Kagaku to Seibutsu 63(1): 33-38 (2025)
プロダクトイノベーション
乳製品中の糖代謝活性を有するL. パラカゼイ・シロタ株の迅速検出
蛍光色素の排出活性を有する菌体のフローサイトメトリー検出
Published: 2025-01-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
乳製品やそのスターター等に含まれる生きた乳酸菌を迅速に検出することは,製品の製造や品質管理などの点から非常に重要である.従来,生きている菌の絶対的とも言える指標は,平板培地に塗抹して培養した際にコロニーを形成すること,すなわち培養可能であることであった.増殖してコロニーを形成したということは,その菌が生きていることの揺るぎない証拠である.その一方で,コロニー形成能は有していないものの,代謝活性などは有している状態の菌も存在し,それらは培養ができない(増殖能を喪失している)だけで,代謝活性は維持しているのだから生きた菌である,という考え方も広まってきた.このような状態の菌は,VBNC(viable but non-culturable)と呼ばれる.Davis(1)1) C. Davis: J. Microbiol. Methods, 103, 9 (2014).は,生きている(viable)の定義を“代謝活性がある,かつ/または,損傷のない細胞膜を有している(metabolically active and/or having intact membranes)”と提案しており,近年もっとも広く受け入れられている生菌の定義の1つになっている.具体的な測定法としては,国際標準化機構(ISO)および国際酪農連盟(IDF)による国際標準法ISO19344/IDF232として,乳製品中のプロバイオティクスのフローサイトメトリー(FCM)を用いた検出方法が発行されている(2)2) ISO: INTERNATIONAL STANDARD, ISO19344 [IDF232] (2015)..同法では,全ての菌の核様体を染色するSYTO24と細胞膜が損傷した菌の核酸のみを染色するpropidium iodide(PI)を用いて「損傷のない細胞膜」を指標に識別する方法や,菌体内のエステラーゼ活性を検出するためのcarboxyfluorescein diacetate(CFDA)と前述のPIを用いて「酵素活性」と「損傷のない細胞膜」の2つ指標で菌を識別する方法などが記載されている.なお,通常,培養法による生菌数測定では結果を得るのに数日間を要するが,このFCM法ではサンプル処理も含めて数時間で結果を得ることができることから,非常に迅速であるという利点を有している.
前述したDavisによる「生きている(viable)」の定義に則ると,コロニー形成能を有する菌,代謝活性を有する菌,損傷のない細胞膜を有する菌はいずれも生菌に該当する.しかし,これらの菌の状態には違いがあるため,用いた手法がどのような状態の生菌を検出できるのかを認識し,目的に応じて使用することが重要である.実際に,低温保存した乳製品中の菌体では,「コロニー形成能」を失っても,「損傷のない細胞膜」や「酵素活性」は長期間維持されることが報告されている(3, 4)3) S. J. Lahtinen, A. C. Ouwehand, J. P. Reinikainen, J. M. Korpela, J. Sandholm & S. J. Salminen: Appl. Environ. Microbiol., 72, 5132 (2006).4) S. J. Lahtinen, M. Gueimonde, A. C. Ouwehand, J. P. Reinikainen & S. J. Salminen: Appl. Environ. Microbiol., 71, 1662 (2005)..この事例のように,低温保存する乳製品の評価においては,どの指標を用いるかによって検出される菌集団が大きく異なる場合があることがわかっている.
我々は乳酸菌飲料中のLacticaseibacillus paracasei strain Shirota(L. パラカゼイ・シロタ株:LcS,旧名称:Lactobacillus casei strain Shirota)にISO19344/IDF232法のCFDA/PI二重染色を適用し,FCM解析を実施した.本来,CFDAは菌体内エステラーゼによって緑色蛍光を示すcarboxyfluorescein(CF)に変換されて菌体内に蓄積するため,CF蛍光を測定することで「酵素活性」を有する菌体を検出できる.しかし,LcSの生菌(培養可能菌)の場合では,大部分の菌体がCF蛍光を示さない位置に検出されることがわかった(図1図1■ISO19344/IDF232法による乳酸菌のFCMによる検出).本研究では,LcSが糖存在下においてCFを菌体外へ排出することを明らかにし,このCF排出活性が,糖代謝活性を反映した新たな生菌の指標になりうると考えられたため,そのメカニズムおよび有用性を調べた.
LcSを含む乳酸菌飲料(以後,「LcS乳酸菌飲料」)をCFDAおよびPIで二重染色した結果を図2図2■CFDA/PI二重染色したLcS乳酸菌飲料のFCM解析結果に示した.上段は新鮮なサンプルを用いた結果であり,処理なしの条件では,LcSの大部分はCF−PI−ゲートに検出された.Dulbecco’s Phosphate Buffered Saline(DPBS)で洗浄することで糖などを除去して菌体のみを回収すると,LcSはCF+PI−ゲートに検出されるようになり,さらに同条件にグルコースを添加すると再びCF−PI−ゲートに検出されるようになった.このことから,LcSは糖が存在しない条件ではCF排出活性を示さずに酵素活性によって生成したCFが菌体内に蓄積していること,それがグルコース存在下では菌体外へ排出されることが示された.なお,いずれのサンプルもPIでは染色されないので,細胞膜は損傷していない.すなわち,新鮮なLcS乳酸菌飲料中のLcSは「損傷のない細胞膜」,「酵素活性」,「排出活性」のすべてを有していることがわかった.一方,図2図2■CFDA/PI二重染色したLcS乳酸菌飲料のFCM解析結果の下段は低温で6か月保存したLcS乳酸菌飲料の結果であり,LcSは処理の有無にかかわらず常にCF+PI−ゲートに検出された.このことから,「損傷のない細胞膜」と「酵素活性」の両方を維持しているが「排出活性」を喪失していることがわかった.
図2■CFDA/PI二重染色したLcS乳酸菌飲料のFCM解析結果
「処理なし(希釈のみ)」は染色前の処理としてサンプルをDPBSで希釈したもの,「洗浄」はサンプルをDPBSで洗浄して菌体を回収したもの(飲料に含まれる糖などの成分を除去したもの),「洗浄+Glc添加」は洗浄回収した菌体にグルコースを添加したものを表す.文献8より改変転記.
次に,新鮮なLcS乳酸菌飲料を各種ストレス(加熱,低pH,胆汁酸)で処理した後にFCMで測定した(図3図3■各種ストレス処理したLcSのFCM解析結果).その結果,各ストレスの負荷が弱い場合ではCF+PI−ゲート,すなわち,損傷のない細胞膜と酵素活性は維持しているが排出活性を喪失した菌(損傷菌)が増加し,さらにストレス負荷が強くなるとCF−PI+ゲート,すなわち,すべての活性を喪失した菌(死菌)となった.以上の結果から,低温保存やストレス処理したLcS乳酸菌飲料に含まれるLcSの解析に,排出活性が有効であることが示された.
図3■各種ストレス処理したLcSのFCM解析結果
横軸はCF蛍光強度,縦軸はPI蛍光強度を表す.青のゲート(CF−PI−)は損傷のない細胞膜,酵素活性,排出活性を有した菌,緑のゲート(CF+PI−)は損傷のない細胞膜と酵素活性を有したまま排出活性を喪失した菌,赤のゲート(CF−PI+)は損傷のない細胞膜,酵素活性,排出活性のいずれも喪失した菌を表す.ストレス負荷として,加熱(60°Cおよび100°C),低pH(2.5および2.0),デオキシコール酸(0.4 mMおよび1.0 mM)で処理した.文献8より改変転記.
グルコースの存在下でLcSはCFを排出することがわかったので,次に,CFDA添加後のCFの蓄積とグルコース添加後のCFの排出に関する経時的な挙動を調べた(図4図4■LcSによるCFの蓄積および排出の経時解析).糖が存在しない条件でLcSにCFDAを添加したところ,CFDA添加から5分程度でLcS菌体内にはCFが急速に蓄積し,15~20分後にはほぼプラトーに達していることがわかった(図4A図4■LcSによるCFの蓄積および排出の経時解析).次に,このようにCFを蓄積させた状態のLcSにグルコースを添加したところ,CFは5分以内で迅速に菌体外へ排出されることがわかった(図4B図4■LcSによるCFの蓄積および排出の経時解析).添加するグルコース濃度を変化させたところ,同濃度を0.01 mM以下にするとCFの排出が遅延することも確認され(データは示さず),これらの結果から,LcSが排出活性を示すためには,十分な濃度のグルコースが必要であることもわかった.
CF排出活性に関与する遺伝子を探索するため,N-メチル-N′-ニトロ-N-ニトロソグアニジンを用いてLcSの遺伝子にランダムな変異を導入したライブラリーを作製し,表現型との因果関係を調べた.具体的には,同変異ライブラリーからCF排出活性が喪失または低下した菌体をセルソーターを用いて分離・培養し,その分離株に含まれる遺伝子の変異箇所を特定した.その結果,解糖系のホスホフルクトキナーゼ遺伝子(pfkA)に変異が生じると,CF排出活性が大幅に低下することが確認された(図5A図5■pfkAが変異したLcS分離株の排出活性およびPFK活性).この変異株ではpfkA以外の遺伝子においても変異が複数認められたが,同変異株にLcS野生株のpfkA遺伝子を相補したところCF排出活性が正常レベルに回復したことから,pfkA遺伝子の変異が排出活性に影響する因子であると判断した.また,これらLcS菌株の培養菌体をホモジナイズし,ホスホフルクトキナーゼ(PFK)の基質であるフルクトース6-リン酸(F6P)の含有量を調べたところ,pfkA変異株ではF6Pの蓄積が見られ,野生型pfkAを相補した株では野生株と同様にF6Pが検出されなかった(図5B図5■pfkAが変異したLcS分離株の排出活性およびPFK活性).このことから,pfkA変異株ではPFKの活性が低下していることが確かめられた.以上の結果から,LcSがCF排出活性を示すためには,PFKが正常に機能すること,すなわち,解糖系によって糖が正常に代謝される必要があることが示された.