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味覚受容体における新規感度調節機構の発見
塩化物イオンによる魚類嗜好味受容体T1Rの機能調節

Ryusei Goda

郷田 竜生

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻

Takumi Misaka

三坂

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻

Published: 2025-06-01

脊椎動物には哺乳類から魚類まで含まれ,それぞれの生息環境は多岐にわたる.また口腔内の塩分組成についても,唾液・淡水・海水など,動物種間で大きく異なっている.さらに摂食時には,餌となる生物由来の体液組成に依存して,咀嚼後の口腔内の塩濃度が急速かつ大幅に変化することも想定される.

脊椎動物においては,甘味・うま味・苦味・塩味・酸味の基本五味は,口腔内に発現する味覚センサー(味覚受容体)により受容される.塩味受容体の分子実態の全容については未だ議論が残るものの,「基本五味を担う味覚受容体」に関する知見は出揃ったといえる(1)1) A. Taruno, K. Nomura, T. Kusakizako, Z. Ma, O. Nureki & J. K. Foskett: Pflugers Arch., 473, 3 (2021)..一方,それぞれの味覚受容体機能の詳細な制御機構に関しては,食品の呈味デザインとも密接に関わることから,現在においても活発に研究が行われている.

味覚受容体のうちtaste receptor type 1(T1R)は,ヘテロダイマー(T1R1/T1R3またはT1R2/T1R3)を形成し,アミノ酸や糖といった栄養素となる物質を受容する(1)1) A. Taruno, K. Nomura, T. Kusakizako, Z. Ma, O. Nureki & J. K. Foskett: Pflugers Arch., 473, 3 (2021)..ヒトにおいては,L-グルタミン酸やL-アスパラギン酸などの酸性アミノ酸はT1R1/T1R3に受容されてうま味を呈する一方,糖類等の甘味物質はT1R2/T1R3に受容されて甘味を呈する.また魚類においては,それぞれの魚種において相同性の高い複数種のT1R(T1R2a, T1R2b, T1R2cなど)が発現しているが,基本的にT1R1/T1R3・T1R2/T1R3いずれについてもL-アミノ酸に対して応答することが報告されている.近年,他の研究グループによるメダカ(mf)T1Rの立体構造解析に関する報告において,mfT1R2a/mfT1R3に対する無機イオン(ナトリウムイオン,塩化物イオン,臭化物イオン)の結合が示された(2, 3)2) N. Nuemket, N. Yasui, Y. Kusakabe, Y. Nomura, N. Atsumi, S. Akiyama, E. Nango, Y. Kato, M. K. Kaneko, J. Takagi et al.: Nat. Commun., 8, 15530 (2017).3) N. Atsumi, K. Yasumatsu, Y. Takashina, C. Ito, N. Yasui, R. F. Margolskee & A. Yamashita: eLife, 12, e84291 (2023)..さらに,T1Rに構造が類似した代謝型グルタミン酸受容体やカルシウム感知受容体においても,塩化物イオンによる受容体機能の直接制御の報告が複数存在し(4, 5)4) A. S. Tora, X. Rovira, I. Dione, H. O. Bertrand, I. Brabet, Y. De Konick, N. Doyon, J. P. Pin, F. Acher & C. Goudet: FASEB J., 29, 4174 (2015).5) H. Liu, P. Yi, W. Zhao, Y. Wu, F. Acher, J. P. Pin, J. Liu & P. Rondard: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 21711 (2020).,T1Rにおいても口腔内の塩濃度,特に塩化物イオン濃度に何らかの影響を受けている可能性が想定されていた.

そこで筆者らは,T1R機能に対する塩化物イオンの作用やそのメカニズムの解明を目指し,研究を行った.その結果,一部の魚類T1Rのアミノ酸に対する感度が細胞外塩化物イオン濃度により顕著に制御されること,ならびにその制御メカニズムの一端が明らかとなった(6)6) R. Goda, S. Watanabe & T. Misaka: Sci. Rep., 13, 16348 (2023).

まず,ヒト甘味受容体(hT1R2/hT1R3)および5種の魚類T1R(メダカあるいはゼブラフィッシュ由来)の味物質に対する応答を,高塩化物イオン濃度条件下と低塩化物イオン濃度条件下でそれぞれ評価し,比較を行った.その結果,低塩化物イオン濃度条件下では,mfT1R2a/mfT1R3およびゼブラフィッシュ(zf)T1R2a/zfT1R3の味物質(アミノ酸)に対する感度の低下が見られた(図1A図1■味覚受容体T1Rの塩化物イオン感受性とその制御機構).一方,ヒト甘味受容体(データは示さない)やmfT1R2b/mfT1R3(図1D図1■味覚受容体T1Rの塩化物イオン感受性とその制御機構左)については,塩化物イオン濃度条件による感度の変化は認められず,T1R感度の細胞外塩化物イオン濃度感受性(塩化物イオン感受性)が受容体毎に異なることが分かった.

図1■味覚受容体T1Rの塩化物イオン感受性とその制御機構

(A)低塩化物イオン条件下で,メダカのmfT1R2a/mfT1R3およびゼブラフィッシュのzfT1R2a/zfT1R3の感度が低下した.(B)mfT1R2a K265への変異導入により,当該受容体感度の塩化物イオン感受性が完全に消失した.塩化物イオンはmfT1R2aの細胞外領域に結合し,mfT1R2aの閉口構造(活性型構造)を安定化することで受容体感度を高めると推定された.K265の周辺に存在するK295およびD362の主鎖アミドは,実験的な検証が十分でないものの,塩化物イオンとの結合に重要であると想定されている.(C)mfT1R2a K265周辺の配列比較.塩化物イオン感受性を有するzfT1R2aにおいて,mfT1R2a K265に対応する場所にリジン残基は保存されていない.(D)野生型のmfT1R2b/mfT1R3は塩化物イオン感受性を示さない.mfT1R2a K265の対応する位置にリジン残基を導入した変異体(mfT1R2b E260K/mfT1R3)を作出したが,塩化物イオン感受性は変化しなかった.

次に,塩化物イオンによるこれらT1Rの感度調節機構を明らかにするため,mfT1R2a/mfT1R3の構造生物学的研究(2, 3)2) N. Nuemket, N. Yasui, Y. Kusakabe, Y. Nomura, N. Atsumi, S. Akiyama, E. Nango, Y. Kato, M. K. Kaneko, J. Takagi et al.: Nat. Commun., 8, 15530 (2017).3) N. Atsumi, K. Yasumatsu, Y. Takashina, C. Ito, N. Yasui, R. F. Margolskee & A. Yamashita: eLife, 12, e84291 (2023).に基づいた変異体実験を実施した.mfT1R2aの細胞外領域に存在するリジン残基(mfT1R2a K265)に変異を導入したところ,当該受容体の塩化物イオン感受性が完全に消失したことから(図1B図1■味覚受容体T1Rの塩化物イオン感受性とその制御機構左),mfT1R2a/mfT1R3の塩化物イオン感受性における当該部位の重要性が明らかになった.さらなる変異体実験と先行研究の知見とを組合せ,塩化物イオンがmfT1R2a/mfT1R3の感度を向上させるメカニズムを提示した(図1B図1■味覚受容体T1Rの塩化物イオン感受性とその制御機構右).すなわち,塩化物イオンはmfT1R2aの細胞外領域に結合し,mfT1R2aの閉口構造(活性型構造)を安定化させることで,受容体感度を高めていると推定された.

最後に上記で提示したメカニズムの一般性を検証した.まずmfT1R2a K265残基に関して,T1R間でアミノ酸配列比較を行ったところ,塩化物イオン濃度感受性を示したzfT1R2a/zfT1R3においても当該部位にリジン残基は保存されていなかった(図1C図1■味覚受容体T1Rの塩化物イオン感受性とその制御機構).さらに,塩化物イオン感受性を示さなかったmfT1R2b/mfT1R3の当該部位にリジン残基を導入した変異体(mfT1R2b E262K/mfT1R3)を作出したが,この変異導入によってmfT1R2b/mfT1R3が塩化物イオン感受性を獲得することもなかった(図1D図1■味覚受容体T1Rの塩化物イオン感受性とその制御機構).これらの結果から,T1R感度の塩化物イオン感受性の決定要因は,特定部位のアミノ酸配列のみから説明できるものではなく,受容体毎に異なる細部の立体構造に起因することが示唆された.

以下に本研究の意義を述べる.本研究によって「塩化物イオンによる受容体感度制御」という現象が,T1Rにおいて初めて見出された.この現象の生理的意義として,(1)摂餌時の即時的な感度向上による摂餌効率の向上,(2)生息環境の変化への適応,の2点が考えられる.(1)に関して,本研究で当該現象が見られた魚類(メダカ,ゼブラフィッシュ)はいずれも主に淡水に生息している.これらの魚類が餌とするプランクトンの体液の塩濃度は淡水の濃度よりも高いため,摂餌時に魚類口腔内においてアミノ酸濃度に加え塩濃度の上昇も起こると考えられる.したがって,塩濃度の上昇に合わせてT1Rのアミノ酸に対する感度も上昇することは,魚類が「餌を食べている」と判断し適切な摂食行動をとる上で妥当と思われる.(2)に関して,メダカは広塩性魚類であり,比較的高い塩濃度においても生存できることが知られている.周辺の塩濃度が大幅に変わった際には,それに合わせて食行動も変化させる必要があり,T1R機能の塩化物イオンによる調節はこの環境適応の際に役立つ可能性が挙げられる.

本研究では「塩濃度」のうち,ナトリウムイオンの影響評価が実施できておらず,さらに評価対象もヒトと2種の淡水魚に絞られていた.一方,ウナギやサケなど,時期により生息環境が淡水と海水とで変化する魚類も存在し,これら魚種の産業上の重要性は高い.今後,研究対象となる魚種を拡大するとともに,ナトリウムイオン・塩化物イオン双方を併せた機能評価を実施することで,無機塩によるT1R機能調節の生理的意義に関するより深い考察が可能になるとともに,養殖魚の飼育環境に合致する餌の設計などにも知見が活用されることが期待される.

Reference

1) A. Taruno, K. Nomura, T. Kusakizako, Z. Ma, O. Nureki & J. K. Foskett: Pflugers Arch., 473, 3 (2021).

2) N. Nuemket, N. Yasui, Y. Kusakabe, Y. Nomura, N. Atsumi, S. Akiyama, E. Nango, Y. Kato, M. K. Kaneko, J. Takagi et al.: Nat. Commun., 8, 15530 (2017).

3) N. Atsumi, K. Yasumatsu, Y. Takashina, C. Ito, N. Yasui, R. F. Margolskee & A. Yamashita: eLife, 12, e84291 (2023).

4) A. S. Tora, X. Rovira, I. Dione, H. O. Bertrand, I. Brabet, Y. De Konick, N. Doyon, J. P. Pin, F. Acher & C. Goudet: FASEB J., 29, 4174 (2015).

5) H. Liu, P. Yi, W. Zhao, Y. Wu, F. Acher, J. P. Pin, J. Liu & P. Rondard: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 21711 (2020).

6) R. Goda, S. Watanabe & T. Misaka: Sci. Rep., 13, 16348 (2023).