Kagaku to Seibutsu 63(8): 339 (2025)
巻頭言
研究開発に思うこと
Published: 2025-08-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
私は常々,研究開発とは,「できるかどうか」ではなく,やってみないとわからないことに挑戦することであると考えている.また,研究開発を始める際に,過去の文献を調べる作業はとても重要であるが,その論文の結果は参考程度にするべきであるとも思っている.なぜなら,過去の論文の結果は今では役に立たない可能性があるからだ.「やってみて,検証する.」この自分で確認する行為が大切で,机上の調査では答えが出ない場合がほとんどであった自身の経験から学んだことでもある.研究開発は失敗を繰り返しながら進めていくことが最も重要で,失敗が推奨される数少ない職業であると言っても良い.また,失敗に対して後悔ではなく反省することが重要であると考えている.なぜなら,あの時こうすれば良かったといくら後悔しても時間は一秒たりとも逆戻りしないからである.その時点で,自分自身が一生懸命に考えて出した答えは誰が何と言っても正解であり,結果的に思うようにはいかず,失敗したとしても,その時の決断は正しかったと思うことが,研究開発を前に進める原動力になるからである.一方,反省するとは,同じことがもう一度できることを意味し,同じ失敗を繰り返さないための重要な行為になる.この実験は何回やってもうまく行かず,失敗の連続だという時もあるが,その際は十分な失敗からの反省ができているかを確かめてみる必要がある.失敗を繰り返しつつも,トライする度に創意工夫を凝らしながら研究開発を進めて行くと,解決法が見えてくる場合が多い.私はこれを螺旋階段の法則と呼んでいる.洋画で良く出てくる螺旋階段は上から見ると,同じところを回っているように見える.しかし,1周回る毎に,確実に上に登っていることを忘れてはならない.答えが見えず苦しんでいる時は上からしか見えないが,それでも我慢し,工夫して登っていると横から見える時が来る.これが問題解決の糸口になり,答えが見つかった経験も少なくない.しかし,それだけでは不十分である.私の場合,大学に受かったのも,苦手な英語で博士論文を作成し学位取得できたのも,このチャンスを逃したら,もう二度とないと思い,できるかどうかではなく,とにかくやってみるしかないと考え,背水の陣で臨めたことが,たまたま成功に繋がったと思っている.しかし,人間それほど強くはない.私が研究開発で挫折や失敗を繰り返しながら前向きに生きてこられたのは素晴らしい先生方や仲間達との出会いがあったからだと思う.今まで,家族を含め,どれほど多くの人達に助けられてきたかわからない.一人でできることは限られている.失敗をしても,それを糧にし,次に工夫を凝らしながら,さらに人にも助けてもらい不可能を可能にしていくのが研究開発ではないだろうか.今思うことは,私自身がこれから先も失敗を恐れず,やってみる精神で研究開発を続けていくことが,今までお世話になった先生方や家族,仲間達に対する恩返しであると信じている.