Kagaku to Seibutsu 63(3): 104-106 (2025)
今日の話題
ゲノム編集で若葉生産に適したオオムギを開発
標的遺伝子のピンポイント改変で育種効率化
Published: 2025-03-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
オオムギは世界で4番目に生産量の多い穀物である.欧米では主にビール原料や飼料として利用される.一方,我が国では麦ごはん,麦茶として,また味噌,醤油,焼酎等の原料など多様な用途がある.また近年は,健康志向の高まりから,青汁用のオオムギ若葉の需要も高まっている.オオムギはもともと西アジアの乾燥地帯を起源としているため,我が国のように雨の多い地域での栽培には適しておらず,穂発芽という大きな問題を抱えている.穂発芽というのは,刈り取り前の穂が長雨に当たると穂の中から発芽してしまう現象である.一度発芽のスイッチが入ってしまった種子は,澱粉の分解等が起きてしまい,商品としての価値を失う.国内で栽培されているオオムギ品種は,安定した子実収穫を達成するため,梅雨に入る前に収穫できるよう,より早期に出穂する方向に育種されてきた.国産オオムギ品種が持つこの早期出穂性は,一方では若葉の生産には不都合な性質となる.オオムギの若葉は,幼穂が混入すると品質が低下するため,穂の形成が始まる前に収穫する必要がある.ところが近年,温暖化の影響から予期できない早期の穂形成が発生し,生産が安定しないという問題が頻発している.現行の品種の性質はそのままに,出穂だけを遅らせるようなピンポイントな遺伝的改変が望まれるが,従来育種では,戻し交配を繰り返す必要があり,何年もの長期間を要する上,全く同じ性質とはならない.ゲノム編集はこのようなピンポイントな遺伝改変に最適な技術であり,その利用への期待は高い.
作物のゲノム編集では,通常アグロバクテリウムを使った形質転換法を使用する.オオムギは難培養性作物の1つで,アグロバクテリウム法など細胞培養を介した形質転換やゲノム編集技術を実用品種に適用することが困難であった.この難培養性の問題を解決するため,コムギにおいてin planta Particle Bombardment(iPB法)(1, 2)1)濱田晴康,柳楽洋三,今井亮三:化学と生物,56, 287 (2018).2) Y. Kumagai, Y. Liu, H. Hamada, W. Luo, J. Zhu, M. Kuroki, Y. Nagira, N. Taoka, E. Katoh & R. Imai: Plant Physiol., 188, 1838 (2022).が開発された(図1A図1■ゲノム編集によるPpd-H1ノックアウト系統の作出とその形質).iPB法では,発芽直後の種子胚茎頂組織に着目する.茎頂表皮から2層目にあるL2細胞層は,独立に分裂し,やがて茎頂から花芽が発生する過程では,花粉や胚のうといった生殖細胞に分化する(3)3) R. Goldberg, T. Beals & P. M. Sanders: Plant Cell, 5, 1217 (1993)..つまり,茎頂L2細胞への遺伝子改変は,生殖細胞への分化を通じて,次世代に遺伝させることが可能である.iPB法では,CRISPR/Cas9等のゲノム編集酵素を吸着させた金粒子を,パーティクルガンを用いて高圧で茎頂組織に撃ち込む.金粒子とともにL2細胞に到達したゲノム編集酵素は,細胞内でターゲット遺伝子を変異させる.種子胚からは,そのまま芽と根が成長するので,植物体を育て,種子を回収すると,その中にゲノム編集された種子が含まれる.iPB法はこのように,植物体を直接ゲノム編集するため,難培養性の問題をクリアし,現行の優良品種のゲノム編集も可能になるという画期的な技術である.
図1■ゲノム編集によるPpd-H1ノックアウト系統の作出とその形質
A: iPB法によるゲノム編集の原理.B: 長日環境における花芽誘導に働くシグナル伝達機構.Ppd-H1タンパク質は花芽の誘導に働く.C: 原品種出穂時のPpd-H1ノックアウト系統(NH7-6, NH3-2)の草姿.D: 発芽後出穂までの日数.E: ノックアウト系統の茎葉収量.
二条大麦「ニシノホシ」は,暖地の食用及び焼酎醸造用の基幹品種として,九州全県に普及しており,大麦若葉栽培にも広く利用されている.iPB法を用いることで,この品種におけるゲノム編集が可能になり,穂形成時期を遅らせる遺伝的改変が可能になるのではないかとの発想のもと挑戦が開始された.オオムギでは,春に長日環境になると花芽形成促進遺伝子(Ppd-H1)(4)4) A. Turner, J. Beales, S. Faure, R. Dunford & D. Laurie: Science, 310, 1031 (2005).が働く(図1B図1■ゲノム編集によるPpd-H1ノックアウト系統の作出とその形質).Ppd-H1はPseudo-response regulatorをコードし,時計遺伝子の制御下で長日条件下の花芽形成を促進する.ゲノム編集によってPpd-H1遺伝子をノックアウトすることを目的に,Ppd-H1配列を切断するgRNA, Cas9タンパク質を調製し,ゲノム編集酵素複合体として種子茎頂に撃ち込んだ.茎頂から生育させた導入植物(E0世代)は,第5葉用いてCAPS法とシーケンスによる変異解析を行った.導入605個体中16個体(2.6%)で変異が検出された.これらの変異体は,変異細胞と非変異細胞からなるキメラ植物であるため,次世代(E1)においてキメラ性が解除された変異個体を選抜する必要がある.次世代植物の変異解析から16個体中6個体(系統)が選抜され,最終的な変異体獲得効率は約1%となった(5)5) D. Tezuka, H. Cho, H. Onodera, Q. Linghu, T. Chijimatsu, M. Hata & R. Imai: Plant Physiol., 195, 287 (2024)..次に,変異ホモ型となった2系統(NH7-6, NH3-2)を用いて,ノックアウト変異の出穂への影響を調べた.長日条件(16時間明期/8時間暗期,22°C/15°C)で制御された育成室で栽培したところ,ppd-H1変異系統の出穂は,原品種に比べて約40日遅れた(図1C, D図1■ゲノム編集によるPpd-H1ノックアウト系統の作出とその形質).茎葉収量を比べると,変異系統は原品種の約17倍となった(図1E図1■ゲノム編集によるPpd-H1ノックアウト系統の作出とその形質)(5)5) D. Tezuka, H. Cho, H. Onodera, Q. Linghu, T. Chijimatsu, M. Hata & R. Imai: Plant Physiol., 195, 287 (2024)..ppd-H1変異体では,下流のFT(フロリゲン)遺伝子の発現が著しく抑制されていることも確認された.実際の栽培の過程では,秋に播種して初夏の収穫まで環境条件は大きく変動する.特定網室を利用して,圃場を模した日長,温度条件で栽培を行った.その結果,ppd-H1変異系統は原品種と比較し,出穂が10日から14日遅延し,茎葉収量も約3倍に増加した(未発表).このゲノム編集系統が示したパフォーマンスは,実際の圃場においても十分な出穂遅延と収量増をもたらすものと期待される.
子実を収穫するために導入されてきた早期出穂性は,若葉の生産には不要であり,むしろ不都合である.ゲノム編集技術を用いることで,現行オオムギ品種の様々な優れた性質を維持したまま,若葉生産という新需要に対応した品種育成が可能であることが示された.オオムギに限らず,ゲノム編集は,現行品種のピンポイント改変に有効である.そのため,iPB法のような適用品種を選ばないゲノム編集技術は今後ますます重要になっていくと考えられる.
Reference
1)濱田晴康,柳楽洋三,今井亮三:化学と生物,56, 287 (2018).
3) R. Goldberg, T. Beals & P. M. Sanders: Plant Cell, 5, 1217 (1993).
4) A. Turner, J. Beales, S. Faure, R. Dunford & D. Laurie: Science, 310, 1031 (2005).