Kagaku to Seibutsu 63(3): 107-113 (2025)
解説
乳たんぱく質:α-ラクトアルブミンの健康機能研究
肝疾患や女性特有の健康課題に対する可能性
Research on the Health Function of Milk Protein, Alpha-Lactalbumin: Potential Role in the Hepatic Diseases and Women’s Health Issues
Published: 2025-03-01
乳たんぱく質は牛乳中のたんぱく質の総称であり,乳たんぱく質中の約8割を占めるカゼインと約2割を占めるホエイプロテインとに大別される.ホエイプロテインの中には人々の健康の維持増進に働く機能性のたんぱく質が数多く含まれており,それぞれのたんぱく質特有の生理活性作用が明らかにされてきている.その中でも今回は特定の臓器に特徴的な疾患や女性の性周期にまつわる不快症状に至るまで多方面でその有益な作用が認められているα-ラクトアルブミン(α-lactalbumin; αLA)について,これまでの研究成果を交えて紹介する.
Key words: 乳たんぱく質; α-ラクトアルブミン; 肝疾患; 腸肝軸; 女性特有の健康課題
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
一般的な牛乳は12.6%の乳固形分と87.4%の水分からなる液体である.牛乳中の乳固形分の中には,乳児から高齢者まであらゆる世代の人々に必要な栄養素が含まれているだけでなく,健康の維持増進に働く生理活性作用を有する成分も数多く含まれている.乳固形分は無脂乳固形分と乳脂肪分に分類でき,無脂乳固形分はさらに乳たんぱく質,炭水化物,ミネラルに分類される.乳たんぱく質とは牛乳中の約3.3%を占めるたんぱく質の総称であり,カゼインとホエイプロテインから構成されている(図1図1■一般的な牛乳の組成)(1, 2)1) 文部科学省:日本食品標準成分表(8訂),https://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/02/16/1365343_1-0213r9.pdf, 2020.2) P. Walstra, J. T. M. Wouters & T. J. Geurts: “Milk components. Proteins Dairy science and technology,” CRC Press, 2006, pp. 63–108..
カゼインとホエイプロテインはそれぞれ異なる消化・吸収性を有している.乳たんぱく質の大部分を占めるカゼインは水に溶けないたんぱく質であり,胃に入ると胃酸と反応して凝集する.凝集により胃での滞留時間が長くなったカゼインは胃内部の消化酵素と時間をかけて反応することでゆっくりと消化され,その後小腸で吸収される(3)3) 一般社団法人Jミルク:ファクトブック 乳タンパク質のすべて,https://www.j-milk.jp/report/study/h4ogb40000001268-att/h4ogb4000000128l.pdf, 2019..一方,ホエイプロテインは胃酸により凝集しないためすばやく小腸に移動して消化・吸収される(3)3) 一般社団法人Jミルク:ファクトブック 乳タンパク質のすべて,https://www.j-milk.jp/report/study/h4ogb40000001268-att/h4ogb4000000128l.pdf, 2019..
カゼインとホエイプロテインは消化・吸収性以外にそれぞれ異なる作用が報告されている(表1表1■牛乳中のたんぱく質の組成および作用例).カゼインは親水性のサブミセルと疎水性のサブミセルから構成される球状(4)4) P. Walstra & R. Jenness: “Dairy Chemistry and Physics,” Wiley, 1984.,もしくはサブミセルを有さない凝集体(5)5) P. Walstra: Int. Dairy J., 9, 189 (1999).のカゼインミセルと呼ばれる形態をとると考えられている.カゼインミセルを構成するカゼインはα-カゼイン,β-カゼイン,κ-カゼインなど数種類存在している.カゼインにはリン酸結合部位が存在し,水に溶けにくいリン酸カルシウムと結合してカゼインミセル内部にカルシウムを安定して保持することによるカルシウムの運搬という働きがある.また,カゼインが分解される過程で生じるカゼインホスホペプチド(CPP)はカルシウムの吸収補助機能を有している(6, 7)6) R. Sato, T. Noguchi & H. Naito: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 32, 67 (1986).7) Y. Toba, K. Kato, Y. Takada, M. Tanaka, T. Nakano, T. Aoki & S. Aoe: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 45, 311 (1999)..
カゼイン | 比率 | 作用例 |
---|---|---|
αS1-カゼイン | 40% | カルシウムの運搬・吸収補助など |
αS2-カゼイン | 10% | |
β-カゼイン | 36% | |
κ-カゼイン | 14% | |
ホエイタンパク質 | 比率 | 作用例 |
β-ラクトグロブリン | 52% | 抗ウィルス,抗がん,病原体の付着防止など |
α-ラクトアルブミン | 17% | 亜鉛の吸収促進,抗酸化,抗菌,抗炎症,免疫調節,抗高血圧など |
免疫グロブリン | 10% | 病原体などへの結合,目的の抗原に対する抗体機能など |
血清アルブミン | 5% | — |
ラクトフェリン | 1.5% | 鉄の輸送・吸収促進,抗酸化,抗菌・抗ウィルス,抗炎症,免疫調節,抗がんなど |
その他 | 14.5% | 骨強化[乳塩基性たんぱく質(MBP)],抗菌[ラクトパーオキシダーゼ(LPO)]など |
[ ]内は関与たんぱく質 |
ホエイプロテインは乳たんぱく質のうちの2割程度しか存在しないが,その中に特有の生理活性作用を有するたんぱく質が数多く含まれている.β-ラクトグロブリンおよびα-ラクトアルブミンは牛乳のホエイプロテインを構成する主要なたんぱく質であり,ホエイプロテイン中でそれぞれ約50%と約20%を占める(8)8) D. K. Layman, B. Lönnerdal & J. D. Fernstrom: Nutr. Rev., 76, 444 (2018)..β-ラクトグロブリンは未分解の状態では不活性と考えられているが,抗ウィルス作用,抗がん作用,病原体の付着防止作用などの報告も存在している(9, 10)9) B. Hernández-Ledesma, I. Recio & L. Amigo: Amino Acids, 35, 257 (2008).10) D. E. W. Chatterton, G. Smithers, P. Roupas & A. Brodkorb: Int. Dairy J., 16, 1229 (2006)..α-ラクトアルブミンは,亜鉛の吸収促進作用,抗酸化作用,抗菌作用,抗炎症作用,免疫調節作用,鎮痛作用,抗高血圧作用など多様な機能が報告されている(8, 11)8) D. K. Layman, B. Lönnerdal & J. D. Fernstrom: Nutr. Rev., 76, 444 (2018).11) X. Ge, J. Zhang, J. M. Regenstein, D. Liu, Y. Huang, Y. Qiao & P. Zhou: Food Biosci., 60, 104371 (2024)..また,α-ラクトアルブミンはヒトの母乳中において最も多いホエイプロテインとしても知られている(12)12) W. E. Heine, P. D. Klein & P. J. Reeds: J. Nutr., 121, 277 (1991)..α-ラクトアルブミンはトリプトファンやリシンなどの必須アミノ酸を豊富に含んでおり,乳幼児の発達に必要な栄養素であるだけでなく,代謝関連疾患の改善,腸の健康促進,骨と筋肉の強化,老化の遅延,睡眠や認知能力の向上(10)10) D. E. W. Chatterton, G. Smithers, P. Roupas & A. Brodkorb: Int. Dairy J., 16, 1229 (2006).など,より実質的な健康課題への対策が期待されるたんぱく質でもある.α-ラクトアルブミンの機能性については筆者らの最新の研究成果も含めて後述する.他にも代表的なホエイプロテインの機能として,ラクトフェリンの鉄の輸送・吸収促進作用,抗酸化作用,抗菌・抗ウィルス作用,抗炎症作用,免疫調節作用(13, 14)13) B. Lönnerdal & S. Iyer: Annu. Rev. Nutr., 15, 93 (1995).14) T. Lin, G. Meletharayil, R. Kapoor & A. Abbaspourrad: Nutr. Rev., 79(Suppl 2), 48 (2021).や乳塩基性たんぱく質(MBP)の骨強化作用(15, 16)15) K. Uenishi, H. Ishida, Y. Toba, S. Aoe, A. Itabashi & Y. Takada: Osteoporos. Int., 18, 385 (2007).16) A. Ono-Ohmachi, Y. Ishida, Y. Morita, K. Kato, H. Yamanaka & R. Masuyama: Nutrition, 91, 111409 (2021).,ラクトパーオキシダーゼ(LPO)の抗菌作用(17)17) L. M. Wolfson & S. S. Sumner: J. Food Prot., 56, 887 (1993).などが報告されている.また,免疫グロブリンは病原体への結合など,抗体としての機能を活かす取り組みが報告されている(18)18) R. Mehra, P. Marnila & H. Korhonen: Int. Dairy J., 16, 1262 (2006)..
α-ラクトアルブミンは分子量約14,100の球状たんぱく質であり,セロトニン前駆体であるトリプトファン含量が高い(19)19) 今井哲哉:ミルクサイエンス,55,227 (2007)..α-ラクトアルブミンは進化の過程でリゾチームより変化したため,リゾチームとのアミノ酸配列(20)20) K. Nitta & S. Sugai: Eur. J. Biochem., 182, 111 (1989).,立体構造(21)21) K. R. Acharya, D. I. Stuart, N. P. Walker, M. Lewis & D. C. Phillips: J. Mol. Biol., 208, 99 (1989).の類似が報告されている.リゾチームはヒトにおいて経口摂取後に血液循環へ移行されることが確認されている(22)22) S. Hashida, E. Ishikawa, N. Nakamichi & H. Sekino: Clin. Exp. Pharmacol. Physiol., 29, 79 (2002)..α-ラクトアルブミンについてもラットの十二指腸内に投与後,未分解の状態で門脈血中よりα-ラクトアルブミンが検出されたことが確認されている(23)23) M. Yamaguchi & M. Uchida: Inflammopharmacology, 15, 43 (2007)..これは,リゾチームと相同性を持つためα-ラクトアルブミンも同様に未分解の状態で小腸から吸収される機構を介していることが想定される.したがって,α-ラクトアルブミンは未分解の状態で吸収されて門脈を通過し,直接肝臓へ作用する可能性と,消化・吸収される際に生じた構成アミノ酸やペプチドが作用する可能性が考えられる.
炎症とは細胞や組織の傷害に対する一連の生体反応を指し,臨床症状として発赤・熱発・疼痛・腫脹・機能不全(炎症の5徴候)を伴う.痛みは身を守るためには重要な警告信号であるが,慢性疼痛のような過度の痛みは生活の質(QOL)を低下させ,心身に大きな影響を及ぼすことがある.ラクトフェリンは疼痛を抑制することが報告されていた(24)24) K. Hayashida, T. Takeuchi, H. Shimizu, K. Ando & E. Harada: Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 285, R306 (2003).ものの,その作用機序は明らかになっていなかったこと,他のホエイプロテインでは当該領域における作用が明らかになっていなかったことから,当社ではα-ラクトアルブミンの鎮痛活性および抗炎症活性に着目して研究を行ってきた.α-ラクトアルブミンの経口投与は,内臓痛・体性痛のモデルであるマウス酢酸ライジングテストにおける疼痛関連行動の抑制,急性炎症モデルであるラットカラゲニン足浮腫および疼痛の抑制,リウマチ性関節炎のモデルであるラットアジュバンド関節炎モデルにおける関節の腫脹と疼痛反応の抑制作用について報告している(25)25) M. Yamaguchi, K. Yoshida & M. Uchida: Biol. Pharm. Bull., 32, 366 (2009)..これらの作用は,アラキドン酸代謝関連酵素であるシクロオキシゲナーゼ(COX)およびホスホリパーゼAを阻害することがメカニズムの一環として明らかとなっている(25)25) M. Yamaguchi, K. Yoshida & M. Uchida: Biol. Pharm. Bull., 32, 366 (2009)..また,α-ラクトアルブミンは小腸虚血再灌流したラットにおいて一酸化窒素(NO)産生を介して転写因子であるNF-κBを阻害し,炎症性サイトカインの分泌を抑制したことが示唆されている(23)23) M. Yamaguchi & M. Uchida: Inflammopharmacology, 15, 43 (2007)..
肝臓は消化管から取り込んだ栄養を利用しやすい形に変える代謝,毒物を分解する解毒,脂肪の乳化やたんぱく質の分解を促す胆汁の生成や分泌などの生命を支えるための重要な多くの働きを担っている(26)26) 岡庭 豊:“病気がみえる vol.1 消化器”,メディックメディア,2016, p. 178..肝炎はB型・C型肝炎ウィルス感染,長期間の多量の飲酒,過栄養,自己免疫応答などにより起こる(27)27) 患者さんとご家族のための肝硬変ガイド2023, https://www.jsge.or.jp/committees/guideline/disease/pdf/kankouhen_2023.pdf, 2023..急性肝炎,慢性肝炎の一部は肝線維化が生じ肝硬変,肝癌へと進行して死に至ることもある.したがって,肝疾患を進展させる炎症や肝線維化を制御することは肝硬変や肝癌に対する防御にもつながるため重要である.先述の通りα-ラクトアルブミンは未分解の状態で吸収されて生体内で生理機能を発揮すると考えられており,抗炎症作用を持つことから,筆者らは急性肝炎に対しても抑制作用を示す可能性があると考え検証した.
ラットに事前に7日間α-ラクトアルブミン配合飼料(飼料中7%配合)を給餌してからD-ガラクトサミン(GalN)およびリポポリサッカライド(LPS)を腹腔内投与することで急性肝炎を誘発させた.α-ラクトアルブミン含有飼料は対照飼料に比較して,GalN/LPS投与後の血漿中アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT),アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST),肝インターロイキン(IL)-6,腫瘍壊死因子(TNF)-αの上昇を有意に抑制した(28)28) A. Fukawa, O. Kobayashi, M. Yamaguchi & A. Hosono: J. Nutr. Food Sci., 11, 807 (2021)..これらの結果より,α-ラクトアルブミンは炎症性サイトカインの産生を抑制し,肝炎を抑制する作用を持つことが示唆された.次に,α-ラクトアルブミンの抗炎症作用メカニズムについて検討するために,α-ラクトアルブミン処理がマウス由来マクロファージ細胞株であるRAW 264.7に及ぼす影響を網羅的遺伝子解析により検討した.RAW 264.7細胞にα-ラクトアルブミンを1000 µg/mL, 24時間処理した後にマイクロアレイを実施した結果,合計84個の発現変動遺伝子が同定され(fold change≥1.5, ≤−1.5, P<0.05),LPSに対する炎症反応の低減に関与すると報告のあるAbca1遺伝子およびAtp6v0d2遺伝子,M2マクロファージへの極性化を亢進すると報告されているEgr2遺伝子の発現はα-ラクトアルブミンにより増加していた.また,Gene Ontology(GO)解析により,GO termsとしてLPSに対する応答(response to lipopolysaccharide),白血球分化の調節(regulation of leukocyte differentiation)が検出された.すなわち,α-ラクトアルブミンは肝マクロファージに作用してM2型への分化誘導,LPSに対する応答性改善に関与することによって炎症性サイトカイン産生を抑制し,急性肝炎の発症,悪化を抑制することが示唆された.
慢性肝炎によって発生する肝線維化は進行すると肝硬変,最終的には肝細胞癌へと移行する.肝線維化の進行に伴い細胞外マトリックスタンパク質の蓄積が認められ,肝細胞壊死,炎症が生じる.また,肝細胞と類洞内皮細胞の間隙に存在する肝臓構成細胞の一つである肝星細胞が活性化されるとコラーゲン沈着や線維化の進展が引き起こされるとともに類洞内皮細胞の収縮により肝臓中の血流が阻害される(29, 30)29) S. L. Friedman: N. Engl. J. Med., 328, 1828 (1993).30) D. C. Rockey, C. N. Housset & S. L. Friedman: J. Clin. Invest., 92, 1795 (1993)..一方で血管弛緩性物質であるNOの産生を誘導することは,肝星細胞活性化の抑制,肝線維化の抑制につながると考えられている(31, 32)31) S. Nagase, H. Isobe, K. Ayukawa, H. Sakai & H. Nawata: J. Hepatol., 23, 601 (1995).32) O. Lukivskaya, R. Lis, K. Zwierz & V. Buko: Pol. J. Pharmacol., 56, 599 (2004)..α-ラクトアルブミンは小腸虚血再灌流したラットにおいてNO産生誘導により炎症性サイトカインの分泌を抑制することが示されている(23)23) M. Yamaguchi & M. Uchida: Inflammopharmacology, 15, 43 (2007).ことから,NO産生誘導機構により肝線維化を抑制する可能性があると考えられる.筆者らはジメチルニトロソアミン(DMN)の投与により惹起した慢性肝炎および肝線維化に対してα-ラクトアルブミンが与える影響を検討した(33)33) A. Fukawa, O. Kobayashi, M. Yamaguchi, M. Uchida & A. Hosono: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 1941 (2017)..DMN投与1週間前から試験飼料を給餌し,DMNを週3日,3週間腹腔内に反復投与した.α-ラクトアルブミン含有飼料摂取群は対照群に比較して相対肝臓重量の低下が抑制され,相対脾臓重量の増加が低減された.また,血漿ALT, AST,総ビリルビン,マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)-2の上昇が抑制された.さらに肝組織像においてα-ラクトアルブミンの摂取により肝線維化のグレードが有意に低減した.これらの結果からα-ラクトアルブミン摂取により慢性肝炎および肝線維化が抑制されることが示唆された.次に慢性肝炎および肝線維化の抑制メカニズムを検討することを目的として,血管弛緩性物質であるNOに着目した検討を行った.その結果,NO合成阻害剤であるN-ニトロ-L-アルギニンメチルエステル(L-NAME)の飲水摂取によりα-ラクトアルブミンのALT, AST上昇抑制作用,脾臓重量増加抑制作用が有意に減弱した.以上の結果より,α-ラクトアルブミンはNO産生を介して炎症を抑制し肝血流を改善することによって,慢性肝炎および肝線維化を抑制することが示唆された.
小腸と肝臓が連携して生体防御に関わる密接な関係を腸肝軸(gut-liver axis)と呼ぶ(34)34) P. C. Konturek, I. A. Harsch, K. Konturek, M. Schink, T. Konturek, M. F. Neurath & Y. Zopf: Med. Sci., 6, 79 (2018)..腸管のバリア機能が障害されて小腸透過性が亢進し,エンドトキシン血症が発症すると肝硬変が悪化し,炎症状態が亢進するとさらに小腸透過性が亢進するという悪循環が発生する.この悪循環を断ち切ることが腸管バリア機能の維持および肝疾患発症や進展の防止につながる.そこで筆者らはチオアセトアミド(TAA)の投与により惹起した腸肝軸機能不全対してα-ラクトアルブミンが与える影響を検討した(35)35) A. Fukawa, S. Baba, K. Iwasawa, M. Yamaguchi & A. Hosono: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 171 (2020)..TAA投与によって肝硬変が生じると小腸のバリア機能が破綻し,それによりバクテリアルトランスロケーションが起こることが報告されている(36, 37)36) L. Luo, Z. Zhou, J. Xue, Y. Wang, J. Zhang, X. Cai, Y. Liu & F. Yang: Exp. Ther. Med., 16, 1715 (2018).37) M. M. Harputluoglu, U. Demirel, M. Gul, I. Temel, S. Gursoy, E. B. Selcuk, M. Aladag, Y. Bilgic, E. Gunduz & Y. Seckin: Inflammation, 35, 1512 (2012)..ラットにTAA投与1週間前から試験飼料を給餌し,TAAを週2回,14週間腹腔内に投与したところ,α-ラクトアルブミン含有飼料は,TAA投与による血漿中ALT, AST,ヒアルロン酸の上昇を有意に抑制した(図2図2■TAA投与腸管軸機能不全モデルラットにおける剖検時の肝炎指標).また,α-ラクトアルブミン含有飼料群では対照群に比較してTAA投与後の血漿中LPS値が有意に低く,腸管上皮細胞のタイトジャンクションを構成するたんぱく質であるOccludinのmRNAレベルが有意に高かった.肝・小腸組織像においては,α-ラクトアルブミン含有飼料がTAA投与による肝における線維化部位の増加や小腸における絨毛短縮化を抑制した(図3図3■TAA投与腸管軸機能不全モデルラットにおける剖検時の小腸組織像).すなわち,α-ラクトアルブミンは肝炎,肝線維化を抑制することにより,腸管バリア機能を維持すること,腸肝軸機能不全を改善することを明らかにした.
以上の一連の肝疾患に関する研究により,α-ラクトアルブミンが急性肝炎,慢性肝炎,肝線維化,腸肝軸不全の発症や悪化の抑制に寄与することが明らかになった.これらの研究成果は,肝疾患予防のための機能性食品の開発においてα-ラクトアルブミンの有益な知見を提供するものである.なお,1.~4.で紹介した動物実験は2018年までに実施したものである.
当社では女性特有の健康課題を解決することを目指した研究にも取り組んでおり,α-ラクトアルブミンの月経随伴症状軽減作用について紹介する.月経は女性特有の生理現象であるが,月経期の月経痛やむくみ,疲労感,月経前の様々な症状(月経前症候群; PMS)などの不定愁訴により,多くの女性が悩まされている.これらの月経随伴症状は10代前半から閉経するまでの長期間にわたって女性の生活に大きな影響を及ぼしていることから,症状を軽減することは大きな課題のひとつである.
先述したように当社ではこれまでにα-ラクトアルブミンがCOX-2を阻害することによって抗炎症作用を示すこと(25)25) M. Yamaguchi, K. Yoshida & M. Uchida: Biol. Pharm. Bull., 32, 366 (2009).,さらに成人女性においてα-ラクトアルブミン摂取時に非摂取時に比較して月経痛を有意に改善したこと(38)38)山口 真,内田勝幸,紀光助:薬理と治療,36,623 (2008).を示している.一方で,中枢神経における神経伝達物質セロトニン(5-HT)の代謝調節は抗うつ作用の標的となりうることが知られており,PMSの治療においても選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIs)が症状を軽減する可能性があると報告されている(39)39) C. Jespersen, M. P. Lauritsen, V. G. Frokjaer & J. B. Schroll: Cochrane Database Syst. Rev., 8, CD001396 (2024)..5-HTは血液脳関門を通過しないことから脳内で合成される必要があり,主にトリプトファンから合成される.α-ラクトアルブミンはセロトニンの前駆体であるトリプトファンを多く含有することから,月経時および月経中の精神的症状の軽減作用を示すことが期待された.
健常な成人女性に対するα-ラクトアルブミンの月経随伴症状に対する効果を調べるために,無作為化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー比較試験により評価した結果,α-ラクトアルブミンの摂取により,プラセボと比較して月経中の月経随伴症状に関する調査項目(MDQ)の身体スコアは有意に減少し,月経中と月経前の倦怠感の項目では有意に緩和した(40)40) Murakami R, Iwasawa K, Yamaguchi M, Noma T, Asami Y, Itoh H, Abo H: 薬理と治療,48, 1409 (2020)..この結果より,α-ラクトアルブミンは月経に随伴する倦怠感や身体的症状の軽減に有効である可能性が示唆された.
たんぱく質は脂質,糖質に並ぶ三大栄養素であり,身体のエネルギー源として欠かせないものである.たんぱく質の中でも乳たんぱく質は,ヒトが体内で作ることができない必須アミノ酸をバランスよく含んでいることから栄養源としても優れていることが知られている.栄養素としての役割だけでなく,各種乳たんぱく質に関する数多くの機能性研究が行われてきた.乳たんぱく質は,機能性の幅広さから機能性食品やスポーツ栄養補助食品など,様々な分野で活用されている.本稿では牛乳中の乳たんぱく質の役割,乳たんぱく質の一種であるα-ラクトアルブミンの新たな機能として肝疾患,腸肝軸不全,女性特有の健康課題を改善する作用について紹介した.今後も我々は,乳たんぱく質の機能性をさらに探求し,新たな可能性を開拓することを目指していきたいと考える.
Reference
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