Kagaku to Seibutsu 63(2): 57-59 (2025)
今日の話題
種子の長期に渡る発芽能力維持に貢献するオートファジー
一見静的な種子が備え持つアクティブな細胞生存維持機構の一端を垣間見る
Published: 2025-02-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
澄んだ水面に大輪の花を咲かせ我々の目を楽しませてくれるハス.その種子が2000年もの眠りに耐える能力を秘めていることをご存知だろうか.弥生時代の遺跡から発掘されたハスの種子が発芽し,成長した事例がある.大賀ハスと呼ばれるこのハスは全国に分与され,見る者に悠久の時を想わせると共に,植物の驚異的な生命力を知らしめている.受精によって生じた胚は,母体植物のなかで発生の過程を一時停止して,休眠性と環境ストレス耐性を獲得し成熟種子となる.母体植物から散布された種子は,風に飛ばされたり,水流に乗ったり,動物の力を借りたりすることによって新天地へと移動するが,成長に不適切な環境下では種子発芽は抑制され,水分や温度,酸素濃度などが適切な条件になった時,速やかに発芽して成長を再開する.
人類が農業を発展させ,多くの食料を安定的に生産できるようになったのは,植物が種子を形成するように進化したことの恩恵である.すなわち,採種して保存した種子を,適切な時に必要な量を蒔いて計画的に栽培することで,自然からの採集に頼らない食糧生産が可能になった.種子の状態であれば,光や水分,栄養素を供給する必要がないため,低コストで保存・維持することができる.加えて,種子は植物体に比べはるかに小さいため,限られたスペースで多くを保存でき,輸送も容易なことから,優れた形質をもつ作物の種子を速やかに広範囲の農地に播種することができる.しかし,種子が長距離の移動に耐え,収穫後に長い時間を経た後にも発芽するためには,その間,細胞が生きている状態を維持する必要がある.
種子は保存期間中に外部環境からストレスを受け続け,特に,高温や高湿度は種子の品質を低下させる.ストレスを受けた種子には酸化ダメージが蓄積し,発芽能力が徐々に低下していくことが知られており,長期間保存した種子にはダメージが多く蓄積し,やがて発芽能力が失われる(1)1) J. D. Bewley, K. J. Bradford, H. W. M. Hilhorst & H. Nonogaki: “Seeds: Physiology of Development, Germination and Dormancy, 3rd Edition”, Springer, 2013..一方で,種子が保存中に受けるダメージに対応し,発芽能力を維持するための機構がいくつか知られている(2)2) N. Sano, L. Rajjou, H. M. North, I. Debeaujon, A. Marion-Poll & M. Seo: Plant Cell Physiol., 57, 660 (2016)..その一つは,水分含有量の大幅な低下である.種子は細胞内の水分を極限まで削減することにより代謝活性を大幅に抑制し,活性酸素種の発生を抑えることで酸化ダメージを軽減している.さらに,種子形成中に種々の抗酸化物質や抗酸化タンパク質が合成され,成熟種子内に蓄積される.加えて,種子の最外層を死細胞である種皮で覆うことにより,種子内部に位置する胚が物理的に保護される.また,吸水後の種子では,保存中に受けた核酸やタンパク質,脂質といった生体分子のダメージを除去するシステムが働く(2)2) N. Sano, L. Rajjou, H. M. North, I. Debeaujon, A. Marion-Poll & M. Seo: Plant Cell Physiol., 57, 660 (2016)..この修復システムにより,保存中に受けた損傷が回復することで発芽可能となるため,本システムも発芽能力維持機構の一つであると言える.このように,発芽能力維持機構は,種子形成中に事前に準備される「静的」かつ「受動的」な備えや,吸水後に駆動する「後発的」な修復機構がメインと考えられてきた.保存中の種子は断続的にストレスを受けることから,「即発的」に酸化ダメージを軽減するための応答も行われている可能性があるが,種子は静的なものであるという先入観は根強く,保存種子内で駆動する「能動的」なストレス応答機構について深く議論されることはなかった.
オートファジー(Autophagy,自食作用)は,真核生物に保存された細胞内自己成分分解機構の一つである.オートファジーの過程では,細胞質中に隔離膜が形成され,これが袋状に伸長しながら分解対象物を取り囲んでいく.伸長した隔離膜の口はやがて閉じられ,分解対象物を内包した脂質二重膜小胞,オートファゴソームを形成する.オートファゴソームの外膜は,液胞膜やリソソーム膜と融合し,これら酸性コンパートメントの内腔に存在する加水分解酵素の作用により分解される(3)3) K. Yoshimoto & Y. Ohsumi: Plant Cell Physiol., 59, 1337 (2018)..オートファジーは細胞内の不要なタンパク質や損傷オルガネラを分解し,細胞の恒常性維持や栄養供給に貢献しており,その過程は,数十種類のオートファジー関連(Autophagy-related, ATG)タンパク質群によって駆動・制御される(3)3) K. Yoshimoto & Y. Ohsumi: Plant Cell Physiol., 59, 1337 (2018)..多くのATG遺伝子は,酵母から動物,植物に至る真核生物に保存されており,モデル植物シロイヌナズナでもATG遺伝子の欠損体(atg変異体)はオートファジー能を欠損していることが知られている(3)3) K. Yoshimoto & Y. Ohsumi: Plant Cell Physiol., 59, 1337 (2018)..植物オートファジーの生理的意義はatg変異体を用いた逆遺伝学的なアプローチで解析され,オートファジーが栄養飢餓や高温,病害,乾燥などの広範なストレス適応に関与すると共に,栄養成長,生殖成長,老化といった様々なフェーズで多様な機能を発揮していることが報告されている(4)4) M. Yagyu & K. Yoshimoto: J. Exp. Bot., 75, 1234 (2024)..
私たちは最近,種子組織の中でも特に胚乳における植物オートファジーの新たな生理機能を見出したのでここに紹介する(5)5) D. Shinozaki, E. Takayama, N. Kawakami & K. Yoshimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2321612121 (2024)..シロイヌナズナの種子は,将来植物体に成長する胚と,その周囲を取り囲む胚乳細胞層,さらにその外側(最外層)の種皮から構成される(図1図1■オートファジーを介した保存中の種子の胚乳品質維持機構).種皮は母体植物由来の死細胞であるが,重複受精により生じる胚と胚乳は乾燥種子中でも生存している.我々は,日々atg変異体を扱い研究を進めるなかで,その発芽率が収穫から長期間経過した長期保存種子では野生型に比べ著しく低下することを発見した(5)5) D. Shinozaki, E. Takayama, N. Kawakami & K. Yoshimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2321612121 (2024)..さらなる解析を進めた所,長期保存したatg変異体種子では胚乳に酸化ダメージが蓄積し,胚乳の細胞死が促進されていることが明らかとなった.具体的には,6年程度保存したatg変異体種子では胚乳細胞の80%以上が死細胞だが,野生型の死細胞率は10%未満であった.加えて,乾燥種子の胚乳細胞において,保存期間中にオートファジーのプロセスが駆動していることを見出した.これらのデータは,オートファジーが乾燥種子の胚乳細胞で機能し,保存期間中の胚乳細胞への酸化ダメージ蓄積と細胞死を抑制することに貢献していることを示している(図1図1■オートファジーを介した保存中の種子の胚乳品質維持機構)(5)5) D. Shinozaki, E. Takayama, N. Kawakami & K. Yoshimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2321612121 (2024)..
休眠中の種子では,胚乳が物理的障壁として機能することで胚の成長が抑制され,吸水後の種子発芽に向けたプロセスでは,胚乳細胞の細胞壁が自発的に軟化することで胚の成長が促進される(6)6) N. M. Doll & G. C. Ingram: Annu. Rev. Plant Biol., 73, 293 (2022)..私たちの解析により,atg変異体種子では,長期保存後の胚乳細胞が激しいダメージを受けており機能することができず,発芽時の細胞壁分解や軟化を実行するマンナーゼやエクスパンシンが適切に発現されないことが明らかとなった.このため,長期保存したatg変異体種子では胚乳細胞壁が物理的障壁として残り続けてしまい,種子発芽が阻害されるが,野生型種子では,オートファジーのはたらきによって長期保存後でも胚乳細胞が生存しているため,この細胞壁軟化のプロセスが進行し,正常に発芽することができると結論づけた(図1図1■オートファジーを介した保存中の種子の胚乳品質維持機構)(5)5) D. Shinozaki, E. Takayama, N. Kawakami & K. Yoshimoto: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2321612121 (2024)..
今回,種子はオートファジーを活用し保存期間中に降りかかるストレスに適時応答することで胚乳の品質を保持し正常な発芽に備えるという,アクティブな発芽能力維持機構も備えていることが明らかとなった.今後は,胚乳におけるオートファジーの機能を分子レベルで解析し,酸化ストレス抑制機構の根幹に迫ることが重要である.また,応用を志向した研究も必要であろう.種子の形態は植物種により大きく異なる.例えば,シロイヌナズナと異なり,イネは胚乳に栄養成分を蓄積するため種子の大部分が胚乳であり,アリューロン層(糊粉層)と呼ばれる特徴的な胚乳細胞層を有している.このように,胚乳の役割が異なる植物種でも同様の機構が存在するかは慎重に検討すべきである.
本稿では,種子が保存中のストレスに適応するための新規機構を紹介し,胚乳細胞の細胞壁の軟化という,種子発芽制御に関わる新たな要素を提示した.発芽能力を保ったまま長期間種子を保存する技術は,社会的に非常に重要度が高い.種子の保存は,食糧危機への対策として有効であるし,貴重な遺伝資源の確保にも繋がる.筆者らは,種子は静かに眠っているのではなく,思いのほかアクティブな細胞生存維持機構を他にも有しているかもしれないということを頭の片隅に留めて今後の研究に取り組むことが重要と考える.本稿が多様な分野の研究者・技術者にインスピレーションを与え,そこから生まれた画期的なアイデアが種子科学の分野に持ち込まれ,やがて革新的な種子の保存や発芽のコントロールの技術開発に繋がることを期待する.
Reference
1) J. D. Bewley, K. J. Bradford, H. W. M. Hilhorst & H. Nonogaki: “Seeds: Physiology of Development, Germination and Dormancy, 3rd Edition”, Springer, 2013.
3) K. Yoshimoto & Y. Ohsumi: Plant Cell Physiol., 59, 1337 (2018).
4) M. Yagyu & K. Yoshimoto: J. Exp. Bot., 75, 1234 (2024).
6) N. M. Doll & G. C. Ingram: Annu. Rev. Plant Biol., 73, 293 (2022).