Kagaku to Seibutsu 63(3): 142 (2025)
書評
沖野龍文,頼末武史,室﨑喬之,渡部裕美,他(著),日本付着生物学会(編)『付着生物のはなし―生態・防除・環境変動・人との関わり』(朝倉書店,2024年)
Published: 2025-03-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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読者の皆様は,付着生物と聞いてどのような生物を思い浮かべるだろうか? また,私たち人間とのどのような関わりを思い浮かべるだろうか? 代表的なものとして,海岸の岩などにいる「フジツボ」や,水産有用種として各地で養殖されている「牡蠣」などが挙げられる.これら以外にも大小様々な付着生物がいるが,馴染みがない方にとっては,食用にされる一部の生物を除いて,人間との深い関わりはあまりないと感じる方が多いかもしれない.しかし,付着生物は社会の基盤となる生態系や経済活動に直接・間接的に大きな影響を与えている.生態系や社会への影響を深く知りたい方,これから付着生物に関する仕事や研究に関わる方にとって,本書は付着生物に関する研究開発の現状や課題などがひと通り書かれている良書である.
本書は,2022年10月の日本付着生物学会50周年シンポジウムでの講演・議論をもとに企画・編集され,付着生物に関する各分野の研究者によって執筆されており,5つの章から構成されている.第1章「付着生物の多様性」,第2章「付着生物の幼生生態」,第3章「付着のしくみと付着防除技術」,第4章「付着生物と人為的影響・環境変動」,そして第5章「付着生物の利用」である.
第1章では,種々の類型に基づいた多様な付着生物の紹介とともに,付着生物が生態系の中(人間への影響も含めて)で果たしている役割の一部が説明されている.本章を読むことで,冒頭の疑問を解決できるはずである.第2章には,付着生物の代表のひとつとして位置付けられるフジツボを中心に,付着生物の生活史が書かれている.複数の過程を経て成体に至ることや,なぜ群居を形成しているのかを理解できる.第3章では,「付着」という現象を説明している.具体的には,物理式あるいは最新機器を用いる付着力の表現や測定,付着による人間の活動に対するマイナスの影響と,付着させないための最新技術について書かれている.第4章は,人間や環境変動(気候変動や東日本大震災)による付着生物への影響などを述べている.付着生物の分布が,どのような影響を受けて変化していくのかが説明されている.最後に第5章では,食べるための付着生物について主に説明されている.どのような付着生物がいつから食べられているかを説明する文化史はもちろんだが,AIを活用した今の養殖方法がその苦労を含めて説明されている.これら5つの章とは別に,本書には6つのコラムがある.コラムにはバイオミメティクス(生物模倣)や水族館展示などについて書かれている.いずれも興味深く,示唆に富むものであり,読者の知的好奇心を満たしてくれる.
本書の「はじめに」には,「本書を読めば付着生物の全てがわかる,と言っても過言ではない」とあり,その通りである.もちろん,付着生物の全てを知っておくことができればこれ以上のことはないが,広範囲にわたるために全てをわかるには困難が伴う.また,極めて専門的に書かれている箇所もあるので,読者の興味がある箇所を読むだけでも多くの重要性や可能性を知ることができるはずであり,付着生物に興味ある方にとって必携しておきたい書籍である.