Kagaku to Seibutsu 63(6): 260-266 (2025)
解説
温度感受性イオンチャネル・TRPV4による脳機能の調節
温度センサーTRPV4と脳機能
Thermosensitive TRPV4 Ion Channel Regulates Brain Functions: TRPV4 Regulates Brain Functions
Published: 2025-06-01
脳内温度(脳温)は様々な機構により厳密に制御されている.もしも,雪山で遭難しても,脳温だけは死の直前まで37°C近辺に保たれる.このことからも,脳温維持は,我々の生命活動に極めて重要な因子であることがわかる.我々は,34°C以上の温刺激を感知するTRPV4チャネルが脳機能の維持に重要な役割を果たすことを見出した.この点に着目しながら,恒温動物の脳機能が円滑に発揮される分子基盤について解説するとともに,この機構が破綻することで生じる脳疾患やその病態悪化の分子機構についても解説する.さらに,ストレスを受け続けるとなぜ鬱病を発症するのかという分子メカニズムについても,我々の最新知見を紹介する.
Key words: 温度感受性TRPチャネル; TRPV4; 脳内温度; てんかん; 鬱病
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
Transient receptor potential(TRP)チャネルは様々な動物種が有する多刺激受容体である(1, 2)1) K. Shibasaki: J. Physiol. Sci., 66, 359 (2016).2) D. E. Clapham: Nature, 426, 517 (2003)..多くのTRPチャネルは感覚受容に関わっており,一部は感覚神経に発現し(3)3) M. Tominaga & M. J. Caterina: J. Neurobiol., 61, 3 (2004).,急性痛や慢性痛の発生を引き起こす(3~5)3) M. Tominaga & M. J. Caterina: J. Neurobiol., 61, 3 (2004).4) J. D. Levine & N. Alessandri-Haber: Biochim. Biophys. Acta Mol. Basis Dis., 1772, 989 (2007).5) M. K. Chung, H. Lee & M. J. Caterina: J. Biol. Chem., 278, 32037 (2003)..特に,ここ最近のTRPV1に関する多くの研究により,痛みの分子メカニズムの解明が一気に進んだ.2021年にはTRPV1分子を発見したDavid Julius教授(UCSF)がノーベル生理学医学賞を受賞したことからも,その偉大な科学的功績を知ることができる.カプサイシン受容体としてクローニングされたTRPV1は,43°C以上の熱刺激によっても活性化する(6)6) M. J. Caterina, M. A. Schumacher, M. Tominaga, T. A. Rosen, J. D. Levine & D. Julius: Nature, 389, 816 (1997)..このことから,唐辛子を食べるとなぜ灼熱感が生じるのかを分子生理学的に説明可能になった.哺乳類のTRPチャネルは以下の6つのサブファミリーに分類される.(1)1) K. Shibasaki: J. Physiol. Sci., 66, 359 (2016). TRPV(vanilloid),TRPA(ANKTM1),TRPC(canonical),TRPM(melastatin),TRPML(mucolipin),TRPP(polycystin)である(3)3) M. Tominaga & M. J. Caterina: J. Neurobiol., 61, 3 (2004)..本稿では,TRPVファミリーに属するTRPV4に焦点をあてる.そして,深部体温を常にモニターしているTRPV4が多刺激受容体として脳機能を調節する特殊な生理機能についての最新知見をまとめた.
TRPV4は,2000年に2つのグループによって,ほぼ同時期に浸透圧センサーとして機能同定された非選択性陽イオンチャネルである(7, 8)7) R. Strotmann, C. Harteneck, K. Nunnenmacher, G. Schultz & T. D. Plant: Nat. Cell Biol., 2, 695 (2000).8) W. Liedtke, Y. Choe, M. A. Marti-Renom, A. M. Bell, C. S. Denis, AndrejŠali, A. J. Hudspeth, J. M. Friedman & S. Heller: Cell, 103, 525 (2000)..ノーベル賞の受賞対象となった分子・TRPV1(カプサイシン受容体)のアミノ酸配列(9)9) E. Cao, M. Liao, Y. Cheng & D. Julius: Nature, 504, 113 (2013).と高い相同性を示す(7, 8)7) R. Strotmann, C. Harteneck, K. Nunnenmacher, G. Schultz & T. D. Plant: Nat. Cell Biol., 2, 695 (2000).8) W. Liedtke, Y. Choe, M. A. Marti-Renom, A. M. Bell, C. S. Denis, AndrejŠali, A. J. Hudspeth, J. M. Friedman & S. Heller: Cell, 103, 525 (2000)..その後の解析から,TRPV4は低浸透圧刺激のみならず,アラキドン酸やその代謝産物(EET),エンドカンナビノイド,機械刺激といった刺激によっても活性化する多刺激受容体であることが明らかになった(図1図1■TRPV4イオンチャネルの活性化因子)(10~13)10) N. M. Goldenberg, K. Ravindran & W. M. Kuebler: Naunyn Schmiedebergs Arch. Pharmacol., 388, 421 (2015).11) D. A. Ryskamp, A. O. Jo, A. M. Frye, F. Vazquez-Chona, N. MacAulay, W. B. Thoreson & D. Krizaj: J. Neurosci., 34, 15689 (2014).12) H. Watanabe, J. Vriens, J. Prenen, G. Droogmans, T. Voets & B. Nilius: Nature, 424, 434 (2003).13) H. Watanabe, J. Vriens, S. H. Suh, C. D. Benham, G. Droogmans & B. Nilius: J. Biol. Chem., 277, 47044 (2002)..また,体温近傍の温刺激によっても活性化することから,現在では温度感受性TRPチャネルの1つに数えられている(14)14) A. D. Güler, H. Lee, T. Iida, I. Shimizu, M. Tominaga & M. Caterina: J. Neurosci., 22, 6408 (2002)..我々は,TRPV4が脳内温度により恒常的に活性化し,神経細胞が興奮しやすい土台環境を産み出していることを明らかにしている(15)15) K. Shibasaki, M. Suzuki, A. Mizuno & M. Tominaga: J. Neurosci., 27, 1566 (2007)..また,皮膚バリア機能はTRPV4が恒常的に皮膚温により活性化することで維持されることも明らかになっており,体温センサーとしてのTRPV4の生理学的意義は非常に大きい.TRPV4は神経系・腎臓・皮膚・血管・肺・膀胱といった多くの臓器に発現しており,浸透圧変化・温度変化・血流によって生じるshear stress・臓器の容積変化といった身体に負荷される様々な物理化学的刺激を感知し細胞に伝達するセンター分子としても機能すると考えられている(16~18)16) K. Shibasaki: J. Anesth., 30, 1014 (2016).17) K. Shibasaki, K. Ikenaka, F. Tamalu, M. Tominaga & Y. Ishizaki: J. Biol. Chem., 289, 14470 (2014).18) H. Matsumoto, S. Sugio, F. Seghers, D. Krizaj, H. Akiyama, Y. Ishizaki, P. Gailly & K. Shibasaki: J. Neurosci., 38, 8745 (2018)..
ヒトなどの哺乳類は脳内の温度を37°C付近に保つために多くのエネルギーを費やしている.しかし,なぜ脳の温度を37°Cに保つ必要があるのかという理由には目が向けられてこなかった.例えば,低体温症の患者で体温が34°Cを下回ると著しい認知機能の低下が生じる.これらの点からも,脳温の維持と脳機能には密接な関連性があることがわかる.我々はヒトの賢さの一因が脳の温度が一定に保たれることにあるのではないかという大胆な仮説を設定し,その検証作業を進めている.注目している分子は温度センサーTRPV4である(7, 8)7) R. Strotmann, C. Harteneck, K. Nunnenmacher, G. Schultz & T. D. Plant: Nat. Cell Biol., 2, 695 (2000).8) W. Liedtke, Y. Choe, M. A. Marti-Renom, A. M. Bell, C. S. Denis, AndrejŠali, A. J. Hudspeth, J. M. Friedman & S. Heller: Cell, 103, 525 (2000)..上述したように,TRPV4は体温程度の温度(私達の研究室のデータからは34°C以上)により活性化する(5, 13, 14)5) M. K. Chung, H. Lee & M. J. Caterina: J. Biol. Chem., 278, 32037 (2003).13) H. Watanabe, J. Vriens, S. H. Suh, C. D. Benham, G. Droogmans & B. Nilius: J. Biol. Chem., 277, 47044 (2002).14) A. D. Güler, H. Lee, T. Iida, I. Shimizu, M. Tominaga & M. Caterina: J. Neurosci., 22, 6408 (2002)..マウスを用い,TRPV4の脳内発現を詳しく調べたところ,海馬にTRPV4が非常に高い発現をしていることを見出した(15, 17, 19)15) K. Shibasaki, M. Suzuki, A. Mizuno & M. Tominaga: J. Neurosci., 27, 1566 (2007).17) K. Shibasaki, K. Ikenaka, F. Tamalu, M. Tominaga & Y. Ishizaki: J. Biol. Chem., 289, 14470 (2014).19) K. Shibasaki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 458, 168 (2015)..電気生理学的実験を行った結果,脳内温度によりTRPV4が恒常的に活性化し,神経細胞が興奮しやすい土台環境を産み出していることを突き止めた(20)20) K. Shibasaki, S. Sugio, K. Takao, A. Yamanaka, T. Miyakawa, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Pflugers Arch., 467, 2495 (2015)..この知見は,脳内温度を情報源として,これを翻訳し,神経情報伝達に活かす機構の存在を意味している(21, 22)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018).22) K. Shibasaki: Lab. Invest., 100, 218 (2020)..この機構をさらに詳しく調べるために我々は,新規の局所脳内温度測定システムを開発した(柴崎ら,特許公開 特開2010-210603).このシステムにて,自由行動下のマウスにおける局所の脳内温度変動を調べたところ,脳活動や行動パターンに応じて0.2°Cから0.5°C程度の温度変動がごく局所で生じることを見出した(23)23) K. Shibasaki, K. Yamada, H. Miwa, Y. Yanagawa, M. Suzuki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Lab. Invest., 100, 274 (2020)..TRPV4はこの温度変動を鋭敏に感知し,その活性化度合いを変化させることで脳機能や行動を制御している(図2図2■恒温動物の脳内温度を神経活動に活かすTRPV4)(22, 23)22) K. Shibasaki: Lab. Invest., 100, 218 (2020).23) K. Shibasaki, K. Yamada, H. Miwa, Y. Yanagawa, M. Suzuki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Lab. Invest., 100, 274 (2020)..実際に,TRPV4欠損(TRPV4KO)マウスでは,脳温のモニター機能が欠失するために脳活動が異常化し,社会性行動・鬱様行動に異常が生じることを突き止めた(20)20) K. Shibasaki, S. Sugio, K. Takao, A. Yamanaka, T. Miyakawa, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Pflugers Arch., 467, 2495 (2015)..
神経活動増加と脳血流量の増加には密接な関係がある.この点から,神経活動が増加すると限られた局所では温度上昇が起こる可能性が高いと考えた.そこで,マウスに部分てんかんを引き起こし,正常領域とてんかん原性域(=神経活動が高い)で局所の脳内温度に違いがあるのかを調べた.その結果,てんかん原性域では正常領域より,1°Cも温度が高いことを突き止めた(23)23) K. Shibasaki, K. Yamada, H. Miwa, Y. Yanagawa, M. Suzuki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Lab. Invest., 100, 274 (2020)..皆さんが1°C発熱すると,どういう症状になるのかを思い浮かべていただきたい.エアコンの温度設定を1°C変えただけでは,大きな変化とは感じない.ところが,体内で1°Cの発熱が生じると虚脱感,発汗,痛みなど様々な症状が出てくる.脳内の局所とはいえ,その1°Cの発熱が生じていたのである.我々は,この1°Cの発熱がTRPV4を異常活性化し,てんかんによる異常な神経活動(てんかん放電)をより増悪化させるのであろうと予想し,その検証実験を行った.この実験では部分てんかんマウスから急性海馬スライス標本を調製した.そして,このスライス標本を正常温度(37°C)とてんかん原性域温度(38°C)に暴露して,てんかん放電を調べた.その結果,正常温度(37°C)に比較し,てんかん原性域温度(38°C)において有意なてんかん放電の増加が観察された(23)23) K. Shibasaki, K. Yamada, H. Miwa, Y. Yanagawa, M. Suzuki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Lab. Invest., 100, 274 (2020)..TRPV4KOマウスからの急性海馬スライス標本では,この1°Cの温度上昇によるてんかん放電の増加は観察されなかった.この結果から,てんかん原性域における1°Cの発熱がTRPV4を異常活性化し,てんかん放電をより増悪化させていることが判明した.これらの実験は急性スライス標本を用いて,ex vivoの実験系において行ったものであるため,in vivo実験においてマウス個体でも同様の結果が得られるのかを調べる必要があった.そこで我々は,マウスの脳局所を加熱・冷却することが可能な世界初の局所脳内温度可変システムを構築した(図3A図3■てんかん原性域冷却によりてんかん発作は完全に抑制される,柴崎ら,特許公開.特開2012-055675).このシステムでは,デバイスの先端部分を約12°Cまで冷却することが可能である(図3B図3■てんかん原性域冷却によりてんかん発作は完全に抑制される).このデバイス(図3A図3■てんかん原性域冷却によりてんかん発作は完全に抑制される)を部分てんかんマウスの海馬に埋め込んだ後,そのマウスをケーブルにつなぎ,脳波と局所海馬温度を記録した(図3C図3■てんかん原性域冷却によりてんかん発作は完全に抑制される).そして,てんかん発作が生じている最中にデバイスの先端部分を約12°Cまで冷却することで,てんかん原性域を約30°Cに冷却した(図3D図3■てんかん原性域冷却によりてんかん発作は完全に抑制される).このようにてんかん原性域を冷却すると,てんかん放電を完全に消失させることができた(図3D図3■てんかん原性域冷却によりてんかん発作は完全に抑制される)(23)23) K. Shibasaki, K. Yamada, H. Miwa, Y. Yanagawa, M. Suzuki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Lab. Invest., 100, 274 (2020)..この結果は,TRPV4の活性化温度域値が34°Cであるため,局所冷却によりそれ以下の脳温となり,TRPV4が不活性化したために異常な神経活動が抑制されたと解釈できる.実際に,部分てんかんを起こしたTRPV4KOマウスに同様の冷却を施しても,てんかん放電の抑制効果はほとんど認められなかった.
図3■てんかん原性域冷却によりてんかん発作は完全に抑制される
A; 新たに開発したマウス用の局所脳内温度可変デバイス(柴崎ら,特許公開.特開2012-055675) B; このシステムでは,デバイスの先端部分を約12°Cまで冷却可能 C; このデバイス(A)を部分てんかんマウスの海馬に埋め込んだ後,脳波と局所海馬温度を記録 D; てんかん発作中にデバイスに電流を流し,先端部分を約12°Cまで冷却した.その結果,てんかん原性域を約30°Cに冷却できた.てんかん原性域を30°Cに冷却すると,てんかん放電は完全に消失した.
これらの研究結果から,以下の点を明らかにした.てんかん病態の出現により異常な神経活動が発生するとてんかん原性域の発熱が生じること(図4図4■正常脳とてんかん脳におけるTRPV4活性化の違いと病態悪化).その発熱によりTRPV4が異常活性化し,異常な神経活動がさらに増悪化する(図4図4■正常脳とてんかん脳におけるTRPV4活性化の違いと病態悪化).このため,TRPV4異常活性化を抑制するためにてんかん原性域を30°C程度に冷却すれば,てんかん治療につながる.現在,脳外科グループと共同研究を進めており,てんかんの患者さん達においても同様の治療効果が得られるという知見が集積しつつあり,てんかん治療の新たな医療器具の開発を行っている.さらに,てんかん原性域の冷却処置の代替法として,てんかん原性域へのTRPV4阻害薬の投与もてんかん放電を抑制する充分な治療効果があることを確認している(23)23) K. Shibasaki, K. Yamada, H. Miwa, Y. Yanagawa, M. Suzuki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Lab. Invest., 100, 274 (2020)..これらの点から,難治性てんかんに対する治療法の確立に,てんかん原性域の冷却やTRPV4阻害薬の開発が有効な手段となり得ると期待される.現在,新規治療薬の開発を進めている.
では,てんかん以外に病態領域が発熱することはないのであろうか? 次に我々は,脳浮腫に着目した.脳浮腫は頭部の外傷に伴い,脳が著しく膨れる病気であり,てんかんと同様に脳浮腫領域では異常な神経活動が起こる.この点から,脳浮腫領域においても異常な発熱が生じることを予想したが,脳浮腫の研究を行うためには,これを有効に調べていくためのモデルが必要であった.東京大学薬学部の小山隆太准教授(当時.現在は国立精神神経センター部長)のグループで,急性脳スライス標本を低酸素・低グルコース環境に暴露することで,その脳容積が急激に増大する脳浮腫モデルを確立した(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..そして我々は,蛍光型温度プローブと蛍光寿命顕微鏡を用いた単一細胞の温度測定法を開発した(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..この実験手法を用いて,脳浮腫モデルにおける急性脳スライス標本内の温度測定を行った.その結果,正常脳(コントロール)と比較し,脳浮腫領域では約2°Cも温度上昇することを突き止めた(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..では,この温度上昇はどのようなメカニズムで生じるのであろうか? 脳浮腫に伴い,虚血性のグルタミン酸放出が生じることが報告されている.これがニューロンを異常興奮させ,局所発熱を引き起こしているのではないかと予想した.そこで,脳浮腫モデルにグルタミン酸受容体の阻害薬を投与し,発熱に変化が起こるのかを定量的に調べたところ,この場合には発熱が生じず,脳浮腫も有意に抑制された(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..逆に,正常脳スライス標本に過剰なグルタミン酸を投与すると2°Cの発熱が惹起し,脳浮腫も生じた(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..これらのことから,脳浮腫領域での発熱には,虚血性のグルタミン酸放出とニューロンの過興奮が関連し,発熱が起こると脳浮腫が引き起こされることが判明した.上述したてんかんの項を思い出していただきたい.ニューロンの過興奮と発熱によって,TRPV4の異常活性化が生じた.つまり,脳浮腫病態においても,発熱により,TRPV4が異常活性化し,これが脳浮腫病態を悪化させている可能性が高いと考えた.そこで,野生型(WT)とTRPV4KOマウスから急性脳スライス標本を調製し,両者に脳浮腫を引き起こした.その結果,WT標本では有意な浮腫が生じるのに対して,TRPV4KO標本ではほとんど脳浮腫が生じなかった(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..また,脳浮腫はTRPV4阻害薬の投与によっても完全に抑制することができた(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..以上の結果より,脳浮腫に伴う発熱によるTRPV4異常活性化が脳浮腫病態を増悪化させるメカニズムであることが強く予想された.そこで,WT標本とTRPV4KO標本に40°Cの発熱刺激を与え,その脳浮腫の程度を比較した.その結果,WT標本では発熱により有意な浮腫が生じるのに対して,TRPV4KO標本ではほとんど脳浮腫が生じなかった(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..これらの結果より,脳浮腫が発生すると浮腫領域に2°C程度の発熱が生じ,TRPV4異常活性化が惹起し,これが脳浮腫病態を増悪化させるメカニズムであることを同定した(21)21) Y. Hoshi, K. Okabe, K. Shibasaki, T. Funatsu, N. Matsuki, Y. Ikegaya & R. Koyama: J. Neurosci., 38, 5700 (2018)..TRPV4はニューロン以外にグリア細胞にも発現する(17, 18)17) K. Shibasaki, K. Ikenaka, F. Tamalu, M. Tominaga & Y. Ishizaki: J. Biol. Chem., 289, 14470 (2014).18) H. Matsumoto, S. Sugio, F. Seghers, D. Krizaj, H. Akiyama, Y. Ishizaki, P. Gailly & K. Shibasaki: J. Neurosci., 38, 8745 (2018).ため,ここに着目し,さらなるメカニズムの解析を進めている.
ストレスを受け続けると鬱病を発症してしまう.何故だろうか? その詳細な分子メカニズムは不明であったが,我々はTRPV4異常活性化に着目することで,このメカニズムを突き止めることにも成功したので,その最新知見を紹介する.
ストレスは海馬歯状回の神経新生を障害し,適応障害を引き起こすことが報告されてきた(24, 25)24) B. R. Miller & R. Hen: Curr. Opin. Neurobiol., 30, 51 (2015).25) A. Denoth-Lippuner & S. Jessberger: Nat. Rev. Neurosci., 22, 223 (2021)..また,ストレスは心因性発熱を引き起こし,これが適応障害の発症に関連することも予想されてきた(26, 27)26) N. L. S. Machado, S. B. G. Abbott, J. M. Resch, L. Zhu, E. Arrigoni, B. B. Lowell, P. M. Fuller, M. A. P. Fontes & C. B. Saper: Curr. Biol., 28, 2291 (2018).27) N. Kataoka, Y. Shima, K. Nakajima & K. Nakamura: Science, 367, 1105 (2020)..これらの点を総合し,我々はストレス→心因性発熱→TRPV4異常活性化→神経新生の異常というカスケードが鬱病を引き起こすのではないかと考え,これらの検証を行った.このために,マウスの社会性敗北ストレスモデルを構築した.実験対象のマウスを別系統の体が一回り大きいマウス(敵マウス)と一定期間同居させる.そうすると,敵マウスが常時実験対象マウスを攻撃するため,慢性的なストレスを受け続け,実験マウスは鬱様行動を示すようになる(会社で嫌な上司から毎日ガミガミ罵声を浴びて,鬱病を発症する様子に類似している).このストレス暴露を受けた後に,マウスの深部体温を測定すると2°Cの発熱が生じ,心因性発熱が引き起こされていた(28)28) Y. Hoshi, K. Shibasaki, P. Gailly, Y. Ikegaya & R. Koyama: Sci. Adv., 7, eabj8080 (2021)..そして,脳温も約2°Cの発熱状態になっていた(28)28) Y. Hoshi, K. Shibasaki, P. Gailly, Y. Ikegaya & R. Koyama: Sci. Adv., 7, eabj8080 (2021)..海馬のTRPV4発現を詳細に解析した結果,神経幹細胞が最もTRPV4を高発現していた.そして,ストレスによって惹起した心因性発熱により,海馬の神経幹細胞に発現するTRPV4が異常活性化した.すると,神経幹細胞に大量のCa2+流入が起こり,本来は細胞内に存在しているホスファチジルセリン(PS)が,細胞外へとその局在を変化させてしまうことを突き止めた(28)28) Y. Hoshi, K. Shibasaki, P. Gailly, Y. Ikegaya & R. Koyama: Sci. Adv., 7, eabj8080 (2021)..この細胞外PSは,周囲にいるミクログリアに異常な貪食シグナルを与えてしまうために,本来はいなくてはならない,この神経幹細胞が貪食されてしまう.これらが多発的・持続的に生じることにより,神経幹細胞の数が激減し,神経新生が障害されてしまう(図5図5■ストレスで鬱病が発症する分子メカニズムとTRPV4異常活性化).この一連のカスケードが鬱病を引き起こす中心的なメカニズムであることを発見した(図5図5■ストレスで鬱病が発症する分子メカニズムとTRPV4異常活性化)(28)28) Y. Hoshi, K. Shibasaki, P. Gailly, Y. Ikegaya & R. Koyama: Sci. Adv., 7, eabj8080 (2021)..さらに,TRPV4阻害剤を投与して,TRPV4異常活性化をブロックすれば,ストレスにより心因性発熱が生じても,神経新生の障害も鬱病の発症も起こらないことを示した(28)28) Y. Hoshi, K. Shibasaki, P. Gailly, Y. Ikegaya & R. Koyama: Sci. Adv., 7, eabj8080 (2021)..これらの点より,TRPV4がストレス性鬱病の効果的な治療ターゲットとなり得ることを発見した.ストレス過多の現代社会において,鬱病による労働者人口の低下は大きな社会問題であり,我々の知見(図5図5■ストレスで鬱病が発症する分子メカニズムとTRPV4異常活性化)は,この治療につながる大いなる発見であるといえる.
筆者は,恒温動物がなぜに巣作り・子育てという,ほとんどの変温動物がなし得なかった一段階上の高次な行動ができるようになったのかを,恒温動物だけが有する常時一定の脳温に着目して研究している.特に,「脳内温度と温度センサー分子・TRPV4」に着目することで,様々な新知見を見出すことに成功した.2015年から2020年まで,科研費 新学術領域・温度生物学の計画班員として活動し,本稿で紹介した研究に取り組んできた.ノーベル賞で,TRPV1の発見が脚光を浴びたことからわかるように,温度と生命現象に関する研究は,今後,益々注目されていくであろう.私の研究グループも,この世界的な潮流にのり,温度生物学的な視点で,病態メカニズムの解明や新規治療法の開発につながるような基礎研究から応用研究への流れを産み出したいと考えている.
Acknowledgments
最後に本執筆のきっかけを頂いた恩師の今泉勝己先生(元九州大学副学長),TRP研究をはじめる好機を下さった助教時代(生理学研究所)の上司である富永真琴教授,本稿で取り上げた様々な研究を手伝ってくれた前任地・群馬大学医学部時代の学生・補佐員・ポスドクの皆さん,長崎県立大学の学生の皆さんに深く感謝申し上げます.
Reference
1) K. Shibasaki: J. Physiol. Sci., 66, 359 (2016).
2) D. E. Clapham: Nature, 426, 517 (2003).
3) M. Tominaga & M. J. Caterina: J. Neurobiol., 61, 3 (2004).
4) J. D. Levine & N. Alessandri-Haber: Biochim. Biophys. Acta Mol. Basis Dis., 1772, 989 (2007).
5) M. K. Chung, H. Lee & M. J. Caterina: J. Biol. Chem., 278, 32037 (2003).
9) E. Cao, M. Liao, Y. Cheng & D. Julius: Nature, 504, 113 (2013).
12) H. Watanabe, J. Vriens, J. Prenen, G. Droogmans, T. Voets & B. Nilius: Nature, 424, 434 (2003).
15) K. Shibasaki, M. Suzuki, A. Mizuno & M. Tominaga: J. Neurosci., 27, 1566 (2007).
16) K. Shibasaki: J. Anesth., 30, 1014 (2016).
19) K. Shibasaki, M. Tominaga & Y. Ishizaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 458, 168 (2015).
22) K. Shibasaki: Lab. Invest., 100, 218 (2020).
24) B. R. Miller & R. Hen: Curr. Opin. Neurobiol., 30, 51 (2015).
25) A. Denoth-Lippuner & S. Jessberger: Nat. Rev. Neurosci., 22, 223 (2021).
27) N. Kataoka, Y. Shima, K. Nakajima & K. Nakamura: Science, 367, 1105 (2020).
28) Y. Hoshi, K. Shibasaki, P. Gailly, Y. Ikegaya & R. Koyama: Sci. Adv., 7, eabj8080 (2021).