巻頭言

宇都宮大学農学部とアミノ酸研究

Fumiaki Yoshizawa

吉澤 史昭

宇都宮大学学術院

Published: 2025-04-01

宇都宮大学農学部は大正11年に第八高等農林学校として設置された宇都宮高等農林学校を前身とする.宇都宮高等農林学校は,海外発展を意識し,海外事情,植民政策といった授業や,英語,ドイツ語の他に中国語,ロシア語,スペイン語の授業を行っていたことは興味深い.設立時は農学科,林学科,農政経済学科の3学科で,農芸化学は農学科の三類という位置付けで,農芸化学科となったのは昭和20年4月である.ちなみに初代校長の佐藤義長は農芸化学が専門であった.100年余りの歴史を有する宇都宮大学農学部は,水稲「コシヒカリ」の育成者である石墨慶一郎,1972年に初来日したジャイアントパンダの飼育プロジェクトリーダーを務め,多摩動物公園長,上野動物園長を歴任した中川志郎など多くの著名人を輩出している.農芸化学の卒業生では,新潟県醸造試験場長を務め,新潟県産日本酒を淡麗辛口の高品質に導くなど尽力し,その後「久保田」の開発を主導した嶋悌司がいる.そんな宇都宮大学農学部に2000年4月に助教授として採用していただいた.採用が決まったとき,大学院生時代から興味を持って取り組んできたアミノ酸のタンパク質代謝調節作用の研究が続けられると胸が高鳴ったのを覚えている.

宇都宮大学農学部生物化学研究室の初代教授は,1930年に鈴木梅太郎の研究室でシトルリン(Citrulline)の構造決定をした和田光徳である.当時,西瓜(Citrullus vulgaris)が糖尿病に有効といわれていたので,西瓜の果汁成分の研究が行われ,有効成分は見出されなかったが,新アミノ酸シトルリンが発見された(1914年).しかし,その生理機能がよく分からなかったため,十数年放置され,ビタミン研究をしていた和田が関東大震災で動物実験ができなくなったので,その構造決定をしたとのことである.Hans Adolf Krebsが尿素サイクルを発見し,シトルリンがその重要な中間代謝物であることを示したのは,その僅か2年後であったことから,シトルリンの発見が尿素サイクルの発見に貢献したのは間違いないであろう.また,第2代教授は,「アミノ酸の桶の理論」を提唱した中村延生蔵である.これは不可欠アミノ酸(必須アミノ酸)のバランスによって摂取したタンパク質の栄養価が決まるという考えで,「植物の成長速度や収量は,必要とされる栄養素のうち,与えられた量のもっとも少ないものにのみ影響される」とするJustus Freiherr von Liebigが提唱した「リービッヒの最小律」をアミノ酸に応用したものである.「アミノ酸の桶の理論」は,栄養学の教科書には必ず載っているアミノ酸栄養学の基礎となる重要な考え方である.

以上のような研究を源流とするアミノ酸に関する研究は,今も脈々と宇都宮大学農学部で受け継がれている.宇都宮大学に赴任して25年,ロイシンの骨格筋タンパク質合成促進作用,イソロイシンの血糖値低下作用,トリプトファンの肝タンパク質合成促進作用等,アミノ酸の代謝調節作用に着目した研究を行い,「化学と生物」でもその成果を紹介させていただいた.アミノ酸研究は農芸化学のメインストリームから外れている感は否めないが,農芸化学研究の一分野であり,今も複数の研究機関で続けられている.日本が世界をリードする研究分野のひとつといっても過言ではないアミノ酸研究の流れを是非眺めていただきたい.何か面白い発見がある筈である.