Kagaku to Seibutsu 63(8): 340-342 (2025)
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腸内細菌による食餌成分の代謝を遺伝子レベルで知る
菌叢解析のその先へ向けて
Published: 2025-08-01
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我々の腸管内腔には,2,000種以上の腸内細菌が存在し,その総細胞数は約40兆にのぼる(1)1) R. Sender, S. Fuchs & R. Milo: PLoS Biol., 14, e1002533 (2016)..腸内細菌が宿主の健康に多大な影響を与えることは広く知られている.実際,プレバイオティクス(例:食物繊維)やプロバイオティクス(例:乳酸菌,ビフィズス菌)を含む食品が腸内細菌叢の制御を通じた健康維持・改善を目指して,開発・販売されている.
腸内細菌は,ユニークな代謝酵素を持ち,宿主由来の食餌成分や分泌物を代謝し,多様な代謝物を産生する.これらの代謝物は,腸管上皮を通過した後,血流を介して全身に運ばれ(2)2) M. Matsumoto, R. Kibe, T. Ooga, Y. Aiba, S. Kurihara, E. Sawaki, Y. Koga & Y. Benno: Sci. Rep., 2, 233 (2012).,各臓器で様々な生理作用を発揮する.すなわち,腸管内の代謝物の組成を決定する重要な因子として宿主側は【摂取した食餌成分】,腸内細菌側は【代謝酵素の有無】が挙げられる.これは食物繊維などのプレバイオティクスを摂取した際に,適切な代謝機構を有する腸内細菌叢を持たないヒトでは,望ましい代謝物が十分に産生されず期待される健康効果が十分に得られない可能性を示している.
この点を示す具体例の一つとして,食物繊維の一つであるアラビナンが挙げられる.アラビナンはL-アラビノースを構成糖とする食物繊維である.Zhangらは,0~108歳のヒト糞便(全354検体)から185株のBifidobacterium longum subsp. longumを単離し,アラビノフラノシダーゼを含むアラビナン代謝クラスター hypBAとabfAクラスターについて,両クラスターを持つ株といずれも持たない株が存在することを報告した(3)3) C. Zhang, L. Yu, C. Ma, S. Jiang, Y. Zhang, S. Wang, F. Tian, Y. Xue, J. Zhao, H. Zhang et al.: Cell Host Microbe, 31, 1989 (2023)..さらに,abfAクラスターを持つB. longum subsp. longumが腸管内に存在する場合にのみ,アラビナン摂取により腸管内で酢酸などの代謝物が増加し,便通改善効果が発揮されることを示している(3)3) C. Zhang, L. Yu, C. Ma, S. Jiang, Y. Zhang, S. Wang, F. Tian, Y. Xue, J. Zhao, H. Zhang et al.: Cell Host Microbe, 31, 1989 (2023)..
この結果は,従来の16S rDNAの部分配列を用いた菌叢構成の解析のみでは個人の腸内環境に存在する腸内細菌の食餌成分代謝能の正確な評価と理解が困難であること,および食餌成分の保健効果を腸内細菌の代謝能を基に予測できる可能性を示している.腸内細菌の代謝能を評価するには,タンパク質レベルで実施することが理想ではあるが,スループット性や評価法の確立を考えると,次世代シーケンサーを用いた遺伝子での評価が現実的である.したがって,食餌成分の保健効果を効率よく享受するために,食餌成分の代謝を担う腸内細菌ならびにその代謝を担う遺伝子の解明が求められている.しかしながら,アラビナンのように代謝遺伝子が同定され,さらに代謝遺伝子レベルで宿主への生理活性を示した例は少ない.
例えば,食物繊維の一つである大麦β-グルカンにおいて,腸内細菌叢の違いにより保健効果の強度に差があることが報告されている.大麦β-グルカンは,D-グルコースを構成糖として,β1-3およびβ1-4結合により形成されている.Kovatcheva-Datcharyらは,大麦β-グルカン摂取による食後血糖およびインスリン濃度の急激な上昇抑制は,Prevotella属細菌が多いヒトでのみ見られることを報告している(4)4) P. Kovatcheva-Datchary, A. Nilsson, R. Akrami, Y. S. Lee, F. De Vadder, T. Arora, A. Hallen, E. Martens, I. Björck & F. Bäckhed: Cell Metab., 22, 971 (2015)..Prevotella属細菌の中でも,特にSegatella copri(旧名Prevotella copri)が大麦β-グルカンの保健効果に寄与していると考えられている.現在,S. copriはゲノム解析によりクレードレベルで分類され,クレードごとに異なる糖質利用能を持つ(5)5) H. Fenhlner-Peach, C. Magnabosco, V. Raghavan, J. U. Scher, A. Tett, L. M. Cox, C. Gottsegen, A. Watters, J. D. Wiltshire-Gordon, N. Segata et al.: Cell Host Microbe, 26, 680 (2019)..このため,菌叢解析によるS. copriの存在量に基づいた大麦β-グルカンの保健効果予測は困難であり,予測マーカーとなる特定の代謝遺伝子の同定が求められるが,S. copriにおいて大麦β-グルカンの代謝を担う遺伝子は未だ報告されていない.
芳香族アミンは,腸管内で見られる化合物の一群であり,発酵食品などでもみられる.腸管内の芳香族アミンは発酵食品などに由来すると考えられてきたが,腸内細菌も腸管内の芳香族アミンの産生源であることが明らかとなった.しかし,芳香族アミン産生菌ならびに宿主への生理作用は未解明であった.筆者らは,ヒト腸内常在細菌より芳香族アミン産生菌を5菌種同定するとともに芳香族アミン産生を担う芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)遺伝子(aadc)を同定した.さらに,食餌由来のフェニルアラニンが腸内細菌のAADCによる脱炭酸を受け産生されたフェネチルアミン(芳香族アミンの一種)が宿主の末梢セロトニン産生を促進することを芳香族アミン産生菌のaadc欠損株と相補株を用いて遺伝子レベルで示した.加えて,ヒト糞便において,aadc遺伝子とフェネチルアミン産生能の間に有意な正の相関を認め,同定したaadc遺伝子がヒト腸管内での芳香族アミン産生を担っている可能性を示した(6)6) Y. Sugiyama, Y. Mori, M. Nara, Y. Kotani, E. Nagai, H. Kawada, M. Kitamura, R. Hirano, H. Shimokawa, A. Nakagawa et al.: Gut Microbes, 14, 2128605 (2022)..
腸内細菌の食餌成分代謝能は,宿主の健康効果に大きく影響する重要な要素であり,菌株レベルで異なる.今後,個々の腸内細菌株が持つ食餌成分代謝遺伝子の機能解明により,従来の16S rDNAに基づいた菌叢解析では捉えきれなかった「食餌成分–腸内細菌–宿主」の一連の連関が明らかとなり,プロバイオティクスやプレバイオティクスの効果最適化,ひいては個別化栄養管理や疾病予防への応用が期待される.加えて,ショットガンメタゲノム解析は,網羅的に腸内環境に存在する遺伝子機能を知ることが出来る強力な解析法である.しかしながら,依然として機能が不明な遺伝子が存在し,腸内環境に存在する遺伝子機能を正確に捉える妨げとなっている.腸内細菌が持つ個々の遺伝子機能を解明することで,ショットガンメタゲノム解析の解析精度が向上し,腸内環境の全貌を正確に捉える体制の基盤構築に繋がる.