農芸化学@High School

ジャガイモ由来天然毒素成分ソラニンを用いた環境負荷低減農薬開発の検討

井手

神奈川県立厚木高等学校

岡田 智愛

神奈川県立厚木高等学校

紺野 悠菜

神奈川県立厚木高等学校

Published: 2025-01-01

農薬が抱える諸問題を解決する方法として植物由来の農薬の開発が挙げられる.そこで我々は,本校の過去の研究より,ジャガイモ由来天然毒素成分ソラニンに着目した.ソラニン抽出液を作製し,昆虫忌避試験および環境影響に関する実験を行った.すると2種類の昆虫に対して行った忌避試験において効果がみられ,ソラニン抽出液に防虫効果があることが示唆された.また,環境影響に関する実験においては,市販の農薬よりソラニン抽出液の方が環境へ与える負荷が小さいことが示唆された.

本研究の目的・方法・結果および考察

【目的】

現在,農薬は河川への流入による水質汚染,残留農薬,散布者への影響など様々な課題を抱えている(1, 2)1)大野正貴,小瀬知洋,川田邦明:化学と生物,60, 659 (2022).2)古畑 徹:化学と生物,55, 351 (2017)..そこで,本校の過去の研究より,環境負荷を低減した農薬の有効成分として,ジャガイモ由来ソラニンの毒性に着目した.

ジャガイモ毒素に代表されるソラニンは(3)3)梅基直行:化学と生物,53, 843 (2015).,自然界において害虫や病原菌から植物を保護する防御機構としてのはたらきがあることから,これらを活用した農薬の開発を試みた.抽出したソラニンに防虫効果を確認することができれば,天然由来の生理活性物質を有効成分とした,ソラニン含有新規環境負荷低減農薬を作ることができる.そこで本研究は,ソラニンによる防虫効果の試験および,水環境に与える影響について検証することで,ソラニンの農薬としての効果および,残留農薬と河川流入による環境負荷を低減した農薬としての可能性を検証することを目的として行った.

【実験方法】

1. ソラニン抽出

1.1 水抽出

刻んだジャガイモ(男爵;市販品を放置して発芽させたもの)の芽45.0 g,純水225 mLを鍋で5分間沸騰させ,30分間静置後,ろ紙(AZUMI 定性ろ紙)でろ過することでろ液を取得した(約200 mL).以降,ここでできた液体をソラニン抽出液(水)とする.

1.2 メタノール抽出

ジャガイモの芽100 gを乳鉢ですりつぶし,99.5%メタノール400 mLを加え,よくかき混ぜた後,ガーゼとろ紙でろ過した.その後,エバポレーターを用いてメタノールを留去した.以降,この作製した液体(30.5 mL)をソラニン抽出液(メタノール)とする.

2. 防虫試験

2.1 アワダチソウグンバイに対するソラニン抽出液(水)の防虫効果試験

学校周辺(厚木市)で採集したセイタカアワダチソウ(Solidago altissima)の葉をソラニン抽出液(水)と純水にそれぞれ浸し,箱の中に置いた.そこにアワダチソウグンバイ(Corythucha marmorata, 61~171匹)を放ち 経時的(2~6 h)に行動を10回記録した.

2.2 アワダチソウグンバイに対するソラニン抽出液(メタノール)の防虫効果試験

実験液をソラニン抽出液(メタノール)に変更し,2.1と同様に行った.ただし葉を各実験液に浸す方法ではなく,茎を実験液に浸し吸収させる方法を採用した.また,実験開始から2時間後の結果を記録した.以上の操作を2回実施した(アワダチソウグンバイは74匹および204匹).

2.3 ツヤアオカメムシに対する防虫試験

ソラニン抽出液(メタノール)と純水にそれぞれ浸した温州ミカン(約3 mmのスライス状)を設置したシャーレ内に,学校周辺(厚木市)で捕獲し,24時間水のみを与え絶食させたツヤアオカメムシ(Glaucias subpunctatus)3匹を入れ,それぞれ実験区と対照区にいるカメムシの数を経時的に13回(5 min~44 h)観察した.さらにこの実験を2回実施した.

3. 水環境への影響に関する実験

ゾウリムシ(Paramecium caudatum)を水質指標動物として使用し,ソラニン抽出液が水環境に及ぼす影響について検証を行った.ソラニン抽出液(メタノール),ミネラルウォーター,市販農薬(カダンプラスDX®;エマメクチン安息香酸塩を主成分とする)各1 mLを,プレパラート上のゾウリムシ飼育液(1 mL)に供しゾウリムシを光学顕微鏡で観察した.各実験液におけるゾウリムシの平均移動速度を計測した.移動速度が遅い程個体が弱り,水質に影響を与えているとみなした.

【結果と考察】

アワダチソウグンバイ(Corythucha marmorata)に対するソラニン抽出液(水)の防虫効果試験2.1について(図1図1■アワダチソウグンバイを用いた防虫効果試験2.1, 2.2の様子),実験区と対照区の2区間においてセイタカアワダチソウ上に存在する個体数を経時的な10回の個体数調査を実施し,独立2群のt-検定を行った(図2図2■アワダチソウグンバイを用いた防虫試験2.1の結果).しかしソラニン抽出液(水)と純水で処理した条件間に統計的に有意な差は認められなかった(p>0.05).実験区に使用したソラニン抽出液(水)について高速液体クロマトグラフによる分析を行った結果,ソラニンは検出されなかった.

図1■アワダチソウグンバイを用いた防虫効果試験2.1, 2.2の様子

図2■アワダチソウグンバイを用いた防虫試験2.1の結果

水抽出液には有意な防虫効果は見られなかった(n=10, p>0.05).

次にソラニン抽出液(メタノール)を用いてアワダチソウグンバイに対する防虫効果試験2.2を行った(図1図1■アワダチソウグンバイを用いた防虫効果試験2.1, 2.2の様子).実験区と対照区の2区間においてセイタカアワダチソウ上に存在する個体数を,独立した2回の個体数調査を実施した結果,忌避の傾向が見られた(表1表1■アワダチソウグンバイを用いた防虫試験2.2の結果).また,ここで実験区に使用したソラニン抽出液(メタノール)について高速液体クロマトグラフによる分析を行った結果,ソラニンが検出された(858 µm/mL).防虫効果試験2.1,2.2の結果から,防虫効果にはソラニンの含有が重要であることが示唆された.

表1■アワダチソウグンバイを用いた防虫試験2.2の結果
アワダチソウグンバイの数(匹)
箱番号ソラニン抽出液(メタノール)[実験区]純水[対照区]
箱12846
箱2100104

最後に,ツヤアオカメムシに対するソラニン抽出液(メタノール)の防虫試験2.3を試験した(図3, 4図3■ツヤアオカメムシを用いた防虫試験2.3の様子図4■ツヤアオカメムシを用いた防虫試験2.3の結果).時間経過ごとの温州ミカン上の個体数を用いて1群t-検定を行った結果,統計的に有意な差が認められた(p<0.05).以上の結果より,ソラニン抽出液(メタノール)には,アワダチソウグンバイとツヤアオカメムシに対する忌避効果があることが示唆された.

図3■ツヤアオカメムシを用いた防虫試験2.3の様子

図4■ツヤアオカメムシを用いた防虫試験2.3の結果

n=10, p<0.05)

本研究の目的は,ソラニンが環境負荷の少ない農薬として使えるか検証することにある.そこで,ゾウリムシを用い,その移動速度を指標に水環境への影響を試験した.ゾウリムシの平均移動速度は,市販農薬を添加した場合にはミネラルウォーター添加条件に比べて著しく低下した(表2表2■ゾウリムシの移動速度への影響).ソラニン抽出液(メタノール)の添加もゾウリムシの移動速度を低下させたが,市販の農薬よりもその効果は低かった.すなわち,ソラニン抽出液(メタノール)の方が水環境への影響が少ないと期待できる(表2表2■ゾウリムシの移動速度への影響).

表2■ゾウリムシの移動速度への影響
市販農薬ソラニン抽出液
(メタノール)
ミネラルウォーター
平均移動速度
(単位;µm/s)
107.9
(n=19)
485.0
(n=20)
1,685
(n=5)

本研究の意義と展望

本研究により,ジャガイモの芽のメタノール抽出液に防虫効果があることが示唆された.現在,残留農薬や余剰散布の影響による圃場周辺の生態系などの様々な課題がある農薬について,不可食部であるジャガイモの芽から抽出した物質を有効成分として利用することができれば,環境負荷軽減の観点からこれらの課題解決に大きく貢献できると期待できる.

今後の課題として,ジャガイモ抽出液の忌避効果がソラニンをはじめとするポテトグリコアルカロイド類によるものなのか,あるいは抽出液中の夾雑物によるものなのかを明らかにする必要がある.その結果によって抽出方法の再検討も必要になる可能性がある.また学校周辺で採集した昆虫だけでなく,累代飼育された試験昆虫を使用した防虫効果試験も必要であろう.また,ジャガイモ由来の生理活性物質を有効成分とした新規農薬実用化へ向け,対象昆虫への効果の閾値や自然浄化内における減衰速度および,ゲノム解析による対象昆虫への遺伝的な影響の評価を実施し,忌避効果を多角的に評価する必要があると考える.

Acknowledgments

本実験に協力頂いた東京農業大学准教授 野口有里紗先生に感謝する.

Reference

1)大野正貴,小瀬知洋,川田邦明:化学と生物,60, 659 (2022).

2)古畑 徹:化学と生物,55, 351 (2017).

3)梅基直行:化学と生物,53, 843 (2015).