年のScience誌で報告されていた(1)1) M. Wang, C. Hu, B. B. Barnes, G. Mitchum B. Lapointe & J. P. Montoya: Science, 365, 83 (2019)..これらの実情を踏まえると,海藻は国内外問わず豊富に存在する未利用資源であり,石油資源に頼らない環境に調和した新たな物質生産システムの原料として魅力的であると言えるのではないだろうか.
このような理由から,海藻を原料とし,筆者の専門である微生物の力を借りて有用物質生産を行ってみたいと考え,海藻を原料とした微生物による物質生産についてこれまでの研究例を調査した.すると,乳酸などの有用有機酸類やメタンガス,エタノール発酵などの原料として海藻を利用する試みは比較的活発になされていたが,微生物が合成するバイオプラスチックであるPHAを合成する試みはほとんどなかった.そこで,筆者らは,海藻を原料とした微生物による物質生産のターゲットとして,これまで研究例が少なく,筆者がこれまでの研究で携わってきたPHAに着目しようと考えた.自然界において一部の微生物は,窒素源枯渇状態になるとエネルギー貯蔵物質としてPHAを細胞内に蓄積することが知られており,これまでに数百種類のPHA合成菌が発見されている(2)2) S. Taguchi, K. Matsumoto, M. Yamada & S. Koh: “Comprehensive Polymer Science 2nd Edition: polyhydroxyalkanoate,” ELSEVIER, in press..PHAは熱可塑性を持つことから,菌体外へ抽出後は溶融成形が可能なプラスチックとして利用できる.さらに,PHAは,環境中の微生物によって水と二酸化炭素に完全に生分解される.海洋環境での分解性が良好な生分解性プラスチックの報告が少ないにもかかわらず,PHAは海洋環境中でも良好に生分解される点も強調したい(3)3) T. Omura, N. Isobe, T. Miura, S. Ishii, M. Mori, Y. Ishitani, S. Kimura, K. Hidaka, K. Komiyama, M. Suzuki et al.: Nat. Commun., 15, 568 (2024)..今年,東大グループが先導した大規模な検証によって,PHAは深海でも生分解されることが実証され話題となった(3)3) T. Omura, N. Isobe, T. Miura, S. Ishii, M. Mori, Y. Ishitani, S. Kimura, K. Hidaka, K. Komiyama, M. Suzuki et al.: Nat. Commun., 15, 568 (2024)..よって,PHAは,海洋へのマイクロプラスチック流出による汚染問題に対しても,その使用が解決策のひとつとなると期待できる.
ここで,物質生産のターゲットとしているPHAについて詳しくご紹介したい.脂肪族ポリエステルであるPHAのモノマーユニットの化学構造は,PHA合成菌の種類や原料の組成(糖や油などが一般的である)によって沢山のバラエティがあり,物性も多様である(図1図1■PHAの化学構造と種類)(2)2) S. Taguchi, K. Matsumoto, M. Yamada & S. Koh: “Comprehensive Polymer Science 2nd Edition: polyhydroxyalkanoate,” ELSEVIER, in press..また,PHA重合酵素の基質特異性によって,PHAを構成するヒドロキシアルカン酸(HA)モノマーは全て(R)体である.このように光学純度の高いポリマーを合成することは化学合成では難しいため,生合成されたプラスチックの特徴である.多くのPHA合成菌は,炭素数3~5の短鎖長のモノマーユニットからなる短鎖長PHAを合成するが,短鎖長PHAは結晶性が高く,硬くて脆い.しかし,短鎖長モノマーと炭素数6~14の中鎖長モノマーが共重合化したPHA共重合体は,中鎖長モノマー分率が高くなると,中鎖長モノマーが高分子鎖の結晶成長を妨げてアモルファス領域を増大させるため,柔らかくなる.中でも,炭素数4の3-ヒドロキシブタン酸(3HB)と炭素数6の3-ヒドロキシヘキサン酸(3HHx)との共重合体[P(3HB-co-3HHx)]は,3HHxユニット分率によって,硬軟多様な幅広い性質を示す.国内の総合化学メーカーである株式会社カネカは,P(3HB-co-3HHx)を,植物油を原料とした生分解性ポリマーGreen Planetとして販売している.バイオプラスチックといえばポリ乳酸(PLA)のイメージが強いのではないかと思うが,PHAは最近全国規模のコンビニエンスストアや清涼飲料水の紙パックに付属する使い捨てストロー,コーヒー店の使い捨てナイフ,スプーンなどで使用されており,ここ数年で一気に身の回りのPHA製品が増えている.このことからもPHAの年々高まっている需要について,実感いただけるのではないだろうか.よって,PHAの原料としてこれまで注目されてこなかった海藻も利用できることを目指す筆者らの研究は,原料となるバイオマスの選択肢を従来よりも広げることができるため,将来PHAの需要がさらに高まり,原料供給が従来の陸上植物由来だけでは足りなくなった際に,利用価値の高い技術になるのではないかと期待している.
P(3HB), poly(3-hydroxybutyrate); P(3HB-co-3HV), poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyvalerate); P(3HA), poly(3-hydroxyalkanoate); P(3HB-co-3HHx), poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyhexanoate); P(3HB-co-3HA), poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyalkanoate)
しかし,前述したように,これまでの研究において海藻をPHA合成の原料とした研究は世界的に見てもほとんどなく,筆者らが調べた限りはイスラエルや韓国のグループ程度であった(4, 5)4) S. S. Sawant, B. K. Salunke & B. S. Kim: Int. J. Biol. Macromol., 109, 1012 (2018).5) S. Ghosh, R. Gnaim, S. Greiserman, L. Fadeev, M. Gozin & A. Golberg: Bioresour. Technol., 271, 166 (2019)..また,いずれの研究グループもPHAの生産性等に課題があり,現状はまだ実用化に至っていない.これまでの論文を読んでいると,既知のPHA合成菌を,海藻を原料とした際にも利用しようというコンセプトが多く,筆者としては,土壌から見つかった既知のPHA合成菌は本当に海藻を原料としたPHA合成に対しても最適な菌であるのだろうか? と疑問に思った.そこで,筆者らは海藻を原料としたPHA合成に適した微生物を新たに探してみよう(微生物スクリーニングをしてみよう)と考えた.筆者らが行った目的のPHA合成菌を見出すまでの実験の流れを図2図2■海藻成分からPHAを合成できる菌のスクリーニングについての概略に示す.まず,海藻成分を利用できる微生物が存在する場所を思案し,海藻の表面や,海藻を餌とする生物(消化管に目的の微生物が存在していることを期待した)を微生物源として,約1,000株の形態・色が異なるコロニーを単離した.その後,全ての単離した株を海藻に多く含まれる糖質(アルギン酸,マンニトール,もしくはセルロース)を唯一の炭素源としたPHA合成用の寒天平板培地に植え継いだ.この組成の培地で生育が良好な菌であれば,目的の海藻成分の資化に適した菌であると期待したためである.さらに,スクリーニングで使用した平板培地にはPHAのような疎水性物質を染色するナイルレッド色素を添加し,ピンク色に見える株をPHA合成候補菌として簡便に選抜できる仕掛けも施した.続いて,選抜した約100株の候補菌を全て液体培養し,回収した菌体をGC-MS分析に供することでPHAを合成しているか確認した.その結果,マンニトールを単一炭素源とした際に,典型的なPHAであるポリ(3-ヒドロキシブタン酸)[P(3HB)]を合成できるBurkholderia属細菌と,アルギン酸を単一炭素源としてP(3HB)を合成できるCobetia属細菌を見出した(6, 7)6) M. Yamada, A. Yukita, Y. Hanazumi, Y. Yamahata, H. Moriya, M. Miyazaki, T. Yamashita & H. Shimoi: Fish. Sci., 84, 405 (2018).7) H. Moriya, Y. Takita, A. Matsumoto, Y. Yamahata, M. Nishimukai, M. Miyazaki, H. Shimoi, S. J. Kawai & M. Yamada: Front. Bioeng. Biotechnol., 8, 974 (2020)..さらに,Cobetia属細菌[Cobetia sp. IU180733JP01(5-11-6-3)]は,乾燥後粉砕した廃棄コンブを添加した培地において培養した際も,微量ではあるがP(3HB)合成が確認できた(図3図3■発見したCobetia菌による廃棄海藻を原料したP(3HB)合成)(7)7) H. Moriya, Y. Takita, A. Matsumoto, Y. Yamahata, M. Nishimukai, M. Miyazaki, H. Shimoi, S. J. Kawai & M. Yamada: Front. Bioeng. Biotechnol., 8, 974 (2020)..海藻を利用して糖化処理なくダイレクトにP(3HB)を合成することができる本菌は,海藻を原料としたPHA合成に適した菌であると期待している.しかし,今後の応用展開を考えると,本菌のPHA生産性の向上や,本菌に汎用性の高いPHA共重合体を合成させることが必要である.そのためには,やはり本菌の遺伝子組換え技術は必要不可欠であるが,これまでにCobetia属細菌の形質転換に成功した報告はない.筆者らは,最近ようやく本菌の遺伝子組換え系の構築に成功したため(8)8) Y. Umebayashi, S. Abe & M. Yamada: J. Gen. Appl. Microbiol., 69, 53 (2023).,構築した遺伝子組換え系による本菌の代謝改変を通して,次の展開への挑戦を始めている.
続いては,生分解性プラスチックの「生分解」の視点からお話させていただく.生分解性プラスチックの分解機構を知ることは,生分解が使用後の環境に及ぼす影響の考察や,生分解性の制御を考慮した新たな材料設計を進めるために重要である.しかし一方で,意外に思われるかもしれないが,色々な論文を読んでいると,「生分解」の定義はかなり曖昧なのである.例えば,論文によっては,土壌中に埋めたプラスチックがボロボロになることを確認しただけで生分解と表現されてしまっている論文も見受けられる.本稿では,プラスチックが酵素あるいはその他の反応によって低分子化され,生じた分解物を環境中の微生物が資化して代謝に利用され,CO2と水にまで変換されている場合を生分解として説明を続ける.一般的に,生分解性プラスチックの分解機構には,非酵素分解型と酵素分解型がある.非酵素分解型としてはPLAが有名である.PLAは60°C程度の条件下において,まず化学的な加水分解が進行し,分子量が低下すると崩壊する.続いて,水溶性の乳酸モノマーやオリゴマーが化学的な加水分解によって生じ,生じた分解物を微生物が取り込み,資化や代謝を行うことで生分解する.つまり,PLAは,室温条件下では安定であり,生分解が始まるには特殊な環境が必要である(9)9) N. F. Zaaba & M. Jaafar: Polym. Eng. Sci., 60, 2061 (2020)..それに対して,PHAは酵素分解型の生分解性プラスチックである.分解微生物が存在していれば,PHAは多様な環境下で生分解する(3)3) T. Omura, N. Isobe, T. Miura, S. Ishii, M. Mori, Y. Ishitani, S. Kimura, K. Hidaka, K. Komiyama, M. Suzuki et al.: Nat. Commun., 15, 568 (2024)..PHAの生分解では,まず環境中のPHA分解微生物がPHA分解酵素を分泌し,PHA分解酵素がPHAをHAモノマーやオリゴマーへと加水分解する(図4図4■環境におけるPHAの生分解過程).続いて,生じたHAモノマーやオリゴマーが微生物細胞内に取り込まれ,資化・代謝されて,CO2と水,バイオマスへと変換される.
今日までに多くのPHA分解菌と分解酵素の単離および性質解明に関する研究が進められており,PHA分解酵素には,環境中に存在するPHAを分解するために利用される細胞外PHA分解酵素と,PHA合成菌が細胞内に蓄積したPHA顆粒を菌体内で分解するために用いる細胞内PHA分解酵素の2種類が存在することが明らかとなった.興味深いことに細胞内PHA分解酵素は,細胞内でのアモルファス状態のPHAは良好に分解するが,抽出・加工後の結晶性が高いPHAはほとんど分解しない(10)10) D. Jendrossek & R. Handrick: Annu. Rev. Microbiol., 56, 403 (2002)..それに対して,細胞外PHA分解酵素は,菌体から抽出・加工後の結晶性が高いPHAを速やかに分解できる.細胞外PHA分解酵素の性質は,実用現場での活躍が期待されるため,これまでに細胞内PHA分解酵素よりも活発に研究されている.その結果,細胞外PHA分解酵素は,分泌に必要なシグナルペプチドと3つの機能的なドメイン(触媒ドメイン,リンカードメイン,基質結合ドメイン)から構成され,分解は基質結合ドメインによるPHA表面への濃縮効果を利用した固液界面反応で進行すると酵素や分子レベルでの分解メカニズムが詳細に明らかとされている(11)11) M. Suzuki, M. Y. Tachibana & K. Kasuya: Polym. J., 53, 47 (2021)..また,細胞外PHA分解酵素によるPHA分解速度は,PHAの結晶性やモノマー組成に影響を受けることも確認されており(12)12) T. Iwata, Y. Doi, S. Nakayama, H. Sasatsuki & S. Teramachi: Int. J. Biol. Macromol., 25, 169 (1999).,PHA共重合体の方が,PHAホモポリマーよりも結晶性が低く分解速度が速い.
さらに,次世代シークエンサーによる菌叢解析技術の発展によって,PHA分解過程におけるPHA周辺の菌叢変化を追跡することが可能となった.このような研究で得られるデータは,PHAが生分解される際の環境への影響を総合的に理解するための重要な情報となる.これまでに土壌,淡水,海水などのPHA分解条件における菌叢変化が調査されている(13, 14)13) T. Morohoshi, K. Ogata, T. Okura & S. Sato: Microbes Environ., 33, 19 (2018).14) R. Kadoya, H. Soga, M. Matsuda, M. Sato & S. Taguchi: Polymers, 15, 4111 (2023)..その結果,PHAの生分解の進行にともない,PHA分解菌がフィルム表面あるいはその周辺の環境の優占種となり,微生物叢の多様性が失われていると示唆されている.また,優占種となる菌の種類は周辺環境とPHAの種類に依存する可能性がある.海水におけるP(3HB-co-3HHx)フィルム分解を経時的に菌叢解析と共に観察した結果では,(1)初期微生物は培養開始後に急激に減少する(2)PHA分解微生物は培養開始後すぐに増加し,中間のピークを示す(3)バイオフィルムを構築する微生物が,存在量を徐々に増加させるといった菌叢の変化を報告している(13)13) T. Morohoshi, K. Ogata, T. Okura & S. Sato: Microbes Environ., 33, 19 (2018)..環境中のプラスチック表面における周囲の環境と異なる菌叢は,プラスティスフィアと呼ばれているが,今後のPHAの生分解に関する研究では,多様な実環境下におけるプラスティスフィアの正確な解釈を可能とするための解析手法の確立が重要となるだろう.このようにPHAについては,長く行われてきた生分解に関して基質(ポリマー)と酵素反応目線での分子解析といったミクロな視点から,近年では実環境中での菌叢変化を追跡してプラスティスフィアを考察するマクロな視点と解像度を変化させながら研究が深められている.
上述したように生分解性プラスチックの分解研究は,解像度によって様々な角度から調べる・考察できることがあり,是非携わってみたいと筆者も考えていたものの,PHAの生分解についてはかなり研究が進んでいて,今更筆者らが参入するのは難しいように感じられた.そこで,筆者はまだ研究が進んでいない生分解性プラスチックの生分解について調べてみたいと思い立ち,二つ目の新テーマとして,ポリアミド4(PA4)の生分解に関する研究を行ってきた.PA4は多様な環境下で酵素的に生分解される可能性が報告されており,実用化へ向けた合成・加工技術の開発が精力的に行われている(15, 16)15) K. Tachibana, K. Hashimoto, N. Tansho & H. Okawa: J. Polym. Sci. A Polym. Chem., 49, 2495 (2011).16) N. Yamano, N. Kawasaki, S. Ida & A. Nakayama: Polym. Degrad. Stabil., 166, 230 (2019)..さらに,PA4は,PHAと同様に海洋環境でも生分解性を示す.しかし,PA4の陸や海における微生物分解に関する知見は数多くの報告があるものの,PA4分解菌を単離した報告は数例であり,PA4分解酵素を特定した例は一切なかった.そこで,筆者らは,陸と海の環境からPA4分解菌の探索とPA4分解酵素の特定を目指した.東海大学・外村彩夏先生が土壌より発見したPseudoxanthomonas sp. TN-N1と,筆者らが海洋より単離したPseudoalteromonas sp. Y-5(Y-5株)の培養液上清から高いPA4分解活性が検出された.この際のPA4分解菌のスクリーニングは,PA4粉末を添加した寒天培地を使用し,コロニー周辺にクリアゾーンを形成する菌をPA4分解菌として選抜した.この方法で,海洋からはY-5株以外の複数の新たなPA4分解酵素の単離にも成功した(17)17) Y. Saito, I. Jin & M. Yamada: J. Gen. Appl. Microbiol., 70, 136 (2024)..さらに,精製法を検討した結果,両培養液からPA4分解酵素の精製・特定に成功した(18, 19)18) Y. Sasanami, M. Honda, H. Nishiki, K. Tachibana, H. Abe, A. Hokamura & M. Yamada: Polym. Degrad. Stabil., 197, 109868 (2022).19) Y. Saito, M. Honda, T. Yamashita, Y. Furuno, D. Kato, H. Abe & M. Yamada: Polym. Degrad. Stabil., 215, 110446 (2023)..精製酵素を用いることで,両酵素はPA4のアミド結合を加水分解してγ-アミノ酪酸(GABA)オリゴマー(2~4量体)へと分解するエンド型の分解酵素であることを明らかとした(図5図5■PA4分解酵素による分解反応と,推定したPA4の立体構造).
これらの酵素は,PA4分解酵素を特定した世界で初めての報告であったが,さらにこれらの酵素を詳しく調べていくと興味深いことが明らかとなってきた.両酵素の遺伝子クローニング後にアミノ酸配列を比較すると,海と陸由来のPA4分解酵素間のアミノ酸配列は非常に類似していた.しかし,両酵素のアミノ酸配列は,データベース上の既知酵素のアミノ酸配列と比較すると相同性が高いものがほとんどなく,PA4分解酵素はこれまでに発見されていなかった新規酵素であると示唆された.そこで,両酵素のアミノ酸配列をAlphaFold2に供し,立体構造を予測したところ,本酵素はPA4と結合する基質結合ドメインと,PA4を分解する触媒ドメインを持つと推定され,前述した細胞外PHA分解酵素と類似した方法でPA4を酵素分解している可能性が示唆された.続いて,予測されたPA4分解酵素のタンパク質構造から相同性検索を行った結果,PA4分解酵素の触媒ドメインの一部は,難生分解性プラスチックのポリアミド6(PA6,一般名称はナイロン6)低分子量体の加水分解酵素(NylB)(20)20) Y. Kawashima, T. Ohki, N. Shibata, Y. Higuchi, Y. Wakitani, Y. Matsuura, Y. Nakata, M. Takeo, D. Kato & S. Negoro: FEBS J., 276, 2547 (2009).と類似していた.本知見より,本酵素はPA6やその低分子量体も分解できると期待したが,残念ながら分解活性は確認されなかった.しかし,NylBと触媒ドメインの立体構造が似ているのであれば,本酵素は一部アミノ酸置換を施せば難生分解性ナイロンも分解できる酵素へと生まれ変わるのではないかと期待している.
このように,まだ新規酵素を発見できたのみではあるが,PA4分解酵素を特定できたことで,PA4の生分解メカニズムに対して酵素分子レベルの目線で迫ることが可能となった.今後はPA4分解酵素のリアルな立体構造解明を通して,PHA分解酵素のようなミクロな分子レベル目線での解析を進めて行きたい.さらに,とても気になっているのは,PA4分解酵素のアミノ酸配列が既知酵素とは全く異なる点である.PA4は自然界には存在していないはずであるから,筆者らが発見したPA4分解酵素は一体何のために陸や海の微生物に存在している酵素であるのか,新しく発見した酵素に対して,色々な角度からの疑問が生じてしまい,興味が尽きない.
我々は,生分解性プラスチックの合成と分解に関して,ユニークな特徴を有する新しい菌や酵素を自然環境中から見出すことに成功した.しかし,どちらもまだユニークであるとわかったのみで,詳細は明らかにできていない.今後は,これら菌や酵素の性質を詳細に解明すると同時に改良を加えることで,基礎研究としての面白みがありつつも応用を見据えられる技術開発へと挑戦していきたい.
また,今回の話題提供においてもう一点,読者のみなさまへ強調したいことは,いずれの研究も新たな微生物を自然環境中から単離・発見したことがブレイクスルーとなったことである.遺伝子データベースの拡充やアミノ酸配列を基にした酵素の機能予測プログラムの進歩にともない,微生物スクリーニングを行う研究者が少なくなってきた今日であるが,コラムにも記載させていただいたように,微生物スクリーニングは,まだまだ可能性が詰まった戦略であるとお伝えしたい.
Reference
1) M. Wang, C. Hu, B. B. Barnes, G. Mitchum B. Lapointe & J. P. Montoya: Science, 365, 83 (2019).
2) S. Taguchi, K. Matsumoto, M. Yamada & S. Koh: “Comprehensive Polymer Science 2nd Edition: polyhydroxyalkanoate,” ELSEVIER, in press.
4) S. S. Sawant, B. K. Salunke & B. S. Kim: Int. J. Biol. Macromol., 109, 1012 (2018).
8) Y. Umebayashi, S. Abe & M. Yamada: J. Gen. Appl. Microbiol., 69, 53 (2023).
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