Kagaku to Seibutsu 63(7): 322-328 (2025)
解説
中鎖脂肪酸の栄養機能
栄養補給のメカニズムから難病治療への活用まで
Nutritional Functions of Medium Chain Fatty Acids: From the Mechanism of Nutritional Supplementation to Its Use in the Treatment of Intractable Diseases
Published: 2025-07-01
一般に脂肪酸(FA)は炭素(C)の鎖長の長さによってC≤4(短鎖(SC)FA, (C6は大腸で産生されることもあり,SCに分類される場合もあるが,大腸で作られる短鎖脂肪酸という意味ではC2~C4が大部分であることから,ここではC6を(SC)FAに含めない)),C6~C12(中鎖(MC)FA), C≥14(長鎖(LC)FA)に分類される.しかし,MCFAとして医療や食品用途で使用されるのはC8, C10だけである.なぜならC6は供給源が少なく,臭いが強ため使用に適さず,C12は不飽和脂肪酸の共存により,リンパから8割が吸収されることが報告され,LCFAに近い特徴を持つことがわかってきたからである.従って,本稿ではC8, C10のみをMCFAとして扱う.現在,一般に使われているMCFAはパーム核油またはヤシ油由来の純植物性MCFAである.通常,MCFAだけからなるMCTは水のように無色透明で粘性が少なく,無味無臭であり,また,分子量が小さいため,水への親和性が強い.一方,LCTは高粘度で特有の色や匂いを持った,高分子で水に溶けないTGであり,MCTとは大きく異なった性質を示すのが特徴である.
Key words: 中鎖脂肪酸; 消化吸収; 栄養生理機能; ケトン体
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
長鎖脂肪酸油(LCT)は胃では殆ど分解されず,十二指腸で膵リパーゼにより遊離のLCFAや2位モノグリセリドに分解され,胆汁酸とミセルを形成した後,リンパ経由で全身に運ばれるという消化吸収経路であるのに対して,MCTは全く異なった経路で消化吸収される(1)1) J. R. Senior: “Medium Chain Triglycerides,” Pennsylvania Press,” (Philadelphia), Part1, 1967, pp. 3–63..一般にMCTだけを摂取すると口の中で舌リパーゼの分解をあまり受けないが,LCTに比べるとかなり多い.また,胃内に入ると胃リパーゼや胃酸での分解を受け,大部分のMCTがグリセリンと3つのMCFAに分解される.これは,MCTが水に親和性が高く,加水分解されやすいためである.従って,十二指腸に到達した時には,摂取したMCTの多くがMCFAとして,遊離脂肪酸(FFA)のかたちで存在することから,脂肪分解酵素である膵リパーゼを必要としない.また,MCFAは水に親和性が高いことから,胆汁酸とミセルを形成することなく,アルブミンと結合し,門脈を通って肝臓に直接運ばれる(2)2) P. R. Holt: Gastroenterology, 53, 961 (1967)..この特性により,効率よく脂肪吸収されることから長年,腸機能が発達していない未熟児や術後患者の栄養補給に利用されてきている.そして,門脈を通って肝臓に到達したMCFAは,MCFA-CoAとなり,カルニチンを必要とせずにミトコンドリア内に入るため,速やかにβ酸化される.その結果,MCFAは熱エネルギーとして燃焼し,最終的に二酸化炭素と水に分解される(図1図1■LCTとMCTの消化吸収機構)(3)3) N. J. Greenberger & T. G. Skillman: N. Engl. J. Med., 280, 1045 (1969)..
MCTが肝臓で熱エネルギーとして素早く燃焼されるのであれば,MCTを摂取すると肝臓から血中への脂肪の供給が減少し,LCTに比べて体脂肪蓄積抑制効果を有する可能性が考えられる.健常人にMCTを9 g,12週間摂取させた試験で,LCT群に比べて,MCT群は体重,体脂肪量とも有意に減少することが報告された(4)4) H. Tsuji, M. Kasai, H. Takeuchi, M. Nakamura, M. Okazaki & K. Kondo: J. Nutr., 131, 2853 (2001)..また,CTスキャンによる腹部脂肪面積においても同様の結果が報告されたことから,体脂肪の減少は内臓脂肪の減少によるものである可能性が示唆されている.しかし,この効果はBMI>24の被験者にしか見られず,BMI<22の痩せた被験者には効果を示さないことがわかった.従って,MCTの作用は薬のような強い作用ではなく,体脂肪を正常範囲に近づけるマイルドな効果であることが考えられる.また,MCFAが肝臓で速やかに代謝され,リンパ経由で循環系に入らないとすれば,MCFA摂取後に血中トリグリセリド(TG)値が上昇しないはずである.そこでMCT10 gをピラフ料理の油として用いた単回投与試験を行い,LCTに比べて有意に食後の血中TG値の低下が確認された(5)5) M. Kasai, H. Maki, N. Nosaka, T. Aoyama, K. Ooyama, H. Uto, M. Okazaki, O. Igarashi & K. Kondo: Biosci. Biotechnol. Biochem., 67, 46 (2003)..さらに,MCFAが肝臓で素早く代謝されるのであれば,もしかすると食後の食事誘発性耐熱産生(DIT)が高くなるかもしれない.そこで健常人へのMCT濃厚流動食摂取単回試験でエネルギー代謝を調べた.その結果,食後6時間までのDITの総和値でLCT群よりもMCT群で有意なエネルギー消費の増大を確認した(6)6) O. Noguchi, H. Takeuchi, F. Kubota, H. Tsuji & T. Aoyama: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 48, 524 (2002)..これらの結果により,MCTの体脂肪蓄積抑制効果のメカニズムは,MCTが門脈から吸収され肝臓で燃焼されることにより体内に供給される脂肪が減少することによるものであることが確かめられた.
天然に存在するMCFAは,MCTの形態で存在することは殆どなく,多くがMCFAとLCFAがTG分子内に共存したMLCTの形で存在している.そこで,MCFAとLCFAがTG分子の中に共存するMLCTがBMI>24以上の被験者に3ヶ月間投与され,体脂肪蓄積に及ぼす影響が調べられた.その結果,体重,体脂肪量,ウエスト径,ヒップ周囲径および腹部脂肪量においてLCTに比べて,MLCT群で有意に低下することが確認された(図2図2■MLCT摂取による,体重,体脂肪量,腹部脂肪面積の変化)(7)7) M. Kasai, N. Nosaka, H. Maki, S. Negishi, T. Aoyama, M. Nakamura, Y. Suzuki, H. Tsuji, H. Uto, M. Okazaki et al.: Asia Pac. J. Clin. Nutr., 12, 151 (2003)..
しかも,この効果は前述したMCTを9 g投与された試験と比べてより顕著な体脂肪蓄積抑制効果が示された.一般に,MCTの場合は,前述した吸収特性によりMCFAがリンパ管へは行かず,大部分が門脈経由で直接肝臓に運ばれる.しかし,一方でMLCT中のMCFAについては門脈経由で肝臓に運ばれるが,LCFAについてはリンパ管を通って体内に運ばれる.このメカニズムから考えると,MCTの方がLCFAを含まない分,MLCTよりも多くのMCFAが肝臓でβ酸化を受けるため,体脂肪蓄積抑制効果が大きくなることが予測される.しかし,実際は予測に反し,MLCTの方がMCTに比べて体脂肪蓄積抑制効果が大きかった.そこで,その理由を検討するため,ラットの肝臓を用いて,MCT(MCFA92%)とMLCT(MCFA12%)の肝臓中のβ酸化系及び脂肪酸合成系酵素活性が調べられた.その結果,MCT,MLCTともβ酸化系酵素活性はLCTに比べて上昇していたが,MCTとMLCTとの比較ではMLCTがMCTに比べMCFA含量が1/7程度しか含まれないにも関わらず,MLCTはMCTと同等またはそれ以上のβ酸化系酵素活性を示した.一方,脂肪酸合成系酵素(FAS)活性については,MCTに比べてMLCTが低い傾向にあった(8)8) H. Shinohara, H. Shimada, O. Noguchi, F. Kubota & T. Aoyama: J. Oleo Sci., 51, 621 (2002)..この結果は,肝臓でのMCFAの代謝に関して,β酸化系酵素活性については,用量依存性はなく,母乳や牛乳で体脂肪蓄積抑制効果がないことから,今回の試験量(油14 g中にMCFA1.6 g含有)が最低有効量であると考えられる.一方,FAS活性についてはMCFAの肝臓への流入量が増える程,高くなると予測された.このことは,未熟児等への栄養補給でのMCTの投与量について,ある程度(10 g)以上,投与しないと栄養補給の効果が得られないことからも推察できる(9)9)原 健次:MCTの臨床応用“生理活性脂質の生化学と応用”,幸書房,1993, pp. 182–187..この栄養補給のメカニズムについては,大部分のMCFAは門脈経由で肝臓に入りβ酸化を受けるが,ミトコンドリア内に取り込まれる際にカルニチンを必要としないため,LCFAに比べて迅速にアセチルCoAに分解され,エネルギー源となる.さらに,未熟児や術後患者にMCTが利用される場合は,下痢の原因になるLCTは投与されないため,カイロミクロンでの血中TGの供給量が極端に減少する.この血中TG値の低値が引き金となり,肝臓での脂肪酸合成酵素(FAS)活性が上昇する.このFAS活性の上昇により,肝臓に送られたMCFAのアセチルCoAへの代謝が進むことで脂肪酸合成が促進され,最終的にはVLGL-TGとなり血中に放出される.それゆえ,解糖系,クエン酸回路,β酸化の活性が低下した低栄養状態の患者へのMCFA投与が有用となる.従って,体脂肪蓄積抑制効果については,MCFAの投与量は低レベルの方が有効であることが示唆された.
MCTは膵リパーゼや胆汁酸を必要としなくても消化吸収されるため,未熟児の栄養補給や術後患者の栄養補給に長年使用されてきている.つまり,MCTは消化吸収器官に負担をかけずに,エネルギーを体に補給することができる油といえる.従って,このようなMCTの性質は消化吸収機能が低下した高齢者のエネルギー補給に有効である可能性が考えられる.実際,血中アルブミン値が3.7 g/dL以下の被験者を用いた高齢者でのヒト試験において,MCTを1日6 g投与することにより,LCTと比較して体重と血中アルブミン値の有意な増加が確認されている(10)10)野坂直久,足立香代子,川島由紀子,鈴木 博,林 静子,青山敏明,中村丁次:日本臨床栄養学会,32, 52 (2010)..最近では高齢者の栄養補給に積極的にMCTが利用されるようになり,MCTの無色透明,無味無臭,低粘性の性質が功を奏し,ご飯を炊く際に添加しても脂っぽさを感じない,高齢者でも美味しく無理なく摂取できるエネルギー強化飯の提供が,高齢者施設や病院で行われるようになってきている.
MCFAは体脂肪酸蓄積抑制効果が示されているが,その中でも内臓脂肪の減少が確認されている.そこでMCTに比べ体脂肪蓄積抑制効果の強いMLCTを用い,高脂肪食による自然糖尿病発症ラットにおけるインスリン抵抗性の改善効果について調べられた.その結果,MLCT摂取ラットはLCT摂取ラットの半分量のインスリン量でLCT摂取ラットと同じ血糖値を示した.その際にMLCT摂取ラットで内臓脂肪量の減少とアディポネクチンの増加が確認されている(11)11) S. Terada, S. Yamamoto, S. Sekine & T. Aoyama: Nutrition, 28, 92 (2012)..これらの結果は,MLCTが糖尿病ラットのインスリン抵抗性を改善したと言える.すなわち,MLCT投与により内臓脂肪が減少したことが,アディポネクチンの分泌増加につながり,その結果として,インスリン抵抗性改善効果を示したと考えられる.MCFAの糖尿病改善効果については,未だヒト試験は行われておらず,今後,ヒトでの結果が待たれる.
MCFAについてはヒトの母乳中に脂肪酸含量の1.5~2.9%,牛乳等の乳製品中に4.0~4.7%,ヤシ油中に14%程度,パーム核油中に7%程度含まれる.これらは極めて日常的に摂取されている食品または乳成分である(12)12)加藤秋男:“パーム油・パーム核油の利用”,幸書房,1990, pp. 6–13..また,日本人の場合,乳製品中から,1日当たり0.2~0.3 g程度を摂取しており十分な食経験を有している.当然のことながら動物試験でその安全性が確認されているが,ヒトにおいては,1日100 gを超えるような多量を摂取した時には,腹痛や下痢の症状が,少数見られることが報告されている(13)13) R. H. Eckel, A. S. Hanson, A. Y. Chen, J. N. Berman, T. J. Yost & E. P. Brass: Diabetes, 41, 641 (1992)..この理由に浸透圧が関係していると報告されている(13)13) R. H. Eckel, A. S. Hanson, A. Y. Chen, J. N. Berman, T. J. Yost & E. P. Brass: Diabetes, 41, 641 (1992).が,それ以外の要因も考えられる.MCTは水への親和性が高いため,胃内で胃酸による加水分解を受けるが,MCTを1度に多量摂取すると加水分解が急激に進み,それによる反応熱が多く発生する.その結果,胃が熱くなり,この刺激が下痢を引き起こす要因となる.しかし,この下痢は,一過性であり,摂取量を少量から徐々に増やすことで解決できるとされている(9)9)原 健次:MCTの臨床応用“生理活性脂質の生化学と応用”,幸書房,1993, pp. 182–187..また,MCFAの代謝的特徴から,一度に大量に摂取した場合に,肝臓内で過剰のアセチルCoAが生成されるため,ケトン体値が上昇する(14)14) A. Bach: Arch. Int. Physiol. Biochim., 86, 1133 (1978)..ケトン体の上昇は,絶食状態,高脂肪食及び運動時等でも観察され,糖の利用が制限された場合の生理的代償として脂肪から転換された重要なエネルギー源である.しかし,血中濃度が上昇し過ぎると,元来,ケトン体は酸性物質であるため血液が酸性に傾く.ところが血液のpHは血中の電解質により,7.4±0.1に厳密にコントロールされているため,ケトン体濃度がある程度増加しても,すぐに緩衝機能が働き,通常は血液が酸性になることはない.例え数十gのMCFAが投与された場合であっても,血中ケトン体の上昇は一過性であり,MCFAの代謝物であるアセチルCoAがTCA回路で効率的に代謝され,血中に放出されたケトン体は末梢で速やかにエネルギー源となるため,最終的には血中ケトン体の上昇が抑えられると報告されている(15)15) S. S. Bergen Jr., S. A. Hashim & T. B. Van Itallie: Diabetes, 15, 723 (1966)..従って,このような過剰摂取の場合であっても,健常人については重度の糖尿病患者で懸念される代謝性ケトアシドーシスを発症することはない.しかしながら,インスリン投与が必要なI型糖尿病の患者は,血中ケトン体濃度の上昇には注意が必要である.なぜなら,I型糖尿病患者の血糖値コントロールは難しく,高血糖状態が続いた場合,尿中にも糖が排出される.その際,血中の電解質成分も同時に排泄されてしまう.前述したように血中pHは電解質成分により厳密にコントロールされているが,この電解質が尿中に排泄されると,血中のpH緩衝能力が極端に低下する.元来,I型糖尿病患者は血管から細胞への糖の取り込みが悪いため,体がエネルギー不足と認識することで脂肪が代謝される異化状態に陥ってしまう.また,脂肪が代謝される際にはケトン体が産生されるため,酸性であるケトン体がI型糖尿病患者の血中で増える.I型糖尿病患者は電解質が尿中に排泄されるためpH緩衝作用も働かないので,ケトン体が血液に溜まり,血液が酸性に傾くことになる.この状態が長く続くと,糖尿病性ケトアシドーシスに陥り,最悪の場合,命の危険を伴う可能性がある.
ヒトの脳は普段,糖質をエネルギー源として利用している.但し,何らかの理由で食事が摂取できない場合,最初は蓄えたグリコーゲンをエネルギーとして利用するが,半日~1日程度で枯渇してしまう.そのような場合は体内のTGを分解してエネルギーを作るため,エネルギー不足で脳が働かなくなることはない.絶食状態が長く続くと体脂肪がFAに分解され肝臓に運ばれ,β酸化によりアセチルCoAが生成し,TCA回路に入りエネルギーを作り出すが,この時,同時にケトン体も生成する.ケトン体は絶食状態の時には非常用のエネルギー源として脳や筋肉において利用される.一般にケトン体は脳や筋肉においてアセチルCoAに変換されてからTCA回路に入りエネルギーとして利用されるが,肝臓はケトン体をアセチルCoAに変換するスクシニルCoA:アセト酢酸CoAトランスフェラーゼを持っていないため,利用されずにそのまま血中に放出される.血中のケトン体は分子が小さいため血液脳関門を通り,優先的に脳内に運ばれる.脳細胞もこの酵素を持っているため,ケトン体をアセチルCoAに変換し,エネルギーとして利用することができる.絶食を長く続けると脳はエネルギーの2/3をケトン体から供給するようになるという報告もある(16)16) G. F. Cahill Jr.: Annu. Rev. Nutr., 26, 1 (2006)..一方,アルツハイマー病患者の脳はグルコースを利用できず脳のエネルギー不足が生じていることが解っている(17)17) C. Reitz, C. Brayne & R. Mayeux: Nat. Rev. Neurol., 7, 137 (2011)..従って,アルツハイマー患者にケトン体を供給することは脳のエネルギー不足を解消できる可能性があり,認知機能の改善効果も期待される.しかし,糖質が体内に残っているとケトン体が生成されないため,体内でケトン体を増やすためには絶食や極端な糖質制限を続ける必要がある.ところが,恒常的な絶食や極端な糖質制限は代謝障害を招き,摂食意欲や体内調節機能に障害を与える可能性もあるため注意が必要であり,このような食事を続けることは現代の食生活の中ではきわめて困難である.一方,大部分のMCFAは門脈経由で肝臓に入るが,β酸化の際にカルニチンを必要とせずにミトコンドリアに取り込まれるため,β酸化が早く進むことになり,結果的に肝臓内に糖質が存在してもケトン体を生成する(図3図3■健常人でのMCT摂取後の血中ケトン体量の変化)(18)18) F. X. Pi-Sunyer, S. A. Hashim & T. B. Van Itallie: Diabetes, 18, 96 (1969)..従って,食事に糖質が含まれていてもMCFAを摂取することでケトン体が増加するため,絶食やケトン食のような糖質が極端に少ない食事でなくても,血中のケトン体を増やすことができる.そこで,米国において,アルツハイマー病患者および軽度認知障害者を対象にしたMCT摂取の認知機能への影響を調べた研究成果が報告された(19)19) M. A. Reger, S. T. Henderson, C. Hale, B. Cholerton, L. D. Baker, G. S. Watson, K. Hyde, D. Chapman & S. Craft: Neurobiol. Aging, 25, 311 (2004)..この試験結果では,何れも,MCTを摂取した群で血中ケトン体濃度が高まり,記憶力の低下が抑制されていた.しかし,遺伝子多型等,様々な要因による影響も大きく,一定の結果が得られたわけではない.今後の研究の発展が待たれる.
一般に生命活動に重要なエネルギー源は糖質であるが,前述したように糖質は直ぐに枯渇する可能性があるため,心臓のエネルギー源の大部分はTGである.心臓の周りの血管のエネルギー源もTGであり,TGをATGLという酵素でFAに分解してエネルギー源として利用している.しかし,心臓の周りの血管にTGが蓄積し,最終的にはTG蓄積による動脈硬化で死に至る世界的にも希少な難病が日本で発見され,中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)と名付けられた.この難病はTGを分解するATGLという酵素の欠損が原因で発症することがわかっている.そこでATGL欠損のノックアウトマウスを用いて,MCFAの1つであるC10を与えたところ,心臓血管の動脈硬化が改善することがわかった(20)20) A. Suzuki, S. Yamaguchi, M. Li, Y. Hara, H. Miyauchi, Y. Ikeda, B. Zhang, M. Higashi, Y. Ikeda, A. Takagi et al.: J. Oleo Sci., 67, 983 (2018)..現在,C10の高純度TGについて医薬品開発が進められている.さらに,ヒトの正常細胞はMCFAをエネルギーとして利用できるが,がん細胞はグルコースのみをエネルギー源とするため,MCFAをエネルギー源として利用することはできない.この性質を利用し,食事から摂取するエネルギー源をグルコースからMCFAに換えることにより,がん細胞を兵糧攻めにして増殖を抑える治療が進められ,一定の効果が得られている(21)21) K. Hagihara, K. Kajimoto, S. Osaga, N. Nagai, E. Shimosegawa, H. Nakata, H. Saito, M. Nakano, M. Takeuchi, H. Kanki et al.: Nutrients, 12, 1473 (2020)..さらに,最近の研究で,C10については腹部大動脈瘤(AAA)のモデルラットを用いてAAAの治療効果が調べられている.その結果,C10がAAAの発症を抑制し,血管の破裂を防ぐことが報告された(22)22) H. Kugo, Y. Sugiura, R. Fujishima, S. Jo, H. Mishima, E. Sugamoto, H. Tanaka, S. Yamaguchi, Y. Ikeda, K. I. Hirano et al.: Biomed. Pharmacother., 160, 114299 (2023)..また,患部の直径の縮小も確認でき,動脈硬化抑制など血管の健全性を保つ効果があることも明らかにされている.今後の研究の進展に期待したい.
Gタンパク質共有受容体(GPCR)の一種であるGPR84はMCFAの受容体と考えられており,MCFAを経口投与するとGPR84を介した腸管ホルモン分泌により,血糖値が抑制されることが報告されている(23)23) H. Nonaka, R. Ohue-Kitano, Y. Masujima, M. Igarashi & I. Kimura: Front. Nutr., 9, 848450 (2022)..また,高脂肪食摂取から肝臓において高産生されたMCFAがGPR84に作用することで,マクロファージの過剰な活性化を抑制し,脂肪肝から進展する肝臓の炎症とそれに伴う肝線維化を防ぐことも見いだされた.さらに,非アルコール性肝疾患(NASH)モデルマウスにMCFAのうちのC10-TGオイルを食事への補充,あるいはGPR84作動剤の投与の結果,NASHへの進展を著しく防ぐことも確認された(24)24) R. Ohue-Kitano, H. Nonaka, A. Nishida, Y. Masujima, D. Takahashi, T. Ikeda, A. Uwamizu, M. Tanaka, M. Kohjima, M. Igarashi et al.: JCI Insight, 8, e165469 (2023)..MCTオイルによる肥満・糖尿病とその関連疾患の予防,GPR84を標的とした,NASH治療薬の開発に向けて,今後さらなる研究の広がりが期待される.
脂質代謝においてMCFAの存在は重要な意味を持っているように思われる.なぜなら,MCFAは門脈を経由して直接肝臓に運ばれるからである.このMCFAの吸収経路には特にグルコースとの比較において重要な役割を持つと思われる.グルコースは生体活動に必要なエネルギー源として肝臓で最初に使われ,実際の熱量としての効力は1 gあたり4 kcalであるが,MCFAは約8.6 kcalとグルコースに比べると2倍以上の熱量を持つ.従って,MCFAを使用する方が多くのエネルギーを産生することができ,少量で大きなエネルギー効率を持つ.また,MCFAが母乳や牛乳にも少量含まれることは前述したが,特に母乳中に3%程度含まれていることは興味深い(25)25) C. Moltó-Puigmartí, A. I. Castellote, X. Carbonell-Estrany & M. C. López-Sabater: Clin. Nutr., 30, 116 (2011)..母乳に含まれるMCFAが乳児になぜ必要なのかは未だ解明されていないが,乳児の体温調節機能や脳の覚醒に影響を及ぼしている可能性は十分に考えられる.さらに,MCFAは少量でも効果があり,臨床の場において,まだまだ知られていない効果を持つ可能性も考えられ,今までわかっているのは氷山の一角かもしれない.今後さらなる事実の確認が必要であろう.
Reference
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