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トランスクリプトームメタ解析による植物のストレス応答遺伝子探索
未知のストレス応答遺伝子を簡便かつ迅速に見つけるには?

Kohei Kawaguchi

川口 晃平

東京科学大学生命理工学院

Yusuke Fukuda

福田 由介

京都府立大学大学院生命環境科学研究科

Atsushi Fukushima

福島 敦史

京都府立大学大学院生命環境科学研究科

理化学研究所情報統合本部

Published: 2025-07-01

ゲノム,エピゲノム,トランスクリプトームといったバイオデータの共有は研究の透明性向上,データの再利用,大規模なデータ再解析の促進などに貢献する重要な取り組みである.Gene Expression Omnibus(GEO),ArrayExpress,Sequence Read Archive(SRA)といった公共データベースは現在広く活用されており,植物科学ではこれら公共データの二次利用および再解析によって,さらなる高機能ツールが開発されてきた.たとえば,ATTED-II(1)1) T. Obayashi, H. Hibara, Y. Kagaya, Y. Aoki & K. Kinoshita: Plant Cell Physiol., 63, 869 (2022).やeFP browser(2)2) D. Winter, B. Vinegar, H. Nahal, R. Ammar, G. V. Wilson & N. J. Provart: PLoS One, 2, e718 (2007).は,公共トランスクリプトームデータ(マイクロアレイやRNAシーケンシング(RNA-Seq)など)の大規模な再解析をもとに開発され,モデル植物シロイヌナズナを中心とする遺伝子機能解析に役立つ強力な情報基盤となっている.本稿では,過去に行われた複数の研究データを統合して分析する「メタ解析」に焦点を当て,特にトランスクリプトームデータを用いたメタ解析の概説と最近の動向,そしてわれわれの最新の研究成果について紹介する.

メタ解析とは,複数の研究データを集約し,それらの傾向を統計学的に分析する手法である.最大の利点として,個々のデータ解析よりも信頼性の高い結果が得られること,一つの研究で行われたデータ解析だけでは見過ごされていた関係を浮き彫りにできることなどが挙げられる.たとえば,遺伝子発現を網羅的に調べるためには,マイクロアレイやRNA-Seq解析から得られた多数のトランスクリプトームデータを統合し,各遺伝子の発現状態や発現パターン間の相関などを統計的に分析する.実際,これらの結果は個々の研究のサンプルサイズや実験条件の違いを克服し,より信頼性の高い遺伝子発現の変動や生物学的プロセスの特定を可能にする.

植物におけるストレス応答遺伝子の制御メカニズムの解明は,将来の育種プログラムや革新的な農産物の開発に不可欠である.近年,植物のトランスクリプトームデータを用いたメタ解析は特定のストレス条件下で応答する遺伝子の同定にも用いられ,単一のストレスだけでなく,複数のストレスの影響を受ける共通および固有の遺伝子の特定が行われている.坊農らの研究グループでは,イネおよびシロイヌナズナの公共トランスクリプトームデータを収集し,メタ解析を行った(3, 4)3) K. Tamura & H. Bono: Life (Basel), 12, 1079 (2022).4) M. Shintani, K. Tamura & H. Bono: Front. Plant Sci., 15, 1343787 (2024)..その結果,これまでに報告がなかった低酸素状態やアブシジン酸関連ストレスに応答する複数の新規遺伝子候補を同定した.Hayfordらの研究グループは,トウモロコシ栽培品種におけるストレス関連のトランスクリプトームデータをメタ解析し,ホルモンを介したシグナル伝達やフェニルプロパノイド生合成関連の遺伝子群が非生物ストレス(例.乾燥,低温,高温)および植物病原菌のような生物ストレス応答の両方で重要であることを明らかにした(5)5) R. K. Hayford, O. C. Haley, E. K. Cannon, J. L. Portwood II, J. M. Gardiner, C. M. Andorf & M. R. Woodhouse: BMC Genomics, 25, 533 (2024)..Bansalらの研究グループでは,非生物ストレスに対して異なる表現型を示したイネの200を超えるトランスクリプトームデータのメタ解析から,さまざまなストレス耐性に関与する転写調節,電子伝達系,植物ホルモンのシグナル伝達経路,浸透圧調節に関連する遺伝子を含む複雑な調節ネットワークの存在を明らかにした(6)6) S. Smita, A. Katiyar, S. K. Lenka, M. Dalal, A. Kumar, S. K. Mahtha, G. Yadav, V. Chinnusamy, D. M. Pandey & K. C. Bansal: Funct. Integr. Genomics, 20, 29 (2020)..このような公共トランスクリプトームデータの利活用によるメタ解析は,個々のデータからでは見えてこなかった遺伝子のさまざまな機能的側面を暴き出すポテンシャルを秘めている.

しかし,公共データベースにある膨大なトランスクリプトームデータの中から必要なデータを収集し,生物学的に重要なストレス応答遺伝子を同定するまでには多大な時間や労力を要する.さらに,これらのデータ解析を行うためには,生物情報科学のスキルが必須である.最近,公共データベースから取得された2,000以上のシロイヌナズナのトランスクリプトームデータを使って,AtSRGA(Arabidopsis thaliana Stress Responsive Gene Atlas)というウェブアプリケーションが筆者らによって開発された(7)7) Y. Fukuda, K. Kawaguchi & A. Fukushima: Plant Physiol., 197, kiaf105 (2025)..AtSRGAは専門的なスキルがなくても,ストレス応答遺伝子を容易に検索できるユーザーフレンドリーなアプリケーションである.このアプリケーションでは11種類のストレス条件下における各遺伝子のストレス応答性をSRscore(各種ストレスに対してどれくらい強く反応するのかを示したスコア)なる指標を用いて数値化した.SRscoreは多くの研究データを組み合わせて,「この遺伝子は本当にストレスに応答しているのか?」を表す.SRscoreが高いと,多くのデータにわたってストレスで発現が増える遺伝子を意味し,低い(負の値になる)と発現が下がる遺伝子を意味している.AtSRGAはメタ解析から算出されたSRscoreに基づき,従来の個別解析では見えてこなかった新規のストレス応答遺伝子の発見,環境適応メカニズムの解明,ストレス耐性をもつ品種の開発などに貢献する.AtSRGAは一連のプロセスを短縮化し,ストレス応答遺伝子を素早く探索できる直感的なユーザーインターフェースを備えており,SRscoreの数値順に並び替えるソート機能,ストレス応答性を色で可視化できる機能,テンプレートマッチング(自身の関心のある遺伝子と良く似たストレス応答をする遺伝子群について検索する)機能,エンリッチメント解析(入力した遺伝子リストがどのような生物学的機能情報を有しているのかを調べる手法)といったさまざまな機能を搭載している(図1図1■AtSRGAで実行できる解析イメージ).詳細な操作方法については以下のチュートリアル動画を視聴して頂きたい.

図1■AtSRGAで実行できる解析イメージ

ユーザーが関心のある遺伝子群を検索ポックスに入力すると,メタ解析によって算出された各遺伝子のSRscore を用いて,さまざまな解析が実行される.これらの解析データは全てダウンロードすることができる.

AtSRGA: https://huggingface.co/spaces/fusk-kpu/StressResponseGenesAtlas

チュートリアル動画URL: https://x.gd/s8hCD

筆者らにより開発されたAtSRGAは,さまざまなストレスに応答する新規遺伝子の探索を促進する.一方で,それら候補遺伝子の実験による機能的検証も不可欠である.昨今,CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術の普及により,研究者は関心のある遺伝子を改変することが容易となった.今後,AtSRGAの活用(dry解析)とゲノム編集による有用形質の選抜,評価(wet実験)が組み合わさることで,バイオマス増加やストレス耐性を付与した新たな品種の開発を加速させ,ひいては植物科学の発展に大きく貢献することを期待している.

Reference

1) T. Obayashi, H. Hibara, Y. Kagaya, Y. Aoki & K. Kinoshita: Plant Cell Physiol., 63, 869 (2022).

2) D. Winter, B. Vinegar, H. Nahal, R. Ammar, G. V. Wilson & N. J. Provart: PLoS One, 2, e718 (2007).

3) K. Tamura & H. Bono: Life (Basel), 12, 1079 (2022).

4) M. Shintani, K. Tamura & H. Bono: Front. Plant Sci., 15, 1343787 (2024).

5) R. K. Hayford, O. C. Haley, E. K. Cannon, J. L. Portwood II, J. M. Gardiner, C. M. Andorf & M. R. Woodhouse: BMC Genomics, 25, 533 (2024).

6) S. Smita, A. Katiyar, S. K. Lenka, M. Dalal, A. Kumar, S. K. Mahtha, G. Yadav, V. Chinnusamy, D. M. Pandey & K. C. Bansal: Funct. Integr. Genomics, 20, 29 (2020).

7) Y. Fukuda, K. Kawaguchi & A. Fukushima: Plant Physiol., 197, kiaf105 (2025).