Kagaku to Seibutsu 63(5): 188-190 (2025)
今日の話題
腸内細菌バクテロイデスにおけるエネルギー代謝
ナノ嫌気性菌の嫌気呼吸と好気呼吸
Published: 2025-05-01
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私たちヒトの腸内には500~1000種類の,細胞の数にして100兆個もの細菌が共生している.このいわゆる腸内細菌叢がヒトの免疫や代謝,栄養吸収において重要な役割を果たしている.特に,大腸(結腸)には腸内細菌が最も多く分布し,バクテロイデス属(Bacteroides)はそうした腸内細菌叢のおよそ25%を占める(1, 2)1) A. A. Salyers: Annu. Rev. Microbiol., 38, 293 (1984).2) H. M. Wexler: Clin. Microbiol. Rev., 20, 593 (2007)..バクテロイデス属はグラム陰性の桿菌で,偏性嫌気性菌(酸素の毒性に耐性がなく,酸素存在下では生育できない)として広く認識されている(3~5)3) J. H. Shin, G. Tillotson, T. N. MacKenzie, C. A. Warren, H. M. Wexler & E. J. C. Goldstein: Anaerobe, 85, 102819 (2024).4) H. Zafar & M. H. Saier Jr.: Gut Microbes, 13, e1848158 (2021).5) A. D. Baughn & M. H. Malamy: Nature, 427, 441 (2004)..1898年にフラジリス菌(Bacteroides fragilis)が単離され,バクテロイデス属として最初に分類された(3)3) J. H. Shin, G. Tillotson, T. N. MacKenzie, C. A. Warren, H. M. Wexler & E. J. C. Goldstein: Anaerobe, 85, 102819 (2024)..バクテロイデス属は,ヒトの免疫系の発達や成熟に寄与することが知られており,ヒトの健康や疾病に密接に関与する重要な細菌として,これまでに数多くの研究がなされてきた(4)4) H. Zafar & M. H. Saier Jr.: Gut Microbes, 13, e1848158 (2021)..
しかしながら,これほどに多種多様な細菌が競争的に限られた栄養成分を獲得しなければならない生育環境(腸内)において,どうやってバクテロイデス属は優勢に繁殖しているのだろうか.この疑問に対する答えを探る上で,バクテロイデス属におけるエネルギー代謝の戦略を理解することは重要な課題と言える.腸内細菌が栄養源として利用可能な宿主(ホスト)の食事由来の成分は消化管部位ごとに異なる.単純な糖類であれば速やかに利用できるが,そうした栄養源は大腸に到達するまでに吸収・消費されてしまう.一方で,バクテロイデス属は植物由来の複雑な多糖類(polysaccharides:デンプン,セルロース,キシラン,ペクチンなど,およびoligosaccharides),あるいはホスト由来グリカン(ムチン)を炭素源として有効に利用することができる(3, 4)3) J. H. Shin, G. Tillotson, T. N. MacKenzie, C. A. Warren, H. M. Wexler & E. J. C. Goldstein: Anaerobe, 85, 102819 (2024).4) H. Zafar & M. H. Saier Jr.: Gut Microbes, 13, e1848158 (2021)..こうした炭素源からのエネルギーの獲得(ATP合成)は,主に基質レベルのリン酸化(解糖や発酵)と酸化的リン酸化(呼吸)によって行われる.
従来,バクテロイデス属は基質レベルのリン酸化に加え,2つの電子伝達酵素のみから成るシンプルな嫌気型の酸化的リン酸化(嫌気呼吸)を利用していると考えられてきた(図1A図1■フラジリス菌における呼吸鎖酵素と呼吸鎖経路の概念図)(6)6) Z. Lu & J. A. Imlay: MBio, 8, e01873-16 (2017)..まず,H+輸送型NADH-キノン酸化還元酵素(複合体I, NUO, NDH1とも呼ばれる)がNADHを酸化し,キノンを介してフマル酸還元酵素(FRD)へと電子が伝達され,フマル酸がコハク酸へと還元される.この電子伝達反応の過程で形成されるプロトン(H+)濃度勾配を駆動力として,ADPのリン酸化がATP合成酵素によって触媒される.しかしながら,複合体Iの関与は実験的に示されていない.複合体Iは,一般に14個のコアサブユニットから成る巨大な膜タンパク質で,その構造はNADHを酸化するNモジュール,キノンを還元するQモジュール,プロトンを輸送する膜結合性のPモジュールに分類される.しかしながら,例えばフラジリス菌のゲノムを参照すると,11個のサブユニットしかヒットせず,NモジュールのサブユニットE, F, Gを欠いていることがわかる.つまり,フラジリス菌の複合体I(いわゆる,ヘッドレス複合体I)はNADHの酸化を触媒するのではなく,他の電子供与体を利用することがうかがえる(図1B図1■フラジリス菌における呼吸鎖酵素と呼吸鎖経路の概念図).また,興味深いことにバクテロイデス属のゲノムにはさらに2種類のNADH-キノン酸化還元酵素として,Na+輸送型NADH-キノン酸化還元酵素(NQR)とイオン輸送能をもたないNADH脱水素酵素(NDH2)がコードされている(図1C図1■フラジリス菌における呼吸鎖酵素と呼吸鎖経路の概念図).
さらに,バクテロイデス属が“好気呼吸”を行うこともわかってきた(5)5) A. D. Baughn & M. H. Malamy: Nature, 427, 441 (2004)..冒頭でも述べたが,バクテロイデス属は偏性嫌気性菌として広く認識されている(3~5)3) J. H. Shin, G. Tillotson, T. N. MacKenzie, C. A. Warren, H. M. Wexler & E. J. C. Goldstein: Anaerobe, 85, 102819 (2024).4) H. Zafar & M. H. Saier Jr.: Gut Microbes, 13, e1848158 (2021).5) A. D. Baughn & M. H. Malamy: Nature, 427, 441 (2004)..しかし,大腸には0.1~0.15%(1,000~1,500 ppm)の酸素が存在する.実際,バクテロイデス属はごく低濃度の酸素存在下において“良好に生育”するだけでなく,シトクロムbd酸化酵素(Cytbd)を利用した“好気呼吸”を行うことができる.したがって,偏性嫌気性菌ではなく,ナノ嫌気性菌(nan(o)aerobes:偏性嫌気性菌と同様に嫌気性下でも生育するが,酸素を利用したエネルギー代謝が可能.ただし,0.5%以上の酸素存在下では生育できない)と称するのが正確である(5)5) A. D. Baughn & M. H. Malamy: Nature, 427, 441 (2004)..こうした点から,バクテロイデス属の呼吸鎖経路は図1A図1■フラジリス菌における呼吸鎖酵素と呼吸鎖経路の概念図ほどシンプルではないことがわかってきた.
近年,個々の呼吸鎖酵素を欠損させた変異解析により,バクテロイデス属の呼吸鎖経路の全体像が明らかになりつつある(7, 8)7) T. Ito, R. Gallegos, L. M. Matano, N. L. Butler, N. Hantman, M. Kaili, M. J. Coyne, L. E. Comstock, M. H. Malamy & B. Barquera: MBio, 11, e03238-19 (2020).8) N. L. Butler, T. Ito, S. Foreman, J. E. Morgan, D. Zagorevsky, M. H. Malamy, L. E. Comstock & B. Barquera: J. Bacteriol., 205, e00389-22 (2023)..嫌気性あるいは好気性(ナノ嫌気性)の条件下において機能発現するフラジリス菌の呼吸鎖酵素が酵素活性を指標として同定された.さらに,in vitroおよびin vivoの生育試験に基づき,エネルギー代謝における各酵素の寄与についても精査された.NADH-キノン酸化還元酵素のうち,NQRとNDH2は嫌気性およびナノ嫌気性のいずれの条件下でも機能発現する.従来,バクテロイデス属は主に発酵に依存して生育すると考えられてきた.しかし,腸内で優勢に生育するには,これらの呼吸鎖酵素が必要であることが明らかとなった.特に,Na+輸送によって膜電位を形成可能なNQRの寄与は最も大きい.一方,ヘッドレス複合体Iによる生育への寄与は見出されていない.また,興味深いことに,嫌気呼吸あるいは好気呼吸において最終電子受容体への電子伝達を触媒するFRDおよびCytbdは,酸素の有無により発現調節されるのではなく,どちらも恒常的に機能発現している.腸内にわずかに存在する酸素の利用を前提として,エネルギー代謝の最大効率化を図っていることが推察される.現在までに見出されたフラジリス菌の呼吸鎖経路を図1C図1■フラジリス菌における呼吸鎖酵素と呼吸鎖経路の概念図に示す.バクテロイデス属のその他の種においても,これらの呼吸鎖酵素をコードする遺伝子は広く分布しており,ナノ嫌気性下で良好に生育することもわかっている(5, 9)5) A. D. Baughn & M. H. Malamy: Nature, 427, 441 (2004).9) L. García-Bayona, M. J. Coyne, N. Hantman, P. Montero-Llopis, S. S. Von, T. Ito, M. H. Malamy, M. Basler, B. Barquera & L. E. Comstock: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 24484 (2020)..図1C図1■フラジリス菌における呼吸鎖酵素と呼吸鎖経路の概念図と同様の呼吸鎖経路がバクテロイデス属において広く利用されているものと推察される.
腸内細菌叢から多く検出されるバクテロイデス属は,複雑な多糖類を分解するエキスパートであり,分解された糖類は共生する腸内細菌の栄養源としても利用される.したがって,腸内細菌叢の構築におけるバクテロイデス属の寄与は大きく,その代謝物もまた,炎症や免疫機能の調節にも寄与することが知られている(4)4) H. Zafar & M. H. Saier Jr.: Gut Microbes, 13, e1848158 (2021)..こうしたヒトの健康に密接に関与するバクテロイデス属のエネルギー代謝の戦略が最近の研究により,ようやく紐解かれつつある.しかしながら,当初より議論のあったヘッドレス複合体Iについては,電子供与体を含め,その役割は明らかになっていない.また,図1C図1■フラジリス菌における呼吸鎖酵素と呼吸鎖経路の概念図に示された分子以外の電子伝達酵素(亜硝酸還元酵素やシトクロムcペルオキシダーゼなど)については未だ知見が限られたままであり,さらなる研究の進展が期待される.