今日の話題

高い基質特異性を有するアミノ酸代謝酵素の開発と実用化
酵素高機能化とデバイス開発

Hiroki Yamaguchi

山口 浩輝

味の素株式会社バイオ・ファイン研究所

Kazutoshi Takahashi

髙橋 一敏

味の素株式会社バイオ・ファイン研究所

Moemi Tatsumi

萌美

味の素株式会社バイオ・ファイン研究所

Published: 2025-08-01

・産業応用に向けたアミノ酸代謝酵素の開発

酵素は,生体内で起こる無数の化学反応を効率よく進行させるための生物学的触媒である.酵素の特筆すべき特徴の一つは,その高い基質特異性であり,化学触媒と比較して目的の反応のみを触媒し,不要な副反応の抑制を可能にする.この高い選択性は,酵素が生命現象を支える上で極めて重要な役割を果たすだけでなく,食品生産・化学工業などの領域で広く産業応用されている.しかしながら,高い基質特異性を有するとはいえ完全に目的の反応のみを触媒する活性・安定性・特異性に優れた酵素を取得することは容易ではない.産業用酵素の開発戦略は,①自然界からの天然酵素の探索,②既存酵素の高機能化(Redesign),③De novo designの三つに大別され,目的に応じてこれらを組み合わせていくことが重要である.近年,③は多段階反応を触媒するセリン加水分解酵素への応用が報告されるなど(1)1) A. Lauko, S. J. Pellock, K. H. Sumida, I. Anishchenko, D. Juergens, W. Ahern, J. Jeung, A. Shida, A. Hunt, A. Kalvet et al.: Science, 388, eadu2454 (2025).,目覚ましい発展を遂げており,今後の産業応用が非常に期待される.しかし,産業界では多様なニーズに応えるため,知見とノウハウの蓄積している①と②が依然として主要な開発手法となっている.本稿では,筆者らが着目しているアミノ酸代謝酵素を題材として,近年の研究事例を紹介し,産業用酵素開発における①と②の重要性を再認識する.

アミノ酸代謝酵素開発の目的として,酵素を用いたアミノ酸のオンサイト分析法の開発が挙げられる.一般的に,アミノ酸の測定には大型の専門装置を用いた機器分析が利用されている.機器分析は分析性能に優れている一方で,習熟したオペレーターや高額な装置を必要とするため,アミノ酸分析の機会が制限される点が課題である.この解決のため,簡便かつ安価な測定が可能な酸化酵素と脱水素酵素に着目した酵素法の研究開発がされている(2)2) Y. Asano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 83, 1402 (2019)..特に,食品や生体試料中には対象となるアミノ酸の類縁物質が非常に多く存在するため,高い分析精度の実現には優れた基質特異性を有した酵素が必要不可欠である.

・アルギニン酸化酵素の基質認識機構の解明に向けて

まず天然酵素の探索の一例としてL-アルギニン酸化酵素(AROD, EC 1.4.3.25)を紹介する.ARODはFADを補酵素としてL-アルギニン(L-Arg)の脱アミノ化を触媒する酸化還元酵素である.近年,富山県立大学・浅野研究室で自然界から見いだされた新規性の高いPseudomonas sp. TPU 7192由来のAROD(PT-AROD)は熱安定性に優れた酵素であるだけでなく,L-Argに対して高い選択性を示すことから,生体試料中のL-Argの正確な測定にきわめて有用である(3)3) D. Matsui, A. Terai & Y. Asano: Enzyme Microb. Technol., 82, 151 (2016)..このPT-ARODは,X線結晶構造解析およびクライオ電子顕微鏡による単粒子解析で構造解析されている(4)4) H. Yamaguchi, K. Takahashi, N. Numoto, H. Suzuki, M. Tatsumi, A. Kamegawa, K. Nishikawa, Y. Asano, T. Mizukoshi, H. Miyano et al.: J. Biochem., 177, 27 (2025)..これらの構造比較から,基質ポケットの入り口に位置する3残基のループが動的で基質ポケットの蓋として機能し得ることに加えて,構造情報に基づいた変異実験により基質ポケット内部に位置する493番目のグルタミン酸残基がPT-ARODの高い基質特異性に重要であることが明らかにされている.PT-ARODのように,野生型でも優れた性質を有する酵素が得られることは天然からの探索の有用性を改めて示す一例であると言える.

・フェニルアラニン脱水素酵素の基質特異性改善

次に,既存酵素の高機能化の事例として,フェニルアラニン脱水素酵素(PheDH, EC 1.4.1.20)を紹介する.PheDHは,L-チロシン(L-Tyr)への交差反応を示すことから高い分析精度でL-フェニルアラニン(L-Phe)を定量するため,L-Phe特異的な酵素が求められている.高い熱安定性を示すThermoactinomyces intermedius由来PheDHを鋳型として,L-Pheの部位特異的変異導入による基質特異性改善が報告されている(5)5) M. Tatsumi, K. Takahashi, H. Yamaguchi, U. Tagami, H. Miyano, T. Mizukoshi & M. Sugiki: Sens. Mater., 36, 3201 (2024)..PheDHの立体構造情報を基に,290番目のアスパラギン残基をアスパラギン酸に置換したPheDH変異体(N290D)の相対活性(L-Tyr/L-Phe)は1.5%であり野生型の値(64.0%)と比較して著しく改善していた.実際に,ヒト血漿中のL-Phe濃度定量がされており,機器分析で定量した値と比較した相対誤差は−10.3~7.4%であり,高い精度でL-Pheが定量可能であることが示されている.このように既知の酵素の性質が概ね優れている場合にRedesignによる高機能化は極めて有効な戦略である.

・グルタミン酸酸化酵素を用いたデバイス開発

得られた有用酵素の産業応用においては,前述した活性・安定性・基質特異性に加えて,供給体制構築のため工業スケールでの大量発現の実現性が重要である.最後にその一例を示したい.様々な食品に含まれるうま味成分の1種であるL-グルタミン酸(L-Glu)を認識するL-グルタミン酸酸化酵素(LGOX, EC 1.4.3.11)はL-Gluに高い選択性を示し,近年Redesignにより創出された1本鎖変異体が野生型より調製が容易であることが報告されている(6)6) H. Yamaguchi, K. Takahashi, M. Tatsumi, U. Tagami, T. Mizukoshi, H. Miyano & M. Sugiki: Enzyme Microb. Technol., 170, 110287 (2023)..株式会社耐熱性酵素研究所におけるジャーファーメンターを用いた生産検討により,この一本鎖変異体が大量生産可能であることが実証され,食品中等のL-Gluを対象とした簡易分析キットが株式会社共立理化学研究所から販売されている(図1図1■グルタミン酸測定用の簡易分析キット,パックテスト® グルタミン酸).このキットは,比色法を用いて,得られた反応溶液の色を標準色配列と視覚的に比較することにより,1~50 mg/Lの範囲でL-Glu濃度を推定することが可能である.また文献では,携帯型光度計と組み合わされ,0.5~12.0 mg/Lの範囲で食品中のL-Gluを機器分析の値と非常に近い値で定量可能であることが示されている(7)7) K. Murai, H. Yamaguchi, S. Furuuchi, K. Takahashi, U. Tagami, M. Tatsumi, M. Mizukoshi, H. Miyano, S. Okauchi & M. Sugiki: Sens. Mater., 36, 3177 (2024)..このデバイスは酵素の諸性質が条件を満たしたアミノ酸代謝酵素の実用例の一つであり,食品開発の現場のみならず教育ツールや品質管理ツールとしての利用が期待できる.このように,L-Glu以外もL-ArgやL-Pheなどの他のアミノ酸を対象とした測定ニーズを満たすため今後の更なる開発が望まれている.

図1■グルタミン酸測定用の簡易分析キット,パックテスト® グルタミン酸

株式会社共立理化学研究所から許可を得て掲載した.

Acknowledgments

研究開発の遂行にあたっては,味の素株式会社・宮野博氏(現エーエスフロンティアーズ),水越利巳氏,杉木正之氏から多くの指導を頂きました.アミノ酸代謝酵素を用いた分析法に関して,富山県立大学・浅野泰久教授,公立千歳科学技術大学・松井大亮准教授,東京大学大学院農学生命科学研究科・亀谷将史助教に多くのご指導を頂きました.また,クライオ電顕を用いた単粒子解析に関しては東京科学大学・藤吉好則特別栄誉教授,鈴木博視特任准教授(現中外製薬株式会社)に多くのご指導を頂きました.X線結晶構造解析に関して,高エネルギー加速器研究機構の皆様に深く御礼申し上げます.グルタミン酸測定デバイスの開発に関して,株式会社共立理化学研究所・村居景太氏,古内覚氏および株式会社耐熱性酵素研究所・奥崇氏に深く御礼申し上げます.連携の機会をくださった,東京大学大学院総合文化研究科・豊田太郎准教授および東京薬科大学薬学部・東海林敦准教授,同大学・守岩由紀子助教に厚く御礼申し上げます.デバイスの写真は株式会社共立理化学研究所から許可を頂き使用しています.

Reference

1) A. Lauko, S. J. Pellock, K. H. Sumida, I. Anishchenko, D. Juergens, W. Ahern, J. Jeung, A. Shida, A. Hunt, A. Kalvet et al.: Science, 388, eadu2454 (2025).

2) Y. Asano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 83, 1402 (2019).

3) D. Matsui, A. Terai & Y. Asano: Enzyme Microb. Technol., 82, 151 (2016).

4) H. Yamaguchi, K. Takahashi, N. Numoto, H. Suzuki, M. Tatsumi, A. Kamegawa, K. Nishikawa, Y. Asano, T. Mizukoshi, H. Miyano et al.: J. Biochem., 177, 27 (2025).

5) M. Tatsumi, K. Takahashi, H. Yamaguchi, U. Tagami, H. Miyano, T. Mizukoshi & M. Sugiki: Sens. Mater., 36, 3201 (2024).

6) H. Yamaguchi, K. Takahashi, M. Tatsumi, U. Tagami, T. Mizukoshi, H. Miyano & M. Sugiki: Enzyme Microb. Technol., 170, 110287 (2023).

7) K. Murai, H. Yamaguchi, S. Furuuchi, K. Takahashi, U. Tagami, M. Tatsumi, M. Mizukoshi, H. Miyano, S. Okauchi & M. Sugiki: Sens. Mater., 36, 3177 (2024).