Kagaku to Seibutsu 63(8): 361-368 (2025)
解説
ヘビ毒成分によるアルツハイマー病予防への期待
ベノミクス創薬の可能性
Alzheimer’s Disease Prevention by Snake Venoms: Potential for Drug Discovery from Venoms
Published: 2025-08-01
毒ヘビなどの有毒生物が長い進化の末に手に入れた「毒素」は,混合物として様々な標的に作用して毒となるが,一つ一つは高い特異性を持ち,安定なため医薬品の候補となる.先進国を中心に高齢化が進む中,認知症の60~70%を占めるアルツハイマー病の治療薬開発は,喫緊の課題である.2023年に,発症の原因となるアミロイドβ(Aβ)に働きかける抗体製剤レケンビ®が開発され,多くの患者に希望を与える大きな進歩となった.しかし,効果,副作用,価格面での課題があり,より効果的な治療法の開発が求められている.本稿では,生物毒をアルツハイマー病の治療薬として活用しようという試みについて,疾患と生物毒の両面から解説する.
Key words: アルツハイマー病; アミロイドβ; 生物毒; メタロプロテアーゼ; γセクレターゼ阻害薬
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
アルツハイマー病は,認知症の約半分を占める疾患である.高齢になって発症し,認知機能の低下,性格の変化などにより,患者のQOLを著しく低下させる.先進国を中心に高齢化が進む中,アルツハイマー病の患者数は増えつづけ,世界中で5,500万人の患者がいると推計されている(1)1) World Health Organization: Ageing and health, https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/ageing-and-health (2024)..日本でも,アルツハイマー病を含む認知症患者数が2040年には584万人にのぼり,その割合は高齢者の約6人に1人に達すると予測されている(2)2) 「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(令和5年度老人保健事業推進費等補助金)二宮利治,厚生労働省研究班, 2024..アルツハイマー病の治療薬・予防薬を望む声はこれまでになく高まっているが,治療薬開発の道のりは順風満帆なものではなかった.認可薬として最初に登場したアリセプト®(1999年,アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤)やメマンチン®(2011年,NMDA受容体拮抗剤)などは神経伝達に作用する薬で,認知機能の改善を狙った症状緩和薬である.しかし,効果は限定的で病気の進行は止めることはできない.一方,2023年12月に日本を含む各国で認可されたレケンビ®(レカネマブ)は,病気の原因となるAβの可溶性プロトフィブリル(前駆線維)に作用することで,脳内に蓄積するアミロイド線維を取り除いて病気の進行を抑制する(18か月の投与で認知機能の低下を27%抑制し,症状の進行を約7.5か月遅らせる)(3)3) W. K. Self & D. M. Holzman: Nat. Med., 29, 2187 (2023)..認知症の根本的な原因に働きかける疾患修飾薬として,軽度認知障害(MCI)や軽度アルツハイマー病でAβが蓄積している人を対象にした治療が始まっている.初めての治療薬の実現は多くの患者に希望を与える大きな進歩であるが,抗体医薬であり治療費が高額(年間300万円)になること,進行抑制の効果が限定的(完治とはいえない)なこと,また,人によっては副作用として脳内の微小出血や浮腫が起こること(アポE4遺伝子多型を持つ人で高頻度)が課題として残されている.より効果的な治療法・治療薬の早期開発が強く求められている.
アルツハイマー病の脳内では,Aβが神経細胞外に蓄積した老人斑,タウ(Tau)が神経細胞内部に蓄積した神経原線維変化(NFT),神経変性が進んだ結果として脳の萎縮が,病理的な変化として見られる(4)4) D. J. Selkoe & J. Hardy: EMBO Mol. Med., 8, 595 (2016)..脳の画像検査や生化学検査と心理テストを組み合わせた疫学調査が,米国や日本でなされ,数十年にわたる発症のプロセスが明らかとなっている.Aβの沈着は,認知障害の症状が現れる20年以上前から始まり,Aβの蓄積が一定の閾値を超えるとTauが異常リン酸化され蓄積してNFTが増加する.神経細胞が失われていくと,記憶力の低下が症状としてあらわれる(図1A図1■アルツハイマー病発症に至る脳内の病理変化と,アミロイドβ生成のメカニズム).Tauの蓄積による疾患はタウオパチーと呼ばれ,アルツハイマー病以外にも,Pick病や前頭側頭葉変性症(FTLD),コンタクトスポーツに伴う頭部外傷が引き起こす遅発性脳障害(ボクサー脳症)などが知られている.一方,Aβはアルツハイマー病に特有な原因物質である.アルツハイマー病の根本的な治療のためには,神経細胞が失われて取り返しがつかなくなる前に,発症プロセスの引き金を引くAβを取り除く治療が第一に考えられる.
Aβが脳内で生成・蓄積する過程には,神経細胞に発現するアミロイド前駆体タンパク質(APP)の分解過程が関与している(5)5) D. de Strooper, R. Vassar & T. Golde: Nat. Rev. Neurol., 6, 99 (2010)..神経細胞は一度分化すると一生使い続けられているが,細胞の中のタンパク質は古くなったら分解されて作り直されてリサイクルされる.APPは細胞膜を貫通する“膜タンパク質”である.このリサイクルには,細胞外領域を切断するタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)であるBACE1やADAMなどと,膜貫通領域を切断するγセクレターゼが関わる.これらの膜局在プロテアーゼの切断により膜から遊離した断片は,さらに他のプロテアーゼにより分解されて,短いペプチド,さらにアミノ酸にまで分解されて,新たなタンパク質合成の原料となる.しかし,BACE1とγセクレターゼで分解された際に生じるAβは多量体化してアミロイド線維を形成する性質を持っているため,アミロイドになって分解されずに蓄積する(図1B図1■アルツハイマー病発症に至る脳内の病理変化と,アミロイドβ生成のメカニズム).一方で,ADAMとγセクレターゼで分解されたp3ペプチド断片はアミロイドにならず,毒性を持たない.
Aβの生成を抑える治療薬として,BACE1阻害剤,γセクレターゼ阻害剤,ADAM活性促進剤が開発され,そのうちのいくつかは治験に進み,効果が検証されてきた.しかし,いずれも治験の最終段階(第3相試験)までに効果の低さや副作用などにより中止され,開発失敗に終わっている(3)3) W. K. Self & D. M. Holzman: Nat. Med., 29, 2187 (2023)..一方,生成したAβを取り除く治療薬として,Aβを分解するプロテアーゼの活性を上げる治療法や,免疫療法が開発されてきた.免疫療法として,Aβワクチンの開発から始まり多くの試行錯誤が行われ,抗体自体を投与する抗体薬の開発では,AβモノマーやAβ線維(フィブリル)に対する抗体の治験は失敗に終わったが,先述した通り,Aβ凝集の初期段階の可溶性プロトフィブリル(前駆線維)に対する抗体製剤レケンビ®(レカネマブ),また,脳内の老人斑に存在するN末端ピログルタミル化Aβに対する抗体製剤ケセンラ®(ドナネマブ)が,治験を経て承認に至っている(3)3) W. K. Self & D. M. Holzman: Nat. Med., 29, 2187 (2023)..臨床治験の失敗が相次いだころに漂っていた絶望感はもうない一方で,抗体製剤の治療効果の低さを解消する治療法として,プロテアーゼ修飾薬の併用が再注目されている.
この解説のもう一つの重要な登場人物は生物毒である.生物毒の翻訳として「トキシン」を思い浮かべる方も多いと思う.これは主に植物や微生物が生産するアルカロイドやポリエーテル化合物などの有機化合物を指す.毒を持つ動物には,捕食されないように毒を身にまとうものもいれば,捕食のために毒を用いるものもいる.有名なふぐ毒のテトロドトキシンは,微生物由来のアルカロイドが食物連鎖によってふぐに蓄積している.これに対して,有毒動物が自ら産生する生物毒もある.こちらの翻訳は「ベノム」と呼ばれ,クモ(~38,000種),サソリ(~1,400種),イモガイ(~3,200種),毒ヘビ(~800種)をはじめ,多様な有毒動物が毒腺で毒成分のカクテルを作り,捕食のために用いている.毒腺では,それぞれの有毒生物が長い進化の過程で,独自に獲得した毒遺伝子から毒ペプチド・毒タンパク質が発現されている.毒液の成分は混合物として様々な標的分子に作用するため,相手側の生体機能を混乱させて致死的な毒として働く.しかし,ひとつひとつの成分を取り出すと非常に高い特異性を持つため,生化学研究のツールとして,あるいは副作用の少ない治療薬や医薬リードとしての利用が期待される.実際にイモガイConus magusのペプチドω-コノトキシンMVII(Ziconotide)は,ヒトのN型Ca2+チャネルを選択的に阻害し,モルヒネの1,000倍強力な鎮痛作用を示すことから,がん疼痛用の治療薬プリアルト®として発売承認されている.また,アメリカドクトカゲ(Gilamonster)の毒ペプチドexendin-4は,GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体に特異的に作用することで血糖値を下げ,さらにはDPP-4酵素による分解を受けにくく,長時間作用する特性を持っているため,糖尿病治療薬バイエッタ®となっている.これら動物毒由来の医薬開発の先駆けとなったのは,南アフリカのハララカハブ(Bothrops jararaca)の毒液から見つかったブラジキニン増強ペプチド(BPP)をもとにデザインされたカプトプリル®である.カプトプリルは,ヒトの体内で血圧を調節するアンジオテンシン変換酵素の活性を阻害することで血圧を下げる降圧剤として発売(1961年承認)され,これまでに大きな治療効果を上げている.
ここでは生物毒由来の薬効成分について全てを紹介しきれてないが,すでに利用されているもの(表1表1■生物毒(ベノム)由来臨床薬とその機能)や,現在臨床試験中のものは他にも多くある(6, 7)6) M. Muttenthaler, G. F. King, D. J. Adams & P. F. Alewood: Nat. Rev. Drug Discov., 20, 309 (2021).7) A. L. Oliveira, M. F. Viegas, S. L. da Silva, A. M. Soares, M. J. Ramos & P. A. Fernandes: Nat. Rev. Chem., 6, 451 (2022)..
| 生物毒 | 生物種 | 機能 |
|---|---|---|
| Captopril (CAPOTEN®)・Enalapril (VASOTEC®) | ハララカハブ (Bothrops jararaca) | 高血圧治療降圧剤 (ACE阻害薬) |
| Ziconotide (PRIALT®) | イモガイ (Conus Magus) | 重症慢性疼痛治療鎮痛剤 (N型Ca2+チャネル阻害薬) |
| Exenatide (BYETTA®) | アメリカドクトカゲ (Heloderma suspectum) | 2型糖尿病治療薬 (GLP-1受容体作動薬) |
| Tirofiban (AGGRASTAT®) | カーペットバイパー (Echis carinatus) | 抗血栓薬 (GPIIb/IIIa受容体拮抗薬) |
| Epatibatide (INTEGRILIN®) | ヒメガラガラヘビ (Sistrurus miliarius) | 抗血栓薬 (GPIIb/IIIa受容体拮抗薬) |
| Bilvalirudin (ANGIOMAX®) | ヒル (Hirudo medicinalis) | 抗血栓薬 (トロンビン阻害) |
| Batroxobin (DEFIBRASE®) | ヤジリハブ (Bothrops atrox) | 抗血栓薬 (血栓溶解) |
| Fibrin sealant (VIVOSTAT®) | 南米マムシ (Bothrops moojeni) | 手術用生体接着剤 |
アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療薬として生物毒を利用できないか?という試みは古くからなされて,様々な作用点の可能性を示す治見が得られている(表2表2■アルツハイマー病治療への応用が期待される生物毒とその機能)(8)8) J. M. de Souza, B. D. C. Goncalves, M. V. Gomez, L. B. Vieira & F. M. Ribeiro: Front. Pharmacol., 9, 145 (2018)..
| 生物毒 | 生物種 | 作用点 | 参考文献 |
|---|---|---|---|
| Fasciculins | アフリカマンバ (Dendroapsis属) | アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害 | 9 |
| RVV-V | ラッセルヘビ (Daboia russelli) | Aβ凝集阻害 | 10 |
| Crotamine由来ペプチド | トゲイタガ (Crotalus durissus terrificus) | Aβ凝集阻害 | 11 |
| Octovespinと類縁体 | スズメバチ (Polybia occidentalis) | Aβ凝集阻害 | 12, 13 |
| PnTx3-1, PnTx4-5-5 | クロドクシボグモ (Bothrops asper) | 神経保護作用 | 14, 15 |
| K49-P1-20 | テルシオペロ (Bothrops asper) | Aβ分解プロテアーゼ (ECE1, NEP)活性化 | 16 |
| BvPLA2 | ミツバチ (Apis mellifera) | ミクログリア活性化抑制, 神経炎症抑制 | 17 |
| svMP | ハブ (Protobothrops flavoviridis) | Aβ分解プロテアーゼ | 18 |
| Pf3FTX | ハブ (Protobothrops flavoviridis) | Aβ生成阻害剤 (γセクレターゼ阻害) | 19 |
アフリカマンバ(Dendroapsis属)から単離されるデンドロトキシンは分子量約7 kDaのペプチドでK+チャネル遮断薬として作用することで有名だが,グリーンマンバのFasciculinは,K+チャネルではなくアセチルコリンエステラーゼ(AChE)の活性を阻害して筋肉の麻痺を引き起こす.アルツハイマー病脳内でおこるアセチルコリン欠乏をターゲットにした症状緩和薬として,アリセプトが承認されており,Fasciculinとその類似分子は新たなAChE阻害剤の開発候補となる(9)9) M. Waqar & S. Batool: J. Theor. Biol., 372, 107 (2015)..
また,生物毒由来のペプチドの有効性を調べた研究も多く報告されている,ラッセルヘビ(Daboia russelli)から単離した血液凝固因子V活性化因子(RVV-V)のペプチド(10)10) P. Bhattacharjee & D. Bhattacharyya: J. Biol. Chem., 288, 30559 (2013).をはじめ,南米のトゲイタガというヘビの毒に含まれるクロタミンをもとに開発されたペプチド(11)11) L. C. Camargo, I. Gering, M. Mastalipour, V. Kraemer-Schulien, T. Bujnicki, D. Willbold, M. A. Coronado & R. J. Eberle: ACS Chem. Neurosci., 15, 2600 (2024).,スズメバチから単離されたペプチド(occidentalin-1202)をもとに開発されたOctovespinとその類縁体は,Aβ凝集を防ぐという報告がある(12, 13)12) L. C. Camargo, L. G. Veras, G. Vaz, A. C. B. de Souza & M. R. Mortari: Neuropeptides, 93, 102233 (2022).13) Y. A. de Oliveira Só, C. V. S. Costa, L. C. Camargo, L. G. Veras, L. A. Ribeiro Júnior, M. R. Mortari & R. Gargano: Proteins, 93, 1257 (2025)..OctavespinはADモデルマウスでの有効性も確認されており,有効な治療方法として期待される.Aβ凝集を防ぐ化合物やペプチドは,生物毒以外からも単離されて,研究されている.
一方,テルシオペオ(Bothrops asper)から単離されたK49-P1-20は,ミオトキシン(Lys49-ホスホリパーゼA2)の配列の一部からなる20残基のペプチドで,ヒト体内に存在するAβ分解プロテアーゼであるECE1やネプリライシンの活性を促進することがわかっている.投与することで体内のAβの分解を促進する治療薬の候補になる(16)16) A. I. Smith, N. W. Rajapakse, O. Kleifeld, B. Lomonte, N. L. Sikanyika, A. J. Spicer, W. C. Hodgson, P. J. Conroy, D. H. Small, D. M. Kaye et al.: Sci. Rep., 6, 22413 (2016)..
また,アルツハイマー病で問題になる脳内での炎症を抑える効果のある物質として,ミツバチ(Apis mellifera)のホスホリパーゼA2(BvPLA2)も知られている(17)17) M. Ye, H. S. Chung, C. Lee, M. S. Yoon, A. R. Yu, J. S. Kim, D. S. Hwang, I. Shim & H. Ba: J. Neuroinflammation, 13, 10 (2016)..
WHOはヘビ咬傷を「顧みられない熱帯病」として登録している.毎年450万~540万人が蛇にかまれ,そのうち180万~270万人が臨床症状を呈し,8万1,000人~13万8,000人が合併症で死亡している.嚙まれると生命にかかわる毒を持つヘビとして,国内ではハブ,マムシ,ヤマカガシなどが知られているが,その中でも南西諸島に生息するハブが最も恐れられている(図2図2■ハブ(Protobothrops flavoviridis)の主要な毒液成分とその機能).ハブにかまれた場合,ハブの抗毒素が,症状のほとんどを改善する効果的な治療法である.しかし,抗毒素も完璧ではなく,噛まれた後に起こる筋壊死に対する効果が低く,後遺症が大きな問題となっている.できるだけ早く医療機関にかかって応急処置を受け,圧迫パッドで咬傷部位に圧力をかけて毒素を吸い出し,抗毒素を投与する,適切な応急処置を施すことで重症化を防ぐ.ハブの駆除活動も相まって,ハブの咬傷被害の件数は減少し,ピーク時は年間700名近かった咬傷数も100名以下に減少している(20, 21)20) 服部正策:ハブ—その現状と課題—,南太平洋海域調査研究報告,36, 15–21, 2002.21) 「平成29年度ハブとの共存に関わる総合調査事業報告書」(奄美群島振興開発事業)国土交通省 鹿児島県 奄美ハブ・環境研究会, 2017..
ハブはクサリヘビ科に属し,その毒は出血毒として知られている.毒液には,血管を破壊する金属プロテアーゼ,炎症や筋壊死を引き起こすホスホリパーゼA2,血液を固まらせないC型レクチン様タンパク質などが含まれ,多様な生理活性を持つタンパク質の「カクテル」になっている.これらのペプチド・タンパク質毒素は,一つ一つは非常に高い特異性を持っているので,医薬リードとしての利用が期待される.ハブ毒は重要な生命資源であり,その全容解明のために全ゲノム解読を含めた「ベノミクス研究」が待たれている.2018年に,鹿児島県奄美大島産のハブの全長1.4 Gbのドラフトゲノム配列の解読に成功し,タンパク質をコードする25,134個の遺伝子が見つかった(22)22) H. Shibata, T. Chijiwa, N. Oda-Ueda, H. Nakamura, K. Yamaguchi, S. Hattori, K. Matsubara, Y. Matsuda, A. Yamashita, A. Isomoto et al.: Sci. Rep., 8, 11300 (2018)..その中には,毒タンパク質遺伝子60個とそれらの非毒型のパラログ遺伝子224個が見出された.毒タンパク質遺伝子として,金属メタロプロテアーゼ(MP),セリンプロテアーゼ(SP),C型レクチン様タンパク質(CTLP),ホスホリパーゼA2(PLA2),アミノペプチダーゼ(APase),システインリッチタンパク質(CRISP),5′ヌクレアーゼ(5Nase),ヒアルロニダーゼ(Hyal),L-アミノ酸酸化酵素(LAAO),ブラジキニン増強ペプチド(BPP),C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)など機能が分かっていたものに加えて(詳細は参考文献23を参照),コブラ科のコブラやウミヘビなどの神経毒の主成分として知られ,クサリヘビ科のハブでは知られていなかった3本指型トキシン(3FTX)が見出された(図2図2■ハブ(Protobothrops flavoviridis)の主要な毒液成分とその機能).コブラ科の3FTXはアセチルコリン受容体やチャネルタンパク質に作用するが,ハブの3FTXは毒液中に確認されたことはなく,機能については不明である.また,ハブのゲノム解読から,毒タンパク質がどのように毒機能を持つように進化したのかが明らかになっている.脊椎動物の進化過程で起きたとされる2回の全ゲノム重複で毒遺伝子を獲得し,4つの遺伝子コピーの内1コピーだけが毒機能を獲得したことがわかった.さらに,遺伝子の進化速度の解析から,svMP, svSP, svCTLP, svPLA2では,アミノ酸を変える塩基置換(非同義置換)がアミノ酸を変えない塩基置換(同義置換)よりも多く観察される「加速進化」現象が確認された.この現象は,ハブのsvPLA2の研究で最初に見つかり,サソリ毒やクモ毒でも見つかって,多様な毒タンパク質での共通の特徴となっている.また,毒腺組織のRNA-seqとPacBioシーケンサーをもちいたトランスクリプトーム解析から,svMPの11種の毒遺伝子から40種以上の転写産物がスプライスバリアントとして転写されていることが分かり,多様な毒を生み出すメカニズムとして,加速進化と選択的スプライシングが関与していることが示されている(22, 24)22) H. Shibata, T. Chijiwa, N. Oda-Ueda, H. Nakamura, K. Yamaguchi, S. Hattori, K. Matsubara, Y. Matsuda, A. Yamashita, A. Isomoto et al.: Sci. Rep., 8, 11300 (2018).24) T. Ogawa, N. Oda-Ueda, K. Hisata, H. Nakamura, T. Chijiwa, S. Hattori, A. Isomoto, H. Yugeta, S. Yamasaki, Y. Fukumaki et al.: Toxins (Basel), 11, 581 (2019)..
ハブ毒由来のペプチド・タンパク質について,アルツハイマー病の治療薬となる可能性を持つ物質を探索し,私達はこれまでに2種類の候補にたどりついた.その発見の過程と今後の可能性について紹介する.
ハブの毒は,牙から大量に取得することができるため,多く含まれている成分については,天然の毒素を供給することが可能である.一つ目の研究では,ヘビ毒の主要成分であるsvMPを調製して,機能を解析した.svMPは,APPを切断するプロテアーゼADAMのホモログ(毒ヘビ固有のタンパク質)であり,ADAMとは異なり膜貫通領域を持たず,分泌されて働く(図3図3■ハブメタロプロテアーゼとヒトADAMプロテアーゼの構造の模式図).ADAMによる切断は無毒な分解断片(p3)を生じるため,AD発症を抑える可能性が考えられており(図1B図1■アルツハイマー病発症に至る脳内の病理変化と,アミロイドβ生成のメカニズム),svMPもそのような機能を持つのではないか? との仮説を立てて研究を進めた.その結果,ハブ由来の天然svMPカクテルは,培養細胞から分泌されるAβを大幅に減少させる効果を示し,生化学的な解析では,APPには作用せずにAβを直接分解し,アミロイドの生成を抑制する効果を持った(図4A)図4■ハブ毒(svMP, 3FTX)の作用機構と立体構造(18)18) E. Futai, H. Kawasaki, S. Sato, K. Daoudi, M. Hidaka, T. Tomita & T. Ogawa: Toxins (Basel), 15, 500 (2023)..その後の研究で,カクテル中に含まれていた9種のSVMPを単離して,そのうちの一つがAβ分解活性の高く,副作用の低いsvMPとして同定することができた.今後は,ADモデルマウスを使った実験を行い,svMPを投与する事で脳内のAβ蓄積を抑制できるかについて検証する予定である.Aβ分解酵素の臨床応用を目指した研究では,ネプリライシン(NEP)が有名である.アデノ随伴ウイルス(AAV)でNEPをADモデルマウスの脳内に送達してAβの蓄積を抑制に成功しており(25)25) N. Iwata, M. Sekiguchi, Y. Hattori, A. Takahashi, M. Asai, B. Ji, M. Higuchi, M. Staufenbiel, S. Muramatsu & T. C. Saido: Sci. Rep., 3, 1472 (2013).,脳や膵臓などから分泌されるホルモンであるソマトスタチンを投与することでもNEPの活性を上げAβの蓄積を抑制する結果が報告されている(26)26) T. Saito, N. Iwata, S. Tsubuki, Y. Takaki, J. Takano, S. M. Huang, T. Suemoto, M. Higuchi & T. C. Saido: Nat. Med., 11, 434 (2005)..NEPとsvMPの違いは,他の生物種由来ということだが,有毒生物由来であることが,ヒトの内在性のプロテアーゼ阻害タンパク質の影響を受けない点や毒タンパク質は分解されにくい点など優位性があるのではないかと考えている.
二つ目の研究は,ハブのゲノムプロジェクトから見つかった3本指型トキシン(3FTX)である.コブラ科毒蛇では,3FTXは神経筋接合部のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)などを阻害する主要な神経毒成分として作用するが,クサリヘビ科毒蛇では3FTXの存在を含め,機能などは全く分かっていなかった.これまでに粗毒中でも見つかっていない.含まれていたとしてもごく微量しかないことから,天然資源(毒液)から得られる量では必要な実験すべてを行うには不十分であり,通常はペプチド合成やリコンビナント発現などで十分量を精製することが選択肢になる.私達は,機能が全く未知であるハブ3FTXのターゲットを探るため,酵母内に標的となる膜タンパク質(イオンチャネルや受容体)などを再構築して相互作用の有無をスクリーニングすることを検討した.最初に,3FTXのターゲットとして既に酵母で再構築がなされていたγセクレターゼ発現系(図5図5■酵母γセクレターゼ発現系を使ったハブ毒ペプチド遺伝子解析の概略)を用いて,機能を解析した.γセクレターゼ発現系(27, 28)27) E. Futai: Methods Mol. Biol., 2049, 403 (2019).28) 二井勇人:化学と生物,54,530 (2013).では,γセクレターゼと基質アミロイド前駆体タンパク質APPの切断部位のC末端側にGal4転写因子を繋げた遺伝子を,酵母に導入して解析する.この系に,更に3FTXを導入することで,APP切断への影響を解析した.γセクレターゼによる切断で遊離するGal4転写因子の活性をβガラクトシダーゼなどのレポーター遺伝子により解析する評価系(図5図5■酵母γセクレターゼ発現系を使ったハブ毒ペプチド遺伝子解析の概略)と,大腸菌に発現した3FTXを用いて培養細胞でのAβの生成・阻害を検出する解析系で評価した.興味深いことに4種のハブ毒3FTXが,γセクレターゼの活性を阻害することを明らかにした(図4図4■ハブ毒(svMP, 3FTX)の作用機構と立体構造A)(19)19) 二井勇人,榊原里奈,関正義,日高將文,小川智久:γセクレターゼ阻害剤,Aβペプチド産生抑制及び医薬,特願2022-106682号/PCT_JP2022_041795 (2022)..また,γセクレターゼの阻害がもたらす副作用として問題になるNotchの切断阻害について検証したところ,3FTX4が,Notchの切断は阻害せずにAPP特異的に阻害する基質特異的なγセクレターゼ阻害剤(GSI)となる可能性が考えられた.GSIの開発では,基質特異的な阻害剤として期待されたセマガセスタット®は効果が見られず,第3相試験で中止された経緯がある(29)29) S. Tagami, K. Yanagida, T. S. Kodama, M. Takami, N. Mizuta, H. Oyama, K. Nishitomi, Y. W. Chiu, T. Okamoto, T. Ikeuchi et al.: Cell Rep., 21, 259 (2017)..ただし,Google社が開発したAlphaFold3(30)30) J. Abramson, J. Adler, J. Dunger, R. Evans, T. Green, A. Pritzel, O. Ronneberger, L. Willmore, A. J. Ballard, J. Bambrick et al.: Nature, 630, 493 (2024).を用いてγセクレターゼと3FTXの複合体構造を予測した結果では,3FTXは細胞外のアロステリック領域に結合することが予測され,触媒部位に結合するセマガセスタットとは作用点が異なることが考えられ,有効なGSIの候補となった.今後は,svMPのほかにも3FTXのADモデルマウスを用いた治療効果の検証実験を行いたいと考えている.
図4■ハブ毒(svMP, 3FTX)の作用機構と立体構造
A) svMPによるAβの分解,3FTXによるγセクレターゼの阻害によりアミロイドβ形成が抑制される.B, C) svMPの1種であるH2 proteinase(PDB: 1WNI)とPf_3FTX-4(AlphaFold3による予測)の立体構造.
ハブからアルツハイマー病治療薬を開発する試みは,まだ始まったばかりである.厄介者だったハブ,製薬においてはあまり注目されてこなかったハブから,ベノミクス由来の認知症治療薬が生まれるかもしれない.
私達の研究は,奄美大島にある東京大学医科学研究所 国際共同利用・共同研究拠点の助成を受けて実施された.この場を借りて,同拠点のご支援に深く感謝申し上げる.
Reference
1) World Health Organization: Ageing and health, https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/ageing-and-health (2024).
2) 「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(令和5年度老人保健事業推進費等補助金)二宮利治,厚生労働省研究班, 2024.
3) W. K. Self & D. M. Holzman: Nat. Med., 29, 2187 (2023).
4) D. J. Selkoe & J. Hardy: EMBO Mol. Med., 8, 595 (2016).
5) D. de Strooper, R. Vassar & T. Golde: Nat. Rev. Neurol., 6, 99 (2010).
6) M. Muttenthaler, G. F. King, D. J. Adams & P. F. Alewood: Nat. Rev. Drug Discov., 20, 309 (2021).
9) M. Waqar & S. Batool: J. Theor. Biol., 372, 107 (2015).
10) P. Bhattacharjee & D. Bhattacharyya: J. Biol. Chem., 288, 30559 (2013).
19) 二井勇人,榊原里奈,関正義,日高將文,小川智久:γセクレターゼ阻害剤,Aβペプチド産生抑制及び医薬,特願2022-106682号/PCT_JP2022_041795 (2022).
20) 服部正策:ハブ—その現状と課題—,南太平洋海域調査研究報告,36, 15–21, 2002.
21) 「平成29年度ハブとの共存に関わる総合調査事業報告書」(奄美群島振興開発事業)国土交通省 鹿児島県 奄美ハブ・環境研究会, 2017.
23) 小川智久,柴田弘紀:化学と生物,57,289 (2019).