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線虫の低温休眠現象の発見と長寿変異株スクリーニングへの応用
低温休眠現象の抗老化研究応用

Makoto Horikawa

堀川

奈良県立医科大学

Masaki Mizunuma

水沼 正樹

広島大学

Published: 2025-05-01

生物は生存・成育が困難な環境では発生・成長を停止して休眠状態に移行する.線虫(Caenorhabditis elegans)では耐性幼虫休眠(dauer diapause)と呼ばれる飢餓環境で誘導される発生休眠現象が古くから知られており,さらに耐性幼虫休眠の制御にはインスリンシグナルやmTORシグナルなどの進化的に保存された寿命制御メカニズムが関与する事が明らかにされている(1)1) C. T. Murphy & P. J. Hu: WormBook, doi: 10.1895/wormbook.1.164.1 (2013)..また,耐性幼虫休眠と寿命には共通の制御メカニズムがある事を利用して,耐性幼虫休眠を指標とした寿命変異株のスクリーニングなど抗老化研究分野でも幅広く活用されてきた.一方,哺乳動物の冬眠に代表される低温環境で誘導される休眠現象は線虫において未発見であった.我々は近年,低温環境で誘導される線虫の発生休眠現象を発見し『低温休眠(cold-inducible diapause)』と命名した.本稿では低温休眠の発見に至る経緯とこれまでに明らかにした低温休眠の制御メカニズム,さらに低温休眠を利用した新規の長寿変異株スクリーニングシステムなどの最新の知見を紹介する(2)2) M. Horikawa, M. Fukuyama, A. Antebi & M. Mizunuma: Nat. Commun., 15, 5793 (2024).

線虫の耐性幼虫休眠はÉmile Maupasにより一世紀以上も昔に発見された発生休眠現象であり,線虫の幼虫は飢餓環境や高温環境,個体密度の上昇など成育・繁殖に適さない環境に置かれた時に可逆的に発生を停止できる事が知られている(3)3) P. J. Hu: WormBook, doi: 10.1895/wormbook.1.144.1 (2007)..耐性幼虫休眠状態の線虫は通常より厚いクチクラ層で覆われ,咽頭のポンピング活動が低下するなど,形態・行動的な特徴を有している.また,寿命制御において重要な役割を担うインスリンシグナルのdaf-2遺伝子(インスリン受容体線虫ホモログ)やdaf-16遺伝子(FoxO線虫ホモログ)などは最初に耐性幼虫休眠を制御するDAF遺伝子(DAuer Formation abnormal)として同定されたという歴史がある.そして耐性幼虫休眠と寿命の制御メカニズムの共通性を利用する事で,短時間で解析可能な耐性幼虫休眠を指標とした効率的な寿命制御遺伝子の探索が行われてきた.また近年では,L1幼虫休眠やARD(Adult reproductive diapause,生殖虫休眠)など新しい種類の飢餓応答的な休眠現象に関しても研究が進んでいる(4)4) L. R. Baugh & P. J. Hu: Genetics, 216, 837 (2020).

我々は先行研究において耐性幼虫休眠を利用した新規寿命制御遺伝子の探索を行い,コシャペロンp23の線虫ホモログdaf-41遺伝子を発見した.daf-41遺伝子欠損は高温(25°C)において寿命を延長するが,通常の飼育環境(20°C)では寿命表現型を持たず,さらに低温環境(15°C)では寿命が短くなるという温度応答的な寿命表現型を示す事を明らかにした(5)5) M. Horikawa, S. Sural, A. L. Hsu & A. Antebi: PLoS Genet., 11, e1005023 (2015)..また,p23と相互作用するHSP90の線虫ホモログdaf-21/hsp-90遺伝子の機能獲得株は低温環境でのみ長寿になるなど,シャペロンには低温環境応答的に寿命を制御する機能がある事も明らかとなった.そこで,シャペロンおよびシャペロン制御に関わる遺伝子の低温環境におけるさらなる機能解析を進めた結果,熱ショック転写因子(heat shock transcription factor)hsf-1遺伝子欠損株が線虫の成育下限温度(9°C)において可逆的な休眠状態に移行する事を発見した(低温休眠,図1A図1■(A)hsf-1変異株は9°Cにおいて可逆的な休眠状態に移行する.野生株およびhsf-1変異株を9°Cで14日間培養後に写真撮影した.赤矢印:成虫,黒矢印:低温休眠状態,スケールバー: 1 mm.(B)低温休眠を利用した長寿変異株のスクリーニング概要図.低温休眠を抑制する遺伝子変異は同時に長寿も誘導する.).興味深い事に,低温休眠は餌の存在下でも低温に暴露するだけで誘導され,さらに耐性幼虫休眠のマスターレギュレーターであるdaf-12遺伝子(ビタミンD受容体線虫ホモログ)とは独立に休眠を制御するなど,既知の発生休眠現象とは全く異なるメカニズムによって制御されていた.また耐性幼虫休眠はインスリン様ペプチドやTGF-β様因子などの神経分泌因子により制御されている事から低温休眠制御に関わる神経分泌因子を遺伝学的に探索した結果,これまで線虫の発生休眠に関与する事が知られていなかったニューロミジンU神経ペプチドやモノアミン神経伝達因子チラミンなどを低温休眠の制御に関わる神経分泌因子として同定した.さらに低温休眠と寿命制御メカニズムの相互作用解析により,hsf-1遺伝子だけでなくdaf-16/FoxO遺伝子,小胞体ストレス応答因子xbp-1遺伝子,酸化ストレス応答因子skn-1/Nrf2遺伝子,オートファジー制御因子hlh-30/TFEB遺伝子など様々な長寿遺伝子の導入により低温休眠誘導が抑制される事を発見した.

図1■(A)hsf-1変異株は9°Cにおいて可逆的な休眠状態に移行する.野生株およびhsf-1変異株を9°Cで14日間培養後に写真撮影した.赤矢印:成虫,黒矢印:低温休眠状態,スケールバー: 1 mm.(B)低温休眠を利用した長寿変異株のスクリーニング概要図.低温休眠を抑制する遺伝子変異は同時に長寿も誘導する.

このように低温休眠も耐性幼虫休眠と同様に寿命制御メカニズムと相互作用する事,しかしながら低温休眠と耐性幼虫休眠はその制御メカニズムが大幅に異なる事から,低温休眠を利用した長寿変異株のスクリーニングシステムを開発すれば新しい寿命制御メカニズムが発見できるのではないかと仮説を立て,図1B図1■(A)hsf-1変異株は9°Cにおいて可逆的な休眠状態に移行する.野生株およびhsf-1変異株を9°Cで14日間培養後に写真撮影した.赤矢印:成虫,黒矢印:低温休眠状態,スケールバー: 1 mm.(B)低温休眠を利用した長寿変異株のスクリーニング概要図.低温休眠を抑制する遺伝子変異は同時に長寿も誘導する.のような実験系を開発して実証実験を行った.その結果,MAPKシグナルの転写調節因子sur-2(MED23線虫ホモログ)遺伝子を新規の寿命・低温休眠制御遺伝子として同定する事に成功した.また寿命制御に関する先行研究のあったNMD(ナンセンス変異依存mRNA分解機構)制御遺伝子smg-1なども低温休眠制御に関わっている事を明らかにした.

今後は,この低温休眠を利用した長寿変異株スクリーニングシステムを用いてさらなる寿命制御メカニズムの探索を進めるとともに,低温休眠それ自身の制御メカニズムもより詳細に解明する事で生物がどのように低温環境に応答して発生/休眠をスイッチしているかを明らかにしたいと考えている.そして,この研究は哺乳類の冬眠を研究するモデル生物の一つにもなりうると期待している.

Reference

1) C. T. Murphy & P. J. Hu: WormBook, doi: 10.1895/wormbook.1.164.1 (2013).

2) M. Horikawa, M. Fukuyama, A. Antebi & M. Mizunuma: Nat. Commun., 15, 5793 (2024).

3) P. J. Hu: WormBook, doi: 10.1895/wormbook.1.144.1 (2007).

4) L. R. Baugh & P. J. Hu: Genetics, 216, 837 (2020).

5) M. Horikawa, S. Sural, A. L. Hsu & A. Antebi: PLoS Genet., 11, e1005023 (2015).