今日の話題

活性酸素種制御を指標とした機械学習による植物抵抗性誘導剤のバーチャルスクリーニング
広範な農薬種探索に活用可能なROS制御剤

Kurusu Takamitsu

来須 孝光

公立諏訪東京理科大学工学部機械電気工学科

Kogoshi Masayuki

小越 将行

農業・食品産業技術総合研究機構農業ロボティクス研究センター露地ロボティクスユニット

Mizuno Hideyuki

水野 秀之

公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科

Published: 2025-07-01

・はじめに

これまでに多くの化学農薬が化学肥料とともに食糧不足の克服や農業の効率化に大きな役割を果たしている.一方で近年,探索対象の化合物が農薬として上市に至る確率は大きく低下している.この要因として,登録制度の厳格化などの社会的背景にくわえ,農薬探索手法という技術的な課題がある.農薬探索においては,化合物を標的生物に直接処理しその効力を確認する生物試験が主要な手法であり,標的生物への薬効が直接確認できるメリットがある一方,選抜のスループットが低い点や,構造が異なっていても既存の化合物と同一の作用機構を有する化合物が重複してヒットする点などが問題点としてあげられ,新しいスクリーニング手法の開発が強く求められている.

植物抵抗性誘導剤は,植物自身の免疫力を増強する農薬の一種であり,薬剤耐性生物の出現リスクの低いことから,環境低負荷型薬剤として更なる需要増が見込まれている(1)1) 鳴坂義弘,平塚和之,能年義輝:化学と生物,48, 706 (2010)..本稿では,「活性酸素種(Reactive Oxygen Species; ROS)」という多様な生理/代謝作用から生じる生体物質を標的に(2)2) R. Mittler: Trends Plant Sci., 22, 11 (2017).,化合物の「化学的特徴量」と「植物免疫応答由来のROS生成量」を学習セットに用いた植物抵抗性誘導剤のバーチャルスクリーニングについて,その有用性/発展性を含めて紹介する.

・植物の免疫応答と活性酸素種(ROS)

植物は,植物病原菌の基本的な構成成分の分子パターン(MAMPs(Microbe-Associated Molecular Patterns)/エリシター等)を認識する受容体タンパク質を持ち,植物病原菌の感染を認識する.その免疫応答過程では,細胞膜局在型NADPHオキシダーゼのRBOHタンパク質(Respiratory Burst Oxidase Homolog)によるROSの生成やMAPキナーゼの活性化などにより,標的タンパク質の酸化およびリン酸化による活性/構造機能が調節され,一連の情報が下流に伝達される(3)3) B. Wu, F. Qi & Y. Liang: Trends Plant Sci., 28, 1124 (2023)..最終的に抗菌性物質の蓄積,細胞壁の架橋が起こると共に,過敏感反応(Hypersensitive Response; HR)と呼ばれる感染部位局所的な病原体を道連れにした細胞の自殺/封じ込めが引き起こされる.このHR誘導にはROS生成が情報物質として重要な役割を果たすことから,ROSの生成量を指標とすることで,多様な免疫反応を制御する植物抵抗性誘導剤の探索が期待できる.

・ROS生成量および化合物の化学的特徴量を基盤としたROS生成予測システムの構築

われわれは,植物細胞におけるROS発生を,ルミノール由来の化学発光を指標にスクリーニングする手法を確立し,約1万点の化合物ライブラリデータを得ている(4)4) 来須孝光,朽津和幸:特許第5885268号 (2016)..ただしROS制御活性を有する化合物のヒット率は数%であり,更なる大規模展開には膨大な化合物の購入費用や選抜時間を考慮する必要がある.そのため,機械学習技術を活用したバーチャルスクリーニングに着目した.

化合物の原子数や結合数,疎水性や脂溶性のような化学構造の特徴を学習に利用するためには,特徴を数値やベクトルに変換してコンピューターに読み込ませる必要がある.この変換した数値やベクトルのことを分子記述子と呼び,数千種類が報告され,複数の分子記述子の組み合わせによって生理活性などの実験データを理解し,予測モデルを作ることができる(5)5) R. Todeschini & V. Consonni: “Handbook of Molecular Descriptors,” WILEY, 2000..われわれは,構造解析ソフトのDiscovery Studioを用いて,219種類の化合物の分子記述子を取り出し数値化したものを化学的特徴量とし,さらに埋め込み法に基づく特徴量選択を行って47種類に絞り込み,学習に用いた(6)6) M. Kogoshi, D. Nishio, N. Kitahata, H. Ohwada, K. Kuchitsu, H. Mizuno & T. Kurusu: Plant Methods, 19, e142 (2023).

前述のように実測スクリーニングにおける,一定の活性を有する化合物と活性を有さない化合物の存在量の比は大きく異なっており,得られる候補化合物のデータ量は少数となる.そのため,非活性データとの間には著しいデータの不均衡かつ優先的に学習されるべき活性候補が少数となる現象が生じる.このような不均衡データをそのまま学習させると,少数派のクラスに対する予測精度が低いモデルになる(7)7) P. Branco, L. Torgo & R. P. Ribeiro: ACM Comput. Surv., 49, e31 (2016)..われわれは,不均衡データへの対策として,化合物データの多様性維持を目的に少数派のクラスに属するデータを多数派のクラスにまで疑似的に増加させるオーバーサンプリングを行い,ヒット化合物(植物抵抗性誘導剤候補)をその他と同数まで増加させた.最終的に,化学的特徴量の選択を組み合わせ,免疫由来のROS生成量を目的変数とした全結合型DNNによるROS生成予測モデルを構築した(図1図1■モデル生成概念図(6)6) M. Kogoshi, D. Nishio, N. Kitahata, H. Ohwada, K. Kuchitsu, H. Mizuno & T. Kurusu: Plant Methods, 19, e142 (2023).

図1■モデル生成概念図

免役由来のROS生成量と化合物の化学的特徴量を組み合わせた機械学習モデルに基づくROS推論システム(左図).ROS推論モデルを用いた化合物ライブラリからのバーチャルスクリー二ング(1次スクリーニング;右上図).化学的特徴量のGTMを用いた2次元平面への写像に基づいた選抜法と組み合わせることで(2次スクリーニング;右下図),ケミカルスペース上の選抜化合物の分布を確認し,多様性のある化合物群をより効率的に選抜可能.

・大規模化合物データベースからの植物抵抗性誘導剤のバーチャルスクリーニング

700万点の商用的に利用可能な化合物データベースから化学的特徴量を抽出し,ROS生成予測モデルによるバーチャル探索を実施した結果,学習セットと類縁特徴をもつ植物抵抗性誘導剤候補化合物が8,000点以上選抜された.本系では,通常スペックのPCを用いて1日当たり30万点の評価が可能であり,無作為抽出した候補化合物37点について,植物細胞を用いたROS実測による検証の結果,ヒット率は実剤レベルで40%以上と想定された.さらに,化学的特徴量のGTM(Generative Topographic Map)を用いた2次元平面への写像に基づいた選抜法(8)8) N. Kireeva, I. I. Baskin, H. A. Gaspar, D. Horvath, G. Marcou & A. Varnek: Mol. Inform., 31, 301 (2012).と組み合わせることで,ケミカルスペース上の選抜化合物の分布を確認し,多様性のある化合物群をより効率的に選抜可能となっている(図1図1■モデル生成概念図).最近の研究から,一部の選抜化合物群では既存の抵抗性誘導剤と異なるマーカー遺伝子群の発現変動パターンを示すことが明らかになりつつある.

以上から,われわれが構築したバーチャル選抜手法は,植物細胞での実測選抜手法に比べて,選抜時間やコストの両面から優位性があるだけでなく,(1)生物試験の実施前に,大規模な化合物ライブラリから一定の期待値を有する化合物群を効率的に選抜可能,(2)標的分子を絞った選抜ではないため異なる作用点を標的とした多様な化合物を同時に選抜可能などのメリットがある.一方,現状の手法では,学習セットと類縁特徴をもたない化合物の活性予測精度は低く,探索範囲も植物抵抗性誘導剤に制限されている.そのため,構造的に学習セットから大きく離れた化合物の探索精度の向上が課題となっており,化合物の構造的特徴を指標とした大規模事前学習手法の導入を含む機械学習方法の改良,不均衡データセットへの対応方法の改良,化学的特徴量の追加などを現在検討している.

・おわりに

本稿で紹介した生体物質であるROSは,細胞内の情報物質として作用するだけでなく,除草や殺菌,そして環境ストレス耐性と密接に関連しており,目的とする作用機構に合致したROS生成データを学習セットに用いることにより,除草剤や殺菌/殺虫剤,そして生物刺激剤(バイオスティミュラント)を含めた広範な農薬種探索への活用が期待出来る.

Reference

1) 鳴坂義弘,平塚和之,能年義輝:化学と生物,48, 706 (2010).

2) R. Mittler: Trends Plant Sci., 22, 11 (2017).

3) B. Wu, F. Qi & Y. Liang: Trends Plant Sci., 28, 1124 (2023).

4) 来須孝光,朽津和幸:特許第5885268号 (2016).

5) R. Todeschini & V. Consonni: “Handbook of Molecular Descriptors,” WILEY, 2000.

6) M. Kogoshi, D. Nishio, N. Kitahata, H. Ohwada, K. Kuchitsu, H. Mizuno & T. Kurusu: Plant Methods, 19, e142 (2023).

7) P. Branco, L. Torgo & R. P. Ribeiro: ACM Comput. Surv., 49, e31 (2016).

8) N. Kireeva, I. I. Baskin, H. A. Gaspar, D. Horvath, G. Marcou & A. Varnek: Mol. Inform., 31, 301 (2012).