解説

Mock Communityの開発とメタゲノム解析手法標準化の現在地
メタゲノム解析の精度を向上させ相互比較を実現する

Developing the Mock Community and Standardizing Metagenomic Analysis: Efforts to Improve the Accuracy of Metagenomic Analysis and Enable Intercomparisons

Yoshifumi Ohyama

大山 良文

製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター

Takamasa Miura

三浦 隆匡

製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター

Yuji Sekiguchi

関口 勇地

産業技術総合研究所モレキュラーバイオシステム研究部門

Published: 2025-08-01

我々の体を含む環境中の微生物叢の内訳を明らかにするメタゲノム解析が現在盛んに行われている.しかし,その解析手法は多岐に渡り,各手法に特有の偏り(バイアス)が生じることにより,得られたデータの比較が困難となっている.これを解決するためには,解析の精度を評価すること,そのためには解析結果に参照値を与えることのできるポジティブコントロール(標準試料)を整備することが必要と考えられてきた.本稿では,現在世界で流通するメタゲノム解析の標準試料,とりわけmock communityと呼ばれる試料について紹介し,加えて,我々のグループが開発したmock communityと,それを用いたヒト微生物叢のメタゲノム解析手法の最適化の取り組みを紹介する.

Key words: メタゲノム解析; マイクロバイオーム; mock community; SOP

Mock communityとは?

Mock communityの和訳として“模擬菌叢”などの語が使われるが,その名が示す通り,mock communityはヒト腸内など,一定の微生物叢を模して,その代表種の培養菌体,または抽出DNAを人工的に混合したものである.通常,数種~数十種の微生物が代表種として選定されることが多い.利用用途としては,対象微生物叢のメタゲノム解析(次世代シーケンス技術を用いて菌種構成,各菌の存在割合などを調べる解析手法)に用いる標準試料とすることが想定されている.現在メタゲノム解析には,様々なシーケンスプラットフォームに属する多様な実験手法が存在するが,mock communityを用いることにより,手法ごとあるいは手法の工程ごとに実験精度を評価し,特有の実験バイアスを明らかにすることや,実験データに参照値を与え,データの比較を可能にすることが期待されている.他方,mock communityには天然の微生物叢が持つ多様性や複雑性の他,シーケンスライブラリー構築などの実験操作に阻害的に働くマトリックス成分などが欠如していると指摘されている.従って,糞便などの実サンプルを用いてメタゲノム解析を行う上で直面するいくつかの問題に対応できないことがmock communityの弱点となる.Mock communityについての話を進める前に,実サンプルと同等の標準試料も開発されていることから,まずはそれらについて紹介する.

表1表1■現在世界で流通しているmock communityと実サンプル型標準試料に,現在世界で流通しているmock communityと実サンプル型標準試料を網羅的に示した.実サンプル型の標準試料の一つは,天然の微生物叢を採取しケモスタットなどにより培養し増幅したものであり,もう一つは天然の微生物叢そのものを利用するものである(1)1) E. Allen-Vercoe, J. R. Carmical, S. P. Forry, M. H. Gail & R. Sinha: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 28, 1949 (2019)..後者の代表例が,後述する米国の国立標準技術研究所(NIST)等が主導した国際規模の室間共同試験(モザイクチャレンジ)で用いられた技術を基に開発されたヒト糞便試料である(2)2) S. P. Forry, S. L. Servetas, J. G. Kralj, K. Soh, M. Hadjithomas, R. Cano, M. Carlin, M. G. Amorim, B. Auch, M. G. Bakker et al.: Sci. Rep., 14, 9785 (2024)..この糞便試料は一定の規模で集めたヒト糞便を保存処理し,混合による均質化と安定化を行い所定量ずつ分注したものであり,現在米国のバイオテクノロジー企業であるZYMO Research社より販売されている.他方,NISTからは現在,これとは別に調製したヒト糞便標準試料が販売されている(表1表1■現在世界で流通しているmock communityと実サンプル型標準試料).これらの標準試料は,実サンプルと同等の性質を持つことからメタゲノム解析を行う上でのほぼ全ての課題に対応できるコントロールとすることが期待できる.しかし,天然の微生物叢である限り,試料として調製したバッチ限りとなる量の制限があり,また異なるバッチ間での微生物叢の再現が実質的に不可能であるなどの課題がある.さらに最大の課題として,試料を構成する菌組成と各菌の存在量の真の値が正確にはわからないことが挙げられる.これに対して,mock communityでは,菌種の構成と量を任意に定めて作製するため,メタゲノム解析における絶対的な参照値が与えられることになる.加えて,培養菌体や抽出DNAを用いるため,量的な制限なく繰り返し作製でき,ユーザーは継続的に利用することが可能となる.こうした理由から,現在メタゲノム解析に用いる標準試料の主流はmock communityとなっており,次にそれらmock communityをいくつかの特徴に基づいて分類する.

表1■現在世界で流通しているmock communityと実サンプル型標準試料
機関・企業製品名b標準試料の
種類
構成材料構成菌株数d混合形式特徴(f対象菌叢など)
CellDNA
NITENBRC微生物DNAカクテル-Basic-mock15A汎用(改良版NBRC微生物カクテルより名称変更)
NITENBRC微生物菌体カクテル-Basic-mock15A汎用(改良版NBRC微生物カクテルより名称変更)
NITENBRCヒト常在菌DNAカクテルmock20Aヒト腸内細菌叢
NITENBRCヒト常在菌菌体カクテルmock18Aヒト腸内細菌叢
NITENBRC皮膚常在菌DNAカクテルmock18eA(B)ヒト皮膚微生物叢(細菌と真菌を含む)
NITENBRC皮膚常在菌菌体カクテルmock18eA(B)ヒト皮膚微生物叢(細菌と真菌を含む)
NISTHuman Fecal Material実サンプル型雑食または菜食者由来の二種の均質化された糞便試料
ATCC10 Strain Even Mix Genomic Materialmock10A汎用
ATCC10 Strain Staggered Mix Genomic Materialmock10C汎用
ATCC10 Strain Even Mix Whole Cell Materialmock10A汎用
ATCCOral Microbiome Genomic Mixmock6Aヒト口腔細菌叢
ATCCOral Microbiome Whole Cell Mixmock6Aヒト口腔細菌叢
ATCCSkin Microbiome Genomic Mixmock6Aヒト皮膚細菌叢
ATCCSkin Microbiome Whole Cell Mixmock6Aヒト皮膚細菌叢(2025.6.現在休売中)
ATCCGut Microbiome Genomic Mixmock12Aヒト腸内細菌叢
ATCCGut Microbiome Whole cell Mixmock12Aヒト腸内細菌叢
ATCCVaginal Microbiome Genomic Mixmock6Aヒト膣細菌叢
ATCCVaginal Microbiome Whole Cell Mixmock6Aヒト膣細菌叢
ATCCVirome Nucleic Acid Mixmock6Aウイルスの検出
ATCCVirome Virus Mixmockc6Aウイルスの検出
ATCCMycobiome Genomic DNA Mixmock10A真菌の検出
ATCCMycobiome Whole Cell Mixmock10A真菌の検出
ATCC3 Strain Tagged Genomic DNA Even Mixmock3A人工配列が組み込まれた細菌DNA
ATCC3 Strain Tagged Whole Cell Even Mixmock3A人工配列が組み込まれた細菌
ATCCMetagenomic Control Material for Pathogen Detectionmock11B病原性細菌の検出
ATCCABRF-MGRG 6 Strain Even Mix Genomic Materialmock6A環境微生物叢(細菌と古細菌を含む)
ATCCABRF-MGRG 10 Strain Even Mix GenomicMaterialmock10A環境微生物叢(細菌と古細菌を含む)
ATCCABRF-MGRG 10 Strain Staggered Mix GenomicMaterialmock10C環境微生物叢(細菌と古細菌を含む)
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Microbial Community DNA Standardmock10eA(B)汎用(細菌と真菌を含む)
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Microbial Community Standardmock10eA(B)汎用(細菌と真菌を含む)
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Microbial Community DNA Standard II (Log Distribution)mock10C汎用(細菌と真菌を含む)
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Microbial Community Standard II (Log Distribution)mock10C汎用(細菌と真菌を含む)
ZYMO ResearchZymoBIOMICS HMW DNA Standardmock8eA(B)汎用(細菌と真菌を含む),ロングリードシーケンサーにも対応
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Gut Microbiome Standardmock21Bヒト腸内微生物叢(細菌,古細菌と真菌を含む)
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Oral Microbiome Standardmock12Bヒト口腔細菌叢
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Spike-in Control I (High Microbial Load)mock2Aヒトマイクロバイオームに含まれない細菌
ZYMO ResearchZymoBIOMICS Spike-in Control II (Low Microbial Load)mock3Cヒトマイクロバイオームに含まれない細菌
ZYMO ResearchaZymoBIOMICS Fecal Reference with TruMatrix™ Technology実サンプル型均質化されたヒト糞便試料
NIBSCWHO International Reference Reagent for GUT Microbiome analysis by NGSmock20Aヒト腸内細菌叢
NIBSCWHO Reference Reagent for GUT Microbiome analysis by NGSmock20Cヒト腸内細菌叢
NIBSCWHO International Reference Reagent for Gut Microbiome DNA Extractionmock20Aヒト腸内細菌叢
a: 米国のバイオテクノロジー企業The BioCollectiveとの共同開発,b: mockはmock community型の標準試料,c: ウイルス粒子の混合物,d: 図2図2■Mock communityの構成菌の混合比を参照,e: 細菌に比べ真菌の混合比を小さくしているが,細菌同士,真菌同士の混合比は等量ずつとなっている.f: 汎用としたものはヒトや環境中など,異なる微生物叢の代表種を混合している.

まず,mock communityは培養菌体(cell)かDNAかという分類をすることができる.冒頭に述べたように,mock communityは培養菌体またはDNAの混合物として作製される(これ以後,それぞれcell-mockまたはDNA-mockと呼ぶ).DNA-mockはDNA抽出後の解析工程の検証を対象にした試料であり,cell-mockは解析の全工程を対象とした試料となる(図1図1■Mock communityと推奨プロトコルが対象とするメタゲノム解析の工程).

図1■Mock communityと推奨プロトコルが対象とするメタゲノム解析の工程

メタゲノム解析工程を模式的に示し,mock communityと我々の推奨プロトコルが対象とする工程の範囲を示した.DNA-mockは主にシーケンスライブラリ調製以後の工程を対象としているが,DNA抽出の内在性コントロールとして用いることも可能である.また,我々が開発したヒト糞便(腸内),皮膚,口腔マイクロバイオームの推奨プロトコルはシーケンシングデータ解析の一次処理(クオリティコントロール)までを対象としており,クオリティコントロールされた配列データは以後の様々なデータ解析プログラムに用いることができる.

次の分類カテゴリーは対象菌叢である.メタゲノム解析は広範な微生物叢を対象にして行われており,人工的に作製するmock communityにおいても実サンプルにより近い性質を持たせる必要があると考えられるようになり,解析対象の微生物叢に合わせて菌種構成の異なるものが作製されている.現在流通しているmock communityの多くが,ヒト微生物叢を対象としたものであり,ヒト微生物叢をさらに細分化して腸内,口腔,皮膚,膣など体の部位ごとの菌種で構成されたものが作製されている(表1表1■現在世界で流通しているmock communityと実サンプル型標準試料).また,ウイルスや病原性細菌の検出に特化したもの,土や淡水,海水といった環境中の微生物叢の代表種で構成されたもの,あるいはヒトと環境中の微生物叢などから代表種を選抜した汎用型のmock communityも作製されている(表1表1■現在世界で流通しているmock communityと実サンプル型標準試料).

最後に,研究の目的を分類カテゴリーとして挙げることができる.前述のZYMO Research社とATCC(American Type Culture Collection,微生物やcell lineの収集・保存,関連材料を含めた提供を行う非営利団体)では,解析する実サンプルに添加して内在性コントロールとすることを想定したものや,ロングリードシーケンシングのコントロールとしても利用できるものなど,様々な実験目的に対応したmock communityが作製されている.これに加え,mock communityの構成菌の混合比率に着目すると,参照値がわかりやすいように構成菌を等量ずつ混合したもの,対象微生物叢の構成比率などをある程度反映する形で人為的に混合比に差異を付けたもの,また,より人為的に一定の濃度勾配をつけて混合したstaggeredあるいはlog distributionといった形式のものが作製されている(図2図2■Mock communityの構成菌の混合比).この濃度勾配を付けて混合したmock communityでは,含まれる菌体またはDNAの最小量が一般的なメタゲノム解析で検出される検出限度レベルに設定されていることが多く,これを用いることにより実験系における菌の検出感度を測ることなどが可能となっている.

図2■Mock communityの構成菌の混合比

a~eの菌から構成されるmock communityを想定したとき,Aの等量混合,Bの不均一な混合,Cの一定濃度比による混合のいずれかが採用されている場合がほとんどである.

日本におけるmock communityの開発とヒトマイクロバイオーム解析手法の最適化

マイクロバイオーム(微生物叢とそれを構成する微生物の遺伝情報の総称)研究の一つの特徴は,人の健康,疾病への関与,発酵食品の製造,物質生産,農業における土壌改変,環境問題への対策など,その知見を産業発展や社会課題解決に利用できる潜在的価値が極めて高いことである.このため,研究結果の根拠となる解析データの精度管理は重要であり,データに参照性を与えることのできるmock communityが必要となる.日本では製品評価技術基盤機構(NITE)から,汎用型とヒト腸内および皮膚微生物叢に特化した3種類のmock communityを提供している(表1表1■現在世界で流通しているmock communityと実サンプル型標準試料(3)3) https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/cocktail/index.html..NITEのmock communityの特色を一つ挙げると,cell-mockの製造において,他の機関では用いられていないオリジナルの技術を用いていることである.Mock communityに求められる最大の特性は,標準試料として構成菌株の組成と量が定まっていることにあるが,mock communityを製造する立場からこれを見ると,製造バッチ間でどれだけ再現性よく一定品質のものを作ることができるかが課題であった.Cell-mockの構成菌株の中には,強い凝集性を示すものが存在しているなどの理由から,製造バッチ間でデザイン通りのものを作製することは容易ではない.この点において,我々はアデニン-HPLC法と呼ぶ菌体数の測定方法(コラム)を採用してcell-mockを製造することにより,製造バッチ間での高い混合比率の再現性を実現することができた(4~6)4) D. M. Tourlousse, K. Narita, T. Miura, M. Sakamoto, A. Ohashi, K. Shiina, M. Matsuda, D. Miura, M. Shimamura, Y. Ohyama et al.: Microbiome, 9, 95 (2021).5) Y. Ohyama, T. Miura, M. Furukawa, M. Shimamura, Y. Asami, A. Yamazoe, Y. Uchino & H. Kawasaki: Micorobes Environ, 40, ME24076 (2025).6) O. M. de Bruin & H. C. Birnboim: BMC Microbiol., 16, 197 (2016)..NITEのmock communityは,構成菌株のゲノム情報,製造後の混合比率の実測値,アンプリコン解析で用いた利用例などの情報を公開しているので,興味を持たれた方はぜひご確認いただきたい(7~9)7) https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/microbiome/cocktail.html.8) https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/microbiome/cocktail20220113.html9) https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/microbiome/skinmock.html

次に,NITEから提供しているmock communityのうち,ヒト腸内微生物叢に特化したものについては,NEDO先導研究プログラム(2018~2020年)において,日本マイクロバイオームコンソーシアム(JMBC),産業技術総合研究所(産総研),NITE,理化学研究所が協力して開発したものである.我々は,本プログラムにおいて,このmock communityを用いて,市販キットを含む様々な手法と,後述するIHMS(International Human Microbiome Standards)プロジェクトで提唱された手法との比較を行い,マイクロバイオーム解析の推奨プロトコル(SOP)を開発するに至った(図1図1■Mock communityと推奨プロトコルが対象とするメタゲノム解析の工程(4)4) D. M. Tourlousse, K. Narita, T. Miura, M. Sakamoto, A. Ohashi, K. Shiina, M. Matsuda, D. Miura, M. Shimamura, Y. Ohyama et al.: Microbiome, 9, 95 (2021)..この開発過程では,国内10機関の協力を得て,mock communityおよび同一の糞便検体試料を用いて,本推奨プロトコルの検証のための室間共同試験を行った.その結果,推奨プロトコルを用いた場合,設定した範囲内の精度で,同様の計測結果が得られることが確認された(4)4) D. M. Tourlousse, K. Narita, T. Miura, M. Sakamoto, A. Ohashi, K. Shiina, M. Matsuda, D. Miura, M. Shimamura, Y. Ohyama et al.: Microbiome, 9, 95 (2021)..本推奨プロトコルは,現在「JMBC糞便メタゲノム解析推奨プロトコル」としてJMBCのウェブサイト(10)10) https://jmbc.life/news/images/sop-v2.2.pdfより公表されており,誰でも入手することができる.加えて,ショットガンメタゲノム解析の分析法評価と精度管理方法のベストプラクティスガイドを示しているので併せて参考にしていただきたい(4, 11)4) D. M. Tourlousse, K. Narita, T. Miura, M. Sakamoto, A. Ohashi, K. Shiina, M. Matsuda, D. Miura, M. Shimamura, Y. Ohyama et al.: Microbiome, 9, 95 (2021).11) D. M. Tourlousse, K. Narita, T. Miura, A. Ohashi, M. Matsuda, Y. Ohyama, M. Shimamura, M. Furukawa, K. Kasahara, K. Kameyama et al.: Microbiol. Spectr., 10, e0191521 (2022)..これらは,今後の産業界での信頼性の高いメタゲノム解析の実施,新たな推奨分析プロトコルの開発に資するものであると確信している.なお,同様に皮膚および口腔マイクロバイオーム解析の推奨プロトコルについても,JMBCと産総研とNITEが共同で開発しており,それらもJMBCのウェブサイトより公表されている(図1図1■Mock communityと推奨プロトコルが対象とするメタゲノム解析の工程(12, 13)12) https://jmbc.life/news/images/skin_ver.1.2.pdf.13) https://jmbc.life/news/images/oral-cavity_ver.1.2.pdf

ヒトマイクロバイオーム解析手法を巡る国際的な動向

米国と欧州ではヒトマイクロバイオームを主な対象として,国家レベルで研究の促進が図られ,研究成果を効率的に利用するための基盤整備が進められてきた.そのうち,前述のIHMSプロジェクト(2011~2015年)では,欧州が中心となって日本も参加した国際協力の下に,ヒト腸内微生物叢のメタゲノム解析手法の最適化が検討された(14)14) P. I. Costea, G. Zeller, S. Sunagawa, E. Pelletier, A. Alberti, F. Levenez, M. Tramontano, M. Driessen, R. Hercog, F. E. Jung et al.: Nat. Biotechnol., 35, 1069 (2017)..現在この成果は,糞便試料のサンプリングからシーケンスデータ解析までのメタゲノム解析の全工程に亘る14のSOPとしてまとめられ公開されている(15)15) https://human-microbiome.org/index.php#SOPS.一方,米国で行われた多くの大規模プロジェクトのうち,モザイクチャレンジ(2018~2020年)はNIST等が主導した国際規模の室間共同試験である(2)2) S. P. Forry, S. L. Servetas, J. G. Kralj, K. Soh, M. Hadjithomas, R. Cano, M. Carlin, M. G. Amorim, B. Auch, M. G. Bakker et al.: Sci. Rep., 14, 9785 (2024)..ここでは同一のヒト糞便試料とDNA-mockが参加協力機関(最終的に44機関)に配布され,各機関の手法で次世代シーケンス解析を行いそのデータが比較された(2)2) S. P. Forry, S. L. Servetas, J. G. Kralj, K. Soh, M. Hadjithomas, R. Cano, M. Carlin, M. G. Amorim, B. Auch, M. G. Bakker et al.: Sci. Rep., 14, 9785 (2024)..その結果として,解析手法の違いにより生じる実験バイアスが調べられ,メタゲノム解析データの比較互換性の乏しさが明らかにされている.また英国においては,NIBSC(National Institute for Biological Standards and Control:英国の生物医学関連の検査・管理を行う行政機関)によるmock communityの開発とそれを利用した国際規模の室間共同試験が実施されている(16~18).NIBSCのmock communityは,WHOが公認するメタゲノム解析の標準試料として現在販売されており,このうち,cell-mockからのDNA抽出方法を検証した室間共同試験は,産総研のグループを含む22機関が参画して実施された.現在,その結果はWHOの文書として公表されている(18)18) World Health Organization: WHO/BS/2023.2455 WHO 1st Reference Reagent for DNA extraction of gut microbiome, https://www.who.int/publications/m/item/who-bs-2023.2455 (2023)..なお,産総研のグループは前述のモザイクチャレンジにも参画していることを付記しておきたい.

近年,ヒトの糞便等に関連したマイクロバイオーム解析を医療分野における臨床診断ツールとして利用する可能性への注目が高まっている.しかし,その実現のためには,マイクロバイオーム解析の臨床的意義を明確にするとともに,質の高い解析結果を確保することが不可欠となる.現在,そうした努力が世界で展開されているが,最近The Lancet Gastroenterology & Hepatology誌で,国際的な枠組みによるマイクロバイオーム解析の臨床診断等に関わる科学的根拠に基づいた基本的な提言がなされた(19)19) S. Porcari, B. H. Mullish, F. Asnicar, S. C. Ng, L. Zhao, R. Hansen, P. W. O’Toole, J. Raes, G. Hold, L. Putignani et al.: Lancet Gastroenterol. Hepatol., 10, 154 (2025)..これは,今後のマイクロバイオーム解析の臨床利用における標準化と規制の基盤になると考えられる.本例に限らず,現在メタゲノム解析を含むマイクロバイオーム解析は,その知見の本格的な社会利用が始まりつつあり,解析精度の向上は国際的な喫緊の課題になっていると言える.

おわりに

今後もメタゲノム解析は,医療,学術,産業,社会課題対策など,様々な方面でより一層の利用がなされていくことになると考えられる.これまで,様々な研究報告等でmock communityは利用されてきていたが,多くはその研究限りのものであり,同一のものを研究外部の者が利用することは容易にできなかった.しかし,近年では,我々のものも含めメタゲノム解析のSOPや精度管理法,様々な微生物叢と実験目的に対応したmock communityが開発され利用できる状況にある.これらが,今後のメタゲノム解析の精度を向上させ,解析結果の相互比較の促進に貢献できることを願って止まない.

Acknowledgments

本研究の一部は,NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託業務「NEDO先導研究プログラム/新産業創出新技術先導研究プログラム/ヒトマイクロバイオームの産業利用に向けた,解析技術および革新的制御技術の開発」(2018年度~2020年度)の結果得られたものです.また,本記事の成果は日本マイクロバイオームコンソーシアムの成田興司博士,寺内淳博士,産業技術総合研究所のDieter M. Tourlousse博士,理化学研究所の坂本光央博士,大熊盛也博士,NITEバイオテクノロジーセンターの川﨑浩子博士,内野佳仁博士,山副敦司博士,島村麻美子氏との共同研究により得られたものです.皆様に深く感謝申し上げます.

Reference

1) E. Allen-Vercoe, J. R. Carmical, S. P. Forry, M. H. Gail & R. Sinha: Cancer Epidemiol. Biomarkers Prev., 28, 1949 (2019).

2) S. P. Forry, S. L. Servetas, J. G. Kralj, K. Soh, M. Hadjithomas, R. Cano, M. Carlin, M. G. Amorim, B. Auch, M. G. Bakker et al.: Sci. Rep., 14, 9785 (2024).

3) https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/cocktail/index.html.

4) D. M. Tourlousse, K. Narita, T. Miura, M. Sakamoto, A. Ohashi, K. Shiina, M. Matsuda, D. Miura, M. Shimamura, Y. Ohyama et al.: Microbiome, 9, 95 (2021).

5) Y. Ohyama, T. Miura, M. Furukawa, M. Shimamura, Y. Asami, A. Yamazoe, Y. Uchino & H. Kawasaki: Micorobes Environ, 40, ME24076 (2025).

6) O. M. de Bruin & H. C. Birnboim: BMC Microbiol., 16, 197 (2016).

7) https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/microbiome/cocktail.html.

8) https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/microbiome/cocktail20220113.html

9) https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/microbiome/skinmock.html

10) https://jmbc.life/news/images/sop-v2.2.pdf

11) D. M. Tourlousse, K. Narita, T. Miura, A. Ohashi, M. Matsuda, Y. Ohyama, M. Shimamura, M. Furukawa, K. Kasahara, K. Kameyama et al.: Microbiol. Spectr., 10, e0191521 (2022).

12) https://jmbc.life/news/images/skin_ver.1.2.pdf.

13) https://jmbc.life/news/images/oral-cavity_ver.1.2.pdf

14) P. I. Costea, G. Zeller, S. Sunagawa, E. Pelletier, A. Alberti, F. Levenez, M. Tramontano, M. Driessen, R. Hercog, F. E. Jung et al.: Nat. Biotechnol., 35, 1069 (2017).

15) https://human-microbiome.org/index.php#SOPS

16) G. C. A. Amos, A. Logan, S. Anwar, M. Fritzsche, R. Mate, T. Bleazard & S. Rijpkema: Microbiome, 8, 98 (2020).

17) C. Sergaki, S. Anwar, M. Fritzsche, R. Mate, R. J. Francis, K. MacLellan-Gibson, A. Logan & G. C. A. Amos: Microbiome, 10, 123 (2022).

18) World Health Organization: WHO/BS/2023.2455 WHO 1st Reference Reagent for DNA extraction of gut microbiome, https://www.who.int/publications/m/item/who-bs-2023.2455 (2023).

19) S. Porcari, B. H. Mullish, F. Asnicar, S. C. Ng, L. Zhao, R. Hansen, P. W. O’Toole, J. Raes, G. Hold, L. Putignani et al.: Lancet Gastroenterol. Hepatol., 10, 154 (2025).