Kagaku to Seibutsu 63(5): 197-199 (2025)
今日の話題
休眠性と温度の情報を統合し,発芽を制御するメカニズム
休眠制御因子,光情報伝達因子,MAPキナーゼカスケードの役割分担
Published: 2025-05-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
植物は生育に不適な環境を種子の状態で乗り越え,成長に適した季節に発芽する能力を持つ.暑さに弱い冬型一年生草本(冬型)は,春に開花・結実して種子を散布するが,発芽するのは秋である.春から秋にかけて,休眠性の低下(後熟)と共に発芽可能な温度の上限が上昇し,土壌の温度が上限を下回る秋に発芽する(図1A図1■休眠性の変化に伴う種子の温度反応性の変化と発芽の季節)(1)1) 吉岡俊人,藤 茂雄,川上直人:“発芽生物学”,文一総合出版,2009, pp. 49–63..ただし,光や水分などが発芽に不十分な環境に置かれた土中の種子(埋土種子)は,再び休眠を獲得する(二次休眠).この際,発芽可能な温度の上限は次第に低下し,春にはどのような温度でも発芽しない(図1B図1■休眠性の変化に伴う種子の温度反応性の変化と発芽の季節).このような埋土種子も秋に向けて休眠性が低下し,発芽可能な上限温度を上昇させる.一方,秋に散布された夏型一年生草本(夏型)の種子は,後熟に伴って発芽可能な温度の下限を低下させ,土壌の温度が下限を上回る春に発芽する(図1B図1■休眠性の変化に伴う種子の温度反応性の変化と発芽の季節).つまり,種子は1年周期で自身の温度反応性を変化させ,周期的に変化する環境の温度を感知して発芽の季節を決めているのである.
図1■休眠性の変化に伴う種子の温度反応性の変化と発芽の季節
A)秋に発芽する「冬型」の種子における温度反応性の季節変化.土壌の温度を点線,種子の発芽可能な温度の上限を実線,発芽の温度範囲を網掛で示す.B)夏型一年生草本および冬型一年生草本種子の休眠性と,発芽の上限温度(網掛の上辺)・下限温度(網掛の下辺),至適温度(点線),温度範囲(網掛部・両矢印で例を示す)の変化.
シロイヌナズナの種子休眠を制御する量的遺伝子座の解析から見出されたDOG1は,多くの植物種において休眠の獲得と維持に働く.種子発達過程で蓄積したDOG1タンパク質の作用は,後熟と共に低下する.埋土種子の二次休眠は,DOG1の発現上昇と共に深まり,発現低下に伴って浅くなる.クレスとシロイヌナズナにおいて,DOG1は発芽の至適温度を制御することが示された(図2図2■発芽制御における,休眠の制御因子,MAPKカスケード,光情報伝達経路の役割分担)(2)2) K. Graeber, A. Linkies, T. Steinbrecher, K. Mummenhoff, D. Tarkowska, V. Tureckova, M. Ignatz, K. Sperber, A. Voegele, H. de Jong et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E3571 (2014)..
レタスの光発芽の研究を端緒として発見された光受容体のフィトクロムは,芽生えの高温反応(高温形態形成)において温度センサーとして機能する(3)3) S. M. Kerbler & P. A. Wigge: Annu. Rev. Plant Biol., 74, 341 (2023)..これは,活性型フィトクロム(Pfr)が不活性型(Pr)に変換する「暗反転」速度が温度に依存しており,高温条件ではより速やかにPrに変換されるためである.光による発芽誘導において,Pfrは発芽抑制に関わる転写因子,PIF1/PIL5の分解を誘導し,PIF1/PIL5により転写が活性化されるSOMの発現を抑えることにより発芽を誘導する.種子において,SOMの機能喪失は発芽の上限温度を上昇させ,高発現は上限温度を低下させる(図2図2■発芽制御における,休眠の制御因子,MAPKカスケード,光情報伝達経路の役割分担)(4)4) M. Otani, L. Zheng & N. Kawakami: Methods Mol. Biol., 2830, 3 (2024)..温度によるPfr/Pr比の調節は,PIF-SOMの作用制御を介して,温度に応じた発芽を可能としている.
作物生産において,発芽の時間的なばらつきは生産効率を大きく低下させるため,播種後は速やかに,一斉に発芽することが望ましい.このため,一般に休眠性の弱い系統が栽培化の過程で選ばれてきたと考えられている.一方,コムギなどの穀類を中心に,収穫前の降雨などの多湿な環境により,母体上で種子が発芽する「穂発芽」が問題となっている.穂発芽粒の混入は発芽率を含む種子品質の低下,加工製品の品質劣化をもたらす.したがって,収穫するまでは十分な休眠性を保ち,収穫後は速やかに低下することが望ましい.近年,穀類の休眠制御に関わる量的遺伝子座の解析から,MAPキナーゼカスケード(MAPKカスケード)を構成するタンパク質リン酸化酵素,MKK3(Mitogen-activated protein kinase kinase 3)が同定された(4)4) M. Otani, L. Zheng & N. Kawakami: Methods Mol. Biol., 2830, 3 (2024)..MAPKカスケードは真核生物に広く保存された細胞内情報伝達経路であり,MKKはMAP kinase kinase kinase (MAPKKK)により活性化され,MAP kinase (MPK)を活性化することにより,成長や環境応答を制御する.
筆者らはシロイヌナズナの突然変異体を解析し,MKK3は発芽の温度範囲を拡大する作用を持ち,休眠性の低下と発芽の促進に働くことを示した(図2図2■発芽制御における,休眠の制御因子,MAPKカスケード,光情報伝達経路の役割分担)(5)5) M. Otani, R. Tojo, S. Regnard, L. Zheng, T. Hoshi, S. Ohmori, N. Tachibana, T. Sano, S. Koshimizu, K. Ichimura et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2404887121 (2024)..また,MKK3はMAPKKK19/20により活性化され,MPK1/2/7/14を活性化することを明らかにした.MAPKKK19/20の発現はMPK7の活性と強く相関しており,後熟種子では発芽の適温(26°C)で顕著に誘導され,収穫直後の休眠種子では26°C,後熟種子では34°Cで強く抑制された.つまり,種子の生理状態(休眠の深さ)と環境の温度の両者によるMAPKKK19/20の発現制御が,MKK3-MAPKカスケード活性化の鍵を握っている(5)5) M. Otani, R. Tojo, S. Regnard, L. Zheng, T. Hoshi, S. Ohmori, N. Tachibana, T. Sano, S. Koshimizu, K. Ichimura et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2404887121 (2024)..
私たちの分子遺伝学的解析データは,発芽の至適温度を制御するDOG1,上限温度を制御する光情報伝達経路,そして温度範囲を制御するMKK3-MAPKカスケードは,並立して発芽を制御することを示している(図2図2■発芽制御における,休眠の制御因子,MAPKカスケード,光情報伝達経路の役割分担)(5)5) M. Otani, R. Tojo, S. Regnard, L. Zheng, T. Hoshi, S. Ohmori, N. Tachibana, T. Sano, S. Koshimizu, K. Ichimura et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 121, e2404887121 (2024)..では,DOG1やMAPKKK19/20の発現を制御する内的要因,「休眠性」の実体は何であろうか? MAPKKK19/20の発現を制御する「温度の情報伝達経路」の実体は? 「夏型」と「冬型」種子が対照的な発芽の温度反応性を示す分子機構は? 温暖化に伴う植生の変化や作物の適応策を考える上で,温度に応じた発芽制御の分子メカニズムに関する理解は,重要な役割を演じるであろう.
哺乳類を含む多様な動物種では,発生過程の胚が好ましくない環境条件で細胞の増殖・分化を停止することがあり(胚休眠),出産や孵化の季節適応に寄与する(6)6) M. B. Renfree & J. C. Fenelon: Development, 144, 3199 (2017)..観賞魚の生き餌として市販されているアルテミアの休眠卵は乾燥耐性を持ち,見かけを含め,まるで種子である.興味深いことに,カイコなどの胚の低温による休眠解除にもMAPKカスケードが働く(7)7) 田中誠二,檜垣守男,小滝豊美:“休眠の昆虫学”,東海大学出版会,2004..植物において,乾燥や低温などの成長に不適な環境は細胞伸長・増殖の停止をもたらし,環境条件の緩和は細胞の活動再開をもたらす.このような成長途上の休止メカニズム,動物の胚休眠と種子の休眠・発芽制御メカニズムにはどのような類似性があるのであろうか.進化的にも大変興味深い.
Reference
1) 吉岡俊人,藤 茂雄,川上直人:“発芽生物学”,文一総合出版,2009, pp. 49–63.
3) S. M. Kerbler & P. A. Wigge: Annu. Rev. Plant Biol., 74, 341 (2023).
4) M. Otani, L. Zheng & N. Kawakami: Methods Mol. Biol., 2830, 3 (2024).
6) M. B. Renfree & J. C. Fenelon: Development, 144, 3199 (2017).
7) 田中誠二,檜垣守男,小滝豊美:“休眠の昆虫学”,東海大学出版会,2004.