Kagaku to Seibutsu 63(5): 203-210 (2025)
解説
PCRによる食物アレルゲン検査法の開発,公定法化,市販キット化
食物アレルゲン由来DNAを高感度・特異的に検出する方法の実用化
Development of PCR-Based Food Allergen Detection Methods, Official Methods, and Commercial Kits: Practical Application of a Highly Sensitive and Specific Method for Detecting DNA Derived from Food Allergens
Published: 2025-05-01
食物アレルギーは社会問題の1つであり,アレルギー患者にとっては命にかかわる重要な課題である.そのため,日本をはじめとする世界各国では表示制度を導入しており,この制度により患者やその家族はアレルゲンを含まない加工食品を適切に選択できるようになった.日本では食物アレルギーの実態や食習慣の変化を考慮し,定期的に表示制度の改正を行っている.表示の妥当性を検証するためには適切な検査法が不可欠である.我々は制度の改正や検査技術の進歩に応じて,同じ甲殻類に属するえび・かにを区別可能なPCRや,感度や汎用性を向上させたリアルタイムPCRなどの検査法を開発してきた.本稿では,これらPCR検査技術について紹介する.
Key words: 食物アレルギー; 16S ribosomal RNA gene; internal transcribed spacer; 陽性/陰性判定基準
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
食物アレルギー患者の割合は国民全体で推定1~2%,特に乳児では7.6~10%と高く,社会問題の1つである(1)1) 「食物アレルギーの診療の手引き2023」検討委員会:“厚生労働科学研究班による食物アレルギーの診療の手引2023”,2023..患者は原因となる食物(アレルゲン)を少量でも摂取すると症状を引き起こす場合があり,時に症状は重篤となるため,日々の食事に注意を払う必要がある.アレルゲンの表示制度が施行される前は,加工食品への配合量が少ない等によりアレルゲンが原材料表示に記載されていない場合があった.そのため患者やその家族は加工食品中のアレルゲンの有無について正確な情報を得ることができず,安全に食べられる食品を選ぶことが困難であった.
日本では患者が安全な食品を選択できるようにすることを目的に,1998~1999年度に行われた食物アレルギー即時型に関する全国疫学調査をもとに,2001年に世界に先駆けてアレルゲンの食品表示制度が施行された(2)2) 厚生労働省および農林水産省:アレルギー物質を含む食品に関する表示について 検討報告書(平成16年7月23日),2004..具体的には,発症数が多いものや,重篤な発症数が多いものを特定原材料として,それらが一定量(数μg/g)以上含まれる場合に,加工食品への表示を義務付けた.当初の特定原材料は小麦,そば,落花生,卵,乳の5品目であったが,その後3年ごとの全国実態調査における症例数の変化や流通実態を考慮して品目の見直しが行われた(3)3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021)..その結果,2008年にえび,かに,2023年にくるみが追加され,現在は8品目が特定原材料に指定されている(表1表1■食品表示制度で加工食品への表示が義務づけられた特定原材料の品目と検査法(2025年2月時点)).また直近ではカシューナッツの追加が検討されている.
| 特定原材料となる品目 | 定量的スクリーニング検査 | 定性的確認検査(品目) | 弊社で技術開発/キット化した確認検査法を含む品目 |
|---|---|---|---|
| 小麦,そば,落花生,えび,かに,くるみ,卵,乳 | ELISA | 従来のPCR(小麦,そば,落花生,えび,かに) | えび,かに |
| リアルタイムPCR(小麦,そば,落花生,くるみ) | 小麦,そば,落花生,くるみ | ||
| PCR-核酸クロマト(くるみ) | — | ||
| Western Blot(卵,乳) | — |
表示制度に基づく適正な食品表示がなされているかを検証する目的で,これら特定原材料については消費者庁から検査法が通知されている.検査法には,感度や簡便性を向上させる新しい技術が導入されており,これまでも品目見直しのタイミングで新しい検査法が通知されている.
アレルゲン分析技術には,アレルゲン由来タンパク質を標的とするものと,DNA配列を標的とするものに大別される.タンパク質を標的とするものにはEnzyme-linked immunosorbent assay(ELISA),Western blotting(WB),イムノクロマトがあり,近年ではタンパク質の一部(ペプチド)を標的とするLC-MS/MSも開発が進められている.DNA配列を標的とするものにはPCR(従来のPCR,リアルタイムPCR,PCR-核酸クロマト)などがある(3)3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021)..これらの一部は世界各国でキット化もされている.
日本の通知に基づく食物アレルゲン検査法は,定量的なスクリーニング検査と定性的な確認検査の2段階で構成されている(3, 4)3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021).4) 消費者庁:別添 アレルゲンを含む食品に関する表示,https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_230629_02.pdf, 2023..各地方自治体は,市場で販売されている加工食品を通知に則って検査し,製造記録の確認等も合わせて表示が適正になされているかを確認し,必要に応じて指導を行う.スクリーニング検査に用いられるELISAの測定原理は抗原抗体反応である.高感度で定量性に優れているものの,構造の似たタンパク質や食品由来の夾雑物により偽陽性となる場合があるため,特異性の高い確認検査と組み合わせた判断が必要な場合がある.確認検査には主にPCRが用いられる.PCRの測定原理は対象とするアレルゲンの特徴的なDNA配列に結合するよう設計されたプライマー対による標的DNA配列の増幅である.従来のPCRでは標的サイズのDNA断片長が増幅されたかを電気泳動を用いて確認するが,近年は新しい技術であるリアルタイムPCRやPCR-核酸クロマトが採用されている.リアルタイムPCRでは,プライマー対に加えて標的DNAの内部配列に結合するよう設計された蛍光標識プローブを用いる.標的DNA配列の増幅に伴うプローブ由来蛍光シグナルの増幅を「リアルタイムで」確認することができる.プライマー対に加えてプローブを用いるため,より特異性が高く,電気泳動が不要かつ簡便,迅速な検査が可能となる.専用の装置が必要となるが,増幅産物の飛散による誤判定リスクを低減できることも利点である.PCR-核酸クロマトはPCRで増幅されたDNA断片を専用のストリップに展開させて,標的DNAの有無をバンドの有無により目視で判定する.複数種類の標的DNAの有無を一度に確認できる.なお,卵や乳のようにDNAでそれぞれ鶏肉や牛肉と区別できないアレルゲンについてはWBが用いられる.WBの測定原理は,抗原抗体反応を示した抗原の分子量測定である.SDS-PAGEで分離されたタンパク質のうち,抗体が結合して発色したバンドの位置(分子量)が標的タンパク質と合致するかを確認する.
我々の取組んできたPCRによる確認検査法の開発では,以下4つのステップを実施する.
ここで,検出対象とする生物種は,近縁種によるアレルギー発症の実態や食品に混入する可能性なども踏まえて設定する.このようにして検出対象のアレルゲンを高感度に検出し,検出対象としない近縁種には反応しないようにPCR法を設計する.
開発した確認検査法は複数のモデル加工食品を試料とした複数機関による試験室間バリデーションを経て,国のガイドラインの基準を満たす公定法として消費者庁(当初は厚生労働省)から通知される(3, 4)3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021).4) 消費者庁:別添 アレルゲンを含む食品に関する表示,https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_230629_02.pdf, 2023..また,通知された検査法は,市販キット化などにより検査用試薬の品質安定化を図り,広く世の中で使えるものとすることが求められる.
我々は,上述の流れに沿って,特定原材料8品目のうちPCR確認検査対象となる全6品目(えび,かに,小麦,そば,落花生,くるみ)について,PCR検査法の開発,公定法化,市販キット化を行ってきた.PCR技術開発における我々の考え方を以下に述べる.発症原因となるアレルゲンタンパク質は患者によって異なり,一人の患者が複数のアレルゲンタンパク質に反応する場合もある.そのため,現実的には全てのアレルゲンタンパク質を検出することは不可能である.そこで我々は開発するPCR法の標的として,アレルゲンタンパク質やそれをコードする遺伝子配列にはこだわらず,アレルゲンの存在を示すマーカーとなるDNA配列を選択することとした(5, 6)5) 平尾宜司:化学と生物,47, 853 (2009).6) T. Hirao, S. Watanabe, Y. Temmei, M. Hiramoto & H. Kato: J. AOAC Int., 92, 1464 (2009)..
ここで,アレルゲン検査に用いるPCR法は,アレルゲンのみを検出する特異性とELISA法に匹敵する感度を満たさなくてはならない(3, 4)3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021).4) 消費者庁:別添 アレルゲンを含む食品に関する表示,https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_230629_02.pdf, 2023..そのために「対象とするアレルゲンに特異的,かつ豊富に存在するDNA配列」を標的とする考えに至った.より具体的には,「アレルゲンとその近縁種を含む生物種で配列情報が報告され,生物種の分類にも用いられている配列」かつ「ゲノムDNA当たりに存在するコピー数が多い配列」である.えび,かにPCR法の開発では16S ribosomal RNA gene(16S rRNA gene),小麦,そば,落花生,くるみリアルタイムPCR法の開発ではinternal transcribed spacer(ITS)を選択した(5~9).求められる特異性,感度を満たす検査法を確立する上で,上記配列を標的とするメリットを以下に述べる.
特異性とは,検出対象とする生物種を検出し,検出対象としない近縁種や各種食物を誤って検出しないことである.しかし,全ての生物種を入手し確認することが困難な場合がある.我々が標的とした領域は,系統分類のために学術的にも利用されるため,検出対象となる生物種に加え,対象外の近縁野生種や各種食物についても幅広くデータベースに登録されている.特に近縁野生種のデータを活用できることは,農産物の収穫や流通過程で起こりうる近縁野生種の混入リスクなども踏まえて設定した検出対象とする生物種の範囲に対応したPCR検査法の設計を可能とする.なお,配列情報データベースを基にプライマー対やプローブ配列の特異性を予測しながら設計することは,近年in silico approachとも呼ばれており,PCR法の設計精度向上に有効と考える(10)10) J. SantaLucia Jr., S. Sozhamannan, J. D. Gans, J. W. Koehler, R. Soong, N. J. Lin, G. Xie, V. Olson, K. Roth & L. Beck: J. AOAC Int., 103, 882 (2020)..実際に,新型コロナウイルスの変異株に対応した検査法やワクチンデザインにも,この考え方が採用されている.日本の食品表示制度におけるアレルゲンの検出対象とする生物種と検出対象としない生物種の範囲は,日本標準商品分類をもとに設定されている.我々はそれら分類を基本として,アレルゲンごとに野生種の食品への混入リスクも踏まえて検出対象を設定した.例えば,小麦には様々な栽培種が存在するとともに,自生する野生種が食品に混入する可能性を否定できない.そのような状況から,小麦の検出範囲には栽培種だけでなく野生種を含めた.
PCRの感度には,対象となる食品の加工度やDNA含有量などが影響する.食品加工時の加熱や加圧および低pHによってDNAは断片化するため,PCRの検出感度が低下する.我々は,ここへの対策として,標的DNAの長さを200塩基対以下としている.また,食品からDNAが多く抽出される場合,抽出DNA中のアレルゲン由来DNAの割合が低下する.これらアレルゲン検出が困難な試料でもELISA法に匹敵する10 µg/gタンパク質相当のアレルゲンを検出する感度が得られるように,標的領域には「ゲノムDNA当たりのコピー数が多い配列」を選択している.
これらの考えを適用して作製したえび,かにPCR法,小麦,そば,落花生,くるみリアルタイムPCR法について,詳細を示す.
食物アレルギーの発症において,えびとかには交差反応性が高いと言われており,諸外国では甲殻類として表示される例も多い.一方,日本では,2005年の全国実態調査において,えびアレルギー患者の全てがかにを摂取して発症するわけではなく,発症したのは約65%であったと報告されている(11)11) 富川盛光,鈴木直仁,宇理須厚雄,粒来崇博,伊藤節子,柴田瑠美子,伊藤浩明,海老澤元宏:アレルギー,55, 1536 (2006)..この報告は,約35%のえびアレルギー患者がかにを摂取できることを意味しており,日本では患者の食の選択枝を広げる観点から,えびとかにを独立した品目として表示することとなった.
ELISA法ではえびとかにを区別することが困難である.そこで日本では,ELISA法によるスクリーニング検査で甲殻類全般を定量し,PCR法による確認検査でえびとかにを区別することとなった.えびPCR法の検出対象とする範囲は十脚目のうち,根鰓亜目および,かにの検出範囲以外の抱卵亜目と定められた.かにPCR法の検出対象とする範囲は,抱卵亜目のうち短尾下目と異尾下目と定められた.えびPCR法はえびをまとめて検出するものの,かにを検出せず,かにPCR法はかにをまとめて検出するものの,えびを検出しないことが求められる.
えび,かにを含む甲殻類は多種存在し,入手可能な実サンプルは流通する種に限られるため,プライマーの設計にはデータベースの利用は不可欠であった.標的領域として,えび,かにの分類に利用され,えび300属以上,かに40属以上をはじめとする甲殻類の配列が広く登録されているマルチコピー遺伝子領域の16S rRNA geneを用いた.えびとかには近縁でありながらそれぞれ多様な種から構成されるため,分類に用いられる領域であっても相同性が高い配列と多様性に富む配列が混在している.そのため,プライマー設計において,フォワードプライマー,リバースプライマーの少なくともどちらか一方で特異性が得られるように設計するとともに,配列の多様性に対応した複数種のプライマーを設計して混合プライマーとした.データベース上では,えびPCR用,かにPCR用に設計したプライマーセットはどちらも多種多様なえびとかにを互いに区別可能であると予想された.
実際に入手した代表的な試料を用いたえびPCRの評価では,シャンハイガニを検出して偽陽性となるが,多様なえび14種をいずれも検出し,PCRと制限酵素消化を組み合わせることで,かに12種,オキアミ,アミ,シャコをいずれも検出しないことを確認した.なお,その後の検討でえびの一種アキアミを検出せずに偽陰性となることが判明したため,えびPCRと組み合わせて使用するアキアミPCRも追加で確立している.また,かにPCRの評価では,シャコを検出して偽陽性となるが,多様なかに13種をいずれも検出し,えび14種,オキアミ,アミを含む他の甲殻類をいずれも検出しないことを確認した.これらの結果から,えびPCR,かにPCRは,えびとかにを互いに区別可能であると判断した.実試料の測定で,DNA量が多い場合に誤って検出することが判明した種は,キットに注記している.なお,えびPCR,かにPCRが様々な市販加工食品に適用可能なことは,別途,市販製品を用いて検証している(12)12) 田口大夢,永富靖章,菊池 亮,平尾宜司:食品衛生学雑誌,55, 1 (2014)..
通知化に向けた試験室間バリデーションでは,えび,かにそれぞれで10 µg/gタンパク質相当量のアレルゲンを含む陽性試料およびアレルゲンを含まないブランク試料を6種類のモデル加工食品で作製し,えびは8機関,かには9機関で実施した.結果,いずれの検査法も全てのモデル加工食品で国のガイドラインで求められる正答率90%以上を達成し,確認検査法として2009年に厚生労働省から通知された(3, 4)3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021).4) 消費者庁:別添 アレルゲンを含む食品に関する表示,https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_230629_02.pdf, 2023..えびPCR,かにPCRに使用するプライマー対はいずれも品質の担保された試薬キットとして市販されている.
小麦,そば,落花生については,表示制度施行当初からそれぞれPCR法が通知されている.しかし,特に小麦PCRについては,加熱加工された食品に含まれる小麦を検出できない事例などの報告もあり,検出感度の向上が望まれていた.また,従来のPCR法は,増幅後の反応液を電気泳動し,標的とする断片長となる増幅産物の有無を確認する.電気泳動の操作が手間な上,増幅後の反応液を扱う工程において,反応液の飛散を原因とする誤判定リスクがあった.このような点を鑑みて,我々はITS領域を標的とする高感度な小麦,そば,落花生,くるみリアルタイムPCR法の開発と通知化を目指した.併せて,リアルタイムPCR装置の機種を限定しない,汎用性の高い検査法とするための技術を開発した.
まず,感度と特異性の観点から,標的DNA配列には,植物分類に利用されるために多くの種で配列登録がされており,マルチコピー遺伝子領域であるITSを選択した.それぞれのPCR法で検出対象とする生物種と検出対象としない近縁種は,いずれも日本標準商品分類に記載された農産食品をもとに,近縁種の混入リスクなども踏まえて設定した.小麦の検出範囲は,前述の通り,栽培種と野生種とした.同様の考え方で,そばの検出範囲は栽培種と野生種とした.一方,食品への野生種混入リスクが少ないと考えられる落花生とくるみの検出範囲は,いずれも食用種としている.
次に,リアルタイムPCR技術の汎用化の観点から,リアルタイムPCR装置の機種によらずに明確な陽性/陰性判定ができる技術を開発した.リアルタイムPCRでは増幅過程で得られる蛍光シグナルを解析できるため,誤判定リスクの原因となる増幅後の反応液を電気泳動する必要がないという利点がある.その一方で,リアルタイムPCRでは,機種により標的配列の増幅による得られる蛍光シグナルの立ち上がりサイクル数Cq(Cycle quantification)値の算出方法等が異なるため,同じ試料を分析してもCq値に差が生じる問題がある.そこで我々はこの問題を解決するため,陽性/陰性判定の基準となる一定量の標的配列を含む「基準プラスミド溶液」を試料の比較対照とする技術を開発した(図1図1■リアルタイムPCRにおける判定技術).ここで,判定に用いる基準プラスミドのコピー数は,10 µg/gタンパク質相当量のアレルゲンを含むモデル加工食品を確実に陽性と判定できる量に設定する必要がある.PCRの感度には,前述の通り,対象となる食品の加工度やDNA含有量などが影響する.そこで,我々は,PCRによるアレルゲン検出が困難な加工食品として,高度な加熱加圧を受けている,かつ単位重量あたりのDNA抽出量が多い畜肉を原料とする「鶏肉団子と野菜の煮物」をモデル加工食品として選定した.モデル加工食品の作製にあたっては,真野らの方法を用いて市販の「鶏肉団子と野菜の煮物」と類似する4製品のDNA分解レベルを評価し,その平均値と同等になるように加熱加圧条件を設定した(13)13) J. Mano, Y. Nishitsuji, Y. Kikuchi, S. Fukudome, T. Hayashida, H. Kawakami, Y. Kurimoto, A. Noguchi, K. Kondo, R. Teshima et al.: Food Chem., 226, 149 (2017)..モデル加工食品中のアレルゲンは加熱加工処理の前に,普通小麦の粉末,普通そばの粉末,脱脂した落花生の粉末,脱脂したカシグルミの粉末を,それぞれ10 µg/gアレルゲンタンパク質相当量となるように添加した.このようにして作製したアレルゲン含有モデル加工食品を確実に陽性と判定できる基準プラスミド量を実測データをもとに50コピー/反応液と設定して,陽性/陰性判定基準とした.設定した陽性/陰性判定基準が,異なる機種のリアルタイムPCR装置で有効に機能するかを検証した結果を図2図2■小麦 リアルタイムPCR:機種間差と判定基準に示す.10 ppmタンパク質相当量の小麦を含む「鶏肉団子と野菜の煮物」モデル加工食品から抽出したDNAのCq値は機種の異なるリアルタイムPCR装置間で少しずつずれたものの,同時測定した50コピー/反応液の陽性/陰性判定基準プラスミドのCq値も「連動してずれた」ため,5機種全てで試料は陽性判定となり,判定基準が機能していることがわかった.この結果から,我々の開発した陽性/陰性判定基準は,様々なリアルタイムPCR装置でのアレルゲン検査を可能にする「汎用性」があるものと考えられた.なお,小麦,そば,落花生,くるみリアルタイムPCRが様々な市販加工食品に適用可能なことは,別途,市販製品を用いて検証している(14)14) 宮﨑明子,田口大夢,渡辺 聡,緒方京子,永富靖章,上田涼太,清水 賢,平尾宜司:食品衛生学雑誌,64, 34 (2023)..
試験室間バリデーションは,小麦,そば,落花生,くるみ定性リアルタイムPCR法のいずれも検査方法を評価するガイドラインに沿って実施して,いずれも全てのモデル加工食品で正答率が目標となる90%以上を達成している(3, 4)3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021).4) 消費者庁:別添 アレルゲンを含む食品に関する表示,https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_230629_02.pdf, 2023..なお,アレルゲンを含まないブランク試料のいくつかでCq値が得られたものの,いずれも基準プラスミド溶液のCq値よりも大きかったために陰性と判定されている.陽性/陰性判定基準プラスミドを用いることは,汎用性を高めるだけでなく,分析環境等に存在するアレルゲンや増幅産物等に由来する極微量の蛍光シグナルを,10 µg/gレベルの試料由来アレルゲンと区別して陰性と判定する手段としても有効である.
これらリアルタイムPCR法に使用するプライマー・プローブセット,基準プラスミド溶液も,品質の担保された試薬キットとして市販されている.また,特定原材料への追加が検討されているカシューナッツについても,同様の考え方でリアルタイムPCR法の開発を進めている.
近年,アレルゲン分析法としてLC-MS/MSを用いた方法が注目されている.LC-MS/MSは,食物アレルギーの原因となるタンパク質を消化して得られたアレルゲン特異的ペプチドをLCで分離して,タンデム質量分析計(MS/MS)で検出する.装置が高額でメンテナンスに経験を要するが,一度に複数種類のアレルゲンを測定できる利点がある.実際に,特定原材料への追加が検討されているカシューナッツの確認検査法として,定性LC-MS/MS法が開発中である.今後,技術の進歩により十分な定量精度を確保できれば,定量検査法に用いられる可能性もあると考えている.
ここで食物アレルギー診療に目を向けてみると,医師向けに発行されている「食物アレルギー診療ガイドライン」には,食物アレルギーの管理・治療の原則が記載されている.表示制度施行当時は「原因食物の完全除去」であったが,2012年のガイドライン改定で「必要最小限の原因食物の除去」へ管理・治療の原則が大きく変わっている(1)1) 「食物アレルギーの診療の手引き2023」検討委員会:“厚生労働科学研究班による食物アレルギーの診療の手引2023”,2023..「必要最小限の原因食物の除去」は,あくまで医師の指導下で,個々の患者の状態に応じて,食べられる範囲までの原因食物を食べることとされている.食事指導に市販の加工食品を活用する医療機関では,各種加工食品に含まれるアレルゲン量を把握して,医師が患者への食事指導に活用している例もある.その1つに藤田医科大学ばんたね病院が監修し医師向けに発行している「加工食品のアレルゲン含有量早見表」があり,そこには加工食品中の卵・乳・小麦含有量が記載されている.現在加工食品中のアレルゲン定量にはELISA法が用いられているものの,例えば検量線範囲の20 µg/gを超える高濃度のアレルゲン量に対応させるために,希釈系列の作製が必要である.そこで我々は高濃度にも希釈せずに対応が可能で,かつ卵・乳・小麦を一度に定量できるLC-MS/MS法を開発中である.将来的に自社製品のアレルゲン含有量情報の提供への活用を検討していきたい.
食物アレルゲン表示の妥当性は,各企業の原料調達–製造におけるトレーサビリティ管理や自主検査,行政のモニタリング検査等によって維持されている.これらの検査等を可能とするために,国の定めるガイドライン記載の基準を満たす検査法が開発,消費者庁から通知されている.我々は,開発したPCR法を自社で使用するだけでなく,広く世の中で活用されるように公定法化,市販キット化を進めてきた.開発にあたって,独自の「PCR法の特異性と感度を確保するための標的DNA配列選定の考え方」,「汎用性のあるリアルタイムPCR法とするための陽性/陰性判定基準」を,食物アレルゲン検査技術に取り入れてきた.我々の開発した技術が,日本の食物アレルギー表示制度と公定法の進展の一助となり,患者・家族の食の選択の幅を広げることに繋がるものと信じている.
食物アレルギー診療の側面から見ると,表示制度施行当時の食事指導は原因食物の完全除去であったが,現在は最小限の原因食物の除去へと移行している.医師や患者が加工食品中のアレルゲン量情報を必要とする例も増えている.近年,検討が進んでいるLC-MS/MS法は,複数種類のアレルゲンを同時分析することに加えて,高濃度のアレルゲンを定量できる可能性を秘めている.我々は今後も,食物アレルギーに向き合う一人ひとりの「食べたい」気持ちに寄り添うために,世の中の変化に対応した技術開発を進めてゆく.
Acknowledgments
本研究をご指導頂いた,加藤久典先生(女子栄養大学),八村聡志先生(東京大学),安達玲子先生,為広紀正先生,酒井信夫先生,渡邉敬浩先生(以上4名いずれも国立医薬品食品衛生研究所),穐山浩先生(星薬科大学)をはじめとする多くの皆様方に,心より御礼申し上げます.また,キットを作製頂いた株式会社ファスマック,株式会社ニッポンジーンに心より御礼申し上げます.なお,本研究は,ハウス食品グループの平尾宜司,平元雅之,宮﨑明子,正野仁慈,恵千晶,田口大夢,天明裕介,久保田美穂とともに実施したもので,代表して渡辺が本解説を執筆しました.
えび,かにPCR確認検査法開発にあたり,厚生労働科学研究費補助金(食品の安心・安全確保推進研究事業)の助成を頂きました.くるみPCR確認検査法開発にあたり,くるみの義務化に向けた検証及び検査法の開発等業務(消費者庁委託事業)の助成を頂きました.
Reference
1) 「食物アレルギーの診療の手引き2023」検討委員会:“厚生労働科学研究班による食物アレルギーの診療の手引2023”,2023.
2) 厚生労働省および農林水産省:アレルギー物質を含む食品に関する表示について 検討報告書(平成16年7月23日),2004.
3) H. Akiyama & R. Adachi: Food Saf., 9, 101 (2021).
4) 消費者庁:別添 アレルゲンを含む食品に関する表示,https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_230629_02.pdf, 2023.
6) T. Hirao, S. Watanabe, Y. Temmei, M. Hiramoto & H. Kato: J. AOAC Int., 92, 1464 (2009).
7) H. Taguchi, S. Watanabe, Y. Temmei, T. Hirao, H. Akiyama, S. Sakai, R. Adachi, K. Sakata, A. Urisu & R. Teshima: J. Agric. Food Chem., 59, 3510 (2011).
8) T. Hirao, M. Hiramoto, S. Imai & H. Kato: J. Food Prot., 69, 2478 (2006).
9) A. Miyazaki, S. Watanabe, K. Ogata, Y. Nagatomi, R. Kokutani, Y. Minegishi, N. Tamehiro, S. Sakai, R. Adachi & T. Hirao: J. Agric. Food Chem., 67, 5680 (2019).
11) 富川盛光,鈴木直仁,宇理須厚雄,粒来崇博,伊藤節子,柴田瑠美子,伊藤浩明,海老澤元宏:アレルギー,55, 1536 (2006).
12) 田口大夢,永富靖章,菊池 亮,平尾宜司:食品衛生学雑誌,55, 1 (2014).
14) 宮﨑明子,田口大夢,渡辺 聡,緒方京子,永富靖章,上田涼太,清水 賢,平尾宜司:食品衛生学雑誌,64, 34 (2023).