海外だより

ビールの街・ミュンヘンでの留学生活
新フィールドでの研究・海外生活

Junya Ito

伊藤 隼哉

東北大学大学院農学研究科食品機能分析学分野

ヘルムホルツセンターミュンヘン,Metabolism and Cell Death

Published: 2025-07-01

筆者は2023年5月から2024年9月にかけて,ドイツ・ミュンヘンのヘルムホルツセンターミュンヘン,Metabolism and Cell DeathのProf. Marcus Conrad先生のもとに留学させていただく機会をいただきました.本記事では,留学に至るまでの経緯やドイツでの研究生活・内容について紹介させていただきます.

ドイツへの留学に至るまで

筆者は学生時代から,生体や食品の脂質酸化・酸化ストレスの研究を行ってきました.その中で,近年注目を集めている,酸化ストレスに関連して生じる脂質過酸化により誘導される細胞死・フェロトーシス研究に取り組んできました.フェロトーシスは,がん細胞の治療薬感受性や,アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の病態にかかわることが知られており,これら疾患の治療標的として,近年,世界的に大きな注目を集めている生命事象です.たとえば,がん細胞におけるフェロトーシス感受性を向上させる(フェロトーシスを起きやすくする)ことで,がん細胞が死にやすくなることから,がん治療の有望な治療標的となることが期待されています.一方,神経変性疾患では,神経細胞のフェロトーシスによる細胞死が病態にかかわることが報告されており,フェロトーシスを有効に抑制することが,疾患の進行抑制のための治療戦略として期待されています.そのため,細胞のフェロトーシスの感受性を制御する仕組みのさらなる解明が望まれています.

私は日本でフェロトーシス研究を進める中で,東北大学医学部の三島英換先生と共同研究をさせていただく機会をいただきました.三島先生は当時,ビタミンKがフェロトーシスを強力に抑制することを見いだされており,このメカニズムについて,私は質量分析を用いた解析でサポートさせていただいていました.その後,三島先生はフェロトーシス研究の最前線であるConrad先生のもとに留学され,その後はドイツと日本でのやり取りを進めておりました.(余談ですが,Conrad先生はとても気さくで,当時私とWeb会議をしている三島先生の後ろを通りかかった際に,たまたま目に入った私のAdidasの服を見て,笑って話しかけてくださりました.今思えば,それが私とConrad先生の初めての会話だったと思います.)その中で,留学先の研究室で見いだされたフェロトーシスにかかわる重要なタンパク質であるFSP1が,当時未解明であったビタミンKの還元酵素である可能性を見いだされ,私はこの還元反応を日本で解析させていただけることになりました.化合物の安定性から分析条件の決定に試行錯誤しましたが,最終的に還元反応を示せるきれいなスペクトルを得ることができ,日本の所属先のボスである仲川先生ととても喜びました.その後,三島先生の多大なご尽力により,論文はNatureに採択され,世界中にインパクトを与えました(1)1) E. Mishima, J. Ito, Z. Wu, T. Nakamura, A. Wahida, S. Doll, W. Tonnus, P. Nepachalovich, E. Eggenhofer, M. Aldrovandi et al.: Nature, 608, 778 (2022)..そのような共同研究の中で,たいへん幸いなことに留学にお声がけいただき,ドイツへの留学を決断しました.その後は,留学のための制度を調べたり,研究助成に応募したりとあっという間に半年が過ぎ,幸運なことに科研費へ採択いただいたことで,晴れてドイツでの研究を行う道が決まりました.

Conrad研での研究生活

ビザやミュンヘンでの家探しなどを数カ月で行い,2023年5月,ちょうど日本でのコロナウイルスが第5類へ移行した時期にドイツ・ミュンヘンへと旅立ちました.日本の空港では,まだほとんどの人がマスクを着用していた時期でしたが,ドイツの空港に降り立った後にあたりを見渡すと,ほとんどの人たちがマスクを着用しておらず,コロナウイルスに対する意識が日本とは大きく違うのだな,と感じたのが最初のカルチャーショックだったのかもしれません.全く読めないドイツ語の標識・聞き取れないアナウンスは諦め,Google Mapを頼りに電車を乗り継ぎ,ミュンヘン空港から市街地へと向かいました.その日は,同じくヘルムホルツセンターにご留学されていた山田直也先生にお世話になり,ドイツ生活でのいろはを教えていただきました.長旅の後でとてもホッとしたのを覚えています.

次の日に,研究室を訪問しましたが,まず,ヘルムホルツセンターの広大な敷地に驚きました.ヘルムホルツセンターは日本ではあまり聞き馴染みがないかもしれませんが,マックス・プランク研究所と同じドイツの研究機関になり,さまざまな研究分野が最先端研究に取り組んでいます.ちなみに,私が所属した部局Metabolism and Cell Deathの建物は,入口の対角にあり,毎日の良い運動習慣になりました.Conrad先生や三島先生と再開するとともに,新たな研究生活が始まりました(図1図1■Prof. Marcus Conrad先生と休日の登山).

図1■Prof. Marcus Conrad先生と休日の登山

休日は登山に連れて行ってくださり,研究はもちろん,公私にわたり大変お世話になりました.

Conrad研のメンバーは学生・ポスドク・テクニシャンを合わせておおよそ25名ほどで,世界各国から集まって研究生活を送っていました.私の在籍中に転入・転出のケースもありましたが,さまざまなバックグラウンドの皆さんと楽しく交流することができました.研究プロジェクトとしては,上述のフェロトーシスを中心としたレドックスバイオロジーにかかわるものであり,その中でさらに,いくつかのグループに分かれていました.私は生体の脂質酸化とフェロトーシスのかかわりに興味を持っており,最初はそれに関するプロジェクトに取り組んでいましたが,そこで得られた結果がフェロトーシス制御にかかわるセレノプロテイン生合成にかかわる可能性にたどり着き,留学前には思いもよらないプロジェクトに携わることができました.このような研究の出会いは研究室内でよく生じていました.それは,セミナー以外にもお互いの内容をよくディスカッションする機会が多かったからだと思います.先に述べたように,研究所の敷地は広大でしたので,食堂に行くのも散歩代わりになります.食堂への道中やランチ中でも研究の話をよくしていました.Conrad先生は世界中を駆け回っていましたので,このランチタイムの時間は気軽にディスカッションできる貴重な時間でもありました.私の研究方針に大きく転機が訪れたのも,食堂から帰る途中にConrad先生と三島先生とディスカッションしている中であったことを鮮明に覚えています.

いくつか印象的だった研究室のイベントも紹介します.1つ目は良い天気のもと開催されるバーベキューで,論文の掲載が決まった際などのお祝い事があると開催されていました.Conrad先生が開けてくれるシャンパンやたくさんのビールとともに楽しみました(図2図2■広大な敷地での論文お祝いパーティー).みんな瓶ビールを片手に夜まで語り合うイベントでした.ドイツのビールは有名かと思いますが,ミュンヘンでは世界最大のビール祭りであるオクトーバーフェストが開催され,かなりの熱気を感じました(図3図3■本場のオクトーバーフェスト).研究室メンバーでのオクトーバーフェスト参加も良い思い出になっています.そして,クリスマスパーティーもまたとても印象的です.日本では年末・年始が大きな節目になるかと思いますが,ドイツではクリスマスがとても大きなイベントでした.スタッフ総出でパーティーの準備をし,会議室がとても本格的なクリスマスパーティーの会場に変貌した時の感動は忘れられません(図4図4■クリスマスパーティーの準備).それぞれ持ち寄った食事や温かいワイン(グリューワイン),ビールを遅くまで楽しみ,一年が締めくくられました.このように,楽しむときには目一杯楽しみ,また研究に取り組む際には没頭するという,何でも全力で取り組むConrad先生の方針でした.

図2■広大な敷地での論文お祝いパーティー

この日はNature採択を祝って.

図3■本場のオクトーバーフェスト

1 Lのビールグラスを片手に楽しみます.

図4■クリスマスパーティーの準備

いつもの会議室がステキなパーティー会場に.

このような研究生活の中で,私はフェロトーシスを制御する重要なタンパク質であるグルタチオンペルオキシダーゼ4(GPX4)の生合成経路にかかわる因子の同定に取り組みました.GPX4はフェロトーシスの発動に重要なイベントである脂質酸化により生じる過酸化脂質を還元する酵素です.還元反応の活性中心として必須微量元素であるセレンを有することが大きな特徴です.GPX4を含むセレンを有する酵素はセレノプロテインと呼ばれ,ヒトで25種しか存在しない珍しいタンパク質です.その生合成経路も非常にユニークであり,その全貌はいまだ解明されていません.その中で重要な因子として,細胞内のセレンの運搬にかかわるタンパク質が存在すると長い間想定されていたのですが,依然不明な状況でした.その中で筆者は,GPX4と同様に細胞内の過酸化脂質の還元にかかわっているとされていたペルオキシレドキシン6(PRDX6)が,そのセレン運搬タンパク質であることを同定しました(図5図5■細胞内のセレン運搬タンパク質としてPRDX6を同定(2)2) J. Ito, T. Nakamura, T. Toyama, D. Chen, C. Berndt, G. Poschmann, A. Santos Dias Mourão, S. Doll, M. Suzuki, W. Zhang et al.: Mol. Cell, 84, 4629 (2024)..この発見は同時期にわれわれを含む3つの研究グループから発表され(3, 4)3) H. Fujita, Y. Tanaka, S. Ogata, N. Suzuki, S. Kuno, U. Barayeu, T. Akaike, Y. Ogra & K. Iwai: Nat. Struct. Mol. Biol., 31, 1277 (2024).4) Z. Chen, A. Inague, K. Kaushal, G. Fazeli, D. Schilling, T. N. Xavier da Silva, A. Ferreira Dos Santos, T. Cheytan, F. P. Freitas, U. Yildiz et al.: Mol. Cell, 84, 4645 (2024).,セレン研究が大きく進んだ年になりました.このような大きな発見のプロジェクトに携わることができたことは私にとってとても貴重な経験となりました.

図5■細胞内のセレン運搬タンパク質としてPRDX6を同定

終わりに

留学生活から日本に戻ってきておおよそ半年が経ちました.約1年半の海外生活はあっという間に過ぎ,とても充実した日々を過ごすことができたと実感しています.現在も,Conrad研との共同研究を続けることができ,研究の世界が広がったことが大きな財産となっています.

最後になりますが,国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))にて留学中における研究活動をご支援いただいた日本学術振興会(JSPS)に御礼申し上げます.また,このような実りある留学生活を送るうえで,常に暖かくご指導いただいたヘルムホルツセンターミュンヘンのMarcus Conrad先生,三島英換先生をはじめとしたConrad研の皆様,留学へ送り出してくださった仲川清隆先生をはじめとした東北大学大学院農学研究科 食品機能分析学のスタッフ・学生の皆様,背中を押してくれた家族にこの場をかりて厚く御礼を申し上げます.

Reference

1) E. Mishima, J. Ito, Z. Wu, T. Nakamura, A. Wahida, S. Doll, W. Tonnus, P. Nepachalovich, E. Eggenhofer, M. Aldrovandi et al.: Nature, 608, 778 (2022).

2) J. Ito, T. Nakamura, T. Toyama, D. Chen, C. Berndt, G. Poschmann, A. Santos Dias Mourão, S. Doll, M. Suzuki, W. Zhang et al.: Mol. Cell, 84, 4629 (2024).

3) H. Fujita, Y. Tanaka, S. Ogata, N. Suzuki, S. Kuno, U. Barayeu, T. Akaike, Y. Ogra & K. Iwai: Nat. Struct. Mol. Biol., 31, 1277 (2024).

4) Z. Chen, A. Inague, K. Kaushal, G. Fazeli, D. Schilling, T. N. Xavier da Silva, A. Ferreira Dos Santos, T. Cheytan, F. P. Freitas, U. Yildiz et al.: Mol. Cell, 84, 4645 (2024).