Kagaku to Seibutsu 63(8): 346-348 (2025)
今日の話題
干し柿の機能性
イメージング質量分析による機能性成分の可視化
Published: 2025-08-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
柿は古くから日本人に親しまれてきた果物である.縄文時代の遺跡から柿の種が出土しており,この時代から野生の柿を食していたと考えられる.古墳時代になると中国から栽培用の柿が伝来し,本格的な栽培が始まった.奈良時代には『日本書紀』や『万葉集』にも登場しており,薬用や保存食(干し柿)としての利用も見られる.干し柿は,鎌倉~室町時代にかけて庶民にも普及し,江戸時代には品種の多様化が進んだ.渋柿は渋抜き後の食用に加え,防腐剤や染料,塗料としても利用されていた.明治以降は海外から様々な果物が伝来したが,柿は「日本独自の果物」としての地位を保ち,近年では,“Japanese persimmon”として海外でも高い人気を誇っている.
柿には「甘柿」と「渋柿」の2タイプがある.渋柿に含まれるタンニン(カキタンニン)は,プロシアニジンと呼ばれる縮合型タンニンで,タンパク質との結合性に優れ,抗菌・抗ウイルス作用も報告されている.こうした生理活性が,歴史的に薬用や防腐剤として利用されてきた背景にあると考えられる.
干し柿は,保存性と栄養価の高さから古くから食されてきた.皮をむいた柿を風通しのよい日陰に吊るし,3~4週間ほど乾燥させて作られる.生柿の水分含量が約80%であるのに対し,干し柿では30~35%まで減少し,重量はおよそ1/3になる.長期保存が可能になる一方で,糖度は濃縮され,味わいが深まる.
福島県伊達市を中心に生産される「あんぽ柿」は,半生タイプの干し柿で,一般的な干し柿よりも水分を多く含み,内部のゼリー状の柔らかさが特徴である.そのやわらかな食感と上品な甘さから高級贈答品として親しまれている.
柿は抗酸化作用のあるビタミンCを多く含み,含有量はみかんの2倍以上である.また,ビタミンAの前駆体であるβカロテンも豊富に含んでいる.βカロテンは体内でビタミンAに変換され,皮膚や粘膜の健康維持,視覚機能,免疫系の正常化などに重要な役割を果たす.さらに見逃せないのが,ビタミンB群の豊富さである.中でもビタミンB1(別名:チアミン)は重要な栄養素である.チアミンは水溶性ビタミンであり,解糖系からTCA回路への橋渡しとなるピルビン酸からアセチルCoAへの変換過程に関与しており,エネルギー代謝を進める上で重要な役割を担っている.チアミンが欠乏すると,疲労物質である乳酸が蓄積しやすくなり,慢性化すると「脚気」という疾患を引き起こす.これは神経障害や心不全を伴う重篤な病気で,明治から大正にかけての日本では深刻な社会問題であった.チアミン(当時はオリザニンと呼ばれた)は1910年に日本の化学者・鈴木梅太郎によって米ぬかから発見された.江戸時代後期から明治時代にかけて,白米を主食とする食文化が広がったことにより,糠に含まれるビタミンB1の摂取が激減し,それが脚気の蔓延につながったのである.かつて主食であった玄米から,白米へと移行したことが,思わぬ栄養欠乏を引き起こした好例である.この歴史から学べるのは,食のスタイルが変わることで新たな栄養問題が生まれる可能性があるという点だ.脚気が流行した当時,もっと柿を食べていればビタミンB1を補えていたのではないか…と思わず悔やまれるところでもある.
また,柿にはビタミンB6も含まれており,これはタンパク質やアミノ酸の代謝に関わる重要な補酵素である.ビタミンB2と組み合わせて摂取することで,相乗的に代謝機能の強化が期待できる点も見逃せない.
Imaging Mass Spectrometry(IMS)は,試料中の化合物の質量と空間的な分布を同時に可視化できる分析技術である(図1図1■Imaging Mass Spectrometry(IMS)の原理).簡単に言えば,「どこに,どんな物質が,どれぐらい存在しているか」を可視化することができる.IMSは質量分析を用いて物質の局在を可視化するため,一度の測定で数万以上の物質を可視化することが可能である.IMSは,1997年,R. M. Caprioliらによって,ラット膵臓の凍結切片上からタンパク質やペプチドの空間分布を直接測定したことから始まった(1)1) R. M. Caprioli, T. B. Farmer & J. Gile: Anal. Chem., 69, 4751 (1997)..今日まで医学・生化学分野で特に活発に用いられているが,ここ数年はトマト(2)2) H. Asakura, T. Yamakawa, T. Tamura, R. Ueda, S. Taira, Y. Saito, K. Abe & T. Asakura: J. Agric. Food Chem., 69, 2894 (2021).やハーブ(3)3) S. Taira, A. Kiriake-Yoshinaga, H. Shikano, R. Ikeda, S. Kobayashi & K. Yoshinaga: Food Sci. Nutr., 9, 2779 (2021).など食品への応用も積極的になされている.
福島県の特産品であるあんぽ柿は,震災以降,風評被害による生産量の減少と価格の下落が続いており,風評被害払拭が求められている.あんぽ柿の機能性について科学的に明らかにすることで,風評被害払拭の一助となるよう,IMS分析を行った事例を紹介する(4)4) H. Shikano, Y. Miyama, R. Ikeda, H. Takeshi, J. Suda, K. Yoshinaga & S. Taira: J. Oleo Sci., 69, 959 (2020)..
IMSによって生柿と干し柿(あんぽ柿)を解析した結果が図2図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージングである.標的物質は,ビタミンA1(VA1),ビタミンB1(VB1),ビタミンB6(VB6)に注目した.生柿とあんぽ柿の光学画像は図2a, b図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージングである.VA1は生柿では表皮部にわずかにイメージされ(図2c図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージング),あんぽ柿では果皮部に強く局在していた(図2d図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージング).あんぽ柿の単位面積あたりのVA1総強度は,生柿の約3.4倍であった.VB1は生柿に広く局在していたが(図2e図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージング),あんぽ柿では内側領域に局在し(図2f図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージング),生柿の2.5倍であった.VB6は生柿では全体にイメージングされた一方で(図2g図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージング),あんぽ柿では,VB1と同様に内側に局在し(図2h図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージング),生柿に比べて2.3倍高い値を示した.このように,物質の局在を可視化することで,専門知識をもった人のみならず,広く一般消費者にあんぽ柿の機能性を伝えることが可能となった.
図2■MALDI-IMSによる柿切片のビタミン類のイメージング
(a)生柿と(b)あんぽ柿の切片の光学像.(c)生柿と(d)あんぽ柿のビタミンA1,(e)生柿と(f)あんぽ柿のビタミンB1,(g)生柿と(h)あんぽ柿のビタミンB6のIMS像.
柿は単なる秋の味覚にとどまらず,長い歴史と文化の中で多様な価値をもつ果実として,日本人の暮らしに根付いてきた.その栄養機能性の高さは,現代の健康志向にも合致しており,今後ますますその価値が見直されることが期待される.