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ドライ熟成肉
微生物の働きを活かした発酵食肉製品

Nana Mikami

三上 奈々

帯広畜産大学グローバルアグロメディシン研究センター(兼)生命・食料科学研究部門

Published: 2025-02-01

・ドライ熟成肉の概要

皆さんは“熟成肉”という言葉を聞いたことがあるだろうか? 近年,外食産業で人気を集め,インターネットのグルメサイトや雑誌によく取り上げられるキーワードである.牛肉や豚肉といった食肉は,と畜した後に死後硬直の解除(解硬)や風味向上を目的として,冷蔵環境で一定期間寝かせられる.これを“熟成”といい,私たちが食べる食肉のほとんどがこの過程を経た“熟成肉”である.

“熟成肉”は,その熟成方法の違いによって2つに分類される.ウェット熟成肉(Wet-aged beef: WAB)は,ブロック肉を真空包装し空気に触れない状態で寝かせた食肉製品である.私たちが日常的に食べる食肉は,WABが多い.それに対し,ドライ熟成肉(Dry-aged beef: DAB)(図1図1■ドライ熟成肉(DAB))は,ブロック肉を真空包装せずに,温度・湿度の制御された冷蔵庫(熟成庫)で寝かせた食肉製品である.DABは数週間空気に晒されることから,肉の表面には“クラスト”と呼ばれる乾燥した外皮が形成される.クラスト上には熟成庫内に浮遊する蔵付き菌が定着し,真菌類や細菌類など多様な微生物が生育する.そのため,ドライ熟成の過程では食肉が本来持っている酵素だけではなく,微生物がつくる酵素も働き,食肉のタンパク質や脂質からDAB特有の熟成香や味わいがつくられるといわれている.

図1■ドライ熟成肉(DAB)

(左上)クラストに真菌が生育したDABブロック,(右上)クラストをトリミングしたDAB,(左下)加熱したDABステーキの断面,(右下)レストランで提供されるDAB.

・ドライ熟成肉に生育する微生物

DABのクラストには,様々な微生物が生育する.その中でも主役を務める優占菌は,図2図2■クラストに生育する接合菌(Helicostylum pulchrumの左上の写真からも確認できるように絨毯のような白いカビであり,ブロック肉の全体を覆う.これらは真菌類のグループの接合菌(一般的にはケカビと呼ばれる)で,菌糸を長く伸ばして成長することからふわふわした綿毛のような見た目になる.ヨーロッパやアジアで製造されたDABのクラストからは,Mucor flavus(1~3)1) N. Mikami, T. Toyotome, Y. Yamashiro, K. Sugo, K. Yoshitomi, M. Takaya, K. H. Han, M. Fukushima & K. Shimada: Food Res. Int., 140, 110020 (2021).2) G. Ostrowski, D. Jaworska, M. Płecha, W. Przybylski, P. Salek, K. Sawicki & J. Pawłowska: Fungal Biol., 127, 1397 (2023).3) E. Coton, M. Dubee, A. Pawtowski, C. Denoyelle & J. Mounier: Food Res. Int., 181, 114118 (2024).Helicostylum pulchrum(1~3)1) N. Mikami, T. Toyotome, Y. Yamashiro, K. Sugo, K. Yoshitomi, M. Takaya, K. H. Han, M. Fukushima & K. Shimada: Food Res. Int., 140, 110020 (2021).2) G. Ostrowski, D. Jaworska, M. Płecha, W. Przybylski, P. Salek, K. Sawicki & J. Pawłowska: Fungal Biol., 127, 1397 (2023).3) E. Coton, M. Dubee, A. Pawtowski, C. Denoyelle & J. Mounier: Food Res. Int., 181, 114118 (2024).Pilaira anomala(4)4) H. J. Lee, J. W. Yoon, M. Kim, H. Oh, Y. Yoon & C. Jo: Meat Sci., 153, 152 (2019).といった接合菌が優占的に生育していることが確認されており,これらがDABの風味に何かしらの影響を与えている可能性が考えられる.M. flavusは過去に南極大陸(5)5) G. Walther, J. Pawłowska, A. Alastruey-Izquierdo, M. Wrzosek, J. L. Rodriguez-Tudela, S. Dolatabadi, A. Chakrabarti & G. S. de Hoog: Persoonia, 30, 11 (2013).やノルウェーのスバールバル島(6)6) S. M. Singh, M. Tsuji, P. Gawas-Sakhalker, M. J. J. E. Loonen & T. Hoshino: Polar Biol., 39, 523 (2016).で見つけられ,H. pulchrumP. anomalaも2~3°C付近の熟成庫内の肉から検出されていることから,これらの接合菌は低温環境下で生育できる菌であると考えられる.

図2■クラストに生育する接合菌(Helicostylum pulchrum

(左上)シャーレの様子,(左下)クラスト上の菌糸の顕微鏡写真,(右下)菌糸1つの顕微鏡写真.

また,クラスト上には細菌類も生育しており,真菌類と共存していることがわかる.枝肉や部分肉には,菌数は多くないもののと畜処理によって付着した様々な種類の細菌類が認められる.と畜直後は20~40°Cの条件でよく生育する中温細菌がみられるが,Pseudomonas属菌は長期間冷蔵するようなドライ熟成過程でも生育する低温細菌であり,多くのDABのクラスト優占細菌であることが確認されている(3)3) E. Coton, M. Dubee, A. Pawtowski, C. Denoyelle & J. Mounier: Food Res. Int., 181, 114118 (2024).

・ドライ熟成肉の香りや味わい

DABの一番の特徴は,特有の“熟成香”である.熟成香といってもその明確な定義はないためイメージしにくいが,DABの熟成香は,ナッツ,バター,ブラウンロースト,土っぽい,などと表現されることが多い.このように,1種類の香りではなく,いくつもの種類の香りを組み合わせて表現されている.さらに,一般的には1種類の香りでも複数の揮発性香気化合物によって形成されている.そのため,DABの熟成香と一口に言っても,数十~数百の揮発性香気化合物が複雑に絡み合っていることが推察される.

その中でも“ナッツ”の香りは,DABの熟成香を表現するために科学論文でもよく使われるワードである.3-メチル-1-ブタノールやベンズアルデヒドの他,複数の揮発性香気化合物がドライ熟成後の牛肉から検出されており,これらが組み合わさることによって“ナッツ”の香りが形成されている可能性がある.ブロック肉(牛の筋肉)の脂肪やタンパク質の代謝物は,揮発性香気化合物のみならず,旨味成分にも関連し,DABの味わいに大きく影響を与える.肉自身が持っているタンパク質・脂質の分解酵素はもちろんのこと,クラストの真菌や細菌もこれらの分解酵素を持つことがわかってきており,ブロック肉を舞台に多くの役者が熟成香や味わいの醸成に関わっていることが推察できる.

・ドライ熟成肉の安全性

このようにDABは,微生物と肉が協力し合って香りや美味しさを創り出す食肉製品である.人間にとって安全で美味しいものであれば熟成は上手く進んでいることになる.一方で,DABは多くの微生物が生育する食品であり,その菌種や菌量のコントロールが適切でなければ,一気に安全ではない,好ましくない状態になってしまう.日本では熟成庫や冷蔵庫など閉鎖された空間でDABを製造することがほとんどであるが,海外の一部の国では野ざらしに置かれているようなDABもあり,環境中の微生物に汚染されているケースがある.アフリカではアフラトキシン(カビ毒の一種)を作るAspergillus flavus等のAspergillus属菌が乾燥肉に確認されており(7)7) T. A. Dada, T. I. Ekwomadu, L. Ngoma & M. Mwanza: Foods, 13, 3221 (2024).,その安全性が脅かされている.

また,ドライ熟成が進むということは,肉のタンパク質が分解され,アミノ酸が増えることである.さらにアミノ酸が代謝されると,アンモニアが生成される.この代謝は肉の作用だけではなく,DABに生育するたくさんの微生物によっても促進される.アンモニアは食肉の初期腐敗の指標とされており,過度なドライ熟成ではこれを上昇させる.濃度によるが,人体にとって有害な物質でもある.発酵と腐敗の線引きは非常に難しいが,DABでも熟成によって遊離アミノ酸が増える一方で,アンモニアの上昇がないかをモニターしておく必要がある.

現在のところ,DABに生育する微生物の規格(安全に美味しく食べられる製品としての適切な菌の種類や量),製造基準(安全に美味しく製造する方法),成分規格(遊離アミノ酸,カビ毒,アンモニアなどの量)に関して国内外で明確なルールがなく,安全性が懸念されることも多い.そのため,多くのDABに関する科学的なデータを取得し,合理的な基準の設定を急ぐ必要がある.その上で,微生物が持つ作用を理解して制御することで,好みの香りや味わいのDABを作れるようになることを期待する.

Reference

1) N. Mikami, T. Toyotome, Y. Yamashiro, K. Sugo, K. Yoshitomi, M. Takaya, K. H. Han, M. Fukushima & K. Shimada: Food Res. Int., 140, 110020 (2021).

2) G. Ostrowski, D. Jaworska, M. Płecha, W. Przybylski, P. Salek, K. Sawicki & J. Pawłowska: Fungal Biol., 127, 1397 (2023).

3) E. Coton, M. Dubee, A. Pawtowski, C. Denoyelle & J. Mounier: Food Res. Int., 181, 114118 (2024).

4) H. J. Lee, J. W. Yoon, M. Kim, H. Oh, Y. Yoon & C. Jo: Meat Sci., 153, 152 (2019).

5) G. Walther, J. Pawłowska, A. Alastruey-Izquierdo, M. Wrzosek, J. L. Rodriguez-Tudela, S. Dolatabadi, A. Chakrabarti & G. S. de Hoog: Persoonia, 30, 11 (2013).

6) S. M. Singh, M. Tsuji, P. Gawas-Sakhalker, M. J. J. E. Loonen & T. Hoshino: Polar Biol., 39, 523 (2016).

7) T. A. Dada, T. I. Ekwomadu, L. Ngoma & M. Mwanza: Foods, 13, 3221 (2024).