セミナー室

研究者のための特許入門3
特許の書類とその役割

Kazuhiro Nomura

野村 和弘

ノア国際特許事務所

Published: 2025-03-01

はじめに

例えば研究者が何らかの発明を行い,特許出願の手続きを弁理士に依頼した場合を考えてみよう.しばらくすると,弁理士が作成した特許関連書類が手元に届き,研究者は発明者として内容の確認を求められる.しかし,これら特許関連書類は論文のMaterials and methodsと似たような部分もあるが,非常に読みにくいと感じることが多いのではないだろうか.

この読みにくさは,弁理士が文才に欠けているからではなく,特許書類が持つ性質や目的に起因する.

本稿では,特許出願に関連する書類にはどのようなものがあるか解説するとともに,研究者にとって特許書類がなぜこれほどまでに読みにくいのかを説明する.この投稿を読み終えた後,特許書類の読みにくさには,発明者の利益を守るための必然性があることを理解していただければ幸いである.なお,本稿では,法的な正しさよりも分かりやすさを優先している点についてご留意いただきたい.

特許出願の書類について

特許出願の際には,原則として,以下の5つの書類を特許庁に提出する必要がある.それぞれの内容について以下に説明していこう.

1. 願書

願書は,特許出願の基本情報を記載する書類で,発明者や出願人の氏名および住所が記載される.また,必要に応じて,以下の内容が追加されることがある.

  • ・優先権主張出願である場合,【先の出願に基づく優先権主張】
  • ・新規性喪失の例外適用を受けようとする出願等である場合,【特記事項】
  • ・国等の委託研究の成果として生まれた発明の場合,【国等の委託研究の成果に係る記載事項】

2. 明細書

明細書は,発明の内容を詳細に記載したもので,出願書類の中で重要な書類の一つである.発明の技術的範囲を明確にするために,具体的な構成,作用,効果などが記載される.

3. 特許請求の範囲

特許請求の範囲は,出願者が保護を求める技術的範囲を記載するものである.この部分は,特許権の範囲を決定する重要な書類であり,特許の審査や後の権利行使の場で中心的な役割を果たす.

4. 図面

図面は任意の書類であり,発明の理解を補助する目的で添付される.特に機械分野や電気分野で有用であるが,化学分野や生物分野では図面がないケースも少なくない.

5. 要約書

要約書は,発明の内容を簡潔に説明する書類である.発明の課題,課題解決手段,および選択図を含むことが一般的である.要約書の文字数は見出しを含めて200字以上400字以内が推奨されている.なお,日本では要約書は特許の権利範囲に影響を与えないと法的に定められている.このため,発明者が確認すべき優先度は他の書類に比べて低いといえる.

上述のとおり,各書面について簡単に説明した.ここからは,特許出願時に最も重要な書類である「特許請求の範囲」と「明細書」について,もう少し詳しく説明する.これらの書類は発明を保護するうえで核となる文書であり,発明者にその内容を十分に確認してもらうことが不可欠であるにも関わらず,残念ながら,特に読みにくいと感じられる書面でもある.

特許請求の範囲

この文書は,特許権で保護される発明の範囲を定義するものであり,特許出願の中で最も法律的な側面が強い書面である.ここではAmazonの「ワンクリック特許」に関する特許の請求項を例に挙げて説明していこう.「ワンクリック特許」は,インターネット上で簡単に購入手続きを完了させる技術に関するもので,Amazonの成功に大きく寄与したとされる.しっかり読む必要は無いが,ざっと目を通してみてほしい.

1. Amazonのワンクリック特許(特許第4959817号)

【請求項1】

アイテムを注文するためのクライアント・システムにおける方法であって,

前記クライアント・システムのクライアント識別子を,前記クライアント・システムのコンピュータによりサーバ・システムから受信すること,

前記クライアント・システムで前記クライアント識別子を永続的にストアすること,

複数のアイテムの各々のアイテムについて,

前記アイテムを特定する情報と,前記特定されたアイテムを注文するのに実行すべきシングル・アクションの指示部分とを,前記クライアント・システムのディスプレイに表示することであって,前記シングル・アクションは,前記特定のアイテムの注文を完成させるために前記クライアント・システムに要求される唯一のアクションであり,前記クライアント・システムに対して前記シングル・アクションの実行に続いて前記注文の確認を要求しないこと,および

前記シングル・アクションが実行されることに応答して,前記特定されたアイテムの注文要求と前記クライアント識別子とを,前記サーバ・システムに送信することであって,前記注文要求は,前記シングル・アクションによって示されたシングル・アクション注文要求であり,前記クライアント識別子は,ユーザのアカウント情報を特定することを備え,

前記サーバ・システムが,前記シングル・アクションによって示されたシングル・アクション注文要求と,前記クライアント識別子に関連付けられた1または複数の以前のシングル・アクション注文要求とを組み合わせ,1つの注文に結合することを特徴とする方法.

この発明は,ユーザーがワンクリックでアイテムを注文できる流れを表現している.この発明をより分かりやすく記載すると以下のようになる.

  • ・まず,ユーザーのデバイスが,サーバーから「クライアント識別子」を受け取り,保存する.
  • ・次に,デバイスの画面にアイテム情報と「ワンクリック注文ボタン」が表示される.
  • ・その後,ユーザーがこのボタンを押すと,注文情報と識別子がサーバーへ送信され,サーバーは現在の注文と過去の注文をまとめて処理する.

いかがだろうか.後者の文章のほうが完結で,読みすく感じられると思う.特許の文書が前者のように読みにくくなっている理由を以下に示す.

2. 読みにくさの理由

主に2つの理由がある.

  • ① 明確に記載すること
    • 発明を構成する要件を一つ一つ明確に示す必要があるため,各要素が詳細に列挙され,それらの関係性も正確に記述される.この結果,文章が複雑になり,読みにくくなる.上述のAmazonの例で説明すると,「受信すること」,「ストアすること」等が発明を構成する要件である.そして,要件の関係性として,例えば,最初に記載された「受信すること」は,「識別子」を「コンピュータ」により「サーバ・システム」から受信することが明確に記載されている.また,請求項では,改行によって論理構造を整理し,権利範囲を明確にする役割を果たしており,インデントにより階層構造を示している.上述の例では,例えば,「受信すること」,「ストアすること」のように,改行によって各手順(ステップ)が明確に区切られている.さらに,「複数のアイテムの各々のアイテムについて,」の後にインデントされた形で2つの手順(ステップ)が記載されており,各々のアイテムに適用されることを明確にしている.
  • ② 上位概念で記載されていること
    • 権利範囲を広げるために,具体的な表現を避け,抽象的で包括的な記述が用いられる.上述のAmazonの例で説明すると,例えば,請求項1の6行目から記載されている「前記特定されたアイテムを注文するのに実行すべきシングル・アクションの指示部分」は,PC上に表示される「注文ボタン」を意味するが,あえて抽象的で包括的な記述がなされている.

上述のワンクリック特許は,少し複雑な例を説明するためにあえて挙げたが,ここからは,もう少し簡単に理解できる例を挙げてみよう.例えば,あなたはハンバーガーが存在しない時代に,ハンバーガーを発明したと仮定する.この場合,本発明は,例えば以下のように表現することができる.

3. 仮想例:ハンバーガーの発明

【請求項1】

第1のパン層と,

第2のパン層と,

前記第1のパン層と前記第2のパン層との間に設けられた肉層と,を備える食品.

【請求項2】

前記肉層は,牛肉により形成されている,請求項1に記載の食品.

【請求項3】

さらに,前記第1のパン層と前記肉層の間,もしくは,前記第2のパン層と前記肉層との間に,ピクルスを備える,請求項1または請求項2に記載の食品.

請求項1のように構成要件を列挙して記載することで,この食品は,「第1のパン層」と「第2のパン層」と「肉層」とを備えることが明確になる.また,「前記第1のパン層と前記第2のパン層との間に設けられた」との文言を「肉層」に修飾させることで,2枚のパンの間に肉がはさまっているという,各要件の関係性が明確になる.一方で,文章を読む際には,文章の前後を行き来する必要が生じる場合もあるため,読みにくく感じられる.また,各構成要件やそれらの階層を明確にするために,多くの改行が用いられる場合もある.

請求項の種類

特許請求の範囲には,以下の2種類の請求項がある.

従属項が重要である理由の一つは,拒絶理由通知への対応にある.例えば,審査段階において,請求項1が認められない場合でも,請求項2が許容されることがある.上記の例では,ハンバーガーの特許出願を行った後,パンの間に鶏肉を挟んだチキンバーガーが既に発明されていることを理由に,請求項1が拒絶された場合でも,請求項2はチキンバーガーの発明には含まれない,すなわち請求項2に記載のビーフバーガーの特許は権利化できる可能性がある.このように,従属項を設けることにより,拒絶理由通知への対応において,柔軟な対応が可能となり得る.また,欧州等の特定の国や地域では請求項の補正要件が日本に比べて厳しく,明細書に記載があるものの,特定の部分のみを請求項に加えるという補正が認められない場合もある.このような場合においても,従属項を設けておくことで,補正の許容度を向上できる.

さらに,特許権付与後に新たな先行文献が発見された場合,特許請求の範囲の訂正が必要となることがある.訂正の要件は補正よりも一般的に厳しいが,従属項があればその内容に訂正できる可能性が向上し,柔軟な対応が可能となり得る.

従属項の種類

従属項には,主に以下の2種類がある.

このように請求項は独立項と従属項をうまく組み合わせることで,権利の範囲を広げていく,いわば「陣地取りゲーム」のようなものであり,その権利を最大化するために,文章が読みにくくなってしまうのである.以上の説明から,特許請求の範囲が読みにくい理由と,複数の請求項を設ける重要性について理解いただけたと思う.

明細書

最後に,明細書について説明する.明細書は,特許制度において独自の役割を果たす重要な書類であり,研究者にとって馴染み深い論文と,いくつかの類似点を持つ.以下に,明細書に含まれる主な内容を整理して説明する.

1. 背景技術と課題

明細書には,発明が属する技術分野における従来技術やその課題が記載される.これにより,発明が解決を目指す問題の背景を明確にし,技術分野における位置づけを示す.研究者にとっては,論文の「序論」に相当する部分である.

2. 課題を解決する手段

ここでは,発明がどのように課題を解決するかを具体的に説明する.この記載により,従来技術の課題を乗り越える発明が,どのような構成を具備するかが記載される.この部分の記載は,請求項の記載と同様の場合もある.

3. 発明の効果

発明によって得られる具体的な効果を記載する部分である.これにより,発明の有用性が明確化される.

4. 発明を実施するための形態(作製方法・使用方法・実施例等)

発明内容を詳細に説明する部分である.例えば,発明が物である場合,その作製方法や使用方法を明確かつ具体的に記載する必要がある.農芸化学や医薬品分野においては,実験データや試験結果を記載して効果を裏付けることが一般的である.これらの記載が欠けていると,発明が再現不可能(つまり,実施可能ではない)として特許が成立しないおそれがある.例えば,タイムマシンの特許が一般に成立し得ないのは,「どのように作製するか」という記載が現状では困難であり,欠如しているためである.

明細書の役割

明細書には,上記のような技術的な記載のほか,特許制度における重要な役割がある.その一つが,特許請求の範囲を補正する際の根拠を提供することである.特許請求の範囲を補正する際には,原則としてその補正の根拠が明細書に記載されていなければならない.これは,出願後に新たな発明内容を追加することで特許権の範囲が不当に拡大されることを防ぐためである.

このため,明細書には詳細かつ包括的な記載が求められる.研究者にとっては,明細書の記載が冗長に見える場合もあるかもしれないが,未知の文献が拒絶理由として提示された場合に,それに対抗するための「武器」として機能する.このように,明細書の記載内容は特許権を確保し,維持するための基盤となる.

最後に

特許請求の範囲と明細書は,特許出願の中で最も重要な書類であり,それぞれが発明の保護において異なる役割を果たしている.これらの書類の役割を理解し,適切に作成・確認することが,発明者の利益を最大化するために欠かせない.弁理士が工夫を凝らして作成した文章を,ぜひ忍耐強く読んでいただきたい.