Kagaku to Seibutsu 63(1): 39-47 (2025)
トップランナーに聞く
日本農薬株式会社上席執行役員・研究本部長 西松哲義 氏
Published: 2025-01-01
今回の「トップランナーに聞く」は日本農薬株式会社上席執行役員・研究本部長の西松哲義先生にインタビューをお願いしました.西松先生は1983年に東京農工大学農学部植物防疫学科を卒業されて,同年,日本農薬株式会社に入社されました.フェンピロキシメートやフルベンジアミドなどの様々な農薬研究開発のご経験を経て,2019年には総合研究所長に就任され,2022年から研究本部長を務めていらっしゃいます.アメリカ農務省研究所への海外留学において,国内では得られないフィールド活動や著名な先生との一期一会も経験され,2007年から現在までに,世界初となるフルベンジアミド剤などワールドワイドにトップヒット農薬を産みだされています.2016年からはマーケティングやマネジメントなど,農薬のスクリーニングから上市のプロセス,試験場での現場実地指導など,基礎から応用・実用までのすべてをカバーし,社内のプロセスをすべてこなされるオールマイティな役割を担って来られています.今回は,西松先生のご経験を中心に,生まれ故郷の徳之島に端を発し,現在の農薬業界をリードするに至るまでのお話を伺いました.
(取材日:2024年10月11日.所属・役職は当時のもの)
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
筒浦 『化学と生物』の「トップランナーに聞く」のインタビュー,よろしくお願いします.まず東京農工大学農学部での卒論テーマ等,学生時代の研究について,お伺いしたいと思います.
西松 植物防疫学科での卒論のテーマは,ウイルスを用いた生物学的防除に関する研究でした.ハスモンヨトウという何でも食べるチョウ目害虫がいて,イモムシの類いですが,それに感染する核多角体病ウイルスで防除するという大きな構想でした.ハスモンヨトウは集団を形成する幼虫なのですが,個体で育った場合と集団で育った場合に相変異が起こります.個体相と群生相で虫の大きさも,色合いも変わります.そこで,個体と集団で育った場合のウイルスに対する感受性の変化について研究しました.ウイルス病が発生すると,集団で水平伝播して,ウイルス病が蔓延しますが,集団と個体で育った場合の違いは何なのか? を明らかにすることを目的に研究しました.
大学ではチョウ目害虫,特にカイコを飼育していましたので,ウイルスは伝播性が高いことから,大学の中では扱えないということで,都立の農業試験場で,ウイルス病に詳しい阿久津喜作先生にご指導いただき,1年間研究させていただきました.また,卒論を指導してもらうだけでなく,阿久津先生がされているいろいろな研究のお手伝いもさせてもらいました.
当時,農業試験場ではウドを加害するセンノカミキリ(コウチュウ目害虫)の防除を目的にセンノカミキリの飼育から防除の方法までを研究していましたし,キャベツ等のアブラナ科野菜を加害する害虫で,殺虫剤に対して抵抗性を発達させ易い,コナガを顆粒病ウイルスで防除できないか,という研究もしていました.また,私の出身の南西諸島や小笠原に発生する果樹や果菜類に寄生するミバエ類(ミカンコミバエとかウリミバエ)を撲滅する研究も行っていました.ミバエ類の防除研究は,放射線で不妊化したオスを放飼して,それが交尾すると次世代が出ないようにするという研究でしたね.自分の卒業研究だけでなく,このようないろいろな研究をお手伝いする機会をもらい,研究者はこういうものなのかと研究意欲も増しました.また,阿久津先生の研究は直接農業に関連するもので,密接に農家と接する研究の大切さを教わり,非常に貴重な1年間だったと感じています.
成川 1年間の卒業研究で非常に多岐にわたっていますね.卒業研究のテーマというのは教授や先生から与えられたものですか?
西松 非常に密度の濃い1年間だったと思います.研究テーマは自分で決めたものです.東京農工大学では当時,虫に感染する糸状菌と細菌病の研究が主でした.糸状菌はボーベリア,細菌病はBacillus thuringiensis(BT)が主要な研究対象です.教授が2人いましたが,糸状菌病と細菌病の研究をされていたので,違うことをできないかということで,同期と二人で「ウイルス病をやろうよ」となり,農業試験場にお邪魔させていただきました.
筒浦 1年間とてもハードなスケジュールにみえますが,いかがでしたか.
西松 そうですね.朝,うちを出て帰ってくるころにはもう真っ暗でしたね.うちの学科では単位がそろっていれば卒論は必須ではなかったので,卒論を出さずに卒業する学生も数名いました.単位は十分にとれていたのですが,同期の友人と一緒にウイルス病の研究実施について,教授のもとに相談に行ったら「ウイルスの研究はここではできないけど,教えてくれる先生を紹介する」と言われました.
成川 そのときの研究室の同期の方とは今でも連絡を取っていますか.
西松 私は64歳でもうじき定年ですが,同期は県の農業試験場に就職し,生物農薬の研究も継続していました.ちょうど私たちの世代が今の日本での昆虫病理関係の研究のそれなりの立場になっており,そろそろ退官していくタイミングだと思います.
岡田 西松先生は自然豊かな徳之島のご出身と言うことで,お話にも昆虫が沢山出てきましたが,やはり幼少のころから昆虫少年だったのでしょうか.
西松 いいえ,全くそうではないです.実家が兼業のサトウキビ農家でしたので,サトウキビの除草作業をよく手伝いました.サトウキビはカメムシ目害虫や土壌害虫(コウチュウ目)の被害が大きいだけでなく,黒穂病という病気が発生し,ヘリコプターによる農薬の空中散布が行われていました.暑いサトウキビ畑で草むしりをしながらその様子をみて,もっと楽にならないのかなと思いました.父親からも「こんな苦労はするなよ.もっと頭を使え」とよく言われていたので,学術的な研究で島の農家を楽にできないかなと考え,鹿児島の理数系の高校を選択しました.後に鹿児島から東京に行ったのは,島育ちだったので都会に行きたいという憧れもありました.5人兄弟姉妹の末っ子なのですが,兄姉が東京に出ていたので,その後を追いかけていったという感じです.
岡田 その当時からすでに研究のモチベーションがあったということがわかります.
西松 大学受験の際に幼いころから聞いていた黒穂病を思い出し,その病気を抑えることはできないかということで植物病理関連の大学を調べたら,神戸大学と東京農工大学に植物防疫学科という学科があることを知り,兄姉がいる東京の東京農工大学を選択しました.
岡田 なるほど,そういう意味ではやはりモチベーションは植物と病害虫の両方ですね.サトウキビと病害虫.
西松 はい.目的意識は強かったとは言えますね.
筒浦 行きたいと思った研究室の定員オーバーで,やむなく隣の研究室に…という流れとお聞きしていますが,そのときの心境や気持ちの切り替えはどのようにされたのでしょうか.
西松 植物病理学を専攻したかったのですが,私は成績が悪かったので,定員オーバーで研究室に入れなかったのが実情です.私が大学3年・4年の時,大学の研究室へ入る頃,『総合防除』という授業があり,内容は主に害虫防除でした.総合防除の一手段である生物農薬・昆虫病理学にも興味がありましたし,防除生態研究室の先生が昆虫糸状菌専門ですが,もともと植物病理学出身でしたので,昆虫病理学も植物病理学も分野が近いというのもありました.また,大学院に行って植物病理学の研究をすればいいとも思っていたのですが,大学院の受験前に先生に日本農薬への就職を薦められました.
成川 今振り返ってみてどうですか.植物に行っていたほうが良かったなと思うことはありますか.
西松 今の立場で考えると,この流れは良い流れだったと思います.現在は研究所で,殺虫剤,殺菌剤,除草剤全体の面倒を見ているので,結果的にはどちらにも活かせましたし,新規農薬開発という農家の役に立つ大きな目的につながっていますので.
成川 就職するにあたって教授からぜひここにというお話だったと思うのですが,決定した要因は何だったのでしょうか.
西松 大学院でも研究室の定員が決まっていて,人数的に行けるかなと思っていたというのもあります.また父親が64,65歳ぐらいだったので,もうこれ以上迷惑かけられないということで就職もありかなとも思っていました.また,島に帰ってサトウキビ栽培を中心にしながらもちょっと違う農業ができないかなって.それで悩んでいたときに先生から日本農薬を受けないかという誘いがありました.農薬業界には農工大の先輩が多く,そういう方たちにも知り合いがいましたし,農業に関われることなのでいいかなと思い,全然迷いはありませんでした.受けてみたら通ってしまいましたが,決まったのは遅く11月ぐらいだったと思います.あと,島に帰ろうと思っていましたが,それは兄2人が先に帰島していたので,帰る場所がなかったというのも,一つの要因ですね.
成川 今もご実家はサトウキビを続けていらっしゃるのですか.
西松 サトウキビもそうですし,先ほどお話ししたウリミバエとかミカンコバエが根絶されましたので,沖縄を含めた南西諸島から果物が本土に出荷できるようになり,今,兄はマンゴーやドラゴンフルーツなどのトロピカルフルーツを栽培しています.
筒浦 西松先生は日本農薬株式会社に入社後20年ほど農薬を開発されておられます.生物研究所の殺虫剤グループでのご研究についてお伺いできますか.
西松 基本的には入社後ずっと殺虫剤の探索を担当しており,一番最初は弊社のフェンピロキシメートという殺ダニ剤(商品名ダニトロン)の創出でした.化合物の対象害虫に対する活性を評価して,「こういうふうに構造変換してくれ」という情報をフィードバックして,それを参考に合成された化合物を評価して,より活性の高いものを選抜していくという流れです.フェンピロキシメートは最終的にはダニ剤として上市しましたが,最初の室内のスクリーニング,温室での性能評価,圃場試験という一通りの性能評価を担当しました.
現在,弊社の総合研究所は化学と生物と安全性分野の研究施設が同じ敷地内にあります.入社当時は生物研究所と化学研究所がかなり離れていて,連絡手段はFAXか電話しかなく,化学研究所から化合物が送られてきて,それを我々が処理して活性をみて,その情報をフィードバックしていました.報告書にして情報をフィードバックするのは1~2週間後なのですが,合成グループも気が早く,週末に送られてきた化合物を,翌週始めに我々が処理しますが,正式な結果が出るまで待てないので,薬剤処理した日の夕方には電話がかかってきました.「あれどう? 効いてる?」という感じで.効果が出るまで3, 4日かかるものもありますが,フェンピロキシメートは呼吸系に効く薬剤ですので速効的に効果が出ます.本当に強い薬剤は処理2時間後ぐらいに結果がわかるので,薬剤処理されたハダニの動きを見て,その結果を伝えて「これ効いたよ」「これは仮説が当たったね」「いや,外れたね」とか議論をしました.その情報で直ぐに合成展開するので,その週末にはフィードバックした情報に基づいて合成された化合物が手元に届いていました.毎週,それが繰り返され,最初は弱かった活性が徐々に高まっていくことに,興奮の連続でした.化合物の活性が何もなかったところから活性の高いところまで導き出すというスクリーニングの楽しさを知ったのがフェンピロキシメートの創薬研究でした.
筒浦 スクリーニングはどのくらいの種類で実施されたのでしょうか.薬剤の種類や数,虫の種類などは.
西松 害虫は,チョウ目,コウチュウ目,カメムシ目,ダニ等,主要な農業害虫を供試します.1化合物に複数種供試する場合もあれば,単一種だけ供試する場合もあります.それをすべての化合物で試験をします.
筒浦 すごくたくさんの組み合わせになりますね.
西松 はい.化合物の数は1週間で150個ぐらい.1人ではなく,20~30名の合成担当者が合成します.フェンピロキシメート関連化合物が全部というわけではありません.フェンピロキシメート関連は20~30化合物で,その他の化合物含めてトータルで150化合物です.殺虫剤担当者は虫を,殺菌剤担当者は植物病原菌を,除草剤担当者は雑草を対象に試験します.シャーレや試験管レベル,対象によってはポット植えの作物を使って試験します.今の研究所のスクリーニング体系の原型です.新規に合成された化合物は殺虫剤創出を狙って合成していても,殺虫剤・殺菌剤・除草剤,何に効くかわからないのですべての可能性について評価する.我々はこれをオールラウンドスクリーニングと言っています.スクリーニングの結果,例えばこの化合物は害虫に効くと解れば,そちらの方に合成展開する,植物病原菌に活性を示せば殺菌剤に展開するという形で,徐々に方向性が決まってくる体制ですね.
成川 薬の種類によると思うのですが,どちらが先なのでしょうか.こういう薬が欲しいというアイデアが先なのか,それとも….
西松 両方です.最初は生物に対する生理活性の文献,教科書,特許等の情報を参考にデザインしたりします.それが当たることもありますが,外れることも多い.弊社のフェンピロキシメートもそうですが,もともとは除草剤狙いでした.除草剤を狙って合成していたのですが,殺虫剤担当がハダニに効くことを見つけて,合成グループに「除草剤を狙うより,殺虫剤を狙ってくれ」と猛アピールして,そちらに方向転換する感じです.私が研究者時代に最もエネルギーを費やしたフルベンジアミドという殺虫剤も元は除草剤狙いでした.ちょっとしたチョウ目害虫に対する活性を見つけ出して,これは面白いぞということで,合成グループを引きずり込んで,殺虫剤に方向転換してもらったという感じです.
スクリーニングはルーチン作業になりますが,合成グループと一緒になって仮説を立てて実証する,それで活性が高まってくるとその作業が楽しくなる.活性が高まらないと,その要因を考える.活性が弱い理由もちゃんとありますので,それを考えながら,少しずつでも活性が高い方向に導いていく.研究は留まるとつまらないかも知れませんが,少しずつ進歩して変化すると楽しいですね.一方で,どんなに頑張っても最終的にその研究を諦めなければならないこともあり,そのときは悲しかったですね.今,弊社の研究員もそういうことを感じながら,創薬研究に取り組んでくれていると思います.
岡田 スクリーニングで取捨選択し,大切に育ててもやはり最後には戦略的撤退をしなければいけない決断もあるわけですね.上市まで行く確率はどのくらいでしょうか.
西松 私が入社した40年ぐらい前は1つの化合物が農薬になるまでに約5万化合物の評価は必要と言われていましたが,最近はそれが約16万化合物とも言われています.
岡田 時代とともに,農薬の創薬確率は,どんどん低くなってきたということですね.
西松 その理由は,合成の難しさだけではなく,環境に散布するので安全性を厳しく評価する必要があるからです.医薬の場合は人への影響評価が中心になりますが,農薬の場合は,人や家畜,そして非標的生物,環境にいつまでも残留してはいけないのでその分解性など,いろいろなことを評価しなければいけません.年々のサイエンスの進歩によって農薬の規制が厳しくなってきています.ハードルが高くなって大変ですが,乗り越えられると考えていますし,それは我々のチャレンジだと思っています.日本の農薬メーカーが新剤を出す確率は先の16万分の1よりはるかに高く,技術力が高いと言われています.研究体制や取り組む姿勢などの文化的な要因があると言われています.実は弊社の場合ですと,およそ3万分の1ぐらいの確率で新規剤が開発されていて,創薬確率は高いと自負しています.
成川 技術力の勝利ですね.1つのプロジェクトはどのぐらいの期間を見込んでいるのですか.
西松 新しい化合物が見つかり,これでいこうと決めてから,乗り越えなければならないハードルがあり,効果も高く,安全性も確保され,さらに工業的に安く作れることが確認でき,登録取得して上市できるまでに,平均して約10年くらいです.15~16年かかる場合もあります.弊社で,一番短いものは,先に話したフェンピロキシメートというダニ剤で約8年です.ハダニは抵抗性が発達しやすく,当時,有効な薬剤が枯渇していたので,国から早期開発に対する支援があり,比較的短期間で開発されたと思います.
筒浦 ハダニ恐るべしですが,法律や安全性の試験のルールが年々変わってきていることも,新剤の上市ペースに影響しますね.
西松 厳しくなっています.
筒浦 そういう意味では,もう少し国から援助があったらもっと農薬の発展が期待できるのでしょうか.
西松 そうですね.登録申請して認可されるまでに約2~3年かかります.審査は農林水産省や厚生労働省などの国の機関が実施しますが,特例で審査を加速してくれたと思います.また,対象がハダニだけでしたので,性能を評価する側も効率的にできたというのも,短期間で開発できた要因だと思います.
岡田 研究期間の20年の間に海外留学をされていますが,その時のお話をお伺いできればと思います.
西松 弊社には留学制度があり,多くの人に経験させようということで,毎年,化学・生物・安全性の順番で研究所から1人,留学できました.つまり3年に1回しかチャンスはないのですが,入社10年後ぐらいに私にそのチャンスが訪れました.
その時は,トウモロコシの害虫のコーンルートワームを研究対象として選びました.それを選んだ理由は,農薬を開発する場合,対象作物種が多いといろいろな作物に対する影響を見なければならないので試験も多くなります.また,対象害虫が多い場合も同じです.トウモロコシのコーンルートワームの場合は,組み合わせ的にはトウモロコシという作物1種とコーンルートワームという害虫1種で,その農薬の市場がかなり大きかったです.コーンルートワーム防除用の殺虫剤ができれば,トウモロコシだけを対象に効果や安全性を確認すればいいので,研究テーマにする価値はあるということでした.日本には生息していないので,アメリカへ行って飼育法や生態を学んでくる目的で留学させていただきました.
場所はコーンベルトのサウスダコタ州.大豆,ヒマワリ,小麦なども栽培されていますが,殆どトウモロコシ畑です.そのサウスダコタ州にあるアメリカの農務省/USDAのAgricultural Research Serviceという組織のNorthern Grain Insects Research Institutesにある研究室でした.主要作物の重要害虫というだけあって,その研究所はトウモロコシのコーンルートワーム専用の研究所でした.そこで1年間勉強させていただきました.アメリカのUSDAの受け入れ条件は,生物農薬に関する研究をテーマにすることでしたが,もともと昆虫病理学の出身であったこともあり,比較的スムーズにテーマ設定することができました.
コーンルートワームを昆虫寄生性線虫で防除する研究をされていたJan J. Jackson博士の下で1年間研究をさせてもらいながら,飼育法と生態を学びました.ただ,先生からは農薬にも関わる研究の方がいいよねということで,当時,コーンルートワーム防除によく使われている有機リン剤,カーバメート剤,合成ピレスロイド剤という3系統の殺虫剤と昆虫寄生性線虫の相乗効果について研究しました.化学農薬,生物農薬,物理的防除,そして耕種的防除を適切に組み合わせるのが総合防除の考え方ですが,私のテーマは殺虫剤と生物農薬の組合せになります.合成ピレスロイド剤のテフルトリンという殺虫剤と線虫を一緒にルートワームに処理した場合に相乗効果が認められたので,先生もすごく喜んでくれました.その成果は論文にしましたが,それが,唯一,私の書いた論文です.
先生にも恵まれたと思います.「君の本当の目的は何?」と尋ねられたので,「コーンルートワームの飼育法と生態を学ぶこと.それとアメリカの大規模な農業を肌で感じたい」と最初に伝えていました.先生の研究テーマはコーンルートワームを昆虫寄生性線虫で防除することでしたが,サウスダコタ州のトウモロコシ畑からその地域に生息するコーンルートワームに寄生する線虫を採集する計画がありました.具体的には,サウスダコタ州の地図上で5マイルぐらいで格子状に線を引いて,その交点に当たる地点から土壌を集め,そこから線虫を採集するというものです.驚いたことに,その交点がすべてトウモロコシ畑に当たるんですね.春夏秋に2週間ぐらい,車で走って,そこの土壌採集を手伝いました.よく考えたら,春夏秋というと,トウモロコシの植付けから収穫する期間です.トウモロコシだけでなく,大豆,小麦,ヒマワリも栽培されていますので,これらアメリカの主要作物の栽培を1年通じて,実際の圃場で観察することができたということです.まさに,アメリカの農業を肌で感じることができましたので,先生の気配りにすごく感謝しました.
筒浦 良い出会いがあり,アメリカの農業をしっかり見たいという目的も達成されたのですね.
西松 そうですね.広大な農場で大きなトラクターで種を蒔いたり,農薬を散布している光景をみているうちに,どんな機械が使われているのか知りたくて,休日はよくトラクター屋に遊びに行っていました.アメリカの農業の実態を知ってもらおうと,播種機や農薬散布機の説明パンフレットをたくさんいただいたので,段ボールに詰めて大阪の研究所に送りました.誰も開けて見てくれてなかったようですが(笑).
サウスダコタ州はかなりの田舎で,私が暮らしていた近所にはSouth Dakota State Universityがありましたが,日本人はその大学の留学生4名と私の家族4名だけで,よく学生さんたちが家に遊びに来ていました.アメリカでの生活も楽しみましたが,自分の研究も論文にできましたし,先生の研究を手伝うことで一年を通じてアメリカの農業,トウモロコシと大豆と小麦という世界の農薬市場の三大作物の栽培を体感できました.
そのアメリカ留学から帰ってくると,フルベンジアミドの類縁化合物が棉作の大害虫のチョウ目に効果があるかどうか議論をしているところでした.この害虫も日本に生息していないので,他部門の海外営業本部長から「知りたかったら現場で確認してこい」と言われ,今度はアメリカのルイジアナ州の受託試験機関(コントラクトラボ)に1ヶ月半滞在し,その施設を借りて効果を検証させてもらいました.その試験結果から,この化合物群は絶対にすばらしい殺虫剤になる,大きなプロジェクトになると確信するきっかけになったと私は勝手に思っています.
滞在した7~8月は棉が生い茂っていました.この時も土日は車を借りて,隣のテキサス州,ルイジアナ州を走り回っていました.農家が農薬を散布している様子を見ていて,トラクターが止まったら走り寄って「今は何を散布しているのですか?」「どんな害虫が問題なのですか?」とか質問していました.1人で行っていたので,土日は暇でしたが,勉強になりました.
岡田 そういった場合,アメリカの農家さん達は気さくに答えてくれる感じですか.
西松 ええ,答えてくれました.
ちょうど大阪の研究所でも棉のモデル試験に取り組んでいて,そのモデルが正しいかどうか,アメリカの滞在先で検証実験をしていたときの話があります.
ある日,棉畑に調査に行くと,見知らぬ年配の方が私の試験圃場を眺めているんですね.どこかで見たことのある人だなと思ったら,棉のチョウ目害虫研究で著名なルイジアナ州立大学のDr. Billy R. Leonard教授でした.思い切って「棉害虫のヘリオシスの生態を教えてください」と伝えたら,その場で1時間も話してくれ,「今度の土日,ルイジアナ州立大学に来なさい」と招待されました.大学を訪問すると,教授の研究室で標本を見せながら,2種類のヘリオシスの違いや生態を教えてくれましたね.「何故そんなに親切なのですか」と聞くと,「この虫を防除するのが私の仕事で,その情報を提供するのも私の役割だ.君はそれを勉強したいのだろう.そう言っていたから研究室に呼んだんだよ」と仰っていました.その時に,我々の仕事は農家のためであり,いい農薬を作って,それを提供することが我々の役割だと再認識しましたね.大学の教授が休日に圃場を観察していて,見知らぬ人にまで情報提供してあげるって,研究者として格好いいなあとも思いましたね.留学とアメリカ駐在で感じたのはそんなところですね.
岡田 深イイお話ですね.コーンルートワームの研究とは何だろうと思っておりましたが,天敵となる線虫をより活性化するような線虫アクチベーター的な剤をスクリーニングしにいくという研究目的だったわけですね.
西松 そんな感じです.これは仮説ですが,テフルトリンはルートワームを興奮させます.興奮した虫は多くの二酸化炭素を出すわけです.また,興奮しながら苦悶し,その時に体液も出たりします.線虫は二酸化炭素や昆虫の体液などを感知して,それに向かっていきます.それで感染確率が上がるというのが仮説です.実験で証明はできてないのですが.
岡田 なるほど,興味深い考察ですね.その部分は,先ほどお伺いした虎の子の論文報告には,含まれていないということになりますか?
西松 書いていません.論文の内容は相乗効果についてです.この薬剤とこの線虫を同時に処理すれば相乗効果が現れ,総合防除につながると思いますという内容の短報です.
岡田 とても面白いですね.いつか,そのメカニズム解明もされるでしょうね.
西松 そうですね.ある時「西松さんのあの論文見たよ」と農業試験場の先生に声をかけられ,それをきっかけに仲良くなったりしました.投稿した『Journal of Economic Entomology』は,私たちの世界では結構有名な雑誌なので,読んでくれた方がいたみたいです.
岡田 マーケティングとマネジメントについてもお伺いします.研究所長もされており,現場感覚をしっかりとお持ちの研究好きの所長ではないかと拝察しますが,マーケティングやマネジメントというと,研究からちょっと離れているイメージです.重要なポイントやコツとかはありますか.
西松 基本的に,顧客が必要だと思うものを把握して,マーケティングの4Pとか,今では7Pとか言われますが,そういう理論に基づいて,ニーズに合った良い製品をきちっと顧客に届けましょうという考えがマーケティングの世界だと思います.例えば,研究所で産み出されたフルベンジアミドという化合物を,それをどのような製品にするかとか,市場は何を求めているかという顧客の要望を聞いたりしながら,最終製品に仕上げていきます.特に私が担当したのは,フルベンジアミドという化合物はこのように効きますよ,このような製剤ですよと,多くの試験場を巡り,その技術情報を説明しながら,発売と同時に農家の方々に上手に使ってもらえるようにするための技術を普及していく仕事でした.マーケティングとはちょっと違うかもしれませんが,所謂,製品開発と技術普及になります.
研究では化合物が対象害虫に効くか,安全性は大丈夫か,環境に大丈夫か,安く作れるか,を考えるわけですが,本社のマーケティング部は,それを製品にして農家に届けるのが仕事です.研究以外に,生産本部,技術普及部,国内営業部などなど,多くの部門が一体になって協力しないと最終製品に仕上げることはできませんが,それをまとめるのがマーケティング部の役割でした. 農薬ビジネスは研究開発だけではない,製品にして販売し,農家に使ってもらい,そして良い作物ができるまで,すべてつながっています.多くの段階で課題がたくさん出てきますが,それに対応するのもマーケティング部の役割です.それを経験したことで,それぞれの立場が理解できるようになり,研究所に帰ってからのマネジメントに活きているのかも知れません.
岡田 どうすれば開発した良い剤を使ってもらえるか,説明行脚もマーケティングですね.いろいろな農業試験場を回られたのですか?
西松 最初は国内営業のマーケティング部だったので,行っていない県はないと思いますね.フルベンジアミドは世界初の作用機作だったので,それを試験場の先生や農家に「こういう新しい薬剤で,抵抗性の虫にも効きます.このような仕組みで効きます」と説明するわけですが,最初は殆どの方が理解してくれませんでした.まず,試験場の先生に理解していただかないと,農家さんにも説明できないので,どうやってうまく説明するかと,結構,頭を悩ませましたね.実際に薬剤を使用する農家さんが何を求めて,どのようなことを知りたいのか情報を集めて,説明に付け加えたりしていました.これもマーケティングの手法ですね.
いろいろなことを経験することで,このタイミングでは研究は何をしなきゃいけないとか,本社はこういうことを求めているとか,そういったことがイメージできるようになりましたね.また,異動が多かったので,本社のいろいろな部門の方々とも面識ができました.すべての経験が今に活きていると思いますね.
成川 ご自身でマーケティングに異動したいと? それとも,会社からの指示で?
西松 会社からの指示でした.研究で有望な化合物に出会い,それを農家に届ける製品にするところまで,連続して経験ができるのは一番理想の異動だと思います.基本的には「研究でここまでやったから本社へ行って続きをやってこい」というような異動の流れはありますね.私の場合は,フルベンジアミドを登録申請して登録が認可される2~3年の期間に普及の準備をしなきゃいけないタイミングでの本社異動でした.どんな製品にするか.包装だったり,パッケージだったり.また,どういう宣伝チラシやポスターにするか等々,そんな作業を全部自分でやりましたね.農薬メーカーに入社して,自分で見つけ出して評価した化合物がどのように使われるのか,それを見ることができるのですから,恵まれていたと思います.フルベンジアミドの普及の準備ができ,上市1年目の落ち着いた時点で研究所に戻されました.それも会社の指示ですが,もしそうでなかったとしても,研究所に戻る希望を提出していたかも知れないです.
岡田 お話をお聞きして,西松先生のような,農薬を世に出すまでの全行程を経験された方こそが,マネジメントに適していると思いました.
西松 みんながそういう経験できるわけではないので,必ずしもそうではないかも知れませんが,そういうことを意識したローテーション人事は必要だと思います.私より以前の方たちは研究所から本社という一方通行の流れで止まっていましたが,最近では,他部門を数年経験してまた戻るようなローテーション人事をうまく活かしていこうという考え方が根付いてきていますね.
岡田 大学での研究室マネジメントでも,学生にどんどん実験をしてもらうにはどのようにすればいいのか悩んでいることがあります.やれって言ってやる学生もいれば,やるなって言ったらやる学生もいて,さまざまです.
西松 難しいですよね.
岡田 個人対個人でさえ難しいわけですが,会社組織となるとさらに複雑だと思います.研究所の所長としてうまくマネジメントされているのは,お話を聞く限り,いつも現場に降りていってコミュニケーションされ,一人ひとりからも信頼されているからではと思いました.
西松 実は,末端までは行かないほうがいいという考え方もあり,私は,なるべく末端までは降りて行かないようにしています.当研究所の場合,課長職のリーダーがそれぞれの部署にいて,その上にマネージャー,その上に所長がいます.その上に本部長の私がいます.私が末端まで行っちゃうと,指示体系自体が崩れてしまうので,極力それは避けています.こちらからではなく,向こうから来る場合は別で,いろいろ話はさせてもらいますけども.
岡田 なるほど,トップダウン的にではなく,階層構造を保つのが大切なんですね.
西松 はい.「リーダーから一緒に話してくれませんか」って相談されたら一緒に話しますけども,直接,個人的は行かないですね.会社で研究発表会,月例会という発表会がありますが,その時は,ばんばんコメントします.「それでいいんですか」とか「先を見ていますか」とか,そういうのは発言するようにしています.でも,あんまりやると萎縮してしまうのでバランスですね.私たちが研究員の時に,所長ってどういう感じだったかな,本部長ってどういう感じだったかなと振り返って思うと,ちょっと怖かったですもんね.だから,若い研究員に直接は言わないです.相手から聞いてきたら,また目が合って何か話したいのかなと感じたら対応しますけど,それ以外は意識的に距離を置いていますね.難しいところです.
岡田 新人類の学生達と昭和の人間とは,波長が合わせにくいことが多いですね.
西松 若い世代は,働き方も考え方も変わってきていますしね.ただ,研究そのものの本質的なところは変わっていないので,そこは「こうだからこうだと思うよ.ああだと思うよ」と伝えるようにしていますけど,仕事に対する姿勢・働き方は強要できないですね.そこがちょっと難しいですよね.そういう理由で距離を置いているわけじゃないですよ.我々は指導だと思っていても,パワハラ発言にとらえられる感じもあり,安易に発言できないですからね.丁寧に丁寧に話して,理論的に説明して.その分こっちも賢くなりますね.
でも,みんながそうではないですね.我々が育ったころと同じような感覚の若い研究員もいます.所長,マネージャー,リーダー階層とコミュニケーションを取り,日頃の若手社員の情報を入手しながらマネジメントしているところです.それが私のマネジメントのコツというか,考え方ですね.大学の先生方とおつき合いするときに,学生さん達と上手に付き合うコツなどを教わったりもします.
筒浦 では,最後に化学と生物の読者でもある学生や若手研究者にメッセージをいただけますでしょうか.
西松 それ,重要ですね.『化学と生物』と『BBB(Bioscience, Biotechnology & Biochemistry)』は,興味のある部分には目を通しています.最近は農芸化学@High Schoolを面白いと思って読んでいます.研究者時代も,昆虫に関わること,植物に関わること,そして作物保護に関わることを目次で確認して,解説や特集を欠かさず読みましたね.情報が整理されている上に,古い情報でなくて新しいところまで盛り込んだ形で特集が出されていて,結構重宝していました.大好きな雑誌です.
以前は研究所の図書室の閲覧室で若手研究者が雑誌や書籍を読みながら,意見交換している姿をよく見かけました.いろいろな分野の人たちがいるのでそこで雑誌を読みながら,情報を交わしたりすることもあり,いい機会だったと思います.『化学と生物』もそういうきっかけになる楽しい本だと思いますので,是非,読んで欲しいですね.
若い研究者へのメッセージとしては,「守破離」,「自然は教えてくれる」,「化学と生物は嘘をつかない」,そして「セレンディピティ(serendipity)」という言葉を伝えたいですね.
「守破離」の「守」は,教えをきちっと守って,謙虚な気持ちで勉強しましょうという意味です.「破」というのは,知識を得た上で基礎を身に着けて殻を破って新しいことを作っていくという意味です.「離」は,最終的に独立して物事ができるようになるという意味です.武道でよく使われる言葉なのですが,教えをちゃんと聞き吸収しなさいよ(守),それから自分で先生の教えを越えるぐらいのことを考えていきなさいよ(破),それができるようになったら独立していけるのだ(離),という考え方です.要は,若いうちは知らないことが沢山あるので,素直な気持ちで吸収して基礎を作らないと,新しいことはできないということです.新入社員にも最初に伝えている言葉です.
「自然は教えてくれる」というのは,日本農薬が一番最初に発見した脱皮阻害剤の逸話に関するものです.水稲のいもち病という病気を防除する殺菌剤のイソプロチオランを試験圃場で散布したら,いもち病に対する防除効果以外に稲を枯らす大害虫のウンカが少ない現象が発見されます.その現象解明の研究が発展し,殺菌剤のイソプロチオランがウンカに弱い活性示すことが確認されます.その後,イソプロチオランの周辺化合物のウンカに対する活性の評価が開始されます.当時は,有機リン剤とかカーバメート剤という速効的な薬剤が主流だったので,薬剤処理2日後ぐらいまで調査し,その後は観察しない試験系だったようです.処理2日後にイソプロチオランの周辺化合物を評価すると,活性を検知できない.おかしい.田んぼで密度が減少するのに,なんで反応がない.田んぼで起きている密度減少が再現できない.そこで1週間長く観察できるように試験方法に変えてみたら,周辺化合物の活性が検知できるようになった.そして最終的にブプロフェジンという世界で一番最初の昆虫脱皮阻害剤が発見されたということです.ウンカは試験開始から4日後に脱皮していたため2日間の観察では脱皮阻害剤の活性は検知できなくて当然だった訳です.殺菌剤を散布したのに害虫の密度が低いことに気が付いた研究員の観察眼はアッパレである.「自然は教えてくれる」ことを見逃すなよということです.
化合物に活性があればそれに対する生物の反応は絶対出てきます.そして生物は生理活性物質に必ず反応してくれます.仮説検証実験で「あれ,おかしいぞ?」と思う結果が観察されたら,試験の設計や仮説を疑いましょう.なぜなら,そこで起きている現象は真実だからです.「化学も生物も嘘をつかない」からです.
「セレンディピティ」とは,「準備している者にのみ幸運は訪れる」という言葉です.本当にいろいろなことを考えて,準備していないと見逃すことがあります.しっかりと準備して臨みましょう.
もう1つ付け加えると,モチベーションについて.モチベーションには,内的モチベーションと外的モチベーションがあると言われます.人から与えられる外的なものは長続きしません.自分で上げる内的モチベーションは効果も高く持続性もあります.例えば,ルーチン的な実験を明日も同じ実験だと思うと楽しくありません.でも自分で仮説を立てたり,その試験設計を一工夫すると,明日の実験が楽しくなります.そのように,モチベーションは自分であげるように仕組むことを若手研究員には伝えています.皆さんも,そういう気持ちで研究に取り組むと,より楽しくなると思います.
成川 熱いメッセージをありがとうございます.BBB読者の若い世代の心にも響くとよいですね.
西松 はい.最近の若者がすごいなと思っていることもあります.ネットの世界ではたくさんの情報があるので,うまく検索しないと自分の欲しい情報にたどり着かないことがあるのですが,若い子はITに慣れているので,ササッと調べて「こういうところでこんな情報ありました」とか持ってきてくれたりします.そこが今の若者の強みだなと思いますね.私は,ChatGPTとPerplexity(パープレキシティ)も若手社員に教えてもらいました.使ってみると意外と勉強になると思っています.そういったものをどんどん使いこなせるのは若者の強みですよね.ただ,みんながそうですので,その中で突き抜けたことをやるという意味では,結構スピード競争は激しく,大変だなという気持ちはあります.でも頑張って欲しいですね!
成川 「守破離」ですね.ありがとうございました.