Kagaku to Seibutsu 63(7): 306-308 (2025)
今日の話題
タンパク質環状化による酵素安定化技術
SpyRing法の仕組みと産業応用
Published: 2025-07-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
酵素は,高い基質特異性と優れた触媒効率を持つ一方で,一般に安定性が低く,応用上の大きな制約となっている.特に,工業用途では高温や有機溶媒などの過酷な条件下で変性・失活しやすく,そのため多様な安定化手法が検討されてきた.従来は,熱耐性酵素の探索やアミノ酸置換による安定化が行われてきたが(1)1) Q. Liu, G. Xun & Y. Feng: Biotechnol. Adv., 37, 530 (2019).,近年では,機械学習による酵素の再設計も試みられている(2)2) M. Gantz, S. V. Mathis, F. E. H. Nintzel, P. Lio & F. Hollfelder: Faraday Discuss., 252, 89 (2024)..しかし,これらは酵素ごとに個別最適化が必要であり,より汎用的かつ簡便なアプローチが求められている.その一つがタンパク質の環状化である.環状化は,酵素のN末端とC末端を共有結合で連結することで,柔軟な末端部の動きを制限し,変性時のエントロピー増大を抑制する手法である.天然にも,インスリンや環状ペプチドのジスルフィド結合に代表される共有結合型の環状化が存在し(3)3) M. Montalbán-López, T. A. Scott, S. Ramesh, I. R. Rahman, A. van Heel, J. H. Viel, V. Bandarian, E. Dittmann, O. Genilloud, Y. Goto et al.: Nat. Prod. Rep., 38, 130 (2021).,また,化学的な架橋による人工的な環状化も知られており,いずれもその有用性が広く認識されている.ただし,これらは細胞内での応用や大規模生産において制約が残る.たとえば,化学的な架橋は試薬の添加を要するため,生体内での適用が困難である.また,環状化のために,共有結合の形成酵素や特定の基質を別途必要とする系も多く,手軽に適用するには実用上のハードルが高い場合もある.
近年注目されているSpyRing法(4)4) C. Schoene, J. O. Fierer, S. P. Bennett & M. Howarth: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6101 (2014).は,SpyTag(13残基の短鎖ペプチド)とSpyCatcher(約113残基の小型タンパク質ドメイン)を用い,遺伝子組換えによって標的酵素の両末端にそのペアを付加するだけで,同一分子内で自発的かつ不可逆的な共有結合(イソペプチド結合)を形成し,環状化を実現する技術である(Graphical Abstract).この手法は,オックスフォード大学のHowarthらによって開発された(4)4) C. Schoene, J. O. Fierer, S. P. Bennett & M. Howarth: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6101 (2014)..試薬や補助酵素を必要とせず,細胞内外のいずれでも機能する点で,従来の環状化法と比べて極めて簡便である.これまでに報告された主要なSpyRing法の適用例を表1表1■SpyRing法が適用された酵素例に示す.
| 酵素名 | 発表年 | 環状化による効果 |
|---|---|---|
| β-ラクタマーゼ(4)4) C. Schoene, J. O. Fierer, S. P. Bennett & M. Howarth: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6101 (2014). | 2014 | 熱安定性が60°C以上向上 |
| フィターゼ(5)5) C. Schoene, S. P. Bennett & M. Howarth: Sci. Rep., 6, 21151 (2016). (Phytase) | 2016 | 90°Cでの高温処理後でも活性維持(野生型は75°Cで失活) |
| リケナーゼa (Lichenase) | 2016 | 最適温度が5°C上昇,100°Cで80%の活性保持 |
| ルシフェラーゼa | 2016 | 最適温度,半減期,融解温度の向上 |
| L-フェニルセリンアルドラーゼa | 2019 | 70°Cでの半減期が12分→100分,T50が56.8°C→67.1°Cに上昇,溶媒耐性の向上(本文参照) |
| キシラナーゼa | 2020 | 熱安定性,イオン耐性,凝集・凍結融解耐性の向上 |
| PET分解酵素(PETase)(6)6) B. Sana, K. Ding, J. W. Siau, R. R. Pasula, S. Chee, S. Kharel, J.-B. H. Lena, E. Goh, L. Rajamani, Y. M. Lam et al.: Biotechnol. Bioeng., 120, 3200 (2023). | 2023 | Tmが43.5°C→44.5°C,76.5°Cと二段階の熱変性挙動を示し,酵素活性は低下 |
| TEVプロテアーゼ(TEVp)(8)8) T. Nakai, Y. Nakai, N. Takami, E. Nakai & T. Okajima: bioRxiv, (2025). https://doi.org/10.1101/2025.03.30.646106 | 2025 | 50°Cで8分の高温処理後,可溶性割合4.6%→31.6%,残存活性5.6%→24.8%に向上 |
| a 2020年以前は文献(10)10) Q. Gao & D. Ming: PLoS One, 17, e0263792 (2022).の序論に引用元の記載あり. | ||
SpyRing法が酵素の安定化に寄与する主な理由は,酵素が高温で部分的に変性した場合でも,環状化によって形成される環状構造が保持され,冷却時に効率的な再折りたたみが促進される点にある(4)4) C. Schoene, J. O. Fierer, S. P. Bennett & M. Howarth: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6101 (2014)..示差走査熱量測定(DSC)による解析では,環状化によって変性温度自体は大きく変わらないものの,変性後の再生能力が著しく向上することが示されている.すなわち,環状化酵素は熱処理後も可溶性と活性を維持し,非環状化酵素が不可逆的に凝集するのに対し,冷却後に元の立体構造を回復し,触媒活性を取り戻すのである.たとえば,β-ラクタマーゼでは,SpyTagとSpyCatcherを付加した環状化変異体が,100°Cでの加熱処理後も可溶性を保持し,活性が完全に復元されることが報告されている(4)4) C. Schoene, J. O. Fierer, S. P. Bennett & M. Howarth: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6101 (2014)..従来の点突然変異導入や他の環状化法では達成が困難であった,60°C以上の耐熱性向上が実現された.また,L-フェニルセリンアルドラーゼにSpyRing法を適用した例では,耐熱性の向上に加え,50%メタノールや30%アセトンといった有機溶媒中でも高い残存活性を示し,溶媒耐性が顕著に向上したことが報告されている.
フィターゼにおいても,枯草菌由来の酵素(5)5) C. Schoene, S. P. Bennett & M. Howarth: Sci. Rep., 6, 21151 (2016).にSpyRing法を適用した変異体は,90°Cでの高温処理後でも凝集せず,酵素活性を大部分維持することが報告されている.飼料加工工程では,飼料中のフィチン酸(リン酸を多く含む難溶性物質)を分解し,リン酸の利用効率を高めるためにフィターゼが添加される.また,リン酸排出量を低減する効果もある.加工時に熱安定性の高いフィターゼを用いれば,ペレット加工などの高温処理工程でも酵素活性が維持され,従来の方法と比べて工程の簡略化やコスト削減が期待できる.このような背景から,世界各国の企業が遺伝子組換え技術を活用し,さまざまな改変フィターゼ製品を開発・販売している.たとえば,米国のAgrivida社は,改変フィターゼに関する複数の特許を取得している(特許番号:US11805792, US11371052).カナダの特許情報サイトでも,SpyRing法を含む技術が特許文献に記載されているが(特許番号:CA2996313),同社が販売する製品に本技術が実際に採用されているかは非公開である.とはいえ,SpyRing法によって,加工工程における高温環境下でも酵素活性が維持されると考えられるため,この技術が飼料産業に既に貢献している可能性は高い.さらに,キシラナーゼにもSpyRing法による熱安定化が試みられており(表1表1■SpyRing法が適用された酵素例),基礎研究レベルで有効性が示されている.なお,キシラナーゼ自体は飼料や製紙産業など,幅広い分野で広く利用されている.
SpyRing法によって安定化された耐熱性酵素は,医薬品分野や基礎研究においても有用性が高い.医薬品分野では,酵素製剤の保存性や体内安定性の向上に寄与する可能性があるほか,安定化酵素は創薬スクリーニングなどの過酷な条件下でも有用となる可能性が示唆されている.また,環状化酵素は,熱処理を用いた簡便な精製法にも適している.大腸菌由来の可溶性タンパク質が高温処理によって選択的に沈殿する一方,環状化酵素は可溶性を維持するため,加熱後の遠心分離のみで目的酵素を単離することが可能となる(5)5) C. Schoene, S. P. Bennett & M. Howarth: Sci. Rep., 6, 21151 (2016)..このような熱処理による精製法は,クロマトグラフィーなどの従来法に代わる迅速かつ低コストな手法として注目されている.一方で,SpyRing法には課題も存在する.SpyTagとSpyCatcherを融合することで,タンパク質の分子量は約12,000増加する.この増加は,分子サイズに制約のある応用や多量体酵素の機能に影響を及ぼす可能性がある.さらに,ポリエチレンテレフタレート(PET)分解酵素(PETase)のように,熱安定性は向上するものの,酵素活性が低下する事例も報告されている(6)6) B. Sana, K. Ding, J. W. Siau, R. R. Pasula, S. Chee, S. Kharel, J.-B. H. Lena, E. Goh, L. Rajamani, Y. M. Lam et al.: Biotechnol. Bioeng., 120, 3200 (2023)..特に,ポリマーのような高分子基質に対しては,SpyTag/SpyCatcherの付加による立体障害が影響し,活性が低下する可能性が指摘されている.さらに,これらとの融合タンパク質を医薬用途に用いる場合には,全体の分子量が比較的大きくなることから,アジュバント以外での直接投与には慎重な検討が求められる.
最後に,対象とするタンパク質にSpyRing法を適用する際の手法について簡単に触れておきたい.SpyRing発現ベクターは,文献(7)7) C. Schoene, S. P. Bennett & M. Howarth: Methods Enzymol., 580, 149 (2016).にあるようにAddgene(ID: 52656)から入手可能であるが,目的遺伝子の両末端にSpyTagとSpyCatcherを付加した状態で,一括して遺伝子合成する方法も有効である.筆者も,バイオテクノロジー分野で広く使用されているTobacco Etch Virusプロテアーゼ(TEVp)の安定化を試みた際,これらを一括して化学合成した(8)8) T. Nakai, Y. Nakai, N. Takami, E. Nakai & T. Okajima: bioRxiv, (2025). https://doi.org/10.1101/2025.03.30.646106.TEVpのSpyRing法による安定化については,筆者らのプレプリントとして公開されており(8)8) T. Nakai, Y. Nakai, N. Takami, E. Nakai & T. Okajima: bioRxiv, (2025). https://doi.org/10.1101/2025.03.30.646106,これまでに熱安定性の向上を確認している(表1表1■SpyRing法が適用された酵素例).なお,2024年には同年ノーベル化学賞を受賞したBakerらが,AIを活用して発現性・安定性・触媒活性のすべてを向上させた次世代型TEVpを報告している(9)9) K. H. Sumida, R. Núñez-Franco, I. Kalvet, S. J. Pellock, B. I. M. Wicky, L. F. Milles, J. Dauparas, J. Wang, Y. Kipnis, N. Jameson et al.: J. Am. Chem. Soc., 146, 2054 (2024)..筆者らの結果はこれには及ばないものの,AIによる再設計は個別の酵素ごとに高度な知識を要するのに対し,SpyRing法はより汎用的かつ簡便に適用できるという利点がある.特に,SpyTagやSpyCatcherを接続するリンカー領域の長さについては,AlphaFoldなどの立体構造予測ツールを活用することで,誰でも容易に最適化が可能である.たとえば,AlphaFoldのWebインターフェースに目的タンパク質のアミノ酸配列を入力するだけで,予測構造が数分で表示され,画面上で立体構造を回転・観察することができる.これにより,環状化の成否,SpyTag/SpyCatcherと目的タンパク質との間の立体衝突,リンカー領域のひずみの有無などを視覚的に確認できる.必要に応じて,柔軟性の高いGGSリンカーなどの配列を挿入し,予測を再実行することで,構造最適化を反復的に行うことができる.実際,筆者がGraphical Abstractで紹介した構造も,AlphaFoldによる構造予測に基づき,リンカーが短すぎて環状化が阻害された例と,適切に最適化された例の双方を示したものであり,生化学的な実験結果ともよく一致した(8)8) T. Nakai, Y. Nakai, N. Takami, E. Nakai & T. Okajima: bioRxiv, (2025). https://doi.org/10.1101/2025.03.30.646106.このように,AIは酵素安定化構造の設計のみならず,SpyTagとSpyCatcherが酵素内で会合可能かを予測する上でも有用である.また,環状化タンパク質の構造最適化には,分子動力学シミュレーションを活用した解析も報告されている(10)10) Q. Gao & D. Ming: PLoS One, 17, e0263792 (2022)..
結論として,SpyRing法は酵素安定化に対する革新的かつ汎用的な解決策であり,簡便な遺伝子操作によって幅広い酵素への適用が可能な手法である.その高い有効性と応用の柔軟性から,今後さらに多くの酵素やシステムでの活用が進み,産業,医薬,基礎研究を含む幅広い分野における技術革新を促進すると期待される.
Reference
1) Q. Liu, G. Xun & Y. Feng: Biotechnol. Adv., 37, 530 (2019).
4) C. Schoene, J. O. Fierer, S. P. Bennett & M. Howarth: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6101 (2014).
5) C. Schoene, S. P. Bennett & M. Howarth: Sci. Rep., 6, 21151 (2016).
7) C. Schoene, S. P. Bennett & M. Howarth: Methods Enzymol., 580, 149 (2016).