Kagaku to Seibutsu 63(2): 63-65 (2025)
今日の話題
ドライ熟成肉
微生物の働きを活かした発酵食肉製品
Published: 2025-02-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
皆さんは“熟成肉”という言葉を聞いたことがあるだろうか? 近年,外食産業で人気を集め,インターネットのグルメサイトや雑誌によく取り上げられるキーワードである.牛肉や豚肉といった食肉は,と畜した後に死後硬直の解除(解硬)や風味向上を目的として,冷蔵環境で一定期間寝かせられる.これを“熟成”といい,私たちが食べる食肉のほとんどがこの過程を経た“熟成肉”である.
“熟成肉”は,その熟成方法の違いによって2つに分類される.ウェット熟成肉(Wet-aged beef: WAB)は,ブロック肉を真空包装し空気に触れない状態で寝かせた食肉製品である.私たちが日常的に食べる食肉は,WABが多い.それに対し,ドライ熟成肉(Dry-aged beef: DAB)(図1図1■ドライ熟成肉(DAB))は,ブロック肉を真空包装せずに,温度・湿度の制御された冷蔵庫(熟成庫)で寝かせた食肉製品である.DABは数週間空気に晒されることから,肉の表面には“クラスト”と呼ばれる乾燥した外皮が形成される.クラスト上には熟成庫内に浮遊する蔵付き菌が定着し,真菌類や細菌類など多様な微生物が生育する.そのため,ドライ熟成の過程では食肉が本来持っている酵素だけではなく,微生物がつくる酵素も働き,食肉のタンパク質や脂質からDAB特有の熟成香や味わいがつくられるといわれている.
DABのクラストには,様々な微生物が生育する.その中でも主役を務める優占菌は,図2図2■クラストに生育する接合菌(Helicostylum pulchrum)の左上の写真からも確認できるように絨毯のような白いカビであり,ブロック肉の全体を覆う.これらは真菌類のグループの接合菌(一般的にはケカビと呼ばれる)で,菌糸を長く伸ばして成長することからふわふわした綿毛のような見た目になる.ヨーロッパやアジアで製造されたDABのクラストからは,Mucor flavus(1~3)1) N. Mikami, T. Toyotome, Y. Yamashiro, K. Sugo, K. Yoshitomi, M. Takaya, K. H. Han, M. Fukushima & K. Shimada: Food Res. Int., 140, 110020 (2021).2) G. Ostrowski, D. Jaworska, M. Płecha, W. Przybylski, P. Salek, K. Sawicki & J. Pawłowska: Fungal Biol., 127, 1397 (2023).3) E. Coton, M. Dubee, A. Pawtowski, C. Denoyelle & J. Mounier: Food Res. Int., 181, 114118 (2024).,Helicostylum pulchrum(1~3)1) N. Mikami, T. Toyotome, Y. Yamashiro, K. Sugo, K. Yoshitomi, M. Takaya, K. H. Han, M. Fukushima & K. Shimada: Food Res. Int., 140, 110020 (2021).2) G. Ostrowski, D. Jaworska, M. Płecha, W. Przybylski, P. Salek, K. Sawicki & J. Pawłowska: Fungal Biol., 127, 1397 (2023).3) E. Coton, M. Dubee, A. Pawtowski, C. Denoyelle & J. Mounier: Food Res. Int., 181, 114118 (2024).,Pilaira anomala(4)4) H. J. Lee, J. W. Yoon, M. Kim, H. Oh, Y. Yoon & C. Jo: Meat Sci., 153, 152 (2019).といった接合菌が優占的に生育していることが確認されており,これらがDABの風味に何かしらの影響を与えている可能性が考えられる.M. flavusは過去に南極大陸(5)5) G. Walther, J. Pawłowska, A. Alastruey-Izquierdo, M. Wrzosek, J. L. Rodriguez-Tudela, S. Dolatabadi, A. Chakrabarti & G. S. de Hoog: Persoonia, 30, 11 (2013).やノルウェーのスバールバル島(6)6) S. M. Singh, M. Tsuji, P. Gawas-Sakhalker, M. J. J. E. Loonen & T. Hoshino: Polar Biol., 39, 523 (2016).で見つけられ,H. pulchrumやP. anomalaも2~3°C付近の熟成庫内の肉から検出されていることから,これらの接合菌は低温環境下で生育できる菌であると考えられる.