Kagaku to Seibutsu 63(4): 146-149 (2025)
今日の話題
タンパク質中アスパラギン酸異性体解析の進展
網羅的解析を目指して
Published: 2025-04-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
グリシンを除くタンパク質構成アミノ酸にはL型とD型の鏡像異性体が存在している.かつては,生体に存在するアミノ酸の異性体はすべてL型であると言われていたが,分析技術の開発や機器の高感度化により,生体内の種々の組織でD-アミノ酸が発見されてきている.
アミノ酸はタンパク質やペプチドの構成成分であり,これらに含まれるアミノ酸の中にもD-アミノ酸が発見されている.特定の種のカエルや蜘蛛,カモノハシの毒成分にはD-アミノ酸を含有するペプチドが含まれている(1)1) C. Ollivaux, D. Soyez & J. Toullec: J. Pept. Sci., 20, 595 (2014)..これは,D-アミノ酸が含まれると生物分解されにくくなることから,難分解性を与えるための戦略と考えられている.このようなD-アミノ酸ペプチドはN末端から2番目のアミノ酸を特異的にD型へ変換する酵素,ペプチジルL, D-イソメラーゼにより生合成されている.これまでに発見されているD-アミノ酸ペプチドの多くが生理活性ペプチドであり,南アメリカアマガエルが皮膚から分泌するデルモルフィンはモルヒネの100倍ものオピオイド活性を有することが知られている.
一方で,カモノハシを除く哺乳類にはペプチジルL, D-イソメラーゼが存在しないため,D-アミノ酸ペプチドを生合成することはできないが,白内障やアルツハイマー病などの原因タンパク質にD-アスパラギン酸残基が蓄積されている.アスパラギン酸残基(Asp)は図1図1■アスパラギン酸残基の異性化機構に示すような反応機構により,非酵素的に異性化反応を生じる.AspはD体化のみならず,もともと側鎖であったカルボキシル基が主鎖に置き換わる立体異性化も生じるため,全部で4種類の異性体が生じる.D体化は側鎖を立体反転させ,立体異性体化は主鎖の長さを炭素原子一つ分伸長させる.このようなミクロな変化がタンパク質全体の立体構造を変化させ,タンパク質機能の低下や異常凝集,不溶化などを引き起こすと考えられている(2)2) N. Fujii, T. Takata, N. Fujii, K. Aki & H. Sakaue: Biochim. Biophys. Acta. Proteins Proteom., 1866, 840 (2018)..
異性化は生体内のどのタンパク質にも生じる反応であるが,特に代謝回転の遅いタンパク質で多く検出されている.水晶体は非常に透明性の高い組織であるが,これは分化の過程で水晶体細胞内のオルガネラが消失し,水とクリスタリン(タンパク質)からなる袋のような状態になることに起因する.このため,水晶体ではタンパク質代謝が起こらず,胎児期に形成されたタンパク質がそのまま残存している.実際,水晶体タンパク質中のAsp異性体の割合を調べると,加齢とともに次第に増加していくことが知られている.特に,白内障患者の水晶体では多量のAsp異性体が検出される(3)3) P. M. Masters, J. L. Bada & J. S. Zigler Jr.: Nature, 268, 71 (1977)..また,近年ではアルツハイマー病患者の血中アルブミンや高齢者の免疫グロブリンなどでもAsp異性体の量が増加していることが報告されている(4)4) S. Ha, T. Kinouchi & N. Fujii: Biochim. Biophys. Acta. Proteins Proteom., 1868, 140410 (2020)..加齢によるタンパク質代謝の低下が異性化タンパク質蓄積の一要因であることは推察されるが,生体内のどのような環境がAsp異性化を進行させるのかは明らかになっていない.このような現象を明らかにするためにも,どの組織で,どのタンパク質にAsp異性化が生じているのか網羅的に調べる方法が必要である.
タンパク質におけるAsp残基の異性化は,酸化やリン酸化,糖鎖修飾と並ぶ翻訳後修飾の一つとして扱える.しかしながら,他の翻訳後修飾と異なり,分子量の変化を伴わないため,プロテオミクス的な手法で網羅的に修飾部位を同定することは困難である.このため,従来の異性化タンパク質の解析では,1)複数のクロマトグラフィーを用いた高純度なタンパク質精製,2)酵素消化,3)逆相クロマトグラフィーによるペプチド断片の単離・精製,4)質量分析を用いた精製ペプチドの同定,5)同定ペプチドの加水分解,6)アミノ酸のジアステレオマー誘導体化,7)遊離D-アミノ酸分析という非常に複雑な工程を経て同定されていた.各ステップの間には精製や濃縮といった工程も含まれるため,サンプル調製から分析終了まで3週間~4週間といった非常に長い時間を要していた.しかしながら,LC-MSの登場によって状況は一変した.質量分析では,ペプチドの質量差を分析することで翻訳後修飾を解析するが,Asp異性化は分子量に変化がない.しかしながら,これまでの研究でAsp異性体を有するペプチド同士はHPLCで分離されるという知見が得られており,質量やMS/MSスペクトルが変わらないにも関わらず,LCで分離されているペプチドを探すという質量分析の逆手をとった方法をとることで非常に簡便に異性体を探索できるようになった(5)5) N. Fujii, H. Sakaue, H. Sasaki & N. Fujii: J. Biol. Chem., 287, 39992 (2012)..すなわち,同じペプチド配列を持ちながら異なる溶出時間を持つペプチドは異性体ペプチドであるとういう考えに基づいている.この方法ではタンパク質を精製することなく,直接トリプシンで消化し,LC-MSで分析した後,解析対象のペプチドの質量でマスクロマトグラムを描画するだけで探索ができるため,数日で解析が完了する.
4つあるAsp異性体のうち,どの異性体がペプチド中に存在しているかは合成ペプチドを調製して溶出時間の一致を確認していたが,Lα-AspのN末側のペプチド結合を切断するAspN, Dα-AspのC末側のペプチド結合を切断するパエニダーゼ,Lβ-AspをLα-Aspへ修復するイソアスパラギン酸メチル基転移酵素(PIMT)を組み合わせることによって,異性体の種類を判別することができるようになった(図2図2■Asp異性体特異的な酵素を用いたAsp異性体の同定)(6)6) H. Maeda, T. Takata, N. Fujii, H. Sakaue, S. Nirasawa, S. Takahashi, H. Sasaki & N. Fujii: Anal. Chem., 87, 561 (2015)..また,ペプチドに電子を与えてフラグメンテーションさせるelectron transfer dissociation(ETD)を用いて分析すると,β-Asp特有のc+57 Daおよびz−57 Daのフラグメントイオンが生じるため質量分析のみで異性体解析も可能である(7)7) P. B. O’Connor, J. J. Cournoyer, S. J. Pitteri, P. A. Chrisman & S. A. McLuckey: J. Am. Soc. Mass Spectrom., 17, 15 (2006)..
図2■Asp異性体特異的な酵素を用いたAsp異性体の同定
酵素消化して得たペプチド断片をLC-MS/MSにより分析し,同じ質量をもつペプチドを描画する(マスクロマトグラム).複数のピークが検出されると異性体が疑われる.各Asp異性体に特異的な酵素を作用させ,強度が減少するピークを確認することで異性体の種類を判別する.
溶出時間の違いを利用したAsp異性体検出方法は一般的な方法として用いられるようになったが,これらの解析は特定のペプチドにターゲットを絞って解析する必要があり,どの組織のどのタンパク質にAsp異性体が存在するのかをノンターゲットかつ網羅的に解析するためにはまだ課題があった.
PIMTはLβ-Aspを特異的に認識し,Lα-Aspへと修復する酵素であるが,詳細なメカニズムはLβ-Aspの側鎖のカルボニル基をメチル化して求核性を高め,スクシンイミドの形成を加速させるというメカニズムで修復している.スクシンイミドが加水分解されると7割がLβ-Aspへ,3割がLα-Aspへと変換されるが,PIMT反応が繰り返し行われることでLβ-Aspは完全にLα-Aspへと変換される.この酵素反応をH218O中で行うと加水分解の際に18Oが取り込まれるため,PIMT反応を経由して生じたLα-Aspは18Oラベル化される.分析の際には内在性のLα-Aspペプチドが邪魔になるため,事前にAspNでLα-Aspペプチドを分解しておくことで感度良く分析が可能である.これにより,Asp異性体に+2 Daの質量増加が生じるため,他の翻訳後修飾と同様,質量差を手掛かりに試料中のAsp異性化タンパク質を網羅的に探索できるようになった(8)8) H. Sakaue & A. Kuno: J. Biochem., 177, 37 (2025)..この方法で同定されるのはLβ-Aspを持つペプチドのみであるが,図1図1■アスパラギン酸残基の異性化機構に示すようにAspが異性化する際には必ずL-スクシンイミド体を経由する.L-スクシンイミドからD-スクシンイミドへの変換は非常に遅く,ほとんどがLβ-Aspへ変換される.すなわち,Lβ-Aspの網羅的探索技術はAsp異性体全体の探索に繋がる.この網羅的なAsp異性体探索技術は新たなバイオマーカー探索やAsp異性化のメカニズム解明に役立つことが期待される.Asp異性化はサンプル調製中にも生じるため,本技術は見出されたAsp異性体ペプチドの存在を100%担保するものではない.バイオマーカーの候補になるものが見出されれば,抗異性体ペプチド抗体を作製して正確な検証が必要になる.また,Asp以外のD-アミノ酸を含むペプチドの網羅的解析は未だ達成されておらず,異性体ペプチドの分析には依然として課題が残されている.
Reference
1) C. Ollivaux, D. Soyez & J. Toullec: J. Pept. Sci., 20, 595 (2014).
3) P. M. Masters, J. L. Bada & J. S. Zigler Jr.: Nature, 268, 71 (1977).
4) S. Ha, T. Kinouchi & N. Fujii: Biochim. Biophys. Acta. Proteins Proteom., 1868, 140410 (2020).
5) N. Fujii, H. Sakaue, H. Sasaki & N. Fujii: J. Biol. Chem., 287, 39992 (2012).