Kagaku to Seibutsu 63(8): 384-389 (2025)
セミナー室
研究者のための特許入門4
発明と発明者とは
Published: 2025-08-01
© 2025 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2025 公益社団法人日本農芸化学会
本連載の第1回では特許がなぜ必要なのかを説明し,第2回では特許出願から特許権発生までの流れを説明し,第3回では特許取得に必要な書類を説明した.今回は,特許権のコアとなる発明とその発明を成した発明者について説明しよう.なお,本稿では,法的な正しさよりも分かりやすさを優先している点についてご留意いただきたい.
さっそくではあるが,「発明」とは,どのようなものかご存じであろうか.「発明」と「発見」とは異なると言ったら混乱するだろうか.
学術誌に掲載される論文は,一般に,新しい発見を発表することを目的とする.これに対して,特許法上の発明とは,以下のものを意味し,発見とは必ずしも一致しない.
「第二条(定義)
この法律で「発明」とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう.」
何が違うのか,分かったような分からないような,という方も多いと思う.私自身でさえ,弁理士として実務経験を積むまで,「発見」と「発明」の違いを明確に意識したことはなかった.しかしながら,この違いをはっきり理解しておくことが,研究者の方にとっては極めて重要である.なぜなら,特許権は,「発見」ではなく「発明」を保護する権利だからである.以下に具体例を交えて説明しよう.
釈迦に説法で恐縮であるが,ノーベル賞とは,人類に対して大きな貢献をした人物に送られる賞である.例えば,1962年にJames Watson博士らがノーベル生理学・医学賞を受賞した.この受賞理由は,「核酸の分子構造および生体における情報伝達に対するその意義の発見」である.いわゆる,DNAの二重らせん構造の発見である.また,2012年に山中伸弥博士らがノーベル生理学・医学賞を受賞した.この受賞理由は,「成熟した細胞を多能性細胞にリプログラムできることを発見」したことである.つまり,iPS細胞の発見である.
これら二つの発見は,人類の科学技術に対する貢献という点では,どちらも極めて優れた功績である.しかし,James Watson博士らが行ったことは,二重らせん構造の「発見」であり,「発明」ではない.一方,山中伸弥博士らが行ったiPS細胞の作製は「発見」であるとともに「発明」であり得る(表1表1■発明と発見の違い).
James Watson博士ら | 二重らせん構造 | 発見 |
山中伸弥博士ら | iPS細胞 | 発見且つ発明 |
「発見」と「発明」との違いは,どのような基準によって分けられているのだろう? その答えが,先ほどの特許法第2条に記載されている「自然法則を利用した技術的思想」であるか否かである.この点を法的な詳細を説明することは,研究者の皆さんにとって優先度は高くないので割愛するが,かみ砕いていうと,「発明」とは,「自然法則を利用した手段」であって,かつ,「課題を解決する手段」である.つまり,二重らせん構造は自然法則を発見したものの,何かの課題を解決する手段ではないため「発明」には該当しない.これに対し,iPS細胞の作製は,「誘導多能性幹細胞を簡便かつ再現性よく樹立するための手段」(国際公開2007/069666)であるため,「発明」に該当する.
「課題を解決する手段」という概念をよりわかりやすく説明するため,簡単な例を挙げて説明しよう.仮に,世の中に円柱状の鉛筆しか存在しないとする.このような鉛筆を使用していたところ,ある日,机の上に置いた鉛筆が転がり落ちてしまった.そこで,転がりにくい六角柱状の鉛筆を作成したところ,今度は机から落ちなくなった.このように,「円柱状の鉛筆では転がってしまう」という課題を解決する手段が「六角柱状の鉛筆」である(図1図1■課題を解決する手段).したがって,この「六角柱状の鉛筆」は,新たな発明となり得る.
話を整理すると,「発見」が「発明」に該当するためには,何らかの課題を解決する必要がある.このため,研究者の方々は,何らかの「発見」をした場合,その「発見」によってどのような「課題」を解決できるかをぜひ考えてみてほしい.
ここで,課題とは,大層なものでなくても構わない.先の鉛筆の例で挙げた「円柱状の鉛筆が机の上から転がり落ちる」という問題も,十分な課題である.しかし,新たな事象や原理を発見した研究者が,その発見によって解決可能な課題を必ずしも認識しているとは限らない.また,研究分野によっては発見を発明として捉えることに対してあまり積極的でないこともあるかもしれない.この解決策の一つとして,秘密保持義務がある知財担当者や弁理士に,見出した発見の内容を説明し,どのような課題が解決できる可能性があるのかを相談してみることが挙げられる.特に,弁理士は,多くの発明に触れ,特許の権利化に寄り添っているため,解決できる課題を独自の視点から提案してくれる可能性があるため,お勧めである.研究者の皆さんは,気軽に発明を相談できる知財担当者や弁理士はいらっしゃるであろうか? 細菌学者のルイ・パスツールは,「幸運の女神は準備されたところにやってくる」という名言を残している.発見を発明に昇華させるために,日頃から知財担当者や弁理士と相談を重ねるなど,ネットワークづくりをしておくことをお勧めする.また,特許権で守られる発明は,誰にも知られていないことが要件であるため,同僚やメンターなどの信頼できる相手だとしても,秘密保持義務がない方に発明の内容を相談することは基本的にお勧めできない.
ここまでで,「発見」と「発明」の違いについて説明した.つづいて,「発明」が,いくつかのカテゴリーに大別できることを説明する.日本では,発明は3つのカテゴリーに分類され,どのカテゴリーに属するかによって,特許権で権利行使ができる対象が異なる.そして,よく起こり得るのが,権利範囲の対象がずれていたために,研究者が本来望んでいた範囲の権利化がされていなかったというケースである.このため,発明のカテゴリーと,それに起因する権利行使の対象の差異を理解することは非常に重要である(図2図2■日本における発明のカテゴリー).
まず,発明は,以下の3つのカテゴリーに分類される.
・物
・方法(以下,「単純方法」とも呼ぶ)
・物を生産する方法
ここで,なぜ「方法」と「物を生産する方法」とを分けるのだろうか,という疑問が生じるかもしれない.その答えこそ,発明を実施する行為,つまり,特許権で権利行使ができる対象が異なることに起因する.
この「実施」という行為に,具体的に何が該当するかについては,特許法第2条第3項各号に以下のように定義されている.やや難解に感じる方も多いかもしれないが,興味のある方は読んでみてほしい.
「(定義)
第二条
3 この法律で発明について「実施」とは,次に掲げる行為をいう.
一 物(プログラム等を含む.以下同じ.)の発明にあつては,その物の生産,使用,譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい,その物がプログラム等である場合には,電気通信回線を通じた提供を含む.以下同じ.),輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む.以下同じ.)をする行為
二 方法の発明にあつては,その方法の使用をする行為
三 物を生産する方法の発明にあつては,前号に掲げるもののほか,その方法により生産した物の使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」
「実施」を簡単に説明すると,以下のようになる(表2表2■実施のカテゴリーと侵害となる行為).
カテゴリー | 侵害となる行為 | 例 |
---|---|---|
物 | 生産・使用・譲渡等 | 組成物 |
単純方法 | 使用 | 物質の分析方法 |
物を生産する方法(生産方法) | 方法の使用と,生産物の生産・使用・譲渡等 | 組成物の製造方法 |
「物」に関する発明の特許権については,特許権者の許可なく,その物を生産,使用,販売等することは原則として禁止される.例えば,新規物質を特許化した場合,その物質を許可なく使用したり販売したりすることはできない.「単純方法」に関する発明の特許権については,その方法の使用が,特許権者の許可なくしては原則として認められない.例えば,微生物の培養方法や物質の分析方法等が該当する.「物を生産する方法(生産方法)」に関する発明の特許権については,その生産方法の使用に加えて,生産方法によって生産された物の使用や販売も,原則として禁止される.ただし,その物が「特許出願時から日本国内にある物」(特許法第69条第2項第2号)である場合には,特許権の効力は及ばない.したがって,既知の物質について新たな生産方法を発明した場合であっても,その物質自体には特許権を行使することはできない.
実際に起きた裁判例として,その特許発明のカテゴリーが単純方法であるために,その方法を用いて生産された物の販売には特許権の効力が認められないと判示した例がある(平成10年(オ)第604号 最高裁).このため,研究者は,その発明が「単純方法」に該当するのか,「生産方法」に該当するのかを意識することが大切である.
「物」に関する発明の特許権と,「方法」に関する発明の特許権では,特性が異なるため,使い分けることが大切である.物に関する発明の特許権である場合,その物が侵害者によって販売されているところを発見することができれば,特許権侵害を主張できる.一方で,方法に関する発明の特許権である場合,商品だけを見てもその商品がどのようなプロセスを経て製造されているかは分からない.このため,一般に,物よりも方法に関する発明の方が特許権侵害の立証が困難である.このため,方法よりも物の発明の権利化の方が一般的に好ましいと考えられる.
しかし,その通りではないケースも存在する.例えば,ある化合物が特定の化学反応の触媒として好ましいことを発見したとする.この場合,この化合物を物として権利化することが考えられる.しかしながら,物として権利化を図る場合,ある程度,その化合物がどのようなものであるかの特定が必要になる.例えば,その化合物がどのような官能基をもっているのか,どのような金属と結合しているのか等の構造を特定する必要がある.しかし,詳細な構造を特定して権利化した場合,権利化された構造にわずかな改良を行うことで,権利範囲から外れることがある.これに対して,その化学反応のステップを方法として権利化した場合,そのステップについてはある程度の特定が必要なものの,そのステップに用いた化合物の特定は,物での権利化の場合よりも厳格ではないことによって,方法として権利化した方が,特許権の権利範囲を回避することが難しい場合がある.このような場合,方法に関する発明の特許権の取得が好ましいと考えられる.
この例は,発明のカテゴリーが特許の強さに与える影響を示した一例である.何かを発明した際は,発明のカテゴリーについてもぜひ留意してほしい.
さて,ここまでは,発明についてスポットを当てて説明した.ここからは,その発明の生みの親である発明者について説明する.誰が発明者であるかによって,結果的に誰が特許権者であるかが変わり,それによって誰がどのように特許権を行使できるのかが変わってくる.特に,誰を発明者に含めるかによって,その特許権の価値が全く変わってしまうこともある.このため,今回は,特に大学や研究機関の研究者の方々に留意してほしい点について説明する.
発明者とは,発明を着想し,それを具現化したことに寄与した者と定義される.つまり,発明者とは,アイデアを思いつき,そのアイデアを形にするために貢献した人を意味する.このため,一般的な助言や指導を行った教員であっても,必ずしも発明者に該当するわけではない.同様に,データをまとめた学生や,実験を担当したパート職員も,発明者に該当するとは限らない.
また,大学や公的機関の研究者と企業の研究者が共同で発明者となるケースも非常に増えている.このような場合,特許を受ける権利は,それぞれの所属先に帰属するのが一般的であり,特許権は大学や研究機関と企業との「共有」となる.「共有」である以上,両者が得られる利益は同等であるように思われがちだが,実際にはそうとは限らない.以下に詳しく説明する.
まず,特許権を有する特許権者が特許権を用いて資金を得る方法は,基本的には以下のとおりである.
・実施する
・ライセンスする
・譲渡する
ここで,日本の特許法では,特許権が共有の場合に何ら合意をしていなければ,以下のように扱われる.なお,ライセンスとは,他人への実施許諾を意味する.
・実施:他の共有者の同意を得ないで実施可能(特許法第73条第2項)
・ライセンス:他の共有者の同意が必要(特許法第73条第3項等)
・譲渡:他の共有者の同意が必要(特許法第73条第1項等)
1つの例として,A大学とB社が共有の特許権を取得し,大学と企業の両方」が特許権者となった場合を想定してみよう.
まず,「実施」は,他の共有者の同意を得ずに行うことができる.しかし,大学等は,基本的に,物の製造や販売を行わないため,A大学は「実施」を行わない.これに対して,特許権の共有者であるB社は自由に「実施」を行うことができる.
次に,「ライセンス」は,他の共有者の同意が必要である.このため,A大学が,例えばB社のコンペティターであるC社にライセンスを行いたいと考えた場合,共有者であるB社に同意を得る必要がある.しかし,コンペティターであるC社がライセンスを希望しても,共有者であるB社からの同意は通常得られない.
さらに,「譲渡」にも,他の共有者の同意が必要である.このため,A大学がC社に特許権の譲渡を行いたいと思ったら,共有者であるB社に同意を得る必要がある.しかし,これも上記と同じ理由でB社からの同意は通常得られない.
この結果,A大学としては,以下のような状況に陥ることで特許権の収益化が困難になる場合がある.
・実施:A大学は行わない
・ライセンス:B社の同意が得られない
・譲渡:B社の同意が得られない
どうだろうか.特許権が共有の場合,その特許権の活用や,発明の活用に非常に大きな影響が出てくることがお分かりいただけただろうか.大学が企業から研究費を受けた場合,実際の貢献がなくても企業の研究者を発明者として加えてほしいという打診を受けるケースが想定される.しかし,発明者は発明を着想し,それを具現化したことに寄与した者であり,資金を拠出した者は必ずしも発明者に含める必要はない.
また,企業と共同で特許出願を行う際には,いくつかの注意点がある.その一つとして,共同出願人の一方が選任した弁理士に出願業務を任せる場合の対応が挙げられる.例えば,企業と大学,あるいは異なる大学間で共同出願を行う場合,一方の当事者と関係を有する弁理士が出願業務を担うことがある.しかし,このような場合には,立ち止まって一度考えていただきたい.その弁理士は,誰の利益のために業務を遂行するのかという点である.
一般に,弁理士は依頼者の利益の最大化を目的として業務を行う.したがって,共同出願においても,一方の当事者が選任した弁理士は,その当事者の利益を最優先に業務を遂行する可能性がある.仮に,共同出願人間で利益が完全に一致していれば問題は生じないが,利益が一致しない場合には,一方にとって望ましい出願内容が,他方にとっては不利益をもたらすことがある.
例えば,共同で開発された技術について,一方の当事者の弁理士が出願書類を作成する場合を考えてみよう.その弁理士が依頼者の意向を重視し,請求項を特定の用途に限定した結果,他の共同出願人が期待していた異分野への応用やライセンスの可能性が制限されてしまうおそれがある.すなわち,弁理士の立場や関与のあり方次第で,出願内容が偏り,もう一方にとって不利な結果となることがある.
ここで,特定の当事者を批判する意図はない.それぞれの出願人には,異なる立場と目的がある.例えば,大学等の研究機関は,研究成果を適切に保護し,将来の研究や技術移転に資する形で特許権を取得することが重要である.一方,企業は営利活動を主眼に置き,事業戦略と整合した特許を志向する.このように,共同出願においては,それぞれの立場や目的に違いがある可能性がある.
こうした事態を回避するためには,自分の所属機関を通じて信頼できる弁理士に相談することや,出願内容の確認に積極的に関与し,自らの意見を適切に伝えることが望ましい.出願書類の作成段階から,双方が協力しながら十分なコミュニケーションをとることで,両者の利益をバランス良く反映した特許を構築することが可能となる.
共同出願は,他者との協業によって新たな価値を生み出す貴重な機会である.その機会を最大限に活かすためにも,リスクを適切に把握し,戦略的に対応することが求められる.
第4回となる本稿では,「発見」が「発明」となるためには何らかの課題を解決する必要があること,発明者が誰であり出願人が誰であるかによって,その後の特許権の運用に影響を与え得ることを説明した.これらの点を知っておくことで,少しでも今後の研究者の皆さんの役に立つことがあれば大変光栄である.