解説

次世代糖タンパク質医薬品の行方
糖鎖エンジニアリングと抗体医薬品

A Direction Beyond Next Generation Glycoprotein Drug: Antibody Glycoengineering

Osamu Kanie

蟹江

東海大学工学部,マイクロ・ナノ研究開発センター

Published: 2025-02-01

バイオ医薬品としても注目されている糖タンパク質は,単純タンパク質とは異なり翻訳後に糖鎖による修飾を受けている.細胞小器官内で行われる糖鎖の合成は前段階のペプチド合成のように鋳型依存ではなく,多段階の酵素反応によって達成される.このため,糖タンパク質はグリコフォームと呼ばれる多様な糖鎖で修飾を受けたタンパク質の混合物である.医薬品として糖タンパク質を用いる際にはこの翻訳後修飾による糖鎖の多型が問題となる場合がある.本稿では,糖タンパク質の例として抗体を取り上げ,糖鎖の多様性に注目して抗体医薬の現状と未来の糖タンパク質医薬の方向性について考察する.本稿が将来の糖タンパク質医薬品開発の一助となるとともに,タンパク質の糖鎖による修飾の重要性の再認識に繋がれば幸いである.

Key words: バイオ医薬品; 糖タンパク質; 抗体医薬品; 糖鎖; 糖鎖エンジニアリング

タンパク質製剤などバイオ医薬品が使われるようになり40年以上になる.生体高分子であるタンパク質には機能発現に係わる高次構造の形成と維持が必要となり,低分子医薬品とは異なる考慮すべき点が存在する.タンパク質の生物的生産は,遺伝子組換えと遺伝子導入により大腸菌などの原核生物での発現が可能であり,化学的にはフォールディングの問題を克服することが鍵となる.一方,糖タンパク質を医薬品とする場合には,後述するように安全性等の品質面でさらなる熟慮が求められる(1, 2)1) J. B. Lowe: Cell, 104, 809 (2001).2) R. Jefferis: J. Immunol. Res., 2016, 5358272 (2016)..糖タンパク質を産生するには,糖鎖修飾能を有する培養細胞などの発現系を用いるが,細胞内での糖鎖合成の制御機構が完全に解明されていないため,単純タンパク質に比べてより困難な状況となる.本稿では,現在注目されている抗体の一種であるIgGを例にして,糖タンパク製剤の問題点や課題などをまとめ,さらに近年一定の方向性も示されているのでそれらについても言及する.

抗体(IgG)は糖タンパク質

IgGは,B細胞が産生する各々2本の長短2種(重鎖と軽鎖)のポリペプチド鎖からなるY字型のタンパク質であり,免疫反応に関与することは高校でも学習するところである(図1図1■抗体の構造).一般に,重鎖のN末端側と軽鎖からなる部位の末端で形成されるFab領域と呼ばれる可変領域と,それ以外の重鎖のC末端側で形成されFc領域と呼ばれる定常領域から構成される.可変領域の端部分には抗原となる分子が選択的に結合する窪みが形成され,抗体の重要な機能である抗原の高選択的認識が担われる.そして,IgGのFc領域中のAsn297には2本の重鎖に対をなすN-結合型糖鎖がAsn側鎖に結合している.すなわち,抗体,特にIgGは糖タンパク質である.これら糖鎖はFc領域に形成された広い空間に内向きに存在し,長さや嵩高さがFc領域全体の立体構造に影響を及ぼしている.その結果,糖鎖を含むFc領域は,抗体依存性細胞障害(ADCC)や補体依存性細胞障害(CDC)といったエフェクター活性を制御している(3)3) S. Krapp, Y. Mimura, R. Jefferis, R. Huber & P. Sondermann: J. Mol. Biol., 325, 979 (2003).

図1■抗体の構造

抗体の模式図を示す.重鎖と軽鎖(黄と緑あるいは青と紫の組み)のアミノ基末端側に抗原結合部位が形成され,各々のドメインはジスルフィド結合(-S–S-)によって安定化されている.糖鎖はFc領域に内向きに結合している.吹き出し:重鎖(青)と軽鎖(紫)の境界に形成された抗原結合部位に抗原分子が結合している例とIgGの立体構造中の2本の重鎖(青と黄)のカルボキシ末端側からなるFc領域の拡大図を示す(糖鎖は赤の棒モデルで示されている).

タンパク質の糖鎖修飾機構が未解明

そもそも,医薬品として利用しようとするタンパク質が糖タンパク質であっても,糖鎖を切断し単純タンパク質としても問題がない場合も存在する.例えば,IgGのFab領域に注目して中和抗体やドラッグデリバリーシステム(DDS)の担体としての利用に限定すれば,大腸菌での発現も可能でありコスト面でも恩恵がある(4)4) M.-P. Robinson, N. Ke, J. Lobstein, C. Peterson, A. Szkodny, T. J. Mansell, C. Tuckey, P. D. Riggs, P. A. Colussi, C. J. Noren et al.: Nat. Commun., 6, 8072 (2015).

しかし,糖鎖の切断により機能に影響がある場合,本来のタンパク質の機能を保持させるには糖タンパク質を作る必要があるし,医薬品の品質保証のためには一定の配慮が必要である.IgG以外においても糖鎖はさまざまな「機能」を有しているが,一義的な機能としては捉えられない.例えば,糖鎖によるタンパク質の輸送先の決定,糖タンパク質の血中滞留時間の制御,プロテアーゼからの保護,抗原性の遮蔽,高い親水性による物性への影響なども考慮されるべきである.

ところが,N-結合型糖鎖合成のみを対象としても,細胞内で進行する糖タンパク質の合成は以下述べるように非常に複雑である.まず,粗面小胞体(ER)において,N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)2残基,マンノース(Man)6残基,グルコース(Glc)3残基からなる糖鎖が特殊なリン脂質から合成過程のポリペプチド鎖へ付与されることによりタンパク質の糖鎖修飾は始まる(図2図2■糖タンパク質の糖鎖合成とグリコフォームの形成).その後,Glc残基の部分加水分解により生じる糖鎖を利用する,糖鎖依存型のシャペロンによるポリペプチドのフォールディング過程の後,Man残基の部分的な加水分解を経てゴルジ小胞へと輸送される.さらに,Man残基の加水分解,GlcNAcの付与とMan残基のさらなる分解を受け,GlcNAcMan3GlcNAc2を有する糖タンパク質からの糖鎖伸長という流れによって糖タンパク質が成熟していく.糖鎖の成熟過程ではGlcNAc,ガラクトース(Gal),フコース(Fuc)やシアル酸(NeuAc)といった糖が付与されていく(5, 6)5) C. Reily, T. J. Stewart, M. B. Renfrow & J. Novak: Nat. Rev. Nephrol., 15, 346 (2019).6) K. T. Schjoldager, Y. Narimatsu, H. J. Joshi & H. Clausen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 21, 729 (2020)..このように糖鎖の合成は,糖加水分解酵素や糖転移酵素によっており,鋳型に依存しない.このため糖鎖合成の過程は様々な要因により変化し,結果としてグリコフォームと呼ばれる多型を与える(図2図2■糖タンパク質の糖鎖合成とグリコフォームの形成).また,ゴルジ小胞内での糖鎖合成には細胞質で合成される糖ヌクレオチドの量や対応する輸送体にも依存するため糖鎖成熟の全容は明らかにされていない.一方,ABOなどの糖鎖による血液型物質が組織特異的に発現していることからも明らかなように,糖タンパク質の糖鎖は細胞の分化段階や組織によって異なっている(7)7) H. Clausen & S.-i. Hakomori: Vox Sang., 56, 1 (1989)..すなわち,糖鎖の成熟に関わる一連の酵素反応は一定の時間的,空間的制御下にある.そのような制御の機構を明らかにすることそのものが科学研究の本質ではあるものの,糖タンパク質の医薬としての利用も始まっている.

図2■糖タンパク質の糖鎖合成とグリコフォームの形成

糖鎖を構成する単糖は複数の立体化学が決定した水酸基を有し,それらの配向により単糖が決定される.それら単糖は糖核酸へと変換された後ゴルジ体内に輸送される.粗面小胞(ER)でポリペプチド鎖の合成とともに糖鎖付与が起こり,その後フォールディングを経て,ゴルジ体へと輸送される.小さな丸は輸送小胞を表す.糖鎖は糖転移酵素と糖加水分解酵素の連続反応により大まかに3つの領域に分けられるゴルジ体内腔で合成されていく.連続する酵素反応はグリコフォームと呼ばれる多型を生む.糖鎖は一般的に分岐があり水溶性が高い.関係する酵素や糖核酸輸送体などは割愛した.

糖タンパク質発現の問題

上述のように細胞での糖鎖合成は,鋳型に依存しない多段階の酵素反応によっており,極めて複雑で制御は不可能である.それではどうすれば良いのかと言うことになる.糖鎖そのものが実際の機能に直接関係しない場合には,グリコフォームを構成している糖鎖構造やそれらの割合が異なっていたとしても大きな問題とならない.医薬品としての抗体においては,現時点では糖鎖の制御はあまりなされておらず,その意味において抗体医薬品はそのようなケースということもできるかもしれない.しかし,以下に述べるようにヒトにはない遺伝子産物の形成については特に考慮されなければならない.

糖鎖制御が必ずしも必要ではないとの判断に基けば,糖タンパク質は真核生物の培養細胞によって合成できる.例えば,大学などの研究室でも用いるチャイニーズハムスター卵巣(CHO)由来の細胞でも可能である(8)8) K. P. Jayapal, K. F. Wlaschin, W. S. Hu & M. G. S. Yap: Chem. Eng. Prog., 103, 40 (2007)..実際に抗体の発現にはしばしばCHO K1,S,DG44株などの細胞株が用いられている.一般的に危惧されることは,その様な種のゲノムにはヒトでは抗原性の高いαGal-(1→3)-Gal抗原(9)9) Y. Chinuki & E. Morita: Allergol. Int., 68, 296 (2019).を合成するα1,3GT遺伝子が存在することである(10)10) X. Xu, H. Nagarajan, N. E. Lewis, S. Pan, Z. Cai, X. Liu, W. Chen, M. Xie, W. Wang, S. Hammond et al.: Nat. Biotechnol., 29, 735 (2011)..CHO細胞株では,多くの場合この抗原が形成されない,あるいはごく低いレベルでしか発現せず,前段階のβGalの付与まで,あるいは,その前のGlcNAc修飾までの糖鎖が主となっている(11, 12)11) J. Ehret, M. Zimmermann, T. Eichhorn & A. Zimmer: Biotechnol. Bioeng., 116, 816 (2019).12) L. Zhang, H. Schwarz, M. Wang, A. Castan, H. Hjalmarsson & V. Chotteau: Metab. Eng., 65, 135 (2021)..しかし,本抗原を発現するケースについての報告もあり注意されなければならない(13~15)13) C. J. Bosques, B. E. Collins, J. W. Meador III, H. Sarvaiya, J. L. Murphy, G. DelloRusso, D. A. Bulik, I.-H. Hsu, N. Washburn, S. F. Sipsey et al.: Nat. Biotechnol., 28, 1153 (2010).14) Y. Haga, M. Yamada, R. Fujii, N. Saichi, T. Yokokawa, T. Hama, Y. Hayakawa & K. Ueda: Anal. Chem., 94, 15948 (2022).15) L. Liu: J. Pharm. Sci., 104, 1866 (2015).

ヒトIgGのグリコフォームは遺伝的背景,年齢,性別,病気の状態などによって大きく変化することもわかっており(16~19)16) B. S. Haslund-Gourley, B. Wigdahl & M. A. Comunale: Diagnostics (Basel), 13, 1016 (2023).17) E. Maverakis, K. Kim, M. Shimoda, M. E. Gershwin, F. Patel, R. Wilken, S. Raychaudhuri, L. R. Ruhaak & C. B. Lebrilla: J. Autoimmun., 57, 1 (2015).18) M. Pucić, A. Knezević, J. Vidic, B. Adamczyk, M. Novokmet, O. Polasek, O. Gornik, S. Supraha-Goreta, M. R. Wormald, I. Redzić et al.: Mol. Cell. Proteomics, 10, M111.010090 (2011).19) J. Štambuk, N. Nakić, F. Vučković, M. Pučić-Baković, G. Razdorov, I. Trbojević-Akmačić, M. Novokmet, T. Keser, M. Vilaj, T. Štambuk et al.: Aging (Albany NY), 12, 15222 (2020).,また,CHO細胞を用いて抗体を産生した場合にも培養条件によってグリコフォームが変化することが判明している(11, 20)11) J. Ehret, M. Zimmermann, T. Eichhorn & A. Zimmer: Biotechnol. Bioeng., 116, 816 (2019).20) R. Miyajima, H. Manaka, T. Honda, N. Hashii, M. Suzuki, M. Komeno, K. Takao, A. Ishii-Watabe, K. Igarashi, T. Toida et al.: J. Biotechnol., 378, 1 (2023)..糖タンパク質糖鎖のグリコフォームの制御は単に科学的興味としてのみならず,医薬品としての価値を左右し,また,バイオシミラー(既に承認されたバイオ医薬品に加え,同等もしくは同質の有効性や品質を有する後続の医薬品)の製造における品質管理上の課題でもある(21~23)21) B. A. Macher & U. Galili: Biochim. Biophys. Acta, Gen. Subj., 1780, 75 (2008).22) Y. Miki, S. Maruyama, D. Liu, T. Kobayashi, F. Sato, H. Shimizu, S. Kato, W. Sato, Y. Morita, Y. Yuzawa et al.: Xenotransplantation, 11, 444 (2004).23) 宮川周士,白倉良太,谷口直之:Beyond Glycogenes 6, A9 (2002). https://www.glycoforum.gr.jp/article/06A9J.html

糖タンパク質の糖鎖をどうすれば良いか

ヒトにおいて不利益となる抗原糖鎖の形成を防ぐために想像できることの一つは,CHO細胞などの発現系において不要な遺伝子を破壊しておくことであろう(24)24) N. Yamane-Ohnuki, S. Kinoshita, M. Inoue-Urakubo, M. Kusunoki, S. Iida, R. Nakano, M. Wakitani, R. Niwa, M. Sakurada, K. Uchida et al.: Biotechnol. Bioeng., 87, 614 (2004)..もう一つは,世界で盛んに研究されている糖鎖エンジニアリングの手法であり,単一の構造を有する糖鎖を準備して,元々の多型を有する糖鎖を準備した糖鎖で「すげ替える」ことである.すげ替えには,N-グリカナーゼと呼ばれるN-結合型糖鎖をタンパク質に近い糖鎖部分で切断するエンド型酵素の逆反応を用いる(25)25) L.-X. Wang: Trends Glycosci. Glycotechnol., 23, 33 (2011)..この方法であれば,いかなる培養系で産生した抗体であったとしても,人為的に準備した,構造の決まった糖鎖と置き換えることができることになる(図3図3■これからの糖タンパク質医薬品開発の方向性(26)26) S. Manabe & Y. Yamaguchi: Chem. Rec., 21, 3005 (2021)..人為的に準備するとは,後述するように有機化学の手法や天然からの単離精製物を原料として酵素化学的に,あるいは,それらの融合によって合成を達成し準備することを指す.

図3■これからの糖タンパク質医薬品開発の方向性

(A)微生物による生産とPEGなどによる物性の改変を示す.(B)真核生物を用いて発現された抗体分子の糖鎖をエンド酵素を用いて人工糖鎖にすげ変えることができる.これを利用すれば様々な修飾が可能とな.特に天然の糖鎖に酷似した構造を持ち糖加水分解酵素耐性の糖鎖を持たせることも可能となる.

糖鎖の置換が重要視されるポイントは,まずADCC,また,CDCといったFc領域によるエフェクター機能との関連においてであろう(27)27) O. Popp, S. Moser, J. Zielonka, P. Rüger, S. Hansen & O. Plöttner: MAbs, 10, 290 (2018)..抗体における糖鎖には,Fucが糖鎖の根本のGlcNAcのC-3位にα結合でしばしば付与されるが,これが付与されない場合にはFcγRIIIα受容体との結合が強固となり,その結果ADCC活性が上昇することが明らかとなっている.このため糖鎖のすげ替え手法において,このコアFucの有無の選択肢が生まれることとなる.また,抗体Fc糖鎖の非還元末端へのNueAcの付与は抗炎症性に関与している(28)28) Y. Kaneko, F. Nimmerjahn & J. V. Ravetch: Science, 313, 670 (2006).のでここにも注目したい.

このように抗体のFab領域の重要性に加え,N-結合型糖鎖を含むFc領域の機能のため,特別な糖鎖を持つ抗体の産生は重要であり,このための研究が進んでいる.例えば,IgGの2本の糖鎖を異なる糖鎖としたIgGライブラリーの合成が報告された.ここではFcγRIIIαを用いるアフィニティークロマトグラフィーによる評価によりADCC活性に直結する情報も得られており,また,糖鎖構造がIgG全体の安定性にどのように影響を与えるかについての情報も含まれている(29)29) S. Manabe, S. Iwamoto, S. Nagatoishi, A. Hoshinoo, A. Mitani, W. Sumiyoshi, T. Kinoshita, Y. Yamaguchi & K. Tsumoto: J. Am. Chem. Soc., 146, 23426 (2024)..この糖鎖部分の改変により必要とされる活性を有するIgGの選択が可能となることも期待できる.さらに,このような情報は,将来Fc領域のコンフォメーションの「設計」のためにも活用されるかもしれない.

このような研究には多くの糖鎖が必要であるが,複雑な構造を持つ糖鎖の有機化学合成には長年にわたる研究があり(30~33)30) J. T. Smoot & A. V. Demchenko: Adv. Carbohydr. Chem. Biochem., 62, 161 (2009).31) C. Unverzagt & Y. Kajihara: Curr. Opin. Chem. Biol., 46, 130 (2018).32) X. Zhao, Y. Huang, S. Zhou, J. Ao, H. Cai, K. Tanaka, Y. Ito, A. Ishiwata & F. Ding: Front Chem., 10, 880128 (2022).33) Z.-F. Hu, K. Zhong & H. Cao: Curr. Opin. Chem. Biol., 78, 102417 (2024).,化学合成と酵素合成を組み合わせて煩雑な合成工程を短縮,効率化することが可能となってきた(34, 35)34) A. Geissner, L. Baumann, T. J. Morley, A. K. O. Wong, L. Sim, J. R. Rich, P. P. L. So, E. M. Dullaghan, E. Lessard, U. Iqbal et al.: ACS Cent. Sci., 7, 345 (2021).35) H. A. Chokhawala, H. Cao, H. Yu & X. Chen: J. Am. Chem. Soc., 129, 10630 (2007).

一般的に糖鎖には,タンパク質のプロテアーゼによる分解からの保護機能の側面があるが,糖鎖もグリコシダーゼによる分解にさらされる.体内で糖鎖が分解することは,糖鎖改変を施した抗体も時間の経過とともに糖鎖構造が変化してしまい一定のグリコフォームを形成する(36)36) Q. Zhou & H. Qiu: J. Pharm. Sci., 108, 1366 (2019).,即ち期待するエフェクター機能の持続性に問題があるということである.さらに,この過程で生じるβGalを還元末端に持つ糖鎖は,抗体の場合には糖鎖がFc領域の内側に向かっているためさほど問題とならないかもしれないが,一般的には肝臓に存在するレクチンにより捕捉されるマーカーとなっており,糖タンパク質の血中濃度の減少を引き起こす(37)37) P. Thomas & N. Zamcheck: Dig. Dis. Sci., 28, 216 (1983).

この問題の解決には,糖鎖に替え高い生体適合性を有し体内で分解されないポリエチレングリコール(PEG)で修飾した糖鎖を酵素によって導入することも考えられるだろう(38, 39)38) S. DeFrees, Z.-G. Wang, R. Xing, A. E. Scott, J. Wang, D. Zopf, D. L. Gouty, E. R. Sjoberg, K. Panneerselvam, E. C. M. Brinkman-Van der Linden et al.: Glycobiology, 16, 833 (2006).39) J. Park, P. L. Chariou & N. F. Steinmetz: Bioconjug. Chem., 31, 1408 (2020)..この手法は,すでに糖鎖の代わりにPEG修飾したタンパク質の医薬としての有用性も示されていることに加え,修飾位置を本来の糖鎖修飾位置に限定できる利点があるため今後有用となる可能性がある.しかし,抗PEG抗体が産生されるとの報告もあり長期的視野においては問題が否定できない(40)40) T. Ishida & H. Kiwada: Biol. Pharm. Bull., 36, 889 (2013)..また,ポリオキサゾリン(POx)はPEG同様に生体適合性や水溶性にも優れ,ポリマー末端をさまざまな化学種へと変換することも可能なため今後さらに重要となるかもしれない(41)41) R. Luxenhofer, Y. Han, A. Schulz, J. Tong, Z. He, A. V. Kabanov & R. Jordan: Macromol. Rapid Commun., 33, 1613 (2012).

一方,本来の糖鎖構造の必要性が明らかとなれば,異なる方向性による問題解決も必要となるであろう.すなわち,糖鎖中の「保護したい」結合を加水分解酵素耐性とすることができれば,血中での糖加水分解酵素による分解から抗体の糖鎖を保護することが可能となる.このような考え方から,非還元末端のシアル酸(NeuAc)を,すでにシアリダーゼに耐性であることがわかっている3F-NeuAc(42)42) X.-L. Sun, Y. Kanie, C.-T. Guo, O. Kanie, Y. Suzuki & C.-H. Wong: Eur. J. Org. Chem., 2000, 2643 (2000).で置き換えた合成N-結合型糖鎖を有する抗体の合成が報告されている(43)43) H.-J. Lo, L. Krasnova, S. Dey, T. Cheng, H. Liu, T.-I. Tsai, K. B. Wu, C.-Y. Wu & C.-H. Wong: J. Am. Chem. Soc., 141, 6484 (2019)..この他にも7F-NeuAcについても同様の可能性が示されている(34)34) A. Geissner, L. Baumann, T. J. Morley, A. K. O. Wong, L. Sim, J. R. Rich, P. P. L. So, E. M. Dullaghan, E. Lessard, U. Iqbal et al.: ACS Cent. Sci., 7, 345 (2021)..重要な点は,NeuAcの構造において生物活性発現に影響しない位置に,電子吸引性のフッ素原子を導入することでグリコシド結合を安定化することである(44)44) C.-T. Guo, X.-L. Sun, O. Kanie, K. F. Shortridge, T. Suzuki, D. Miyamoto, K. I.-P. J. Hidari, C.-H. Wong & Y. Suzuki: Glycobiology, 12, 183 (2002)..このような加水分解酵素耐性糖鎖の考え方は普遍的であり,鍵となる部位に消化酵素耐性の結合を組み込むという方向性は,改変糖鎖修飾タンパク質の新たなバイオ医薬品の可能性を広げるだろう.

おわりに

抗体のFab領域が選択的に抗原に結合する性質を活かし,さまざまな医薬品のキャリアーとして目標とする組織や細胞に送達する試み,すなわち抗体–薬物複合体の考え方(45)45) S. Manabe & K. Hirose: Drug Deliv. Syst., 36, 28 (2021).においても,Fc領域の糖鎖のすげ替えや転移酵素を用いる手法が注目されているが詳細は割愛した.また,上述したように糖鎖を厳密に制御する糖鎖エンジニアリングによるFc領域のエフェクター活性に着目することも今後ますます重要となるであろう.いずれにせよ,抗体医薬品を開発するにあたり,特定の位置に特定の「個数」の修飾が可能である糖鎖エンジニアリング手法は,一般的な化学修飾法に比べ有利であるといえる.これはFc領域のN-結合型糖鎖の付与位置が広く共有されているためである.他方,糖鎖そのものを利用しようとする際には,加水分解耐性の結合を導入する考え方の重要性も明らかである.抗体医薬品開発におけるこのような研究は,その他の糖タンパク質医薬品や医療にも広く応用できる将来の基盤となるであろう.しかし,バイオ医薬品が生体成分であるゆえの欠点を補うために施した人為的変更が,さらなる抗原性などの欠点とならないよう注意を怠ってはならない.また,糖鎖構造が病態と関連して変動する事実は,例えば抗体医薬品においては病状に見合った糖鎖修飾体の必要性をも示唆している.

多くの可能性の中から選択した事業に経営資源を集中させることは経済的側面では重要であろう.しかし,発展途上にある技術分野においては学術研究により可能性を広げる必要があるし,それは将来の科学の,あるいは,経営の基礎となる汎用性も秘めている.時々の判断による資源の集中は将来を犠牲にする可能性を前提とすることを知っておかなければならない.考えうる長期的な視座を持ち,研究・開発を行っていく必要がある.また医療に応用する際には,当然であるが患者の存在を忘れてはならない.患者の利益のため,行われるべきは行われなければならない.

Acknowledgments

執筆にあたり助言と示唆をいただきました星薬科大学 眞鍋史乃教授,東海大学 蟹江善美博士,東海大学 岡村陽介教授に深く感謝いたします.

Reference

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